第67話 さあ、勝負だ

「このワタワタと手足を動かす感じ、ああ、らぶりーカメェ」

「美味そうだな」

「亀を食べたら呪い殺すカメよ!」


 本戦前日。

 僕たちはラウダタンの務める工房に集まっていた。

 実は亀女ことオトヒメがここの店主らしい。


 オトヒメは元々ただの亀好きのメカニックだった。

 いや、今も亀好きのメカニックではある。

 だが彼女は<アーカイブ>で得た神の知識と、自らの亀への愛を融合させることで唯一無二の魔道具作りに成功した。


 それが<カメさんジェット>こと、<魔道噴射装置>だ。


 詳しいことは知らない。

 知らないが、どうにも魔石を意図的に爆発させることで、推進力を得る魔道具なのだそうだ。

 僕の<エア・ボム>と似た発想ではあるが、実際は相当繊細らしい。

 ラウダタンも自作は出来ず、噴射装置を借り受けているのだそうだ。


「……<魔道二輪車>への噴射装置の取り付けは難しいのです。二輪ではどうしてもバランスが取り切れなくて」

「じゃあタイヤを増やせば?」

「……それじゃ足りないのです」

「何が?」

「――――ロマン」


 ライカはブレずに魔導二輪車でのスピードを追い求めている。


 

「それにしても本戦に残るとは、ディ殿は流石であるな」


 自然と輪に加わり、お茶をすすっているサスケ。

 勝手につきまとっているだけのくせに図々しいやつだ。

 

 実はサスケも予選に参加していたらしい。

 武士たるもの、戦いの場に身を置くのは当然である。なんて言っていたが、本戦に名前が載ってないから予選落ちだ。


 結局この中で本戦に残っているのは僕だけだ。



「<守護者>の力を使っていればこんな事にはなっておらんかったのじゃ」

「そんな事いっても、使いたくても使えなかったし……」

「気持ちが大事なのじゃ。守りたいという想いがなければ力は使えん。あの時はどういう気持ちだったのじゃ?」

「一刻も早く帰りたい」

「嘆かわしいぞ、<守護者>よ」


 やいのやいのと騒がしい仲間たち。

 工房の中はこの人数では手狭だ。

 魔道二輪車2台と、背中に甲羅を背負ってる店主のせいだな。


 虫がしゃべる事はもはや誰も気にしていない。


 ラウダタンには元から話すつもりだったし、ライカも亀女も、魔道二輪車と亀以外にあんまり興味なさそうだしな。

 実際、ライカは「……高エネルギー体。燃料にすれば早くなる?」つぶやいただけ。

 亀女は「しゃべるカメさんもいるカメ!」と謎の対抗心を燃やしていた。



「よぉし、バッカ野郎共! これをみろ!」


 ラウダタンが壁に貼り付けられたトーナメント表を手で叩く。


 本戦前日の今日、街のあちこちにこれが張り出された。

 総勢64名。

 予選のルールからするともう何人かいそうだが、先着順だったらしい。


「こけら落としは<英雄皇子>であるか。これは盛り上がるであろうな」

「どれが<武帝>だし?」

「<武帝>はおらんよ。優勝者と仕合うのである」

「そんなこたぁどうでもいいっ! 大事なのは2戦目だっ!」



 ラウダタンが指差した1日目の第二試合。


「バッカ木刀とバッカ弓士の試合よっ!」


 そう。

 僕は一回戦からフォートと対決することになった。

 

「手っ取り早くていいじゃないか。賭けとかあるなら俺に賭けときな?」

「賭けのオッズは3対1でフォート有利だとよ。ガッハッハッ!」


 冒険都市のやつらは見る目がないらしいな。


 まあフォートは<B・F>として一ヶ月も前から活動してる。

 それに街中で射掛けて捕えるものだから、そこそこ有名らしい。

 知名度の差だな。ふん。 


「金貨1枚賭けたカメ!」

「どっちにだ?」

「もちろん<B・F>だカメ!」


 この亀女め。


「景気が良い話だな。金をドブに捨てるとは」

「カメメメメ! ラウちゃんの<噴射鎧>が負けたんだカメよ? 普通にやっても絶対勝てないカメ!」


 <噴射鎧>。

 予選の後に見せてもらったが、カッコ良すぎて泣いた。

 僕にも是非作ってくれと頼み込んだが、断られた。

 サスケに本場の土下座まで習ったというのにだ。

 ラウダタンの寝床に忍び込んで、夜な夜な耳元で頼み込んだというのにだ。

 仲間の頼みだというのにだ!


 聞けば、あれはラウダタンのスキルを頼りに作られているらしい。

 魔道具としての機能はひどく限定的なのだとか。

 つまり、鎧や盾の形に押し固めるだけ。

 ほんの僅かな時間、ラウダタンのスキルを維持する専用魔道具だ。


「普通――ね。ふっ、俺のは縁のない言葉だ」

「一般人が――――ぐわぁぁぁぁ!」


 虫が。


「実際フォートはバッカ強え。勝算あんのかよ?」

「あるに決まってるだろう」


 ラウダタンが興味深げにアゴ髭に手をやる。

 ふふん、勝算がないわけがないだろう。


「ほう。どうすんだ?」

「避ける。近づく。倒す。ほら、完璧だ」

「それができねぇから強えっつんだよ、このバッカ木刀!!」


 そうは言うが、何もない闘技場だぞ?

 それ以外何ができるというのか。

 大体物事というのはシンプルに考えれば答えが見つかるものなのだ。

 

「ま、それが出来る見込みがあるって事さ。大体お前ら、<英雄皇子>とフォートだったらどっちが勝つと思う?」

「そりゃ<英雄皇子>だろうが」

「フォートは<英雄皇子>にどうやって負けるんだよ?」

「避けられて、近づかれて、倒されるんだろうよ」


 見ろ、同じじゃないか。

 どちらも英雄同士。

 僕に出来ない道理はない。


「<英雄皇子>と同等と思ってるのか? 相手は世界最強だぞ?」

「世界最強? 違うね――――世界がまだ俺を知らないだけさ」

「とんでもねえバッカ野郎だ! ガーーッハッハッハッ!」


 豪快に笑うラウダタン。

 ルッルは「師匠なら……!」と期待に目を輝かせている。


 任せろ、お前の師匠は誰にも負けない!



-----


 そして本戦の日がやってきた。


 今僕は闘技場の横の待機場で座っている。

 本当なら<英雄皇子>の試合を見たかったんだが。

 まあその次の試合が僕だからな、仕方ないか。


 フォートとはあの食堂以来あっていない。 

 わざわざ<武帝祭>を決戦の場に指定したんだ。

 向こうだって準備万端で来るだろう。


「スキルで制限されていない本気のフォートか……」


 ロマリオの海賊の宿屋で最初に見た時は、荒事には向いてない奴だと思った。

 冒険者ギルドでもいじめられてたし。


 だが、一緒に狩りに出て、狩人としてのフォートの姿を見てその考えは変わった。

 あいつは天才だ。

 弓を持たせたら並ぶものはいないだろう。

 英雄の仲間にふさわしいと言えるが――――。


 試合場から大歓声が聞こえてきた。

 <英雄皇子>の試合が終わったのだろう。


 職員が僕の元へやってくる。


「ディ・ロッリ選手。こちらへ」


 僕は木刀を手にして立ち上がった。

 


 さあ、勝負だフォート。



----


『おまたせいたしました! 第二戦目も注目のカードです!』


 満員の観客席から上がる歓声。

 闘技場は思っていたよりもずっと広かった。

 平らな土の地面が広がっているだけだが、端まで100メートルはあるか?


 僕はその真ん中に立っている。


 そして正面。

 離れた位置にはマントを纏ったフォートが立っていた。

 黒と金の弓を携え、その周りには山程の矢筒だ。


「随分心配性じゃないか、フォート」

「矢切れにならなさそうで不安かい、ディ?」


 お互いに言葉で牽制しながらにらみ合う。

 そこへ風の魔法で拡声している実況の声が入った。


『さあ黒いマントの弓士は、最近話題の凄腕賞金稼ぎ<B・F>です! 冒険者ギルドの手配書に捕縛予告をしてから数日、捕まらなかった賞金首はただの一人もいません!』


 バサリ、とマントを翻して歓声の応えるフォート。


『しかし今度の獲物は大物だ! 対するはなんと金貨60枚の賞金首! <黒の歴史書>ディ・ロッリだぁ!!』


 僕は木刀で斬撃を放ち、観客サービスをする。

 すると一際大きな歓声が響いた。


 フォートが悔しそうな顔をしている。

 ふふふ。年季が違うんだよ、年季が。


『<黒の歴史書>はアルメキア王国の軍部に単独で殴り込みをかけて、城門を爆破し逃げおおせたという意味不明の愉快犯! 頭のネジがぶっ飛んだこいつを、<B・F>は取り押さえることができるのかっ!?』


 実況に煽られて、観客の興奮は最高潮だ。

 開始の合図まで僕は木刀に手をかけることはできない。

 フォートは弓を掴んでいるが、同じように矢を構えることはない。


 僕とフォートは、互いに手を浮かせた状態で睨み合っていた。


 様子見はなしだ。

 最初から全力でいく。


『ではいよいよ開始の合図です! ……レディ――――」


 一転、静まり返る会場。


 僅かな静寂の後――――。



『――――ファイッ!!』

  


 開始の合図と同時、フォートの手がブレた。


「<霞矢>!」

「<エア・ライド>!」


 高速で迫る矢を横っ飛びで避ける。

 同じ方向にばかり避けると、動きを読まれてしまう。


 僕は不規則に避ける方向を変えながら、フォートから距離を取っていった。


「弓士相手に距離を取るのかい? それは悪手だね!」

「せめて掠らせてから言いな!」


 フォートの弓は強弓だ。

 なんせ100メートル先までほぼ山なりにならずに矢を飛ばせるのだ。

 当然、その射出速度も凄まじい。 

 矢を放ったと思ったら、次の瞬間には目の前に迫っている。


 とはいえ、距離があけばそれだけ避けやすくなる。


 この距離では当たらないと思ったのか、フォートが斉射を止めた。

 矢を番えた弓を構えたまま、こちらを睨みつけている。


「どうした? 矢切れが心配になったのか?」

「どうにも獲物が臆病でね。待つのも狩人のスキルの一つさ」


『か、開始直後から凄まじい速度の連射だぁ~! 手元がまったく見えません! これが噂の<B・F>の腕前! 凄まじいの一言です!』


 息を呑んで見守っていた観客たち。

 最初の攻防が終わったのを見てとり、せきを切ったかのように大歓声が起こった。


『そしてそれを避けるディ選手もさすがです! どうやったら人間にあんな動きができるのでしょうか!?』


 足元で爆発を起こすんだよ。


「それで、ずっとそこで怯えてるつもり? <黒の歴史書>?」


 フォートが煽ってくる。

 慌てんなよ、今そこまで行ってやるから。


 僕は木刀を左右に大きく伸ばした。

 観客席からはちょっと距離があるからな。

 動きは派手なぐらいがちょうどいい。


「いくぜフォート! <大砂塵>!」


 振り上げた木刀と同時に、<エア・コントロール>で巻き上げられた砂嵐がフォートを襲う。

 予選の時とは規模が違う。

 闘技場の半分を覆うほどの大きさになっている。


「――くっ、目が……!」

「よそ見してないで、よーく狙いな!」


 <エア・ライド>でフォートに向かって行く。

 その途中で矢を射掛けられる。

 だがやはりよく見えていないのだろう、最初程の勢いはなかった。


 これならいける!


 砂嵐の中に飛び込む。

 自分で作った砂嵐だ、もちろん僕の周りには砂が来ない。

 向こうは風の音で足音すらもよく聞こえないだろう。


 フォートの真横に周り込む。

 ついに目を空けていられなくなったのか、両目を閉じて弓を構えていた。

 しかしその先には僕はいない。


 念には念を入れて、真後ろまで回り込む。

 背中ががら空きだ。


「<エア・スラス――――!」


 僕が最速の突きを叩き込もうとした瞬間、フォートが振り向いた。

 その目は閉じられているが、矢の狙いは確実に僕を捉えていた。

 だが遅い。

 もう僕の間合いだ。


 僕の放った突きがフォートの胸元に吸い込まれ――――。



「<暗黒解放ブラックパージ>!」



 ――僕はフォートが放った黒い衝撃波に吹き飛ばされた。


 

 空中で回転しながら、今にも矢を放とうとしているフォートの姿を捕える。

 その顔には、先程まではなかった黒色の模様のようなものが浮かんでいた。


 なんだよそれ、聞いてないぞ……!


「言ったろ? 僕は暗黒狩人<ブラック・フォート>さ!」




 

 直後、フォートが放った矢が僕の腹部に突き刺さった。



 

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