第82話 それでも冒険を続けるのかい?

 砂漠の夜は冷えますね。

 昼間抑えつけられている鬱憤でも晴らすかのように、冷たい風が吹きつけます。


 私は、トカゲ族の国にある広大な砂漠に佇んでいました。

 ここはかつて人の営みがあり、そして打ち捨てられた廃村。

 どれくらいの月日をそうしているのかは分かりませんが、二階部分だけが砂に埋もれなかった教会。その屋根の上に立ち、空を眺めています。


 分厚い雲の合間から、時々月が顔を出します。

 僅かに残った薄い三日月。

 もうすぐ夜に溶けてしまいそうですね。



「――――中に入った方がいいですか?」


 ふと視線を感じて足元をみると、アグニャが私を見上げていました。

 彼女はこの地で出会ったトカゲ族。

 見分けが付きづらいトカゲ族において、彼女だけは簡単に見分けることができます。顔に大きなヤケド痕があるからです。


 全部で六人いるという、アルベルト様の使徒の1人ですね。


 使徒はゲイラやアミラのように、元は<敵対者>と呼ばれるスキル無しだった者達。

 その<敵対者>がアルベルト様から<力>を授けられ、特別な存在として仕えているのだそうです。


 ちなみに私は使徒ではなく、<器>と呼ばれています。

 一体何の器であるのかは、聞いても応えてはくれないのですが……。



 アグニャは私の問いに小さく首を降って応えました。

 別に構わない、という事でしょう。

 口数が少ない娘なので、こうして身振りで会話するのにも慣れてきました。



「エルフィナが見張っているように言ったんですか?」


 今、ここにいるのは私とアグニャとエルフィナの三人だけです。

 アルベルト様は帝国から帰還の要請を受け、ゲイラとアミラを連れて船で帝国に向かいました。

 エルフィナは自分が残るのを嫌がっていましたが、私を死なせかけた失態の挽回の為という理由で結局残ることになりました。


 それからの二人旅はほとんど沈黙でしたね。

 途中でアグニャが旅に加わってくれたものの、無口なので会話らしい会話はほとんどありませんでした。

 少ない会話の中で、どうやら炎の精霊のいる場所を目指しているという事は分かりましたが、私が連れてこられた理由までは不明です。


 果たしてこのまま同行していてもいいものか。

 私の中に疑念が広がります。

 そしてその疑念の種は、おそらく見透かされているのでしょう。



「……冷える、よ」


 ボソリと呟かれた声。

 私は僅かに目を見開きました。

 彼女がこうやって自分から声をかけてくれるとは思わなかったからです。


「ありがとうございます。冷たさは感じるんですが、体が冷えたりはしないようです」

「……そう」


 人間ではないから、なんでしょうか。

 感覚はあるのですが、身体には気温の変化の影響を感じないのです。


 正直、記憶がないので人間ではないと言われてもピンときません。

 最初からそのようなものだった、としか思えないのです。

 記憶が戻ればもう人間には戻れなくなるという話でしたが、そうなった時に私は悲しさを感じるのでしょうか?


 そうなったら、あの男は――――。



「――――<蜃気楼の塔>」

「え?」


 思考が逸れていたところに声をかけられ、思わず聞き返します。


「……ボク達が向かう場所。そこに火の精霊がいる」

「そう、ですか。それで、そこで何をするのですか?」


 どうやら旅の目的を教えて頂けるようですね。

 無口なアグニャをメッセンジャーにするとは、エルフィナはよっぽど私が嫌いとみえます。

 何が理由なんでしょうか?


「……前に弱らせておいた。精霊石を拾いにいく」

「弱らせた? 精霊を?」

「……そう」


 よくわかりませんね。

 精霊というのはそんなに脆い存在なのでしょうか?


 とはいえこの旅の目的がようやく知れました。

 精霊石を集めているのですね。

 あのしゃべる虫は私のことを精霊石だと言っていましたが、アルベルト様は私のような人間を増やそうとしているのでしょうか?


 手持ちでは情報が足りなさすぎて、予想もできません。



「……出発時期は不明。でも恐らくもうすぐ。魔素の揺らぎを感じる」

「魔素の揺らぎ……?」


 私の疑問には答えず、「それまで待機」とだけ言ってアグニャは教会の中に戻っていきました。

 伝えるべきことは全て伝えた、という事でしょう。



 私は再び空を見上げます。

 先程まで見えていた月は分厚い雲の裏側へ隠れてしまいました。

 

 悠然と流れる雲を見つめながら、私は思います。



 果たして私は、自分が何者であるかを知るべきなのでしょうか――――?



----


「ふっ! はっ!」


 僕は夜の砂漠で一人、頭の中でイメージした敵と模擬戦を繰り返していた。

 いま闘っているのはスキルを使う前の英雄サマだ。

 今の所13戦13敗。

 スキルを封じられた状態では、どうしても決定打にかける。

 負けが続いていた。


 ちなみに騎士サマの場合はデッドゾーンを抜ける手立てがなく、近づいた瞬間に殺されて終わる。



「うりゃっ! くっ――――」


 14敗目だ。

 僕は肩で息をしながら、額の汗をぬぐった。

 砂漠の夜は気温が低く、火照った身体もすぐに冷えてしまう。


 ヴィオラのアドバイスを受け、僕はスキルなしで強くなれる道を探っている。

 だがこうしてイメージでの模擬戦を繰り返してみても、強くなれる気がまったくしなかった。


 やはりスキルがなくては、という言い訳は無駄だ。

 何せスキルなしのヴィオラにこてんぱんにされた張本人だからな。

 最低でもあれぐらいは可能なのだと、身を持って知らされている。


 とはいえきっかけすら掴めていないのは事実。

 マイラ島ではこういった時どうしていたか……。


 思い返してみると、大体アンリと試行錯誤を繰り返していた。

 やっぱり相手がいるのといないのとでは違うよな。


 アンリ、マイラ島に帰ってんのかな……?



「おや、諦めたのかい?」


 何となしに空を見上げていると、背後から声をかけられた。

 振り返るとニヤニヤといやらしく笑うヴィオラがこちらを見ている。


「ちょっと考え事してただけだ。たった数日で諦めるわけないだろう」

「そうかい? まったく進歩してないからねえ、嫌気がさしたかと思ったよ」

「英雄ってのは一瞬で――と。今は英雄じゃなかったな」


 それを取り戻すために修行中だからな。


 ヴィオラには僕の冒険をかいつまんで伝えてある。

 僕が今、英雄と名乗れない理由についてもだ。



「<英雄皇子>ね。いっとくけどアイツはアタイよりも強いよ?」

「知ってるよ。目の前で見たからな」


 ヴィオラのスキルがどんなものかは知らないが、スキルを使った英雄サマに及ぶとは思えない。

 あの強さは、まさに世界最強に相応しいだろう。

 ま、僕がそれを超えてみせるけどな!


「っていうか英雄皇子が戦っているのを見たことがあるのか?」

「まあね。随分昔のことだけど、今のアンタよりは腕がたった」

「ふっ。明日はどうかな?」

「変わんないだろうさ。――今のままならね」


 含みをもたせてくれるじゃないか。

 

 ヴィオラはゆっくりと歩み寄ってきて「その木刀を貸してみな」と言った。

 僕から木刀を受け取ると、それを両手に持って構えを取る。

 その構えは僕の構えとそっくりだった。


「なんだ、真似か?」

「どうだろうねえ」


 そう言ってヴィオラはゆっくりと動き出す。

 横払い、突き、切り下ろし、切り上げ。

 丁寧に丁寧に動くそれは、僕がやっている<ゆっくり練習法>そのものだ。


 だが驚くべきはその重心移動。

 一切のブレがないどころか、傍からみていて力の流れがまったく見えない。

 つまり、全ての力の流れを身体の内に収めきっているという事だ。

 

 ヴィオラは視線や筋肉の動きで次の行動を予測すると言っていたが、このレベルでは外からみて動きを予測するのは不可能だ。

 気づいた時には斬られている。

 そんな絵が頭に浮かんだ。


「ゆっくりやれば出来ることも、真剣勝負の場では完璧にとはいかない。いかに達人であってもね」


 滑らかに動きを続けながら、ヴィオラは語る。


「人には心がある。心のブレは、身体のブレとして必ず表出する。真の達人同士の戦いは、互いの精神を揺さぶり合う緻密なものになる」


 身体がブレているうちは話にもならん、という事か。

 

「火力が必要になってくるのは、そのレベルに達してからだ」


 つまり何か? 

 僕の武技の腕が優れていれば、アイロンゴーレムも、ギガ・アナコンダも倒せていたと?

 さすがに無理じゃないか?


 ヴィオラが二刀を頭上に構えた。

 

「昔の英雄は言ったもんさ。『敵の火力なんて無意味だわ。だって――――』」


 ああ、それなら知っている。

 ジュリアンヌの至言シリーズだな。


 僕はヴィオラの言葉を引き継いでその先を口にした。



「『――――当たらなければどうという事はない』」

「そうさ。こんな攻撃でもね」


 そういったヴィオラの腕が霞む。

 上段からの振り下ろし。

 ただの素振り――――のはずが。



「なっ――――!」



 ――――爆音。


 

 数十メートル先にある砂が、まるで巨大な剣を叩きつけられたかのように抉られ、津波のように大きく舞い上がった。

 その規模たるや。

 上級スキルである武帝の土魔法に劣らない威力。


 ポッカリと地面に空いた大穴には、滝のように砂が流れ込んでいく。

 ぼんやりとした星明かりではその底を見通すことはできない。


 いくら剣速を早めたからって、こうはならんだろう……。



「……火力もやっぱり必要だと思うんだよ」

「あー……。まあ、これはちょっとアレだね。次の段階ってやつさ」


 完全にやりすぎたって顔してるだろ。


「出来るようになるのか、これ?」

「やっといてなんだけど、これはさすがに……いや、世界樹の木刀とアンタのスキルがあれば出来なくもない……のか?」


 歯切れが悪いな。

 だがなるほど、さすが世界樹というべきか、僕に選ばれた武器もタダものではなかったというわけだ。

 可能性があるというなら僕には出来る!


「で、やり方教えてくれるんだろ?」


 見て覚えろ系でもいいぞ!

 砂漠の形が変わりそうだけどな!


 だがヴィオラは首を横に振った。


「悪いけど、これだけの威力の技をそこいらの奴に教えるわけにはいかないね」

「見せつけといてそれはないだろッ!」

「アンタ自分が賞金首だって忘れてないかい? 悪用されたら下手すりゃ国が滅ぶ」


 そりゃそうだが。

 だが僕は英雄になる男。

 悪用なんてするわけないから問題ない!


「だからアタイが教えてやるとしても、純粋な武技だけだ。それにだって条件がある」

「むぅ。まあ、とりあえずそれでもいい。で、条件って何だ?」

「アタイの問いに正直に答える事さ」


 なんだそんなの。

 僕はいつだって自分に正直に生きているからな。


 問題ないと頷く僕を、ヴィオラは真剣な眼差しで見つめ返した。

 ここから先、一切のごまかしは許さない。

 そんな意思が込められた強い瞳だった。


「アンタ、どうして強くなりたい?」


「英雄皇子に取られたモノを取り返して、英雄になるためだ」


「どうして英雄になんてなる必要がある?」


「子どもの頃からの夢だからだ」


「夢なんていくらでも変わる。諦めればいいじゃないか」


「嫌だね。俺は最高の冒険をする。そしてその先で必ず英雄になるんだ」


「最高の冒険ってのは何だい」


「苦難と試練を乗り越えた先にある、光り輝く物語のことさ」


「何でそんなもんをする必要がある? 有名にでもなりたいのかい?」


「いいや。ただ、最高の冒険を魅せると約束したんだ」


「……誰とだい?」


「アイヴィス様だ。冒険神アイヴィス。俺とアンリの神様さ」



 一問一答を繰り返し、僕は淀みなく全てに回答した。

 

 ヴィオラは真剣な眼差しでこちらを見ている。

 トカゲ族の表情は分かりづらいが、考え事をしているような、決めかねているような顔をしている。


 しばらく沈黙した後、ヴィオラは最後の質問を口にした。



「あんたの神様とやらがもし、『もう約束は守らなくてもいい』と言ったら、それでも冒険を続けるのかい?」



 僕は一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 

 アイヴィス様が冒険を魅せなくてもいいと言うだって?


 考えたこともなかった。


 だって、僕の中のアイヴィス様は冒険を心から愛し、決してそんな事は言い出さないからだ。


 だが、ヴィオラの表情は真剣そのもの。

 僕はこの問いに答えないといけない。


 目を閉じて考える。

 そこには見たことのない、僕の想像が生んだ神様の姿がある。


 冒険の神様だから、当然冒険者のような格好をしている。

 でももちろん普通の装備なんかじゃない。

 その鎧は竜の一撃だって防ぎ、腰に差した双剣は大地を割る。

 最強の装備だ。


 風に靡く長い黒髪。

 なぜか、人族の女の人の姿をしている。

 まあ人族の僕が考えたのだから、その変はご愛嬌といったところだろう。


 大きさに関わらず何でも入る不思議な袋。

 吹けば竜が飛んでくる伝説の魔道具。

 僕の思い描くアイヴィス様は、冒険譚に語られるどの英雄よりも、もっと自由で冒険者らしかった。

 

 そして冒険の神だから、自分が冒険をするだけではなくて、人がする冒険も大好きだ。


 そんなアイヴィス様から僕とアンリはこう言われたのだ。


 

 『私にみせて。あなた達の物語を』




 ――――と、いうことになっている。


 

 そんなアイヴィス様から『もういいよ』と言われたら冒険を辞めるか?


 自分の心に問いかける。


 答えはすぐに浮かんできた。



「……で、どうなんだい?」


 目を開き、ヴィオラの目を真っ直ぐに見返した。


 もとより迷いなんてない。


 僕はキッパリと答えた。



「辞めないね。例えアイヴィス様がどこかに行ってしまったとしても、気になって戻ってきてしまうぐらいの最高の冒険を、俺はしてみせるッ!」



 僕の答えを聞いたヴィオラは、静かに目を閉じた。


 しばらくそのままで微動だにしなかったが、やがて目を開けると、ニヤリと笑った。



「いいだろう。合格だよ」



 ヴィオラの中で何が基準だったのかは分からないが、どうやら認められたらしい。

 僕は突き返された木刀を受取り、それを腰に戻す。


 初めての師だ。


 

 師は、雲の切れ間に浮かぶ三日月を背負って立っていた。


 砂漠の冷たい風に吹かれ、マントがたなびく。


 目を僅かに細め、そして告げた。









「今日からアンタは――――<ダブル・ハイパーストロング・ソード>流の門下生だ」 


「あ、すいませんやっぱナシで」



 そのネーミングはないわ。


 

 

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