第83話 神酒をもとめて

「<砂刃サンドカッター>ぁー!」


 どこか気の抜けた声でヴィヴィがスキル名を叫ぶ。

 すると足元の砂が盛り上がり、まるで砂漠を泳ぐ魚の尾びれのように、砂で出来た刃がサソリの魔物に襲いかかった。


 ただ駆け抜けるかのようにサソリの魔物を通過していく砂の刃。

 数瞬の後、そこそこ硬い甲殻を持つはずの魔物は真っ二つに割れた。


「わーい! やりました!」

「強いのである……」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを表現しているヴィヴィ。

 対象的にあたしとサスケは複雑な表情でそれを眺めていた。


「砂がある場所でしか使えないとはいえ、砂丘であればこれ程強力なスキルもないであるな」

「ほぼ制限なしで砂を操れるなんて、ズルいし」


 あれから数日。結局あたし達はヴィヴィの押しに負けて、一緒に<蜃気楼の塔>を目指すことになった。

 

 サスケは本当なら師匠の武器と交換できるような剣が欲しかった筈だが、ヴィヴィが<神酒>を求める理由を聞いて、今回は諦める事にしたようだ。


 

「非常に特殊な事例なのじゃ。風と土の中精霊からスキルを授けられておる」

「二つのスキルを持っているってことだし?」

「いや、混ざり合って結果として一つのスキルになっておる。しかし出来る事は一つでも、出力は二倍じゃな」


 羨ましいし。


「虫ちゃんは物知りです。えらいえらい!」

「我、こいつ嫌いじゃ」

「あたしもだし」


 いい子いい子と言いながら、ムーシを撫でるヴィヴィ。

 ついでのようにあたしの頭も撫でる。

 さわんなしっ!


「しかしこの分であれば<蜃気楼の塔>の攻略も随分楽になるであるな」

「というか一人でよさそうだし」

「だーめなんです!」


 ヴィヴィが腰に手を当てて、あたしを見下ろしている。

 お姉ちゃんが教えてあげると言わんばかりの態度が腹立たしい。

 何度も言ってるけどあたしの方が年上だし!


「いいですか? 努力、友情、勝利! これが大事なんです! 一人じゃ勝利は掴めても友情は手に入りません!」


 いや、勝利を掴めるならいいし。


「それに塔の中に砂がなかったら、あたくしは何も出来ないのです!」

「そうであるか? 憲兵を殴り倒していたではないか」

「あれはたまたまです。あたくしが素手で出来る事なんて精々――――」


 そこで言葉を切って、口元に指を当てて考える仕草をするヴィヴィ。

 美少女を自称するだけあっていちいち仕草があざといというか……。まあ素みたいだけど。


「――――岩を割るくらいです!」


 いや、素手で岩を割るって。


「それは十分な戦力である」

「まあ! お侍さんは気遣い上手!」

「いやいや、本気で言っておる」

「すごく優しい! まるで優しさの魔法袋! いくらでも溢れ出ます!」

「いやいやいや。……もうよいわ」


 無駄に高スペックな話の通じない相手。

 なんか師匠がマシに思えるけど、実は師匠の方が結果がヒドいからどっちもどっちだ。



「ムーシ、<蜃気楼の塔>は向こうだし?」

「うむ。どんどん魔素が集まっておる。間違いないであろう」


 前回よりも随分街から距離がある。

 これなら他の冒険者に負けるなんてあり得ない。あたし達が一番乗り確実だ。


「虫ちゃんは凄いです! 王族が持つ魔法具だって、こんなに早くは分からないんですよ?」

「ふん。いくら褒めてもお主は嫌いじゃ」

「あたくし知ってます。それはヤンデレ!」

「たぶん違うし」


 いつまでも喧しく喋り続けるヴィヴィをシュバルツゲイザーに無理やり押し込み、あたし達は再び砂丘を進んでいった。

 ここには何の目印になるものもない。

 ムーシの言葉だけが頼りだ。

 

 頼られるのが嬉しいのか、ムーシはやたらと張り切っている。

 普段ならうざったく感じるのかもしれないが、三重ぐらい輪をかけた人物が一緒だとそれすらも微笑ましく思えるから不思議だ。

 

 時々出てきて道を塞ぐ魔物は、ヴィヴィの魔法で簡単にけちらせる。

 その当人は魔物を倒す度に、きゃっきゃ、きゃっきゃとはしゃいでいる。

 だが彼女が<神酒>を求める理由を考えれば、もしかしたらこれも空元気なのかもとも思えて――――いや、やっぱ素だし。


「出るとよいであるな、<神酒>」

「はいっ! じゃないとお父様死んじゃいますから!」

「明るくいう事じゃないし……」


 でもお侍さんが一緒なら大丈夫です。と根拠のない自身を漲らせて、両手をぐっと握り込むヴィヴィ。


 そういう根拠のないところも、師匠にそっくりなんだし。

 


----


「狙うのは<神酒>さ」

「どんな呪いでも解呪する神の酒か」


 僕は今、ヴィオラと二人で<蜃気楼の塔>というランダムダンジョンに向かっていた。

 乗っているのはかなり大型なトカゲ。


 通常のトカゲと違い、全身が分厚く異常に硬い甲殻で覆われている。

 通常のトカゲと違い、身の丈が5メートルはある。

 通常のトカゲと違い、その目には明らかに知性の光が灯っている。

 

 いやあ、立派なトカゲだなあ――――って。



 地竜だろ、これ。



 ヴィオラに聞いてみても、「王族が乗る大トカゲは立派だろう?」と返された。

 なので、お前トカゲか? と当の本人に聞いてみると、ギロリとすごい目で睨まれた。


 みろよ。トカゲ扱いされて怒ってるぞ。

 目でヴィオラに訴えると、「まったくこいつめ」と彼女は拳で地竜(仮)の頭を殴りつけた。

 王族の大トカゲはプライドが高くてねえ。なんて朗らかに笑っているが、殴られた地竜(仮)はより鋭い眼差しで僕のこと睨んでるからな。


 イツカクイコロシテヤル。

 

 そんな言葉が脳裏に浮かぶ。

 たぶん合ってる。


  

「他の奴らは来ないのか?」

「いらないね。あいつらじゃ足手まといさ」

「ふうん。ところで前から思ってたんだが」

「なんだい?」


 地竜(仮)の手綱はヴィオラが持っている。

 彼女が指につけている指輪からは赤い線が伸びていて、その方向目指して真っ直ぐ走っているのだ。

 指輪は王家に伝わる魔道具で、塔までの道のりを示してくれるのだそうだ。


 僕はヴィオラの背中に問いかけた。


「あいつら王族を匿うにしては弱くないか?」



 ヴィオラは強い。

 強いがこの国に一人しかいない王女で、次の女王になる人物だ。

 いくら王宮から単身抜け出してきたとはいえ、もうちょっと頼る先があってもよさそうなものだ。

 僕にはトカゲ族の美醜なんて分からないが、砂漠の国の紅き宝石。なんて呼ばれる美姫に他に味方はいないものだろうか?


 彼女が王宮を抜け出した理由は、この王が伏せっていることに関係している。


 対外的には病という事にしているが、彼女曰く、実は人の手によるものだという。

 犯人はこの国のナンバー2である宰相。

 これは証拠があるわけではなく、ヴィオラの勘だそうだが。



 仕掛けられたのは毒ではなく、呪いの類だった。


 呪いというのは呪術系のレアスキル持ちか、もしくはダンジョン産の呪われた魔道具によって持たされる。

 即効性があるものは少なく、じわりじわりと身体を蝕むものが多い。

 ブラックフォートも一月かけて乗っ取られかけたわけだが、あれでも随分進行が早い方だったようだ。


 時には1年がかりにもなる呪術は使い勝手が悪いが、だが急激な変化がないからこそバレづらく、気づいた時には手遅れになっている事が多い。

 そして、ヴィオラの父であるこの国の王は、既に通常の解呪スキルでは最早対応できないところまで蝕まれてしまっている。

 そんな風になるまで国のトップに呪いをかけ続けるなんて、それこそ側近レベルじゃないと無理なんだとか。


 で、宰相の狙いがこの国を乗っ取ることなら、次期女王であるヴィオラも当然狙われる。

 彼女は実戦になれば強いが、呪いまで打ち消せるわけではない。

 もしかしたら自分もすでに呪いのターゲットになっているのかもしれない。

 ならば動けなくなってしまう前に、王宮を出て機会を伺おう――。


 という事なんだそうだが。

 もっとやりようがあっただろうとしか思えない。

 


「まともな奴らは誰が宰相の息の者か分からない。あの野盗たちはいい意味で国の中枢とはかけ離れているからね。利用価値が低い分宰相の手も回っていないと踏んだのさ。裏切られても怖くないしね」

「にしてもマシなのがいるだろう」

「宰相の力はね、権力もそうだが財力なんだよ。この国の財政を一手に担うアイツは、金の力を自由に使える。人は金に狂うのさ、昨日までと同じ顔をしたままでね」


 真に狂った人間は、まともな人物の皮を被って潜んでいるものだ。

 昨日までの友人が、薄皮一枚の下で狂人になっていたとして、分かると思うだろう? それが分からないのが、人間の怖いところなのさ――。とは、ヴィオラの言である。


 要は誰も信用できないなら、弱くて裏切られても大丈夫なやつのほうがまだ使いやすいという事だ。

 

 王族ってのも、世知辛いねえ。



「その点アンタは裏切る心配がない」

「ふ。いずれ英雄になる男だからな」

「薄皮の方が3つの大国に喧嘩をうる狂人だ。いまさら金の力でどうこうなったりしないだろうさ」


 まあその通りだが。

 慎重なのか思い切りがいいのか分からない王女サマだな。


 ふと眼下に目をやると、ファイアリザードが地竜<仮>に蹴散らされていた。

 同族に対する行為じゃない。

 やっぱトカゲじゃないよなコイツ。


「ようやく着いたね。あれが<蜃気楼の塔>さ」


 ヴィオラの声で顔を上げる。


 すると遥か向こうに、砂嵐が吹き荒れているのが見えた。

 赤い線が二本。その砂嵐に吸い込まれている。

 一本は王都の冒険者ギルドから伸びているものらしい。


 吹き荒れる砂嵐の向こうに、そびえ立つ塔の姿が僅かに確認できた。



「それじゃ、これをつけな」

「ん? ――――って、これは! いつの間に!?」

「修行が足りないんじゃないかねえ?」


 ヴィオラが放り投げたものを受け取る。

 それは僕が腰袋にいれて持ち歩いていたはずのものだった。

 

 盗賊からだって盗める怪盗たる僕が、気づきもせずにスリとられるだって?

 

 いやそれよりも、これをつけてダンジョンに入るということは。



「いいかい、何があってもアタイがいいというまでそれを外すんじゃないよ」

「次にこれを外した時、俺はさらなる力を手にしている――そういう事だな?」

「成長しないと死んじまうからね。精々頑張りな」


 僕は腕にそれを装着した。

 途端に力が沸いて――――くる感じはしない。

 だが試しに<エア・コントロール>を使おうとしてもスキルが使えなかったので、効果は発揮しているんだろう。


 くくく。

 いいだろう。

 僕の内に眠る真の力を解放してみせようじゃないか。


 この――――






 ――――<暗黒ブラックリング>の力によって!

 

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