第66話 勝敗
「<斬影拳>!」
「ぐふっ……!」
<エア・ライド>で突撃しながらの肘打ちが、エルフの男に突き刺さる。
男が倒れ込む前に参加タグを掠め取り、そのまま走り去る。
周りの観客から歓声があがった。
「すげえぞなんだあいつ!」
「いちいち大げさにやってくれるから見てて楽しいなッ!」
観客がいるのだから見た目は大事だ。
僕は戦いながら、わざと物を飛ばしたり、屋根の上から登場したりと演出をこらしている。
そうこうしている内に、集まった参加タグは既に9枚。
あと1枚で予算通過だ。
そろそろ参加者の数も絞られてきた。
対戦相手を探すのも一苦労だ。
既に相手を見つけて戦っている者たちの横をすり抜けて、ゴールである<大迷宮>の方向へ走る。
ルールではタグを集めただけでは予算通過とならない。
集めたタグを<大迷宮>にいる職員へ渡す必要がある。
ならば必ず一人はいるはずだ。
足りないタグを回収するために、待ち伏せしている奴がな。
「待ちわびたぞ……ッ!」
「よしよし。お前で最後だぞ虎野郎!」
牙をむき出しにして待ち構えている虎獣人。
こいつは<英雄皇子>に立会いを挑んでやられてたやつだな。
遠目から見ていただけだが、こいつは強いぞ。
だが<英雄皇子>が勝てて、真の英雄たる僕が負ける理由がないッ!
僕は加速しながら真正面から虎獣人へ突っ込んでいく。
「速いッ。しかし――!」
直線的な僕の攻撃を僅かに横に逸れる事で避ける虎獣人。
横合いから殴りかかろうとするが、減速せずに通り過ぎる僕を捉えきれない。
僕は砂埃を巻き上げながらブレーキをかける。
十分に距離が空いたところで立ち止まり、振り返った。
先程からずっと道の真ん中で待っていたであろう虎。
その対戦相手がド派手に登場したことで周りの観客は沸いていた。
僕は両手の木刀を空中で回転させて、握り直す。
意味はない。
強いて言うならかっこいい。
「本物の英雄ってやつを見せてやるよ、虎野郎!」
「大言壮語。ふてぶてしいわっ!」
低い姿勢で虎が迫る。
不規則に横飛びをしながら、こちらに間合いを測らせない。
これは<英雄皇子>との戦いで見せた動きか。
なら――!
「なにっ!」
「ワンパターンなんだよ!」
目の前で横合いに飛び、回り込んできた虎の攻撃にカウンターを加える。
完璧に合わせたそれを、虎は腕を犠牲にして防御した。
どうやら<英雄皇子>の立合いから学んだらしいな。
虎が僅かに怯み、後ろに下がろうとする瞬間を見逃さない……!
「<エア・スラスト>!」
追撃の突き。
胸元を狙ったが、下がりながら手甲でガードされてしまった。
しかし虎は吹き飛ばされて後ろ倒しにゴロゴロ転がっていく。
観客は大興奮だ。
僕に遠距離攻撃の手段があれば、ここで追撃の魔法を叩き込みたい。
しかし残念ながらまだ力に目覚めていないので、とりあえず砂埃で嫌がらせをしておく。
倒れ込んでいる虎に小さな砂嵐が襲う。
ふふふ、砂が入って目を空けていられまい。
「ウ――ガァァァ!!!」
虎が砂嵐を弾き飛ばした。
先程と様子が違う。
その目は血走って赤くなり、体つきは一回り大きくなっている。
肩で大きく息をしているのは、体力の問題ではなく興奮しているからか。
「<狂獣化>のスキルだ……。<英雄皇子>には使う暇もなかったがナ……!」
「興奮状態になる代わりに、全能力の向上か。それは――悪手だぜ?」
「ほざけぇぇぇ!!」
先程よりも一段階上の速度で虎が突っ込んでくる。
四足で踏み込むたびに地面がえぐられ、周りの観客に土がかかっていた。
迷惑なやつめ。
先程と違い、真っ直ぐと僕に接近してくる虎。
ふふふ。
僕にとってはいいカモだぜ。
真っ直ぐ突っ込んで来るやつはな――。
「――――ゥガァッ!?」
足を踏み込んだ地面が爆発し、虎が空中に放り出される。
地面にすれすれに仕込んだ<エア・ボム>だ。
勢いのままにこちらに飛ばされてくる虎。
空中で半回転し、ちょうどこちらに背中を向けている。
こうなったら後はもうトドメを指すだけだ。
僕は木刀を一本腰に収め、もう一本を両手で構えた。
そして虎目掛けて飛び上がる。
「これで終いだッ! <燕二連>!」
<エア・ボム>を仕込んだ木刀で虎の背中を打ち付ける。
起こった爆風の力を利用して、一回転して今度は正面から腹部に斬撃を叩き落とす。
空中で回転しながらの2連撃だ。
二刀流ならそんな事しなくていい?
大事なのはかっこよさである。
地面に叩きつけられた虎は、うめき声を上げて気を失った。
側に降り立った僕は、木刀を二振りしてから腰に収める。
そしてその首から参加者タグを引きちぎった。
周りの観客が歓声を上げる。
僕はそれに手を上げて応えながら、<大迷宮>へと向かっていった。
いい街だなホント!
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「<霞矢>!」
ギギギンッ!!
フォートの放った3連矢が、わしの鎧を叩く。
さすがというか関節部分を確実に狙ってくる。
だが<噴射鎧>はそんな分かりやすく弱点を晒したりなどしない。
全身がっちり鉄の鎧だ。
つなぎ目は表からは決して攻撃できん!
「<フライング・ラリアット>!」
「くっ!」
両肘とかかとからジェットを噴射して、その推進力でフォートに突撃する。
踏み込んだ屋根がバキバキに割れているが、大会中の破損は国持ちだ。
いくら壊しても気軽なもんだ。
フォートは頭を下げてわしの腕を避けた。
そして屋根から飛び降りて距離をとる。
ふん、逃さんぞ。
「ずるいぞラウダタンッ! そんなカッコいいの前はなかったじゃないか!」
「バッカ野郎め。生産の世界は日々進歩してんだよ! いつまでも前と同じと思ってんじゃねぇ!」
「うわっ、来るなっ!!」
屋根の上からフォートに向かって飛び降りる。
もちろん避けられたが、道路には大きなクレーターができた。
すぐ様ジェット噴射して、逃げるフォートを追い詰める。
「おらっ、さっさと殴られてそのバッカ腕輪を外せ!」
「そんなのに殴られたら腕輪どうこうの前に死んでしまうだろっ!」
「ちょうどいいじゃねえか。今フォートは死にたい気持ちで一杯だろうよッ! <ジェット・パンチ>!」
「ぎゃあぁぁぁ!」
レンガ造りの壁をいとも簡単に突き破り、腕がすっぽりと壁の向こうに入ってしまった。
ちっ、間一髪避けられたか。
「ち、ちょっと。ホントやめとこう! 死んでしまうから!」
「死にたくなけりゃ腕輪を外すんだなッ!」
こちとら一ヶ月も鬼ごっこさせられて、堪忍袋も限界よっ!
しかし、有利に進められるのも今のうちだけだ。
<噴射鎧>の耐久限界はあと1、2分だろう。
移動に使っているジェット噴射の仕組みにも魔石を使用している。
そちらが先に枯渇しても、この重たい鎧を動かすことができなくなるのだ。
動けなくなる前に、確実に仕留めなくては。
ハマっていた腕を抜くと、フォートは通りの向こうで弓を構えていた。
随分距離があるが、真っ直ぐだ。
野郎、連射でわしの鉄を射抜こうってのか?
おっもしれえじゃねぇかバッカ弓士が!
「
全身鎧が砂になって分解され、全身をすっぽり多い隠せる盾になる。
予め魔道具に記憶させている大盾モードだ。
防御に特化している分、鎧モードよりも鉄は分厚い。
ぶち抜けるもんなら抜いてみやがれ!
「いくぞバッカ弓士! <ドッスン・シールド>ォォォ!!」
大盾の四隅からジェットが噴射される。
とんでもない勢いで盾が前方へ押し出された。
本来はもっと近くでシールド・バッシュをするような使い方を想定していた技だ。
わしは盾が真っ直ぐになるようになんとかバランスを取る。
「穿て黒矢よ! <彗星打ち>!
盾の向こうからフォートの声が響いと同時、盾に矢が打ち付ける音がした。
まるで途切れる事のない音と衝撃。
尋常ではない速度だ。
しかもその全てが一点へと集中している。
「ぬぐぐぐぐぐ……!」
少しでも軸がブレれば<噴射盾>は横にずれて壁にぶつかる。
わしは必死で盾を支えた。
その間も鳴り止まない衝撃音。
ついに盾の裏側の鉄が、僅かに膨らみ始める。
そして僅かずつではあるものの、それがどんどんと深まっていく。
フォートとの距離はもうほとんどない。
だが、粘りのある鉄も限界がある。
膨らみの先に亀裂が走り――――!
「――くそぉ!!」
フォートの悔しそうな声と共に、衝撃が止んだ。
矢切れか!
勝ったぞフォート!!
「喰らえぇぇぇ! あ、いかん――――ぬあぁぁぁぁぁ!!」
このままフォートへ突撃しようと意気込んだその時。
<噴射盾>が突然砂となって霧散した。
四隅に仕込んであったジェット機構が、音を立てて通路に転がる。
魔石がつきたか!
しかし、それまであった勢いまでもが消えるわけではない。
わしは突然失った支えにバランスを崩し、ゴロゴロと通路を転がっていった。
目、目がまわる……!
「ぁぁぁぁ――――お? と、止まったか?」
「大丈夫かい、ラウダタン?」
「おお、フォート。助かった――ぜ?」
転がるわしを、足で止めてくれたのはフォートだ。
礼を言って見上げると、弓を構えた笑顔のフォートがこちらを見下ろしていた。
番えてある矢は重鉄矢だ。
「ぐるぐる回って気持ち悪いだろ? 今楽にしてあげるよ」
「このバッカ黒歴史がぁぁぁーーーー!!」
楽しそうに弦から指を放すフォート。
覚えてろよこの野郎ッ!
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<大迷宮>前。
予選を通過した猛者たちがそれぞれ集めた参加タグを職員に渡していた。
そして職員は数に間違いがないことを確認し、本戦通過者の名前を壁に張り出していく。
その下には、予算で勝ち取った参加タグが並べられている。
「あー。ラウダタン負けたのか」
僕は自分の申請が終わった後、<B・F>と書かれたタグを確認した。
その中には、ラウダタンの参加タグも含まれていた。
対策を練っていたらしいが、負けてしまったようだな。
「ま。本戦で俺がちゃんと敵は取ってやるさ――お、あったな」
探していたのは<英雄皇子>の名前だ。
当然予選は通過してくるだろうが、やはり自分の目でみて気分を盛り上げないとな。
やはり注目されているからだろう、<英雄皇子>のタグの前には人だかりができていた。
何気なくそこに並べられているタグに目をやると、見覚えのある番号があった。
――655番。
どうやら不肖の弟子が世話になったようだ。
ここは師匠としてやはり、弟子の無念を晴らしてやらねばなるまい。
「くっくっくっ。遂に世界が俺を見つけてしまうな……!」
本戦が待ち遠しぜ。
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