第59話 ご指名のようだな?
「あいつ何者だ……?」
「<黒の歴史書>なんて聞いたこともないが……、だが<竜鱗拳>をやる程ではあるのか」
冒険者たちの声が心地よい。
ふふふ、旅の強者ムーブはこうでなくては!
それにしても、誰も賞金首であること自体は気にしていない様子だ。
さすが、冒険者の街だな。
頭に虫をひっつけたルッルがとことこ歩いてくる。
「師匠って、冒険者ギルドで騒ぎを起こさなかった事あるし?」
「アイロンタウンでは特に何もしてないな。ギルドの中では」
「遅かれ早かれ賞金首だったし……」
まあ真の英雄はどこにいても物語になってしまうからな。
僕は受付に向き直ってキルト、フォート、ラウダタンの特徴を伝えた。
元々フォートはこの街を目指していたはずだから、獣人の国に流れ着いたならここに来ている可能性は高いだろう。
ずっとニコニコしている羊族の受付は、少しも考える素振りをみせる事なく答えた。
「いちいち新規の冒険者なんて覚えてないですよ? ここ冒険都市で顔と名前を憶えてもらえるのは、力を証明した者だけです」
「ふうん? 例えば凄腕の弓士とか噂になってないのか?」
「弓士ならいますね。フォートという名前ではありませんが」
そうして受付が指差した先は、賞金首ボードだ。
普通はもっと端の方に置いてあるものだが、なぜか一番目立つところに貼られている。
そしてその中の一枚に、真っ黒な矢が突き刺さっている手配書があった。
「あれは<ビーエフ>という最近出てきた凄腕賞金稼ぎの捕縛予告です。あの矢が突き刺さってから数日後、その賞金首は必ず<ビーエフ>にやられてここに運ばれてきます。今月だけでもう8人目ですね」
なるほど。
確かに矢のささった手配書には、大きく黒い文字で<B・F>と書かれていた。
「あそこに貼ってあるのは現在、冒険都市に滞在している賞金首です。ここでは賞金首でも誰でも、<大迷宮>から魔石を取って来れるなら差別はしません。だからギルドとして捕縛を推奨しているわけでもありませんが、手っ取り早く顔と名前を売りたい方々があそこに手配書を貼るのを希望されるんですよ」
「そんな事をしたら、賞金稼ぎに狙われるし?」
「もちろん狙われます。そして、それを返り討ちにすればまた名が上がるわけです。この街では強さこそ正義。強ければ色々と優遇されるんですよ?」
なんとも冒険者らしい街である。
優遇というのは宿が無料になったり、武具の購入が格安になったり、そういった事らしい。
当初は稼ぎの大きい冒険差に街に留まってもらう為の施策だったらしいが、今では店に箔がつくからと、どの店でも率先して有望冒険者の囲い込みを行うことが普通になっているのだとか。
そういった店は客が集まりやすいだけではなく、商業ギルドからも優遇された税金が減免されたりと、いいこと尽くしになるのだそうだ。
「それで、どうしますか<黒の歴史書>さん? <ビーエフ>は針の穴を通す精確な射撃ができるそうです。狙われたら街中でも気を抜けなくなりますが、それでも手配書をあそこに貼りますか? 手っ取り早くはありますが、リスクもありますよ?」
受付嬢が手元に僕の新しい手配書持って、ペラペラと振った。
変わらない笑顔の受付嬢だが、その目は明らかにこちらを試している。
つまり、「ビビって帰るなら今のうちですよ」という事だ。
おっとりしているように見えて、この羊族の女も強さこそが正義という考えなんだろう。
ルッルが諦めたような目でこちらを見ていた。
師匠の考えが読めるようになったとは、弟子がちゃんと成長しているようで嬉しいね。
僕は黙って受付嬢が持っている手配書をぶんどり、賞金首ボードへ向かって歩いていく。
そして、そこに貼ってある全ての手配書をはぎ取って投げ捨てた。
手配書がヒラヒラと舞い落ちる中、僕は自分の手配書をボードのど真ん中に張り付ける。
それからボードに刺さっていた<ビーエフ>の黒い矢を抜いて、僕の手配書の上に思い切り叩きつけた。
振り返ると、さすがの受付嬢も目を丸くしている。
僕はその様子に満足し、後ろ指で手配書をさした。
「どうやらご指名のようだな?」
呆れたようなルッルの横で、カウンターの向こうの受付嬢はニヤリと笑った。
草食動物みたいな顔して、こういうのが好きらしい。
この街はいいね。
僕に向いている。
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「手配書をみせたら割引になる宿なんて聞いたことないし」
「フォートとラウダタンがこの街にいれば、しばらく滞在したいな」
僕らは宿を取ったあと、街中を見て周っていた。
今の僕はこの旅始まって以来――いや、人生で最もお金に余裕があると言ってもいいだろう。
金貨30枚のスナイダーさんのお蔭だ。
さらにギガ・アナコンダの魔石を売ったお金もある。
当面はお金の心配はいらないだろう。
今ならすぐにでもキルトに金貨7枚を返済して、ヒモ野郎の汚名を返上できる。
その為にも、もう一度キルトに会わなくてはな。
「装備も選り取りみどりだし。新調しないし?」
「そうじゃぞ一般人。早く我を手放さんか」
世界樹の木刀は、打撃しかできないというデメリットがあるものの、どれだけ乱暴に扱っても決して壊れないというメリットがある。
僕の攻撃の要になっている<エア・スラスト>も、世界樹の木刀の頑丈さがある前提の技だ。
鉄製の剣を持ちたいという気持ちはあるが、虫の思い通りになるのも癪だな。
「言っておくがルッルはまだ剣は触れないぞ。こいつに出来るのは突きだけだ」
「最近<払い>も練習してるし!」
「全然できてないんだよなあ……」
旅の合間に訓練する程度では、もはや呪いレベルの運動音痴の弟子はまともに成長できていない。
突きはちゃんと出来るのに、なんで払いになると腕だけで振ってしまうのか。
要領は一緒なのに、応用とか転用とか全然できないのがセンスのないところだ。
こいつに世界の命運を任せようという虫は何を考えているんだ。
「とにかく命魔素を取り込まないといけないのじゃ。この10日程度では、せいぜい1分の力の解放じゃぞ!」
「どうせ傍にいるんだから同じだろ」
虫を適当にあしらいながら、露天に並ぶ商品を物色していく。
武器や防具はとりあえず置いておいて、ダンジョンに入るなら必要な道具は多い。
まずポーションと各種毒消しは余裕をもって用意しておくべきだ。
それと明かりがなくなった場合に備えての光石。
水と塩、火打棒と油もいくらかあった方がいい。
ダンジョンでは魔物解体は必要ないが、一応ナイフも新調しておく。
「師匠は意外とちゃんと準備するんだし?」
「冒険者ってのはちゃんと事前準備をバッチリして、予測できる危険を回避しておくものだぞ。死んだらそれまでなんだからな」
「師匠なら『準備がされた冒険なんて、冒険じゃない』とか言って、そのまま突っ込んでいきそうだし」
そんなわけあるか。
最高の冒険ってのはそんなんじゃない。
「どれだけ準備してもアイヴィス様はそれを上回ってくる。ちゃんと準備して、かつ限界を超えられればギリギリ死なない。大体そんな塩梅だな」
「あたし師匠とはダンジョンに入りたくないし……」
「お前ならもう一人で入っても普通にはならないと思うぞ」
「いつの間にか邪神に魅入られていたしっ!?」
邪神じゃない。冒険の神だ。
大方の道具を揃え終えて、一旦宿に戻ろうとしたところで、通りの向こうが騒がしくなっている事に気付いた。
なにやら人だかりが出来て、はやし立てるような声が聞こえる。
喧嘩か?
<エア・スライム>で階段を作り、近くの建物の屋根に上って人だかりの中を見る。
するとそこには、屈強そうなトラの獣人と、仕立ての良さそうな冒険者服を着た男が対峙していた。
冒険者風の男の後ろには、エルフの弓使いと、メイド服を着た褐色の肌の女が控えている。
4人ともが相当に強いな。
特にヤバいのがメイド服の女だ。
ただ立っているだけなのに、まったく隙といったものがない。
それに、屋根に飛び上がった時にちらりと視線をこちらに向けていたしな。
トラの獣人が何やら話かけているようだ。
僕は<エア・コントロール>で会話を拾った。
「無礼なことは承知しておる。しかしその姿をひと目見てしまっては、武人の血が抑えきれんのよ」
「わざわざ今でなくても、武帝祭に出れば試合で当たることもあるだろう」
「もちろんその予定であった。だが、今であれば尚良い」
「やれやれ。獣人族の武人ってのはこれだから困る」
どうやら冒険者風の男の方が、立会いを挑まれているらしいな。
トラの獣人の方もかなりの腕前だと思うが、それにここまで言わせるあの男は何者だ?
後ろにメイドが控えているところを見るに、どこかの国の貴族だろうか。
そのメイドが一歩進み出ようとしたのを、冒険者風の男が止めた。
拳で構えを取ったところをみるに、武器なしでの立会いをするようだな。
「ルッル、よく見ておけよ。あれが一流の仕合いだぞ」
「トラが強そうだし」
見た目だろそれ。
先に踏み込んだのはトラの獣人だ。
土埃を巻き上げる程のスピードで、左右にステップを踏みながら冒険者風の男に迫る。
まさに獣様な低い姿勢だ。
冒険者風の男がそれを迎撃しようと腰を落とす。
その瞬間、地面に両手をついて、まるで四足動物のような動きで素早く軌道を変えるトラ獣人。
「――速いな」
あのスピードで目の前でやられたら見失ってしまうもしれない。
実際、冒険者風の男も真正面を向いたままだ。
その横顔目掛けて、トラ獣人の右ストレートが放たれる。
自らの体のバネを最大限に活かした、見事な攻撃だった。
「やっぱりトラが強かったし。あれ――?」
ルッルがトラ獣人の勝利を確信した時、宙を舞っていたのはそのトラ獣人の方だった。
「な、なんでだし……?」
「カウンターだな。しかも肘の動きだけで合わせてる」
ただ肘でカウンターを合わせただけで、体格差のあるトラの獣人をかちあげる事はできないだろう。
あの冒険者風の男はまったく動いていないように見えるが、その場で踏み込んだ両足の力を肘の先に流し込んだのだ。
刹那のタイミングが要求される、超高等テクニック。
まさしく達人の技だった。
浮き上がったトラ獣人はいい的でしかなかった。
遠心力を十分に乗せた後ろ回し蹴りで吹き飛ばされ、建物の壁に激突してそれまでだ。
あの膂力。レベルも相当に高いな。
「たった2撃でトラがやられてしまったし……」
「普通なら最初のトラ獣人の一撃で決着してる。相手が強すぎたな」
冒険者風の男の正体は、周りの野次馬たちが教えてくれた。
「あの屈強なトラ獣人をあんな簡単にあしらいやがった。あれが帝国の英雄か」
「<英雄皇子>と武王。果たしてどちらが強いのか……」
<英雄皇子>だって?
それが本当なら、あの金髪の冒険者風の男は、世界最大の国である帝国の第一皇子だ。
スキルを授かる前に皇族に課される魔物狩りの試練で、伝説の黒龍を倒したとされる帝国の英雄。
次期皇帝でありながら世界中を旅し、数多くのダンジョンを制覇している凄腕冒険者でもあるそうだ。
マイラ島に来る帝国の船乗りから何度も話を聞いた、現代の英雄だ。
話を聞くたびに思ったものだ。
本物の英雄と、現代の英雄はどちらが強いのか――ってね。
「師匠、凄すぎて参考に――あれ、師匠?」
僕はルッルを屋根の上に残して、人だかりの真ん中に着地した。
そして立会いを終えて歩き去ろうとしていた<英雄皇子>の背に言葉を投げかける。
「準備運動は終わったか? じゃあ次は本番だぜ、ニセ英雄?」
振り返りこちらを見る<英雄皇子>は、僅かに驚いたような目をしていた。
僕がニセ英雄と呼んだ事で静まりかえっていた野次馬たちも、すぐに第二戦が始まることを予感したのか、「いいぞ、3撃は持てよ」とか、「そのいけすかねえハーレムやろうをやっちまえ」だとかヤジを飛ばしてきた。
再び出来上がった人だかりの輪。
<英雄皇子>一行は行き場を失くして、再び輪の真ん中に戻って来た。
さあ、冒険の時間だ!
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