第71話 魔王の封印

 ムーシの衝撃的な発言を受けて、あたしは改めてキルトさんを見る。


 全身フードマントを被ってはいるものの、スラリとした体型なのはよく分かる。

 フードの奥に見える茜色の髪は、肩より上で切りそろえられキリッとした印象だ。

 大きな瞳は髪と同じ茜色。

 まるで吸い込まれそうでとっても綺麗。


 あたしはムーシに向き直った。


「どうみても人間だし」

「見た目ではないッ。その女、消えたはずの風精霊じゃ!」

「私が……精霊?」


 ムーシ曰く。

 そもそもムーシが世界の危機を感じ取ったのは6年前。

 四元素精霊と呼ばれる、火、水、風、土の精霊のうち、風の大精霊の存在があやふやになった頃からであるという。


 存在があやふやに。

 どういう事かは分からないが、点滅するがのごとく、存在を感知できたりできなかったりするようになったのだとか。


 しかしそれも3年前からパッタリとなくなった。

 精霊はこの世の理を司る存在。

 風の精霊が消えてしまえば、この世界の風は遠からずなくなってしまう。

 まあ遠からず、といっても数十年単位らしいが。


「精霊といっても不死ではない。竜や魔物に殺されてしまっても不思議ではないのじゃ。最初は風精霊が厄介な魔物にでも手をだして遊んでいるのだと思っておった。だが、それでも自然と復活するはずの精霊が、3年経っても存在を感じられないままなのは不自然じゃった」


 そこでムーシは微精霊たちに命じて世界中を調査。

 そうして分かったことは、どうやら風精霊が精霊石の中に閉じ込められているらしい、という事だった。



「精霊石……ですか?」

「本来は精霊が死んでしまった時、復活の間まで魔素を溜め込む為の、卵のようなものじゃ」

「精霊って卵から生まれるんだし? やっぱり虫だし?」

「モノの例えじゃ!」


 精霊石が卵だとして、自分の卵に閉じ込められるのは不自然だ。

 明らかに第三者による仕業だが、いかなる手段を用いてそれを成し遂げているかはムーシにも分からなかった。

 ただ一つ、精霊を閉じ込める理由については想定される事がある。


「それが――魔王の復活じゃ」

「ムーシずっとそう言ってるけど、魔王は勇者に滅ばされたんだし?」

「正確には魔王は滅んでおらん。当時の勇者の力と引き換えに封印されているのじゃ」


 どうやら魔王も精霊と同じく、倒しても復活してしまうために完全に滅ぼすことは出来ないのだとか。

 そこで、勇者の力を楔にする事で、地中深くに封印した。

 勇者の力。

 それすなわち4元素精霊の力である。


「封印の力と同等の力、つまり全ての精霊石を集めれば魔王の封印は解ける――かもしれないのじゃ」

「そこは曖昧なんだし?」

「魔王の封印なんぞ解こうとしたことないのじゃ。だが可能性はある」

「興味深い話であるが。して、それでどうして人が風精霊となる?」


 サスケの疑問はもっともだ。

 風精霊が精霊石の中に閉じ込めれられているとしたら、キルトさんが風精霊と言われるのは辻褄があっていない。


「分かりやすく言えば、その女が精霊石だ」

「は?」

「外側は人間だが、それは見た目だけ。その内におるのは間違いなく風精霊じゃ。同じ精霊の我が言うのだから間違いない」

「私は人間ではない?」


 キルトさんは混乱している様子だ。

 無理もない。

 あたしもムーシが何を言ってるのかさっぱり分からない。

 人が精霊になる。

 そんな事が本当にありえるし?


「身に覚えがあるのではないか、精霊の女よ?」

「風の、力は。アルベルト様から授けられて――――」



「――そこまでだぜ」



 キルトさんの言葉を遮ったのは、弓を背負ったエルフの女だった。


 確かこの人も<英雄皇子>と一緒にいた人だ。

 腕を組んで、鋭い目でこちらを見ている。


「新入りが何をするつもりか泳がせていたが、あの人の秘密をペラペラと。随分と口が軽いじゃねぇか、ええ?」

「エルフィナ……さん」

「ちょっとあの人に気に入られたからって、調子にのんじゃねえよ」

「私は、そんなつもりは――うぐっ!」


 突然キルトさんが何かに打たれたかのように後ろ倒しに吹き飛んだ。

 脇腹を抑えて、苦しげな表情で顔を上げている。



 視線の先にいるエルフ女は、弓を射ったような構えをしていた。

 しかし肝心な弓は背負ったままだ。

 一体どういう事だし?


「殺しはしねえよ。また逃げられちまうからな。だが痛めつける分にはまったく構わねえんだぜ?」

「私はただ、自分の記憶を――くっ、<ウインドウォール>!」

「それも余計なんだよ<器>ごときがっ!」

「くぅぅ……!」


 エルフ女が何もないはずの場所で弓を引く動作をすると、光の矢がその手元に現れた。

 そして高速で放たれる矢。

 それをキルトさんは作り出した風の壁によって、射線をそらしていく。

 しかし連続で放たれ続ける矢を防ぎきれなくなったのか、段々とそらしていく角度が狭まっていった。

 このままでは長くはもたない。


「やめるしこのエルフ女っ!」

「ああ?」

「ルッルさん、ダメですッ!」


 あたしはキルトさんを助けるために、エルフ女に向かって駆け出した。

 キルトさんとはまだ少ししか話したことないけど、絶対いい人だ。

 こんな人を傷つけるだなんて許せないっ!



 エルフの女がつまらなそうにあたしに指を向けた。


 そして光の矢が手元に現われ、あたしに向かって放たれる。

 次の瞬間、あたしの目の前は真っ黒になって――。


「あぐっ……!」

「キルトさんっ!!」


 飛び込んできたキルトさんが、あたしを押し倒した。


「ぐ……ぅ」


 苦悶の表情を浮かべるキルトさん。

 その背中に刺さったはずの矢はすでになく、穴のあいたマントからは大量の血が流れ出していた。

 これは、そんな――!


「あの傷の深さ、まずいであるぞ!」

「あ……あたし、どうすればいいし……!」

「ちっ。アル様に怒られちゃうかなぁ」


 まるでおもちゃを壊してしまったかのような、軽い発言。

 あたしはエルフ女の言葉を聞いて、腹の底から湧き出る怒りを感じた。


 目の前にバチバチと、黄金の火花が散る。



 キルトさんをゆっくりと地面に置いて、あたしは立ち上がった。

 そしてまっすぐとエルフ女をにらみつける。


「お、なんだよ雑魚。お前のせいでこうなったの分かってんのか?」

「だまれし。お前、エルフなんだからポーションの一つでも持ってるし?」

「あ? あー。そういやあったかな。……で?」

「よこすし」

「はっ。――――いやだね」


 バカにしたようなエルフ女の表情。

 あたしは悟った。

 こいつワザとだ。

 ワザと事故に見せかけてキルトさんを殺そうとしている。


 させない。

 師匠の仲間であるキルトさんを。

 まだちょっとしか知らないけど、とっても優しいキルトさんを。


 あたしが絶対に――――守るッ!



「ムーシ、力を貸すしッ!」

「おお、ついにやる気になったのじゃな! ドンと来い!」


 ムーシがあたしの指輪の中に吸い込まれていく。

 直後、黄金色の激しい光を放ち出す指輪。

 あたしは手を組んで、祈るように胸にあてた。


「人より優れた力なんていらない。誰かを傷つける力なんていらない。ただ、大切な人を守る力を――――<英雄解放ヒロイックパージ>!」



 指輪から溢れる光がさらに大きくなり、私の全身を黄金色に包み込む。

 以前に黄金を纏った時と同じだ。

 まるで空間の全てが把握できるかのように、感覚が広がっていく。


 <守護者>としての力が解放されていく。


 ただ前回と違うところもある。

 それはムーシが力を貸してくれている事。

 それにより黄金のガントレットが手足に装備されている。

 しかもサービスなのか、洋服自体も武道家の服のようなものに変わっていた。



「ルッル殿……? その姿は一体……」

「時間がないし。とにかくあいつをぶっ飛ばすし!」

「なんだ、てめえその姿――ぐあっ!!」


 あたしは一気に踏み込んで下段から木の棒をかちあげた。

 普段のあたしからは考えられない速度だったはずのそれを、エルフ女は両手でガードした。

 しかしそれでも数メートル上まで吹き飛んでいる。


「なんっ――だ! その力っ……!」

「えぇぇいっ!」

「ぐぅっ!」


 空中に飛び上がっての二撃目。

 また防御されてしまったが、地面に思い切り叩きつける事ができた。

 エルフ女は何回か地面をバウンドして、砂埃をあげて止まる。


(<守護者>よ。最初の一撃から違和感があったが、あの女も普通の人間ではないぞ)

「あれ、ムーシしゃべれるんだし?」

(うむ、今は守護者と一体化しておるからな)

「それはなんか嫌だし」

(そんな事を言っとる場合じゃないぞ!)


「やってくれるじゃねえか――。ちびのくせによッ!」



 起き上がったエルフ女は、その顔が白い鱗のようなもので覆われていた。

 師匠と対峙していたメイド服の女も同じようになっていたが、あの時は黒い鱗だった。


 これが<力>の正体なんだし?


「ハリネズミになりなっ! <光の雨シャイニングレイン>!」


 エルフ女が放った魔法は、先程の光の矢を何十本も同時に放つ魔法だった。

 空中に顕現した光の矢が、一斉にあたしに向かって襲いかかる。

 避ける隙間なんてどこにもない。

 けど、避ける必要がないし!


 あたしは光の矢を無視してそのままエルフ女に向かって突進していく。

 光の矢はあたしの黄金色のオーラに触れた瞬間に、霧となって消えていった。


 <守護者>の纏うオーラが、全ての魔法を触れた瞬間に無効化するのだ。



 エルフ女の目が驚愕に見開かれた。

 それが大きな隙になる。


 よし、あたしの間合いに入った――。


「喰らうしっ! ――英雄絶技! <根武回転撃こんぶぐるぐるまき>!」

「バカな――なんっ、だそりゃ……! うあぁぁぁぁぁ!!」


 ギガ・アナコンダを爆発四散させた必殺技が、エルフ女を襲う。

 黄金のうねりが、余すことなく棒の先からエルフ女へと伝った。


 木っ端微塵。


 技を放ってからその事が頭によぎった。

 まずい、人殺しになってしまうし――!


 だが幸いなことに、爆発はエルフ女の手前で起こった。

 衝撃があたしを襲う。

 けど<守護者>のオーラはその全てを防いだ。

 一方で、直撃をくらったエルフ女はものすごい勢いで弾き飛ばされていく。


 建物に激突する――。


 そう思ったその時。



「――全く。アルベルト様の試合が始まるというのに戻ってこないから探しに来たら、何をしているのですか?」


 急に現れたメイド服を来た浅黒い肌の女が、エルフ女を受け止めた。

 かなりの勢いが出ていたはずなのに、衝撃を感じさせることもなく。

 しかも片手でだ。



「アミ――ラ」

「<竜人化>までして死にかけじゃないですか。冒険都市を滅ぼすつもりですかアナタ? しかも――」


 メイド女は反対側の手に抱えているキルトさんをちらりと見て、エルフ女を睨みつけた。

 途端に、圧倒的な気配が辺りに充満する。

 <守護者>の力を解放しているあたしをもって、ビリビリと肌に感じる威圧感だ。


「――大事な<器>を、壊しかけるなんて」

「ちっ。事故だよ…………」


 ひと言そういって、エルフ女は気を失ったようだ。


 メイド女がいった<竜人化>とは何だろうか。

 おそらくあのエルフ女の姿が答えだろう。


 先程までの顔の表面を覆っていただけの鱗ではなく、全身を白い鱗が覆っていた。

 さらに角のようなモノが生え、気を失う前の黒目が爬虫類のように大きく縦長になっていた。

 さすがに翼は生えていないようだが、まさに竜のような姿だ。


 気を失ったせいか、光の花びらのように鱗が散っていく。



「あいつら何なんだし……」

(<守護者>の力を受けて生きているなど、並大抵ではないぞ)


 メイド服の女があたしを見た。


「その力は驚異です。ここで潰しておいた方が後々の為かもしれませんね――」

「――ッ!」


 あたしは木の棒を構える。

 エルフ女を相手にしてから時間もたっている。

 果たしてあとどれくらい<守護者>の力を使っていられるのか。


 しかし、メイド女はしばらくあたしを見つめた後、その威圧感を霧散させた。



「――今は<器>の回復が先です。あなたにとってもそうでしょう?」

「キルトさんをどうするつもりだしッ!」

「キルト? ああ、ジュリアの事ですね。――なるほど、そういう事ですか」


 構えをとっているあたしを警戒する様子もなく、メイド女が近づいてくる。

 <守護者>の力で攻撃をすれば、抱えているキルトさんも無事ではすまないかもしれない。

 メイド女がそこまで考えているのか、それともそもそも警戒する必要がないほどに強いのかは分からない。

 だがどちらにせよ、あたしは間合いに入ったメイド女に攻撃を仕掛けることができなかった。


 すれ違いざま、メイド女が言った。


「ジュリアの記憶を戻そうとするのは、止めたほうがいいですよ。もし記憶が戻ればもう二度と――――」

「それはどういう――ぐっ」


 振り返ると、そこにはもうメイド女はいなかった。

 そして直後、黄金のオーラが消え、あたしは脱力感を覚えてその場に膝をつく。

 纏っていた服装も元に戻った。

 指輪の中の命魔素が底をついて、ムーシが顕現できなくなったのだろう。


 限界を超えたあたしの全身を、脱力感が襲う。


 薄れゆく意識の中、メイド女が最後に言った言葉が頭をよぎった。

 キルトさんの記憶が戻れば、キルトさんは……。



 もう二度と――――人間には戻れませんから。



 

 あたしを呼ぶサスケの声を聞きながら、あたしは意識を手放した。


 

 

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