間話 ディ・ロッリ追跡隊

「頼もうですわ!」


 ワタクシは小さな冒険者ギルドの扉を勢いよく開きました。

 中にいた冒険者たちが何事かとこちらに目を向けます。

 その中をワタクシは堂々と歩いていきました。


 ふふん、これも公務。

 凶悪な犯罪者を捕まえることに何をはばかることがありましょうか。


「姉御、もうちょっと普通に入りやせんか?」

「……目立つどん」


 ワタクシの後ろから文句を言ってくるのは、この栄えある公務にあてがわれた部下の二人。

 ひょろっとした猫背の男がサスヴィッチ。

 斥候と呼ばれる情報収集に長けた陸軍の兵士です。


 対象的なもうひとりは、ボドムスという巨漢です。

 こちらも陸軍所属ですが、戦場では巨大な盾で魔法兵を守る役目を担います。


 そして海軍所属のエリート魔法兵であるワタクシ。

 この3名の少数精鋭で、国に仇をなした凶悪犯罪者を追跡しているのです!


「サスヴィッチ、その姉御というのをやめなさい。隊長です」

「しかしですね、他所様の国で堂々と軍属を名乗るのはマズイでヤンスよ?」

「ちゃんと国際捜査令状を持っています! 問題ありませんわ!」


 そういう事じゃないんでヤンス。とうなだれるサスヴィッチ。

 何が問題だというのでしょうか。

 ワタクシはうだつの上がらなそうな受付の前に立ちました。


「あー。何か御用で?」

「ここにディ・ロッリという賞金首がいましたね?」


 このホビット族の国にあの方が来られたというのは確定情報です。

 さあ、どこにいるのですか!?


「まあ、いたが。でも今は……」

「隠し立てするとヒドイですわよ! どこにいるのですか!」


 早く情報を聞き出したくて、身を乗り出して詰め寄ります。

 ああ、一刻も早く会いたい――い、いえ。これは公務。あの方は賞金首。決して私情など挟んではいませんわっ。


「姉御、ちょっと変わってくだせえ……。少し前にここのギルドからディ・ロッリの目撃情報があがっているでヤンス。今どこに行ったか分かるでヤスか?」

「あんたら賞金稼ぎかい……? あいつの行方なら、タット! おいタット!!」

「ちっ、なんだよめんどくせえな」

「庭に水撒いてばっかいんだからヒマだろうが! <黒の歴史書>の事が聞きてえんだとよ!」


 奥からホビット族の青年が面倒くさそうに歩いてきました。


「で、なに? 俺いそがしいんだけど」

「ご協力感謝するでヤンス。あっしらは賞金首ディ・ロッリを追っているでヤンスが、今どこにいるか心当たりはないでヤスか?」


 ホビット族の青年は「んー……まあ、いいか」と呟いて、サスヴィッチの問いに答えました。


「あいつなら冒険都市に向かったよ。もう2週間も前だから、そろそろ着いたんじゃないか?」

「冒険都市! また新たな伝説を生み出すのですね――」

「ん?」

「い、いえ。なんでもありませんわ」


 公務公務、公務ですわ。

 

 2週間前となると、どうやら王都を出てしばらくはこの街に滞在していたようですわね。

 軍はまず主要な港から当たりはじめます。

 このように少し外れの街に身を隠すのは正しい判断だと言えるでしょう。

 さすがですわ!


「今から追いかけても遅いかもしれないでヤンスが、とにかく急ぎやしょう」

「待ちなさい」

「どうしたでヤンスか?」


 まだ大事な聞き取り調査が残っていますわ。


「ディさま……いえ、ディ・ロッリがこの街で何をしたのか詳しく話しなさい」

「行き先がわかったんだからいいだろ。なんでそんな――」

「捜査に協力しないというのですか!?」


 大事なところですわ!

 行き先はもちろん最優先。

 しかしあの方がこの街で何をしたのか知ることも大事なのですわ!

 さあ、どんな素敵な物語なのか教えなさいッ! 

 早く! 早くなさい!


「ちょちょちょ、姉御! そんな首を締めたら死んでしまうでヤンスよ!」

「……殺人、よくないどん」

「ああっ――」


 ボドムスに引き剥がされます。

 ホビット族の青年はむせ返りながら、怯えたような目でワタクシを見ていました。


 ――早くなさい。


 目でそう訴えると、慌てた様子でようやく話をはじめました。


「わ、分かったよ……。あいつと初めてあったのはギルドの前で――――」



----


「これが魔道輪船パドルシップですのね」


 ホビット族の国と獣人族の国の間にある海峡は、船で一日程度の距離です。

 しかし風向きは横風になることが多く、普通の帆船では操船が難しいという事情がありました。

 そのため、このように船の両脇に水車のようなものをつけて、魔石の力で回すことで推力を得る魔道輪船という特殊な船が開発されたのです。


 魔道輪船は速度も出ず、しかも魔石を燃料とするのでコストがかかります。

 そのため長距離の航行には向いていません。

 しかし風の影響を受けづらいことから、このような決められた区間を往復する用途に向いていると言えるのですわ。


「ああ、この辺りにディ様も触れられたかしら……うふふ……」


 定期船はこの1隻のみ。

 であればあの方が乗船された可能性も高いというもの。うふふ。


 少し離れた場所ではサスヴィッチとボドムスが腰を休めています。



「なあボドムス。うちの隊長ってやっぱおかしいでヤスよね?」

「……ちょっと変」

「でヤンスよねぇ。なんか賞金首を追っているというよりは、逃げた恋人を追いかけるている様子というか……」

「……特殊任務。特殊な隊長」

「ブフッ! ボドムス、お前面白いでヤンスねぇ」


 なんだか仲が良さそうで何よりですわ。

 軍はチームワークが大切ですのよ。



----


 ワタクシ達は冒険都市に着きました。

 ホビット族の国を発ってからすでに2週間。

 あの方はまだ滞在なさっているでしょうか?


「まずは冒険者ギルドでヤンスね」


 サスヴィッチの先導で街を歩きます。

 全員、この街へ来たのは初めてですが、サスヴィッチが行き交う人に的確に道を訪ねていき、迷わずにギルドまでたどり着くことが出来ました。

 見た目はあまり軍人っぽくないのですが、さすがはアルメキア軍の斥候ですわね。


 冒険者ギルドの中に入り、そしてカウンターに向かう途中……。


「ああぁーーーーーーー!!」

「ど、どうしたでヤンスか!?」


 ワタクシははしたなくも大声を上げて、それへと駆け寄りました。


「い、い、一千枚!? 金貨一千枚ですわっ!?」


 何より新しい似顔絵になっていますわっ!

 新作っ! ディ様の新作ですッ!


 羊族の女性受付がカウンターから飛び出してきました。


「ダメですよ、手配書を勝手に剥がしちゃ! 戻してください!」

「でででも、新作が……!」

「姉御、姉御。手配書なら受付でちゃんと貰えるでヤンスから……」


 そうか、新品が貰えるのですね。

 保管用、観賞用、実務用として……。


「では300枚ください」

「姉御ッ!?」


 なぜかボドムスに取り押さえられて、引きづられていくワタクシ。

 その間にサスヴィッチが聞き取り調査を行っています。


「隊長、落ち着くどん」

「うう……。面目ないですわ」


 ボドムスに諭されるワタクシ。

 巨体だからでしょうか、なにか包容力のようなものを感じるのですわ……。


 落ち着いて手配書をもう一度眺めます。

 何をしたら金貨一千枚だなんてとんでもない手配額になるのでしょうか?

 

 

 獣人の国の帝都を守る結界術と同じものを一撃で粉砕……?

 さらに武帝祭で<武帝>と<英雄皇子>へ宣戦布告。

 その後両者の手から逃れて逃走中。

 現在、アルメキア王国、グラディウス帝国、サヴァリアーク国の三国からの国際指名手配を受けている。



 れ、歴史的大事件じゃありませんの……!?

 これをたったお一人の力で?


 は、は、は――――。



「はぁぁぁぁぁん! ディ様ぁぁぁぁぁ!!」

「姉御ー、情報収集してきたで――ってボドムス! 見てないで取り押さえるでヤンスッ!」

「……うす。どん」


 ああ、なんだか舞い上がっているような気分ですわっ。

 机もイスも冒険者も飛んでいるような――。


 ああディ様、素敵です。

 早く貴方にお会いしたいですわ――――。





 うふふふふふふふ――――。

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