第76話 よく見てイるんだヨ?

 とん、と軽い音を立てて地面へと降り立つ。

 

 ぐるりと観客席を見渡せば、誰もが唖然としている様子だ。

 だが、特に怪我とかはなさそうだな。


 まさかここまでの威力が出るとは思っていなかった。

 結界が相殺する形で破壊されていなかったら、正直危ないところだった。

 この技はもっと強大な相手と戦う時までとっておこう。


 たとえばそう――――竜とかね。



 僕は壁際に立っている英雄サマを見る。

 英雄サマは驚いた表情を浮かべたあと、何を思ったのか、楽しそうにニヤリと笑った。


 一方で、僕を睨みつけているのはその隣に立っている筋肉コアラだ。


「おめぇ、結界をどうやって突き破った……?」


 どうやって?

 そんなの決まっている。


「ノックしただろ。聞こえなかったか?」


 入る前にノックする。

 孤児院でも最低限それぐらいのマナーは必要だ。

 野生のコアラがどうかは知らないけど。


「この状況で大したイカれっぷりじゃねぇか<黒の歴史書>……!」

「ふっ。俺も有名になったもんだ」


 かの武王にまで二つ名を轟かせしまったか。

 これはアンリも悔しがるだろう。

 ふふふ。レアスキルばっかりがアイヴィス様の愛ではないのだ!


 筋肉コアラからとてつもない殺気が発せられる。

 まるで大地が震えているかのよう――って、ホントに震えてない?


「ホントに分かってんのか? おめぇの目の前にいるのは<武王>と<英雄皇子>だぜ? おれっち達は国の代表。それに喧嘩ふっかけるってのは、国に喧嘩売ってんのと同じだぜ?」


 そんなもの英雄たる僕にとって――――おっと。今は英雄じゃなかった。英雄となる僕にとって、何の障害にもならない。


 大体国に喧嘩を売るっていってもな。

 そもそも既にアルメキア王国からは手配されてるし。

 1つも3つも対して変わらないだろう。


 ただアルメキア王国と獣人族の国では違うところもある。

 筋肉コアラの気がかりも分かるぞ。

 だが安心してほしい。

 

「まあ、ちょっとぐらいなら値引いてやるよ」


 獣人族の国はそこまで裕福ではないからな。

 借金を持つものとして少しは融通してやろうじゃないか。



 膨れ上がる殺気と地面の揺れ。

 なに、この揺れって筋肉コアラの感情と連動してんの?

 迷惑な話だ。


 対して英雄サマは余裕の表情だった。


 まあ帝国は金持ちだからな。

 一個金貨60枚の魔装具で荒稼ぎだろう。


「上等だぜ……! じゃあオレっちがポケットマネーで買い取ってやろうじゃ――」

「コアラッタ帝」

「あ? なんだよアル坊?」


 両手の骨をバキバキと鳴らしてこちらに踏み出そうとした筋肉コアラ。

 それを英雄サマが手で遮るようにして止めた。


「申し訳ないけど、彼の相手は僕が先約だよ」

「ああん? オレっちの国で、国民がこれだけ見ている中で喧嘩売られて、黙ってみてろってか?」

「そうは言わないさ。ただ用があるのは僕だろうし。そうだね――」


 英雄サマがこちらを見る。


「ディ。一応こんな事をした理由を聞いても?」

「なんだよツレないじゃないか。待たせすぎたから怒ってるのか?」


 待っている、なんて言われたから戻ってきたやったというのに。

 もちろん、一番楽しそうなタイミングを見計らってな!


 いや、3日もずっと<エア・ヴォルト>の力を溜め続けていたものだから大変だった。

 気を抜けば暴発してしまいそうだったから夜もあんまり寝れてない。

 魔力が枯渇しないように薄く伸ばし続けるのに集中力が必要で、昼間もほとんど人と会話する余裕がなかった。

 

 最初はどこまで溜め続けられるのか確認するためにやっていた。

 だが溜めても溜めても限界は見えず。

 結果的に3日分の雷の魔素を溜めこんだ、超威力の<エア・ヴォルト>で結界を消し飛ばす事になったのだ。

 さすがの威力だったが、3日もかかるんじゃなあ……。



 僕の答えに英雄サマは苦笑いを返した。


「いやまさか、こんなに早く戻ってくるとは思っていなくてね」

「俺が落としたものを拾ってくれたんだろう? 大事に持っておくように伝えておきたくてな」


 なんせ貴族ってやつは人のものを大切に扱わないからな。


「そうか。今日取り戻しに来たわけじゃないんだね?」

「俺の物語の最後を飾ってくれるんだろ? ――じゃあここじゃない」


 奪われた英雄の称号を取り戻す。

 そんなドラマチックな場面、アイヴィス様が用意してくれる舞台はもっと壮大なものになるはずだ。

 焦らなくてもいい。

 覚醒イベントもやってないしな。


 それに悔しいが――今はまだ勝てないだろう。



 英雄サマは僕の言葉に満足そうにうなずいた。


「それなら君の目指すべき<高み>というものを見せてあげよう」

「おいアル坊。なに勝手に話を進めて――――」


 息巻く筋肉コアラの言葉を遮り、英雄サマが僕に向かっていった。


「<武帝>ですら一撃で沈める、本当の<力>をね」



 ――――ビキリ。



 音にするならそんな感じだろうか。

 英雄サマの言葉を受けて、筋肉コアラから発せられる殺気が空気を軋ませた。


 先程僕に向けられていたものとは比較にもならない。

 あのメイド女の殺気にも劣らない、凶悪な気配だ。


「アル坊。いや、アルベルト・フュル・グラディウス。気をつけて答えろ。――本気か?」


 もはや視線だけで人を殺してしまえそうな筋肉コアラ。

 その睨みを受けてなお、英雄サマは平然と答えた。


「僕も不思議さコアラッタ帝。こんなところで<力>をさらすつもりなんてなかったんだ。でもね、僕はどうしても彼が紡いだ物語を最後まで見てみたい。そして願わくば――その最後の敵としてそこにありたいのさ」


 英雄サマが筋肉コアラに向き合った。

 左の手を手刀の形にして突き出し、反対側の手は腰だめに構えて腰を落とす。


 そして詠唱を口にした。


 

「巡り、廻る、一なる全。僕は機械仕掛けの理に抗う者。狂え世界よ――――<輪廻改変>」



 静かに紡がれたその言葉。

 

 特に見た目には変わった様子は――――いや。ゆっくりと見開かれる英雄皇子の瞳の色が。



「さア。よく見てイるんだヨ?」


 

 真っ黒に塗りつぶされていた。




-----


「ど、ど、ど、どうしよう……! ディがとんでもない事を……!」

「あのバッカ野郎ッ! 落ち込んでいるかと思っていたらこんな事たくらんでやがったのか……!」


 バチバチと放電する木刀。

 しばらくしてもう一本の木刀も落ちてきた。

 さらにその少し後、師匠がさも当然かのようにふわりと舞い降りてくる。

 

 何をどうしたのかは分からないが、このキラキラと舞う光の花びらは、闘技場を守っていた結界だった。


 竜の一撃にすら耐えられると実況が豪語したそれを、師匠は粉々にして突破したのだ。



「歴史的事件カメ……! まさか武帝の試合に殴り込む人がいるとはカメ……!」

「……私達は赤の他人でありたい」

「あああ……。拙者が木刀を流出させてしまったばかりに……!」


 サスケが頭を抱えているけど、木刀だけでこんな事できるのは師匠だけだし。

 

 距離があり会話までは拾えないが、どうやら武王が怒っているようだ。

 そりゃそうだろう。

 自分の国の一番のお祭り、その大一番を潰されたのだ。

 しかも国が誇る結界術士の結界を破壊されている。


 師匠が単独犯じゃなかったら、戦争になるところだ。



「大地が震えているカメ……」

「……武王、ぶちぎれです」


 このままでは師匠が殺されてしまう。


 いや、まつし。

 冒険者に大切なのは事前準備だ。

 師匠は何か勝算があって飛び込んでいるんだし!



「ありゃ完全に後先考えてねえぞ、あのバッカ木刀!」

「一番目立つタイミングだったもんね……」


 ……勝算なさそうだし。

 

 武王が一歩踏み出したところで、英雄皇子がそれを制止した。

 そうだ。

 常識ありそうな英雄皇子なら止めてくれるし!


 しかし、一言二言交わした後、武王の殺気がとんでもなく膨れ上がった。

 どうやら説得に失敗。というか火に油注いだし?


 観客席にいる小さなお子様は震えて泣き出している。

 あたしもちょっと泣き出している。



「こ、これは戦争になるし……?」

「だとしたら引き金はバッカ木刀なわけだが」

「笑えないカメねぇ」


 英雄皇子が構えを取った。

 なぜか師匠ではなく、武王と闘うつもりのようだ。

 会話が拾えないから何が起きているのかがよくわからない。


 そして英雄皇子が何事かを呟き――――。



「――――ひっ」

「な、なに……?」

「身体の震えが止まらぬ……!」

 

 突如辺りを包み込んだ濃厚な死の気配。

 まるで風が粘度を持っているかのように、喉に絡みつき上手く呼吸ができない。

 中には泡を吹いて倒れている者までいた。


 あたしも出来れば倒れてしまいたいが、修行の成果なのか、意識ははっきりと保ったままだ。


 ふと気づくと、魔力の指輪が黄金色の光を発していた。


「――<守護者>よ。我は間違えておった」


 いつになく固いムーシの声。

 心なしか僅かに震えているようにも思える。



 その時、武王の全身から白い湯気のようなものが立ち昇った。

 あれは一体なんだし?


「<天衣無縫>。大地の力を纏い、あらゆる攻撃を防ぐ武王の奥義カメ……!」


 震えながらもそう教えてくれるオトヒメさん。

 武王に対する絶大な信頼からだろう、身体の震えも僅かに収まっているようだった。


 きっと多くのこの国の住人が同じような思いを描いていたんだろう。


 この身体の震えの理由はわからない。

 でも、武王ならきっとどうにかしてくれる。と。


 そして張り詰めていた息を、僅かにもらす。


 そんな瞬間だった。



「――――え?」



 それは誰が発した声だっただろうか?

 あたしかもしれないし、他の誰かだったかも。


 目を放した覚えはない。

 ほんの僅かに気は緩めたかもしれない。

 

 だか音もなく。


 英雄皇子の手刀が――――。









 ――――武王を貫いていた。



 ムーシの声がする。



「封印を解く必要などなかったのじゃ。あそこにいるのが――――――魔王じゃ」



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