第84話 やかましい冒険

「<暗黒爆裂斬>ッ!!」


 <蜃気楼の塔>の2階。

 出てきた魔物は懐かしのポイズンリザードだ。

 しかも通常よりも随分でかく、まるでボス・ズンを彷彿とさせる。


 スキルの力を封じられた僕は、毒の息を避けながら木刀で攻撃を加え続けた。

 <エア・ライド>があれば余裕を持って避けられる攻撃も、生身だと相手の動きをよく見てギリギリで躱さないといけない。

 この感覚もまた懐かしく感じる。

 知らないうちに、随分と<エア・コントロール>に頼ってしまっていたようだ。


「強そうな技名の割に、動きのムダが多いねえ」


 ヴィオラは腕を組んで見ているだけだ。

 

 マイラ島にいた頃に比べレベルアップしているので、あの頃のように逃げ回るだけではない。

 攻撃を避けながら何度も痛撃を加えているが、木刀で打撃耐性のあるポイズンリザードはやはり辛い。

 

 狙うなら急所。目だ。



「闇に沈めッ。<一突いっとつ>!」

「ギャウウッ!!」


 ポイズンリザードの目を狙ったが、ぎりぎりで瞼を閉じられてしまった。

 とはいえ急所を疲れたポイズンリザードは痛みにのたうち回っている。


「やれやれ。アンタ今、突く前に僅かに木刀を引いたの気づいているかい?」

「なに? 引いてないだろ」

「手が動かなかっただけさ。力が集中できてないんだよ」


 確かにスキルが使えるなら<エア・スラスト>を放つタイミングだった。

 無意識のうちに身体が反応してしまっているのか?



「ギャウギャウ!!」

「今ちょっと考え事してるんだよッ!


 飛びかかってきたポイズンリザードを躱し、その後頭部に木刀を振り下ろす。

 大きく口を開けてうめき声を上げるが、倒れはしない。

 そのまま2撃目を加え、回転しながら飛び上がって3撃目。

 最後に体重を全て乗せた4撃目を放ち、ようやくポイズンリザードは光の粒となって消えた。


 最近あまり困ってなかったから忘れてたけど、刃物がほしい……。



「無様だねぇ。無理やりもいいところだよ」

「木刀なんだから仕方ないだろうが」

「きちんと振れていれば、あんな魔物は一撃さ。つまりあんたが未熟なのさ」


 ヴィオラはそれから僕の悪いところをいくつか指摘した。


 まず力の流れに無駄がありすぎるところ。

 踏み込み一つとっても、動き出しの前に既に流れが乱れているのだとか。

 重心の位置を小指一つ分下げて、踏み込みの足に瞬間的に力を流し込む事を意識しろと指示された。


 次に相手の行動に対する対処が遅いこと。

 今の僕は動き出す直前にしか行動を起こせていない。

 相手の力の流れを呼んで、相手が自分で意識をするよりも前に動きを読めという。

 未来予知かよ。


 そしてその二つができていないからこそ僕にある最大の欠点。

 火力不足だ。


 力の流れに無駄があるから威力が乗せられず、相手の力の流れを利用しきれていないから更に減衰する。

 これらが完璧に噛み合わされば、今の僕のレベルならポイズンリザードごとき一撃らしい。


「そんなに変わるか?」

「99出来ていたとしても、100の威力には遠く及ばない。完璧にコントロールした力の流れというのは、それほど強力なのさ」


 僕の場合はスキルの力で強引に威力を乗せていた。

 ヴィオラ曰く「最悪だね」との事。



「スキルの力ってのは手足の延長。本来は力を乗せるものさ。あんたの場合は自分の力の流れをぶった切って、無理やりスキルの威力を乗せていただけ。あれならスキルを使わない方がマシってもんさ」


 下級スキルで頑張って工夫してきたというのに、なんたる仕打ち。

 まさにアイヴィス・トラップ。

 試練の難易度が段違いだぜ。


 僕はヴィオラの指導を受けながら、次の階層を目指して歩いている。

 その間も、力の流れを完全に制御することを意識し続けていた。


 歩く。

 力の流れを完璧にしようとすると、ただそれだけの事がこんなにも難しいとは。


 3階に上がってすぐ。

 奥の通路からがしゃりがしゃりと何かが近づく音がした。

 そして姿を現したのは、またしてもトカゲの魔物だ。

 ただしトカゲはトカゲでも――――。


「おっ、生きがいいね」

「こりゃ最上階はダイヤモンドだな」

「あはは。そりゃ大儲けじゃないか――――アンタが死ななければね」



 ――――錆びた鉄の鱗を纏う、ラスティリザードだった。



 くく、闇の波動を感じてきたぜ……!



----


「げっ、入り口ひとつだし」


 砂嵐を抜けて、たどり着いた先にあった<蜃気楼の塔>には入り口がひとつしかなかった。

 そうなると難易度はB級。

 あたし達の手には負えない。


「いや、どうやら先に二つの入り口が閉じられているだけのようである」

「先を越されてしまいましたねー。でもひとつ残っているから大丈夫です!」


 まさか先を越されるとは思ってもみなかった。


 ムーシの案内で相当アドバンテージがあったし、何より途中からは後から延びできた赤い線を辿ってきたが、誰にも追い越されていない。

 であれば先に入ったのは<イース>から出発した冒険者ではないだろう。


 たまたまこの辺にいた冒険者がいたのだろうか?


 シュバルツゲイザー達を適当なところに放置し、待っているように告げる。

 元々軍の施設で育てられていた大トカゲだ。

 こうやって言い聞かせれば、よっぽどの事がないかぎりその場を動かない。


「D級難易度であっても、拙者たちには格上であるぞ」

「無理そうなら引き返すし」

「大丈夫です! お侍さんの刀で全て解決ですッ!」

「物語とは違うのであるがな……」


 ヴィヴィの侍に対する認識は完全に物語由来だ。

 刀を振りかざしてばっさばっさと敵を切り倒していくらしい。

 残念だが、サスケは10歳でジパングから追放されており、侍としての技は未熟なままだ。

 それでも世界を旅してきた実力があるが、さすがに物語の主人公のようにはいかないだろう。


 気楽な様子で塔の中に足を踏み入れるヴィヴィ。

 その後ろをついていき、3人全員が塔に入ったところで門が勝手に閉められた。

 塔の壁面には光石が設置されており、視界は良好だ。

 だが、最低でも一階層で宝箱を発見するまでは帰れないようだ。

 

 もし、一階から勝てないような魔物が出てしまったら――。



「まあ、サソリさんにはお家があったんですね!」


 出てきたのは道中であっさり真っ二つにされていたサソリの魔物だった。

 足元が砂であれば同じような結末を迎えるのだろうが、残念ながら塔の中はしっかりとした石造りだ。

 あたしとサスケで挟み込むように魔物に接近する。


「ルッル殿、あの尻尾の針に気をつけるのである!」

「わかってるし!」


 冒険都市を出てから2ヶ月。

 旅の間もちゃんと訓練を続けていた。

 突き、払いを覚えたあたしは、ついに移動しながらの攻撃すらも我がものにした。

 師匠にも「ようやく人並みになったな」と褒められるほどの急成長だし!


 サスケの方を向けと念じていたのが伝わったのか、サソリの魔物は刀を腰に納めたまま接近するサスケに狙いを定めたようだ。

 尻尾を使ったするどい刺突がサスケを襲う。

 サスケがそれを避けると同時にあたしが放った突きが、サソリの頭をとらえた。



「――ッ! 固いしッ!」


 砂で簡単に真っ二つになっていたはずの甲殻だが、返ってきた感触は鉄の鎧を叩いたかのようだった。

 多少ダメージは与えられたと思うが、これではいくらあてても倒せない。

 サソリの注意がこちらに向いたところで、バックステップで距離を取る。

 その隙にサスケが尻尾の付け根に斬りつけた。


「ちぇすとぉぉ!!」

「きゃあお侍さんカッコいい!」


 外野の声がやかましい。


 気合いを込めて振り抜いたサスケの刀は、尻尾を根本から切断することに成功していた。

 ギシャァァ、と悲鳴を上げるサソリの魔物は、めちゃくちゃにハサミを振り回している。

 あとはゆっくりと隙を伺いながらトドメを刺せば――――。



「隙ありぃー!」


 ズドンッ!


 勢いよく飛び込んできて、サソリに飛び蹴りを繰り出したヴィヴィ。

 気の抜けた掛け声とは裏腹に、その威力は相当なものだった。

 

 サソリの魔物は壁際まで吹き飛ばされ、ずるずると落ちながら光の粒となり消えていく。

 サスケに切り取られてびちびちと跳ねていた尻尾部分も消えていき、先端の針だけが残された。

 どうやらドロップアイテムのようだ。


「<毒針>です! チクッとしたら30秒であの世行きっ!」

「怖すぎるしっ!?」

「うそです! ホントは泡を吹いて倒れるだけです!」

「十分怖いのである……」


 すぐに毒消しを飲めば問題ないとのこと。

 やたらとヴィヴィが「本日のラッキーアイテムは丸いお薬ですよっ!」と勧めてきた理由がこれか。

 もっと直接的に言えし。


 間違えて刺さると怖いから<毒針>は放置だ。


「それにしてもやはりヴィヴィ殿は十分な戦力であるな」

「というか一番強いし」

「やだあ! 煽てても金銀財宝しかでませんよ!」

「とんだ錬金術だし」


 しかし一階からこれだと、最上階を目指すのは難しそうだ。

 過去、<神酒>は最上階の宝箱から持ち帰られた事がある。

 炎の双剣<フレイムタン>もそうだったようだが、最上階の宝箱はその冒険者が最も望むものになるのではないかと言われている。


 だから<神酒>が出る可能性が一番高いのは最上階だが、たどり着けないのであれば仕方がない。

 途中の宝箱から出現するのを祈るしかないだろう。



「無理はせず、難しそうなら一階に引き返す。よいな?」

「屋上から星を眺めるんですね。お侍さんはロマンチスト!」

「拙者の言うこと聞いてるであるか!?」


 聞いてるわけないし。


 人の命がかかってるんだからやるだけはやる。

 でも自分の命が優先。


 ぎゃーぎゃー騒ぐ声を聞きつけて、奥から新たなサソリの魔物がやってくる音がした。



 まずは一階層の宝箱を見つけて退路の確保だし!

 

 

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