第72話 君が初めてだよ

「ディ殿はいかがであるか?」

「ルッルはどうしたの?」

「拙者にもよう分からん。医務室に置いてきたが、大事はないようである」


 ディの試合が始まってしばらくして、サスケが帰ってきた。

 けど一緒にいったはずのルッルの姿がなかった。

 飲み物を買いに行くには長い時間だったが、何かあった様子だ。

 ただ外傷はないという話だし、大事がないというなら大丈夫なんだろう。


「ディは意外と善戦しているよ」

「まぁ手加減されてる感がねぇわけじゃねぇがな!」


 僕との試合の時とは反対の展開だった。


 ディは試合開始直後にいきなり距離をつめた。

 スキルなしでの剣と剣のぶつかり合いを選択したのだ。


 お互いに切り結ぶ<英雄皇子>とディの姿に、観客は大いに盛り上がった。

 二刀で攻めるディを、一振りの剣でさばき続ける<英雄皇子>。


 さすがは世界最強。

 ディは苛烈な攻めにも関わらず、一撃も通すことはなかった。



「カメメメ! <英雄皇子>は最初に相手の好きに攻めさせて、その実力を測るんだカメ!」

「……ある程度実力がしれたらそこまで。すぐに返り討ち」


 実際ディも一撃を返され、一旦距離を置かされた。

 そして<英雄皇子>が攻めに転じたその時、会場が爆発的に沸いた。


 突然<英雄皇子>が吹き飛ばされたからだ。


「バッカ木刀のスキルは目に見えねえ。初見じゃ絶対に避けられねえからな!」

「<英雄皇子>が膝をつくところなんて誰も見たことがなかったからね、そりゃ大騒ぎさ」

「なんと、ディ殿はさすがであるな」


 そこからはまさに激戦。

 <英雄皇子>が少しでも動こうとすれば、ディのスキルで爆発させられる。

 攻撃をしようとすれば手元が爆発し、出鼻をくじかれる。

 ディの攻撃を避けようと動けば、避けた先で爆発が起こる。


 爆発と剣技を混ぜたディの戦い方は、近接戦闘において非常に強力だった。

 それこそ、世界最強と渡り合える程に。



「だが、いつまでも好きにはさせてくれねぇ」

「……<英雄皇子>は砂埃を巻き上げたのです」

「不可視の攻撃も、砂ぼこりの中ではよぉく見えるカメねぇ!」


 これで<英雄皇子>も攻勢に出られるようになった。

 だがディのスキルのアドバンテージがなくなったわけではない。

 <英雄皇子>とて後ろに目がついているわけではないからだ。


 少しでも後ろに下がろうものなら、足元や後頭部に爆発が起こる。

 さらに時々<英雄皇子>が動きづらそうにしているのも、きっとディの妨害だろう。


 動きを制限された<英雄皇子>と、ディの攻防は拮抗していた。



「ってのが今の状況よ!」

「カメメメ! 正直予想外カメ! ブラックフォート戦の時よりずっと強いカメねぇ!」

「その名前はやめてよッ!」


 サスケくんは空いていた席へ腰をかけた。


「しかしそこまで有利に試合を進めておいて、なお戦いが続いているとなると――」


 サスケの言いたいことは分かる。

 僕はうなずいて同意した。

 そう、これはディが常々悩んでいた事でもある。



「――決め手となる火力不足だね」



----


「おらぁ! <竜牙剣ドラゴニックレイン>!」

「ふふふ。君は技名を叫ばないと動けないのかい?」

「口で言わなきゃ何の技か観客に伝わらないだろうがッ!」

「遠くて聞こえないと思うけどね」


 バカ言うな。

 一番の観客はいつも心の中にいるんだよ。


 <英雄皇子>とは一見互角に斬り結んでいるかのように見える。

 だがあちらは明らかに余力を残した戦い方をしている。

 あれだけ<エア・ボム>の直撃を食らって、まったくダメージが見えないってのはどういうこった。


「皇族の努めでね。僕のレベルはもう何年も上がってないよ」

成長限界レベルキャップかよ。英雄サマの底が見えたな」

「全く。返す言葉もないね」


 バカげた身体能力をしてるってわけだ。

 ホントかどうかは知らないが、黒竜を生身で討伐したらしいからな。

 少なくともそれが出来るぐらいには強く見えるんだろう。


 その余裕綽々の態度、気に食わねえぜッ!


「<四足風獣>!」

「――うん。近くで見るといっそう速いな」


 

 僕は木刀を空に放り投げ、四本脚で英雄サマに迫った。

 いつかの虎獣人との対戦を再現してやろう。


「そこだ――むっ」

「虎と英雄は違うんだぜッ!」


 ジグザグで迫り、直前で横へ飛んでの襲撃。

 虎獣人はここでカウンターをあわせられたが、僕その動きの上を行く。

 

 文字通り、上だ。


「<エア・スタンプ>ッ!」

「ぐっ」


 真上から英雄サマを踏みつける。

 足裏には<エア・ボム>を仕込んでいた。


 爆発の衝撃を逃がす場所はどこにもない。

 英雄サマは重さに耐えきれず、その場に膝をついた。


 代わりに僕は空高くへと飛び出していく。

 距離が開くが、それでいい。


 巻き添えを食うからな。



「これは――っ」

「砂埃でよく見えたか?」


 英雄サマの周りに張り付くように<エア・ボム>を設置。

 見えていても避ける隙間がなければ動けまい。


 そしてそこに落ちていく二振りの木刀。


「喰らいなッ! <エア・ヴォルト>!」



 轟音。


 

 フォートとの勝負を決めた、僕の必殺技が直撃した。

 威力はほぼ同等まで高められたはずだ。

 いくら英雄サマといえ、これを受けて無傷なんてことは――――。



「ふ――ふふ。君は、本当に素晴らしいよ」



 砂煙が晴れ、段々と姿の見えていく英雄サマ。

 

 雷が外れたなんてことはありえない。

 まさに光の速さで迫るそれを、人間が回避することはかなわない。

 それに周りには<エア・ボム>の檻があったのだ。

 無理やり押し通っても、その刹那の時間で<エア・ヴォルト>に撃ち抜かれる。


 つまり、確実に雷は直撃したのだ。

 なのに。



「上級スキル持ち以外では君が初めてだよ――――」



 そこに立っていたのは一切の傷がなく、体に紫電を帯びる男。



「――僕に<スキル>の力を使わせたのはね?」



 <英雄皇子>アルベルト・フォン・グラディアス。


 世界最強の真の姿だった。



----


「あの男。アルベルト様にスキルの力を使わせる程とは……」

「うふふ。アル様とっても楽しそうなのよ?」


 目を覚ますと、そこにゲイラさんとアミラさんがいた。

 私は、ルッルちゃんをエルフィナの矢から庇って……。


「あら、もう目を覚ましたのよ?」

「さすがエクス・ポーション。と言いたいところですが、エルフィナはまだ寝ていますからね。これもジュリアの<力>の特徴なのでしょう」

「ルッル……ちゃんは?」


 どうなったのでしょうか。

 エルフィナが寝ているということは、誰かが助けに来てくれたのでしょうか。


 するとゲイラがつまらなそうな顔をして答えました。


「あの詐欺娘なら、無事なのよ」

「情けないことにエルフィナはそのホビットの娘に返り討ちに会いました。死にかけでしたよ?」

「ホントに情けないのよ。死ねばよかったのに」


 ルッルちゃんは無事のようだ。

 ホッと胸を撫で下ろした。


 そういえば<沼地ダンジョン>でも凄い力でした。

 私と同じ<敵対者>であるはずなのに、一体あの力はなんなのでしょうか?


 でも、とにかく無事ならよかったですね。


「ジュリア、記憶を取り戻そうとしたのよね?」

「え、ええ……。あの男がやはり気になって」

「そう。でもやめた方がいいのよ?」


 ゲイラが闘技場に目を向けながら、興味なさそうにつぶやきました。


「<力>が暴走して、取り込まれてしまうのよ?」

「取り込まれる……?」

「そうなのよ? <力>に適合するのは本当に繊細で、皆がそうなるわけじゃないのよ? 適合できなかった者は<力>に飲み込まれて……人ではなくなるの」


 人ではなくなる?

 でも、あの虫は私のことを風精霊だと言っていました。

 私は既に人ではなくなっているのでしょうか?


「自我もなくなり、ただの魔物になるのよ? 今は安定しているけど、普通は<力>が完全に安定するには時間がかかるの。不安定な時期に記憶が戻れば、その微妙なバランスが崩れてしまうのよ?」

「ゲイラの言うことは本当ですよ。過去、何度もそういった者がいましたからね」

「そんな……」


 そんな説明は、一言もありませんでした。

 私が得た<力>とは、一体なんなのでしょうか……。


「アル様が動くのよ」

「あの男の実力では、数秒と持ちませんね」

「あれは所詮一般人なのよ。物語の舞台には上がれないのよ?」


 闘技場に視線を向けると、稲妻を纏うアルベルト様と、それと対峙するディ・ロッリの姿が見えました。


 私の胸が、ほんの僅かに痛みます。

 あの人は、私にとっての何なんでしょうか。


 そして眼下の試合が動きます。


 アルベルト様とディ・ロッリは何か会話をした後、互いに構えを取りました。


 先の動いたのはディ・ロッリです。

 木刀を振り下ろし、何か魔法名のようなものを唱えます。

 風の精霊だからでしょうか?

 私には、ディ・ロッリが巨大な風の塊をアルベルト様に向けて放ったのだと分かりました。


 しかしどうやらただの風の塊ではありません。

 非常に重い、まるで鉄のような塊です。

 一体どういうスキルなんでしょうか?


 そして目には見えないのハズのそれを、アルベルト様は見つめています。

 さすがにあそこまでの大きな風の塊となれば、風の流れで場所が分かるのでしょう。

 


 アルベルト様は真正面からそれを迎え撃つようです。


 腰だめに刀を構え、そして――――。

 




 風の塊を、一刀両断にしました。

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