間話 先に教えて頂ければ
さて、僕がマイラ島に帰ってきてから半月が過ぎました。
ディさんが色々と騒ぎを起こしてくれたお陰で、捜査は楽に進めることができましたね。
噂ではアンリさんと思わしき人の脱走もあったようです。
あの後ディさんは指名手配されて行方不明になっていますが、まああの人ならきっと喜んでいるでしょうし、完全勝利といってもいいでしょう。
ギルド本部を出る前にディさんの二つ名を決めるという話があったので、マイラ島の冒険者たちがディさんを<黒の歴史書>とよんでいる事を伝えておきました。
最初の手配書は急ぎだったので間に合いませんでしたが、そろそろ二つ名入りの手配書が発行される頃合いです。
きっとうちのギルドでは大騒ぎでしょうね。
「ホロホロ先輩。ポーションが足りなくなりそうです」
「今日はケガ人が多いですからね。たまにそういうラッキーデイもあります」
「ラッキーデイ……?」
患者は多いほうが楽しいじゃないですか。
首を傾げているのは、僕が王都へ行っていた間に治癒士として働いてくれていた新人くんです。
ディさん達と同じ14歳の彼は、<癒し手>のスキル持ちです。
光魔法の下級スキルの一種ですが、効果は微々たるものです。
手で触れていると痛みが和らぐ、というスキルですね。
まだまだ薬学の知識は足りませんが、冒険者の皆さんからは大層人気の様子。
いけませんね、治療には痛みが伴わないと危機感がなくなるというのに。
「商業ギルドから買い取れるポーションの数は決まっていますからね。僕があとでバザールの商人から買い取ってきましょう」
「そんな、買い物なら私が」
「いえいえ。バザールの商人の相手は新人くんにはまだ厳しいでしょう」
ポーションというのは劣化します。
それは薬効となる魔素が空気中に霧散してしまうからですが、容器の素材によってその速度が変わります。
最も安価な木製の容器の場合、効果は大体3日持てばいい方でしょう。
次に一般的なガラス瓶の場合、これは2週間は持ちますね。
同じガラス瓶でもスキルにより特殊加工がされている場合、効果は永続で持ちます。
魔木で作られた容器の場合は、時間が経てば逆に薬効が高まりますね。
ハイ・ポーションと呼ばれる高価なポーションの容器が魔木で出来ています。
普通の木材と魔木の区別は見た目ではわかりません。
だから悪徳な商人なんかは、魔木と偽って安いポーションを売りつけたりするわけです。
ガラス瓶ポーションであっても、中身が入れ替わっていれば意味がありません。
さらに使用期限が切れていたとしても、見た目ではわからないのです。
その辺は商人の様子をみたりして信用できるか判断するか、試しに皮膚に垂らしてみるか。
まあ交渉術次第ですね。
そんなわけで、商人ギルドや地元の店舗以外からポーションを調達するというのは、普通の買い物に比べてずっと難しいのです。
「ではしばらくは任せましたよ」
「はいっ。お願いします!」
僕は受付を新人君に任せてバザールへと向かいました。
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都市マイラのバザールは戦場です。
ここに露店を開くのは船でやってきて、自国へ戻っていく商人がほとんどです。
バザールは掘り出し物の仕入れのチャンスである反面、長旅の元を取る機会でもあるんですね。
しかも相手は仲の悪い帝国、または王国の商人。
スキあらばふっかけてやろうと、虎視眈々と待ち構えています。
しかしそれは買い取る側も同じ事。
相手の商人とはほぼ二度と会いません。だから出来るだけ安く買い叩いてやろうとあの手この手で値引き交渉をします。
そんな思惑がぶつかり合い、日々商人たちがしのぎを削る場所。
それが都市マイラのバザールです。
「凄く綺麗な布だねっ」
「そうだろう? これは獣人族の国でとれた最高級の綿花を、ホビット族の職人が仕立てた最高品質の布さ!」
「すごーい! でもやっぱり高いの?」
「そうだなあ。お嬢ちゃんは可愛いからな! 一反で金貨1枚でどうだい」
「え――ぅっ。ひっく、ひっく……!」
「ちょちょちょ! どうしたんだいお嬢ちゃん!」
「だって、金貨なんて……! あたし……お母さんのプレゼント……! うわぁーん!」
「お母さんへのプレゼントなのかい!? そ、そうか。わかった。私も鬼じゃあない! 銀貨80でいいよ!」
「ありがとうおじちゃん……。でもお金足りないみたい……。もう行くね。おシゴトの邪魔してごめんなさい――――ふゆっ!」
「あああ、ちゃんと足元をみて! ほら、大丈夫? 泣いちゃだめだよ。えっ、最後にお母さんの――? そ、それってどういう。ええっ! くっ……私は、一体なんのために商人になったんだ……! 思い出せ、駆け出しの頃の想いを! お嬢ちゃん、分かったよ。お嬢ちゃんが持っているだけのお金で売ろう! なあに、これぐらいの損失なんてすぐに取り戻して――――えっ、銀貨10枚……?」
えげつないですね。
さすが都市マイラの災害天使ことシスター・ロッリです。
初めてマイラ島にやってくる商人では太刀打ちができませんね。
まあシスターに買い叩かれた商人は成功するといいますし、中には幸運の幼女とよんでありがたがる者もいるらしいですが。
「今日は薬売りが見つかりませんね……」
ポーションは普通は各地の商業ギルドが製造と販売を独占しています。
別に決まりがあるわけではないのですが、ポーションを製造するための装置はトカゲ族の国でしか作れない特注品。大変高価です。
そのためにある程度資金を持っていないと手が出ません。
冒険者ギルドと領主なんかは買えるでしょうが、わざわざ商業ギルドと対立する必要もありませんからね。
そんな中で僕が探しているのはガラス瓶に入った格安ポーションです。
なぜ格安になるのか。
それは船旅の期間にあります。
大陸からマイラ島までは、東からでも西からでもおよそ2週間。一般的なガラス瓶に入ったポーションでは薬効がなくなってしまうギリギリの期間なのです。
船旅の備えとして常備されているポーションですが、薬効がなくなればただの水です。
その為、マイラ島についたら薬効がまだギリギリ残っているポーションを格安で売りに出すのです。
もって一日二日ですが、まあその日に使う分にはまだ効果がありますからね。
逆に帰りにはマイラ島でポーションを仕入れて帰ります。
いくらあってもポーションは足りませんから、ポショの花の納入依頼は都市マイラの冒険者の定番ですね。
「お、ありましたね。――おや?」
目的の薬売りの露店のとなり。
そこで商談をしている団体に見覚えがある人がいますね。
あれは――――。
「ミカゲね、とってもお腹すいちゃって……」
「あーダメダメ。値引きはしないよ」
「……むう。拙者の幼術が効かないでござる。マイラ島のバザールは厳しい土地でござるな」
「何回か来てる商人は耐性ついてるのよねぇ」
「アンリさん!」
僕は懐かしい顔に駆け寄ります。
無事だろうとは思っていましたが、こうしてマイラ島までちゃんと帰ってきたのを見るとやはり安心しますね。
アンリさんも僕に気づいたようです。
「ホロホロ君! 久し振りね」
「ええホントに。無事に戻られて何よりですよ。ディさんには会えましたか?」
「ええ、遠目だったけどね」
「それはよかった――ん?」
アンリさんの仲間と思われる方々。
先ほど交渉に失敗していた黒髪の少女。
これまた黒髪の、まるで魔物のような巨躯の男。
なぜか肩には丸い鳥を乗せています。
そしてその後ろで僕を指差しているエルフ族の女性。
何やら口をパクパクさせていますが、どこか見覚えが――――。
「ぎゃ……!」
「ぎゃ?」
「ギャーーーーっす! でたぁーーーっす!!」
そう叫んだ直後、アンリさん達がその姿をこつ然と消してしまいました。
いや、大男だけは残っていますね。
なぜか少し悲しそうな目でこちらを見つめています。おいて行かれたからでしょうか。
あのエルフの女性。
アンリさんが攫われた時の結界術士ですね。
どうして一緒に戻ってきてるんでしょう?
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「それで。私はこのまま身売りされるのかしら?」
「嫌ですねえ。ただ領主様が直接アンリさんにお話を伺いたいというからお連れするだけですよ」
アンリさんが帰ってきた翌日、ギルドに早々に領主様からの使いがきました。
王都での出来事について、アンリさんの口から直接事実を聞きたいとの事です。
帰ってきたばかりです。
もう少しゆっくりしてほしいという気持ちもありますが、まあ今のマイラ島にとっては最優先事項ですから、仕方がないでしょう。
今日のアンリさんは聖女もかくや、という美しいシスターローブを着ています。
王宮で貰ったものかと思いきや、なんと自前なのだとか。
どこでそんないい服を買ったのでしょうか?
「冒険者ギルドからの使いが参りました」
先導していた兵士が扉の向こうに声をかけます。
入室の許可が出され、外開きの扉が開かれました。
僕らはゆっくりと謁見の間に進み、そして略式の礼をします。
相手は最高位の貴族です。
平民といえど、礼を失する事は許されません。
「そなたが王都へ囚われていたという姫君かね?」
茶目っ気のある笑顔で尋ねたのは、マイラ島の領主であるエリストン公爵家当主。フレイバッハ公爵閣下です。
ともすれば平民では緊張して声を出せなくなってもおかしくありませんが――。
「姫君などとお戯れを。ワタクシは西区孤児院のシスター・ロッリの娘、アンリ・ロッリと申します。本日閣下のお目通りできる幸運を得て、閣下の慈悲のもと生を紡げた事に感謝を捧げに参りました」
目元を伏せ、慎ましげに淑女の礼をするアンリさん。僕はその様子をみて笑顔が引きつるのを感じました。
なるほど。王都にいた一ヶ月、ただ幽閉されていたわけではなさそうですね。
さすがアンリさんです。
対して公爵閣下は豪快に笑い声を上げました。
「ぶわっはっはっ! 市井でその名を轟かす悪童が、まさか完璧な淑女の礼をこなすとは! なるほど一筋縄ではいかぬらしい!」
「悪童などと。ただ夢を追いかけているだけですわ」
「くくく。うちの兵士たちはお前たちを追いかけるのを諦めてしまったがな」
ディさんとアンリさんの名前が出ると憲兵が動きませんからね。
まあ二人は人に迷惑をかけても危害は加えません。
毎日呼び出される兵士からしたら無視したくなる気持ちも分かりますね。
「お主を捕らえていたのはオロン将軍であろう?」
「はい。一月ほど空軍の兵舎に匿われていました」
「どうやって抜け出した?」
それから、アンリさんは王都脱出の顛末を話しました。
僕もしっかりと全てを聞くのはこれが初めてですが、攫われた初日から相手のスキルを探るために挑発し続けるというのは無謀というか豪胆というか……。
しかも2週間をかけて敵の暗部を寝返らせたり、相手の心情に訴えかけたり、一瞬たりとも諦めを感じさせませんね。
中でも最後の嵐の夜の脱出劇は公爵閣下の琴線にふれたようです。
「あのオロンのじじいの前で<ライフ・シード>を踏みにじってやったのか!」
「ええ。顔を真赤にして悔しがっていましたわ」
「ぶははははは! ざまぁみろクソじじい!」
心から嬉しそうに笑う公爵閣下。
空軍を率いるオロン将軍は公爵閣下と同い年。
王国軍とエリストン公爵軍も仲が悪いですし、色々あるんでしょう。
話が脱線したからか、これまで側に控えていた執事が咳払いをします。
「おっといかん。アンリよ、貴重な情報を運んでくれて感謝する」
「閣下のお役に立てたのならば光栄ですわ」
「もっと心を許してくれてもいいのだが――まあ致し方なし。アルフレッド、決まりだ」
白髪の執事が手を胸にやり、軽く頭を下げます。
「では、各国に通知を」
「頼む」
音もなく部屋を出ていく執事。
まあこうなることは想定されていましたが、大変な事になりますね。
間違いなくアルメキア王国軍も黙っていないでしょう。
事態を飲み込めないアンリさんが、公爵閣下に質問をしました。
「閣下、何が決まったのでしょうか?」
「なに、前々から考えていた事でな。お主の情報が後押しとなっただけよ」
公爵閣下は悪戯っぽく笑います。
アンリさんがどんな反応をするか楽しみで仕方がないといった様子ですね。
「都市マイラは本日をもって――――」
僕もアンリさんの反応には興味がありますね。
じっとアンリさんを見つめます。
「――――アルメキア王国を離脱する」
とっておきの話題ですから、閣下は自信満々でしたよ。
でも、アンリさんのほうが
アンリさんは閣下の言葉にこう返しました。
「――あら。先に教えて頂ければ王宮も爆破しておきましたのに」
公爵閣下はあっけに取られた後に大笑いでしたよ。
さすがです。
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