第68話 ディ vs フォート

『ディ選手が放った砂嵐! 苦しめられていた<B・F>選手は背後からの強襲にまさかのカウンターを決めたァァッ!!』


 開始直後からの息を呑む攻防に、周りの観客のボルテージは最高潮だった。

 あたしは両耳をふさぎながら闘技場を見ている。

 隣ではサスケが玄人ぶって、ううむ、と唸っていた。


「師匠、お腹に矢が突き刺さったし……!」

「あれは殺傷力を抑えるために矢尻を外して、先端に布を巻いてある。刺さってはおらん」

「じゃあ無事なんだし?」

「無事でもなかろうなあ」


 先が尖っていないからといって、至近距離で矢を射られたらもの凄く痛そうだ。

 実際、師匠はすごい勢いでふき飛んでいった。


 あの砂嵐の中、フォートはどうやって師匠の居場所が分かったんだろう?

 足音だって聞こえなかった筈なのに。


「あいつぁ目も耳も勘もいいんだよ。才能の塊みてぇなやつだからな!」

「羨ましいし……!」

「それにしても<暗黒リング>あのような能力があったとは。知らなかったであるな」


 先ほど師匠を吹き飛ばした衝撃波。

 それにフォートの顔に浮かんだ黒い紋様。

 どちらも未確認の情報だ。


「カメメメ! ここまで長く<暗黒リング>を装着し続けた人もいないカメ! リングに乗っ取られる最終段階カメ?」

「……永遠の黒歴史です」

「最悪乱入してでも取り押さえてえが……」

「<防護結界>があるから無理カメね!」


 闘技場と観客席を隔てる透明の壁。

 <武帝祭>のあいだ、獣人族の国のお抱え結界術士の一族が、全員総出でこの結界を維持しているのだそうだ。

 帝都の守りの要となる一族らしいのだが……。


 まあ<武帝>もこちらにいる。

 ホントに国を上げたお祭りなのだ。


「さて、ディ殿はどう攻める?」

「あんなに吹き飛ばされて師匠、まだ戦えるし……?」

「矢で射られてあのような吹き飛び方はせん。であれば自分で飛んだのであろうな」


 サスケの言うとおり、壁際まで吹き飛んた師匠は、すぐに起き上がり追撃の連矢を避けていた。

 

 あれ、木刀持ってないし……!



----


「ああくそっ、お腹痛い!」


 フォートの矢は<エア・スライム>では防げない。とはいえあの距離で直撃したら致命傷だ。

 僕は苦肉の策で<エア・ボム>を盾にする事で、矢の直撃を防いだ。


 <エア・ボム>の大きさは矢尻とほぼ同じ。

 普通は矢の盾になんかできない。


 しかし点を射抜くフォートが腹を狙っているなら、必ず鳩尾の真ん中を狙うと信じてそこに<エア・ボム>を設置した。

 結果は正解だったが、至近距離で<エア・ボム>の爆発をモロに浴びた僕は無傷ではない。


「それにしても、いいなあアレ!」

「あはは、力が! 力が湧いてくる!」


 禁断の力ムーブだ。

 いや、フォートのはホントにそうなんだろうけど。


「力に呑まれるんじゃない、フォート!」


 先ほどよりも矢の速度が上がっている。

 壁際まで距離を取って避けるのがギリギリだ。


 どういう理屈だ?

 と、フォートの弓を見ると、黒くてわかりづらいが、弓にも模様のようなものが浮かび上がっていた。


 武器まで強化されるのかよ。

 ズルい!


「素手でやるの? もう諦めたらどうだい?」

「そいつはそこに置いといたんだよ。取りにいくから大事にしておけ!」


 木刀はフォートの左右に落ちている。

 先ほど衝撃波で飛ばされた時に手放したのだ。

 今の僕は無手だ。


『さあ追い詰められたディ選手! アルメキア王国の狂犬はここから挽回できるのか!?』


 <エア・ボム>でフォートを攻撃するには距離が空きすぎだ。

 まずは近づかないといけないが、近づけないというジレンマ。


「ふふふ。黒の波動の前にひれ伏すがいい!」


 僕の闇の波動と被ってんだよなあ。

 ちょっと方向性考えてほしいよな。


 このまま矢切れを狙うという手もないわけではないが、フォートも無駄に射ってくるつもりはないようだ。

 まだまだ矢もたくさんある。

 時間ばかりかかっても興醒めだろう。


 ならばいくか。

 ぶっつけ本番の新技!



「ついてこれるかな……? <四足風獣>!」

「なにいっ!?」


 地面に手をつき四足歩行の獣と化す。

 ラウダタンの<噴射鎧>が羨ましすぎて、どうにか自分で出来ないか考えた結果だ。


『こ、これは――ッ! 速いッ! ディ選手、まるで獣族のような構えからとんでもない速度で舞台を駆け回ります! <B・F>選手、捉え切れるか!』


 <四足風獣>は自分の身体を<エア・スライム>で纏い、全身を使って<エア・ライド>を繰り出す、超高速戦闘法だ。

 その速度、通常の<エア・ライド>の二倍。


 <エア・ボム>の衝撃で高速移動をするのが<エア・ライド>だが、足の裏以外でやると、爆発の衝撃でダメージを負ってしまう。


 そこで全身を<エア・スライム>で纏い、衝撃を和らげるようにしたのだ。


 最初は鎧のようにしようとしたが、それだと走るスピードは普通の<エア・ボム>と変わらない。

 何よりラウダタンと被っているから嫌だった。


 そこで思いついたのが、予選で戦った虎獣人の動きだ。

 四足歩行なら全身を使って<エア・ライド>が出来るようになるので、単純計算で足の数が倍。速度も二倍というわけだ。

 体感だけど。


「ふはははっ、当たらんなぁ!」

「ちっ!」


 さすがのフォートもこの速度だと狙いがつけきれないみたいだな。


 とはいえこの技、長くは続かない。

 いくら<エア・スライム>で防御しているとはいえ、ほぼ絶え間なく爆風を至近距離で浴び続けているのだ。

 その全てのダメージを防ぎきれるものではない。

 今までのレベルアップがあってこそ、なんとか耐えられる自爆技だ。


 だが限界が来る前に倒し切る!


「――いくぞ!」

「近づけさせやしないッ! 避けれるものなら避けてみろ! <霞打ち>!」

「いくら撃っても――――って、うぉぉぉぉ!」


 フォートから放たれる大量の矢。

 全速力で避けて回る僕を追いかけるかのように、しかし不規則に放たれるそれら。

 隙をみて前進しようとするが、全く矢の途切れがない。


『凄ぉぉぉぉい!! <B・F>選手のまるで嵐のような連続射撃! それを避けるディ選手も信じられません! だがこれでは近づけない!』


 身体がギシギシと悲鳴をあげる。

 これ以上のダメージはマズい。

 だが今スキルを解くわけにはいかない。

 この矢の弾幕の中を<四足風獣>なしでは無理だ!


 フォートだってこんな速度でいつまでも打ち続けられるはずがない。

 我慢比べだ……!


「ぬうぅぅぅぅッ!」

「く――――ッ!」


 くっそ、手が痺れてきた――ッ!


 前足にしている両手のダメージが特に大きい。

 やはりぶっつけ本番では粗があったか。

 

 だが苦しそうな表情はフォートも同じだ。

 もう少しだけ持たせれば……!


 僕は限界を超えている両腕に全力を振り絞る。

 だが最早、腕の感覚が感じられない。


 ま、け、る、かぁぁぁぁ――――ッ! 



『ななな、なんとぉ!! ディ選手が空を駆けています! なんなんだ、なんなんだこいつはぁ! 全く予想のつかない戦いに会場は大盛り上がりだぁ!』


 もう限界だ!

 仕方ない、このまま突っ込むぞ!


「うらあぁぁぁぁッ!!」

「もらったぁぁぁぁ!!」


 フォートが放つ矢が目の前に迫る。

 お互いの速度がのって、瞬きの間すらない刹那の時間。

 フォートは勝ちを確信したのだろう、ニヤリと笑ったかのように見えた。


 そりゃそうだ。

 これは避けようがない。

 僕はぐっと奥歯を噛んで覚悟を決める。

 何の覚悟かって?



 ――――借金だよッ!



「なっ――――!」

「<資本超越オーバーフロー>ォォォォッ!!」


 フォートの放った矢は、僕の額の前に現れた青い光の壁によって完璧に塞がれた。

 ライカから渡された魔装具が効果を発揮したのだ。


 タイミングは完璧だ。

 ピンチが一転、絶好のチャンスだ。


 完全に勝った気でいたフォートは回避行動すら取れない。

 くらえ金貨60枚の拳ッ!!

 

「うわあぁぁぁぁ!! <暗黒開放ブラックパージ>!」

 

 またかよッ!

 黒い衝撃波が僕の拳とぶつかり、バチバチと音をたてて拮抗する。

 最後の力を振り絞り、<エア・ライド>で前に前に自分を押し出し続ける……!


「穿けぇぇぇ!!」

「黒の力をナメるなぁぁぁぁ!!」


 互いに後には引けない。

 渾身の力をこの攻防に注ぎ込んだ。

 フォートの放つ衝撃波がきしみを上げる。

 そして黒い光が弾けて――――。

 

 ――――爆発した。

 


『第2戦からとんでもない戦いだァァッ! 全力を出し切った者同士の熱いぶつかり合いッ! さあ勝ったのはどっちだ!?』


 爆発による砂埃が舞う。

 固唾をのんでそれが晴れるのを待つ観客たち。


 そして僅かずつ浮かび上がってきた人影。

 立っているのは一人だけ。

 そして見えたのは。



「はあっ……はあっ……。 ふ、ふふふ……! 黒の力を得た僕にここまでさせるとは。さすがだったよ、ディ!」



 ボロボロになった姿で、大きく肩で息をしているフォートだった。


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