第73話 失ったモノ

「試合が終わる前に、君に聞いて置きたいことがあるんだ。ディ」


 スキルの力を開放し、紫電を纏う英雄サマがそう言った。

 ビリビリと震える空気。

 先程までとは比べ物にならない威圧感。

 人の良さそうな見た目はそのままに、圧倒的な気配だけが別人のようだ。


 なるほど。

 これが<英雄皇子>か。



「なんだ? 借金総額なら金貨37枚だぜ」

「お金に困っているのかい? 僕が聞きたいのは別のことさ」


 皇子サマだもんな。

 金貨37枚なんて小銭なんだろう。

 こっちは死活問題だ。


「君のその武技。どこで習ったのかな?」

「たくさん師匠がいてね」

「そうなのかい?」

「ああ。道で襲いかかると稽古をつけてくれるんだ」

「……我流。いや、そんなハズはない」


 正直に答えたのだが。


「君のその武技は、明らかに歴史を積み重ねて研鑽されたものだ」

「なんで分かる?」

「僕は世界中の武技を習っていてね。武技の型にはちょっと煩いんだよ? だが、君のその武技は僕が知るどの流派のものではない」


 世界中の武技、ね。

 どうせ一流の師匠とかを呼び寄せてたんだろうな。

 道すがりの師匠を探す僕とは大違いだ。


 だが流派など知らなくて当然。

 これは僕とアンリが二人で考えた武技だからな。


「あいにくと、開祖は俺と妹さ」

「妹がいるのか」

「向こうは姉だと言って聞かないがな」


 決着は永遠につかないだろう。

 なにせ同い年だからな。


「武技の型というのはね、それが作られた時から完璧というものではない。長い時を師弟が研鑽し、無駄な動きを削ぎ落とし、そして研ぎ澄まされていくんだ」


 それは分かる。

 僕らもいかに動きに無駄を失くすかを研究していたからな。


「君の使うその武技は、10年やそこらで到達できる型ではないよ。もっと長い時間をかけて研ぎ澄まされたモノだ」


 そういっても事実は事実。

 僕が何百年かに一度の天才だったってだけだろう。


「そしてそんな歴史のある武技を、僕が知らないはずがない。――――君は、どこでその武技を覚えた?」

「自己評価が高すぎるんじゃないか? 皇子サマが知らない武技だって世の中にはあるさ」

「いいや――ない。僕は断言できる」


 とんだ自信家だな。

 皇族ってのはどれだけ凄いんだ。

 一子相伝の武技とかあるかもしれないだろうに。


「なんでそんなに俺の武技を知りたがる?」

「ひとつは単純に興味さ。僕の趣味は武技と魔石集めだからね」


 魔石集めが趣味?


「そしてもうひとつは――――」



 ぞくり。



 ほんの僅かに漏れた殺気。

 あのメイド女のように、空気を軋ませるようなものではない。

 だが、それよりもずっと――――。



「――――野望、かな?」

「はっ。世界一の皇子サマが今更叶えたい野望があるのか?」

「まあね。男に生まれたからにはでっかく生きたいだろう?」


 ああ。その通りだよ。


「あいにくと答えは変わらない。開祖は俺だ。事実だよ」

「そう、か。それともう1つ。君のスキルが何なのか聞いてもいいかい?」

「嫌だね。そのうち伝説になるから本で読めよ」


 まあスキル名がバレたところで何の影響もないんだけど。

 どうせ下級スキルだしな。

 けど、こういうのはもったいぶっておくのがいい。


「ふふふ。君はホントに面白い。武技もスキルも僕が知らないなんて、ホントに何者だい?」

「だから英雄だって言ってるだろ? さあ、そろそろ準備が整ったぜ」



 長い会話は僕に有利だ。

 時間が経てばたつほど威力が増していくからな。


 試合開始から<グラビティ・コントロール>をかけ続け、ようやく準備が整った。

 僕らの頭上、なにもないそこには空気の塊がある。

 <エア・スライム>で作ったそれは、今や巨大な鉄の塊と変わらない重さとなっているだろう。


 英雄サマが腰だめに剣を構えた。 

 弾ける紫電がその威力を増し、辺りの地面を焦がす。


「そうだこうしよう。僕が勝ったら、英雄の名はしばらく預かるよ」

「なんだって?」

「取り返しにくるといい。君の物語の悪を、僕が飾ろう」


 既に勝ったつもりか。

 上等だぜ英雄サマ――――!


「悪・即・滅! 星の力よ我が敵を滅ぼせッ! 彗星魔法<エア・メテオ>ッ!!」


 僕の最大火力だ。

 ドレスアーマーの時は距離があった為に転がして使ったが、本来は上から叩き落とすことで最大威力を得る。

 感覚的にはB級魔物なら一撃だ。


 英雄サマは空を見上げ、落ちてくる風の塊を睨みつけていた。

 目には見えなくても、迫ってくる巨大な何かを感じるのだろう。


 そして剣を振り払った。

 ただそれだけだ。


 ただし、全てを置き去りにする速度で。



「なっ――!?」


 <エア・メテオ>を何の抵抗も感じさせずに両断した後、僕の目の前には拳を構える<英雄皇子>がいた。

 騎士サマのようにスキルの力で意識から消えたわけじゃない。

 ただ速い。

 それだけだ。


 英雄サマの通ったあとに、遅れて紫電が走る。

 雷より速いとでもいうのか。

 バカ言ってんじゃ――――。



「楽しみに待っているよ――――君の物語を」



 爽やかに微笑む<英雄皇子>。

 

 僕が覚えているのはここまでだ。



----


「う……」


 目を開けると知らない天井だった。

 横に目を向けると、そこにいたのはたくさんの凶悪そうな顔。を、インテリアにしていた出来の悪い弟子がいた。

 ベッドに寝かされるているところを見るに、治療室か。


「おう、起きたかバッカ木刀」


 足元から声をかけられる。

 体を起こすと、ラウダタンとフォートが立っていた。


「……試合は」

「ガッハッハッ! 負けよ負け。完っ璧に張り倒されてたからなッ!」

「ディ、大丈夫?」


 負けたのか?

 最後の記憶がない。

 けど、あの状況だ。

 まあ、負けたんだろう。


 体をあちこち触ってみるが、どこにも怪我らしものはなかった。


「怪我はポーションで治ったよ。何本か使ってたみたいだけど」

「出場者は無料よ。無一文にはありがてぇだろ?」


 魔装具の代金は、正気に戻ったフォートが自分で払うことになっている。


 とはいえフォートも手持ちが足りず、僕の金貨30枚は返ってきていない。

 フォートが稼ぎ出してそのうち返してくれるだろう。


 そんなわけで僕はいま無一文なわけだ。

 まあ本戦に出られただけでもいくらか賞金が出るらしいのだが。



「ルッルはなんで寝てるんだ?」

「よく分からねぇんだ。何かと戦ったらしいが」

「外傷はないみたいだよ。もうすぐ目を覚ますんじゃないかな?」


 ふーん。

 祭りでケンカでもしたのか?


 起きたばかりだからだろうか、なんだか気が抜けている。

 体も少しダルい感じがするな。


 しばらくぼーっとしていると、フォートとラウダタンがしかめっ面をしてこちらを見ていた。

 なんだ?


「あー。まあ落ち込むのは仕方はねぇ。けど相手は世界最強だぞ?」

「あの<英雄皇子>に本気を出させたんだから、凄いことだよ?」

「まあ一撃だったがな」

「ラウダタンッ!」


 一撃。

 そうか。

 スキルを使った<英雄皇子>に一撃でのされたんだな。

 しかも取っておきの必殺技まであっさり破られて。


 そうか――。


「ま、まあ。今は少し休んだ方がいいよ。ね?」

「おう。そしたらまた『英雄だ!』なんてバッカ黒歴史さらしてやれ!」


 そう言って辿々しく笑う二人。

 なんだ。まるで元気づけようとしてるみたいだな。

 僕は別に落ち込んでなんかいないさ。

 今までだって負けた事ぐらいある。


 しかし――<英雄>、か。

 あの時、英雄サマがいった言葉。



――そうだこうしよう。僕が勝ったら、英雄の名はしばらく預かるよ。



――取り返しにくるといい。



 別に自意識の高い皇子サマが勝手にそう言っただけだ。

 何か約束をしたわけじゃあない。


 けど――――。



 僕は、ボフリと音を立ててベッドに倒れ込んだ。


 そして、自分でも意識せずにつぶやく。




「英雄――――取られちゃったか」



 僕の言葉が部屋に溶けていった。


 足元では、フォートとラウダタンが困ったように顔を見合わせているようだった。


 

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