第77話 世界的大犯罪者

 その年の<武帝祭>は長く語り継がれる歴史的な事件となった。


 決勝戦の後に行われる、優勝者と<武帝>の仕合いへの乱入者。

 獣人の国が誇る結界術が破られたこと。

 そして<武帝>が一撃で<英雄皇子>に倒されてしまったこと。


 最後のひとつについては国際問題になるかと思われたが、迅速な治療により一命を取り留めた武帝自身がそれを否定した。

 あくまで仕合いの中で起こったことであり、これを理由として問題にすることは国の恥だという事だ。

 とはいえ何のしこりも残らなかったというわけではないだろうが。



 問題の侵入者である師匠については、当たり前のことながら国際指名手配とされた。


 手配額が聞きたいし?

 もはや桁が違いすぎてよく分からない事になっている。


 元の賞金額である金貨60枚に対し、追加で賞金がかけられた。

 帝国からは金貨40枚。

 そして獣人族の国からは金貨900枚。


 聞き間違いじゃないし。


 合計で金貨1000枚の賞金首。

 それが<黒の歴史書>ディ・ロッリ。

 あたしの師匠だし。


 もちろん、単独犯としてはぶっちぎりで世界一の高額賞金首だ。

 3つの国の中枢に単独で喧嘩を売った犯罪者なんて聞いたことがない。

 

 これと肩を並べているのは、海の国の大海賊団の首領や、世界のあちこちで暗躍している邪教徒の教祖とかだ。

 まさに世界的犯罪者の仲間入り。

 弟子としてあたしも鼻が……、鼻が高――――。



「高いわけないしっ! 師匠これどーしてくれるんだしッ!!」

「いやー、見つかっちゃった。遂に見つかっちゃったなぁ――――世界に」

「全力でみつかりに行ってたしッ!!」


 金貨1000枚ともなれば、賞金稼ぎがレイドを組んでやってくる。

 しかも海賊団や邪教徒と違い、こちらは単独犯。

 まず間違いなく集中的に狙われる。

 これから先、まともな旅なんて出来るわけがなかった。


「あたし、実家に帰らせて頂きますだし――」

「いやまて<守護者>よ。魔王の存在が確認された以上、お主が世界の希望じゃぞ!」


 <英雄皇子>が最後に使った<力>。

 あれがいかなるものかは分からないけど、ムーシが言うにはあれは<魔王>そのものであったという。

 でも姿形は人間のままだったし、見た目も目がちょっと吸い込まれそうなぐらいの闇色に変わっていただけだ。

 しかも仕合いの後にはちゃんと元に戻っていた。


「大丈夫だし。<英雄皇子>が魔王の力を使うなら世界は安全だし」

「まともな人間が魔王の力なんぞ使うものか! それに我は思い出したぞ! あの英雄の小僧、何年か前に世界樹を切り倒そうとしていたのじゃ!」

「修行の一環だし? よくある話らしいし」


 世界樹はエルフによって厳しく管理されている。

 とはいえ広大な森全てに監視がおけるわけでもなし。

 勝手にやってきて世界樹を切り倒そうとする者は後を立たないのだとか。


 エルフ大森林の奥地にある世界樹は、たどり着くだけでも相当の実力を要求される。

 無謀にも挑む冒険者たちの半数以上は道半ばで倒れる。

 そしてたどり着いた剛の者たちも、今まで誰一人として世界樹を傷つけたものはいなかったという。


「あやつは神鉄で出来た武器まで用意してやってきたのじゃ! ちょっと傷ついたんじゃぞ!」

「ちょっとぐらいなんだし! どうせすぐに回復するんだからいいし!」

「大体あやつの仲間は世界滅亡を仄めかしておろうが! 現実から目を背けるでない!」


 そうなのだ。

 ドレスアーマーは『世界を終わらせる』と言っていた。

 <英雄皇子>は明らかにそのドレスアーマーの仲間だ。

 なら、あの魔王の力を使って、何をしようとしているのかなんて明白だった。


 でも、あれだけの力を見せられて、あたしがどうこうできるはずなんて――。

 と、気持ちが沈みかけたところであたしの頭に師匠の手が置かれる。



「心配するな。英雄になるついでに世界も救ってやる」

「師匠――――」


 頼もしいし。

 でも師匠――。


「ワンパンで負けたんだし?」

「バッカお前。これからだよこれから! 一回やられてピンチになる。そこから秘めたる力に目覚めて逆転勝利。これが盛り上がるんじゃないか!」

「秘めたる力に当てはあるし?」

「もちろんだ。――――感じるぜ、俺の中に眠る力の鼓動をな!」


 意味不明に片目を抑えている師匠。

 まったく根拠の欠片も感じられない。

 あれだけ力の差を見せつけられても、師匠はいつもの師匠だった。


 あんなのどうやったって勝てる気なんてしないのに、師匠ならやってくれるんじゃないかと期待してしまうから不思議だ。


 英雄皇子がやたらと師匠にこだわっているのも、きっとこういうところなんだろう。



 ああ、今更ながらに大変な人の弟子になってしまったし……。



----


 朝から何人か賞金首を返り討ちにしている。

 でもそれ以降は誰も襲いかかってはこなくなった。


 さすがに冒険都市では有名になったからな、すぐに挑んでくるやつもそうそういないだろう。

 強さこそ正義のこの街では、金貨1000枚の賞金首は敬意を持って接せられる。

 武帝直々の賞金首というのは初めてらしく戸惑いもあるが、概ね好意的に受け止められているようだな。


 まあ殺人とか、そういったものではないことは皆見ていたからな。


 とはいえあまり長く滞在すると賞金首が徒党を組んで襲いかかってくるだろう。

 僕らはこの街を発つべく、オトヒメ工房の面々に挨拶をしにきたのだ。



「カメメメ。これで大体積み終わったカメね」

「なんだ、引っ越しか?」


 工房の前では、二台の魔道二輪車それぞれに荷台が取り付けられ、そこに荷物が積まれているところだった。


「おう、スーパーバッカ木刀。てめぇとフォートのせいでまた移動よ」

「ほんとゴメンね……」


 なんだよスーパーバッカ木刀って。

 急な引っ越しの理由に首をひねっていると、ライカがおずおずと切り出した。


「……実は<武帝祭>にはスポンサー登録というものがありまして」


 うん?


「ラウちゃんとディちゃんの登録の時、あたしの工房を登録したカメ!」

「この街は強ぇ冒険者を囲っている店には優遇があるからな。それを狙ってたんだとよ」

「……で、結果的に世界的大犯罪者を排出した工房となりまして」

「国外逃亡カメ! カーメメメメ!」


 そんな事になってたのか。

 でも別に冒険都市ならそんなの気にしなさそうじゃないか?


「賞金稼ぎも善良な人ばかりではないからね。関係者を人質にとって、なんて輩もいるんだ」

「うちの師匠が申し訳ないし……」

「カメメメ! 勝手にスポンサー登録したこっちの落ち度カメ!」

「その通りだな」


 で、亀女たちが引っ越しをする理由はわかったが。

 なんでラウダタンとフォートが……ああ、借金か。


「……国をまたぐほどの遠距離の旅路には護衛が必要です。ちょうど借金まみれの凄腕弓士がいてラッキーでした」

「まあわしは関係ないがな」

「あはは……」


 なるほどな。

 なんだかフォートとラウダタンとは別れてばっかりだな。

 まあどうせすぐにまた会えるだろ。


「で、どこに行くんだ?」

「海族の国カメ!」


 なんとなくそうかな、とは思っていた。

 オトヒメは甲羅を背負っただけの人族であるが、そもそも海族の国の出身らしい。

 冒険都市には出稼ぎというか、自分の<アーカイブ>の再現のためにやってきていたそうだ。

 <カメさんジェット>も完成し、賭けで稼いだお金もある。


 別に今回のことがなくても、近いうちに一度は国へ帰るつもりだったとか。



「またお別れだな」

「そうだね。でも数ヶ月で3回目だからねえ」

「つくづく腐れ縁だぜ! 次に会う時には賞金額が金貨10000枚ぐらいになってんじゃねぇのか? ガッハッハ!」

「ふっ――期待に応えようじゃないか」

「応えないでほしいしっ!」


 それからしばらく話をして、再開を誓って別れた。

 僕らの向かう先は海族の国ではないからね。



----


 城壁の外。

 <運び屋>たちの待機所。

 そこで僕らは東へ向かう馬車を手配した。


「師匠、でもなんでトカゲ族の国なんだし?」


 次に向かう先の候補は二つあった。

 ひとつはフォート達の向かった海族の国。

 そしてもうひとつは僕たちが向かうトカゲ族の国だ。


 理由はそれぞれの国が、水の大精霊と火の大精霊を祀っているからだ。

 精霊を目指す理由は、<武帝祭>で英雄皇子に宣戦布告をしたあとの、英雄皇子の言葉である。



『君が英雄の名を取り戻したいのなら、各地の精霊石を集めるといい。こっちも準備が整って動き出すところだったんだけど、君と競争するのも面白そうだ』



「キルトが目指すなら火の精霊だろ」

「うーん、キルトさんすでに風の精霊になってるらしいし?」

「精霊になるってのがよく分からんが、どうせ二分の一の確率だ。フォート達が向こうに行くならちょうどいいだろ」


 封印されているはずの<魔王>そのものであるらしい英雄サマ。

 その英雄サマから力を与えられて、消えた風の精霊になっているらしいキルト。

 しかも記憶を取り戻すと人間に戻れないとか。

 さらにその英雄サマが各地の精霊を集める理由も不明。


 分からない事だらけだが、分かっていることもある。



 このままでは僕は英雄サマには勝てないという事だ。



「どこかで<エア・コントロール>の真の力を引き出さないとな」

「であればやはりジパングにいくとよいのであるッ!!」

「――うきゃぁ!!」


 馬車に積んであった麻袋の一つからサスケが飛び出してきた。

 何やってんだこいつ……。


「ば、ば、バカ侍! お前なんでそんなところにいるんだしッ!?」

「ははは。朝起きたら麻袋に詰められていたのでな。すぐに抜け出してここまで先回りしておった!」

「よく抜け出せたな」


 どうせついてくると思ったから先手をうっておいたというのに。


「昔、近所に忍術好きの娘がおってな。よく縄抜けの術の訓練につきあわされていたのである」

「いや、お前が袋詰めにされる側かよ」


 それ遊ばれてるだけだろ。

 まあついてきたのなら仕方がない。

 ジパングに行くかどうかはおいといて、どうせ行く方向は一緒だ。


 サスケが麻袋から這い出て、荷台の端に座り込んだところで御者がこちらを振り返った。


「お客さん、ちゃんと料金払うんでしょうね?」

「もちろんである。む。あれ。――ディ殿、ちょっと路銀を……」

「無賃乗車らしいぞ。叩き出すか?」

「お願いできますか?」

「いや、おかしい。昨日までは確かに――ぬああぁぁぁ!!」


 僕はタダ乗りをしてきた小悪党を荷台の外に放り投げた。

 ごろごろと転がっていくサスケ。

 まあ馬車の速度はそれほどじゃない。

 頑張って走れば追いかけてこれるだろう。


「おかしいのであるッ! 確かに路銀はちゃんと――」

「凄腕の怪盗にでもやられたんだろ。修行が足りないんじゃないか?」

「ハッ! まさかお主――!」

「御者さーん。タダ乗りが追いかけてきますよー」

「ちっ。ゴミめ。いいですか、スピードあげますよお客さん!」

「どんとこい」


 速度をあげる馬車。

 サスケはなんとか追いすがるが、距離を詰められるほどではない。


「ちょっと可哀そうだし」

「修行だよ修行。なんならお前もやるか?」

「ほら走るしバカ侍ッ! ヘタってんじゃないしッ!」


 こんなんで魔王と戦えるのかねこいつは。

 

 しかしそれは僕にも言える事。


 目の前で見せつけられた英雄サマの本気。

 上級スキルすらも貫く火力。

 おそらく防御力も凄まじいのだろう。

 僕が放った3日間貯めた<エア・ヴォルト>でも、威力が足りるかわからない。

 だが<エア・コントロール>であれ以上の火力を出すのは無理だ。


 

「本格的に、どこかで修行しなきゃいけないなあ……」



 一抹の不安を乗せて。

 馬車はトカゲ族の国がある遥か東へと向かっていた。

 


----


「アル様、ご機嫌なのよ?」

「あのように衆人の前で<力>を解放して、よろしかったのですか?」


 私達はいま、他の仲間との合流地点に向かう馬車の中にいます。

 馬車の中にいるのはアルベルト様、その専属メイドであるアミラ、扇情的なドレスアーマーを着たゲイラ、そしてエルフ族のエルフィナと私です。


 あの男とアルベルト様の仕合いがあってから数日。

 私はずっと宿に閉じ込められていました。

 静養のためにという事でしたが、どうやら逃げ出さないか警戒されているようです。


 皇族用の最高級馬車の中は、ほとんど揺れが感じられません。

 アルベルト様は窓の外を眺めながら、にこやかにアミラの問いに答えました。


「構わないよ。ジュリアが来たことで準備は整ったし、あれが何か分かる人間はもういないよ」

「……あの男に、どうしてそうもご執心なのですか?」

「おや、珍しいね。アミラが嫉妬するなんて」


 アルベルト様が少し驚いたようにアミラを見ます。

 当のアミラはすまし顔をしていました。



「嫉妬ではありません。ただ、計画の前の大切な時期ですので」

「ふふふ。そういうことにしておこうか」


 悪戯っぽく笑い、アルベルト様は窓の外へと視線を戻します。


「最初は自分の物語を生きる、という彼の言葉に共感したからさ。だけど、それだけじゃないみたいだ。彼を見ていると、どうも昔の事を思い出すよ」

「昔、ですか?」

「ああ。僕がまだ君たちと出会う前。<英雄皇子>と呼ばれるようになったきっかけの事件。その時に出会った、一人の魔族の少年の事をね」


 魔族。

 それは帝国が長い歴史の中で怨敵としている相手です。

 それが第一皇子と一体どんな関係が?


 不思議に思ったあたしは質問を投げかけます。


「その少年とは――?」


 アルベルト様は、こちらに視線を向けることなく答えました。

 ただ、その声にはほんの少しだけ、悲しみが混じっていたように思えたのです。




「英雄に憧れ、――――最後まで物語を紡げなかった少年さ」

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