第69話 力の代償

 仰向けに倒れている僕。


 最後の矢を番えて、弓を構えるフォートを睨みつけるも、まだ身体が動かない。

 絶好のチャンスに、フォートの放つ衝撃波の壁を貫けなかった。


『激戦を征したのは<B・F>選手だぁぁぁ! あれだけあった大量の矢も、残すは一矢のみ! まさに死力を振り絞ったと言えるでしょう!!』


 地鳴りのような歓声。

 勝者が決まったかのような騒ぎ方だが、まだ試合は終わっていないからな。



 フォートが僕に矢を向けたまま、観客席向かって叫ぶ。


「僕の名前はフォート! 闇に生まれ、闇に生きる。暗黒狩人<ブラック・フォート>だッ! さあ、勝者の名前を呼んでみろッ!」


 その顔にある黒い紋様は、最初よりもずっと広がっているようだった。

 おそらくフォートが<暗黒リング>に取り込まれ初めているのだろう。


 その片目は、黒く染まっていた。


『おおっと、会場から割れんばかりの<ブラック・フォート>コールだッ!! 暗黒狩人とは一体なんなのか! かつてここまで堂々と黒歴史を晒したものが居たでしょうか!? もの凄い胆力だぁぁ!』


「ブラックフォート様ぁ!」「私を闇に取り込んでぇ!」


 会場から上がる黄色い歓声。

 大盛り上がりだな。

 羨ましいぞっ!


「ふふ。最高だ。最高だよこの身体はッ! こんなにも才能に溢れる個体は初めてだ!」


 、だと?


「お前は――――フォートじゃないのか?」

「フォートだよ。間違いなく君が知るね。だがもうすぐ違くなる。僕は本物の闇になるんだッ!」


 残った片目も、だんだんと黒く染まっていく。

 あれが完全に黒くなれば最後か。

 今すぐにでもリングを外さないと、フォートが永遠に乗っ取られてしまう。


 闇に魅入られ者の末路、か。



「さあディ。まさか降参なんてしないよね?」

「降参? この辺りの名物かなにかか?」

「――くくく。それでいい。やはり最後は自分の手で決着をつけないとね」


 フォートが弦を引き絞る。

 狙いは喉元か。

 後ろは地面。

 衝撃を逃がせない状況で急所狙い――――殺す気だな。


「言い残す事はあるかい?」

「聞いてくれるのか」

「もちろんだとも。君と僕の仲じゃないか」


 嬉しいね。


「じゃあ言うが――――――死ぬなよ?」

「なにを……!」

「<エア・ヴォルト>」


 瞬間。

 視界が白く染まり、激しい電撃音が響いた。

 首のすぐ横に矢が刺さる。

 フォートが手を放したからだろう。

 危なかった……。


 視界が晴れた時、そこにはブズブスと煙を上げながら倒れているフォートの姿があった。


 意識はない。

 当然だな、雷の直撃を受けたんだから。



『――――な、何が起きたのでしょう? 目を開けていられないほどの閃光の後、倒れているのは何故か<ブラック・フォート>だぁ!?』


 痛む身体にむち打ち、僕はゆっくりと立ち上がった。

 そしてフォートの腕にある<暗黒リング>を抜き取る。

 するとフォートの髪の色が緑に戻った。

 顔の紋様も消えたようだな。


 ふう。これで大丈夫だ。



 フォートの両脇にあるのは、バチバチと残り火のように帯電している、世界樹の木刀だ。


 ホビット族の国から、ここに来るまでの間に出来た新技<エア・ヴォルト>。

 どこぞの少女加虐趣味者のスキルをきっかけに<アーカイブ>で検索したのだが、最初は全然うまくいかなかった。


 雷は二種類の魔素で構成されているという事はなんとなく分かったのだが、どれだけそれを集めてもうんともすんともしなかった。


 変化があったのは、空気の拡散の練習をしている時だ。

 拡散する空気の中で、たまたま立てかけてあった木刀の間に、小さな雷が走った。


 それから色々試して分かった事は、雷を構成する二種類の魔素を、切り分ける事で雷が発生するという事だった。


 もともと空気の中には雷の魔素が漂っている。

 これを二つに分離し、それぞれを集めていく。

 ところがこの魔素はもともと一つである為か、その内に引っ付こうとする。

 その戻ろうとする力を<エア・コントロール>で押しとどめ、そして開放すると、その間を走るように雷が生まれるのだ。


 世界樹の木刀を媒介にすると、その押しとどめる力が随分楽になる。

 理由を虫に聞いても答えてくれなかったが、まあ使えるなら問題はない。


 

 ここまで雷の力を貯め込んだのは初めてだったが、凄い威力だった。

 フォートがブラックフォートになっていなかったら死んでたかもしれない。

 威力の調整は今後やっていかないとな。


 だが今はそれよりもやる事がある。


 雷の力を全て地面に流しきったのを確認して、木刀をひとつ拾いあげる。

 そしてそれを頭上高くに掲げた。


 決着だ。



「俺の――――勝ちだッ!!」

 

 状況が呑み込めず、静まり返っていた会場から大歓声が響いた。



----


「『闇に生まれ、闇に生きる!』」

「うわあぁぁぁぁ!!」


 本戦二日目。

 今日は第一回戦の後半試合が行われている。

 僕らは亀女の店に集まって、一回戦突破パーティーを開いていた。

 たかが1勝で大げさな、とも思うが、だが獣人族の国の猛者が集まる大会なのだ。

 ここで勝つということがいかに大変なことか。

 それは昨日から通りで引っ切りなしに声をかけられるようになった事からも伺えた。


 そしてそれが、目の前で頭を抱えているフォートの悩みのようだ。


「ガッハッハッ! いまじゃブラック・フォートの名は冒険都市中に広まってる。いい気味だぜこの野郎ッ!」

「ひどいよラウダタンッ! 僕は好きであんな風になったわけじゃないのに――!」

「こっちがどれだけ苦労したと思ってやがる。ちょうどいい罰だぜ!」


 試合の後、フォートは一日気を失っていた。

 そして今日になって目を覚ましたのだが、どうやら<暗黒リング>をつけていた時の記憶はそのまま残っているようだ。


 自分なのに自分ではないような意思を持つ感覚だったのだとか。

 最後に表れたフォートではない何か。

 あれがどんどん大きくなり、試合の終わりの方では元の自分がどっちだったのかが分からなくなる程だったようだ。


 本当にぎりぎりだったな。


 僕はうずくまるフォートの肩に手をやった。



「フォート」


 怯えたように顔を上げるフォート。

 何をそんなに怖がることがあるというのか。

 

 僕はフォートを安心させるため、笑顔で親指を立ててみせる。


「俺はかっこいいと思うぞ。<暗黒狩人>」

「いっそ殺してよぉぉぉぉぉ!!」


 泣き崩れるフォート。

 なんだよ、命は大事だぞ。


「カメメメ! 金貨1枚はダメになったけど、ラウちゃんの仲間が元に戻ってよかったカメ!」

「……元気そうです」

「元気っていうか、精神的に瀕死だし?」

「呪いとは、かくも恐ろしいものであるなぁ」



 さて。フォートの問題は片付いた。

 あとはキルトの捜索と、<英雄皇子>との決着だな。


 しかしまいったな。

 出し惜しみはないと決めてはいたものの、フォートとの戦いで手の内をほとんど晒してしまった。

 しかもこっちは<英雄皇子>の試合を見ていないからな。

 あの虎獣人との対戦ぐらいしか情報がない。


「で、あとはバッカ木刀の負け試合なわけだが。バッカ青春はどうすんだ?」

「負け試合――――? ふっ」

「賭けのレートを知りてぇか? おめぇが勝ったら300倍だとよ」

「カメメメ! もはや賭けが成立してないカメ!」


 つい昨日賭けに負けたというのに、反省の足りない奴らだな。


「とにかくあのフードマントが、本当にキルト本人なのかどうか確認する」

「顔は全く同じなんだろ? じゃあ本人だろ」

「かもな。<英雄皇子>と一緒にいたらしいから、明日の本戦の時も近くにいるだろ」

「見つけらたら声をかけて確かめりゃいいわけか」


 話をして聞くだけだ。

 だが、あのドレスアーマーや、<英雄皇子>の取り巻きの女達が邪魔をしないとも限らない。

 特にあのメイド女。

 あいつは危険だ。


「本人だとしたらどうするし?」

「そしたら記憶喪失かなんかだろ。一度マイラ島に連れて帰る。あんなわけのわからない奴らに預けて置くわけにはいかないからな」

「……帝国の皇子。超逆玉です」

「カメメメ! 賞金首とは天秤にもかけられないカメね!」


 本人が望むならそれでもいいが。

 まあ、あとの事を考えるのは確認してからだ。



「ま、ニセ英雄をぶっ飛ばして、どこにいるのか聞いてみるさ」

「さすが師匠。微塵たりとも勝利を疑わないし」

「どこからその自信が湧いてくるのか。ある意味羨ましいであるなあ」

「どこからだって? ――――心からさ」


 呆れる視線を無視して、僕は腰に手を当てて高笑いをした。




 その横ではフォートがずーっと泣いていた。



 

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