第58話 ダークネス・ヒストリア

 獣人族の国<サバァリアーク>。


 西大陸の最も西部に位置し、北にホビット族の国、北東にアルメキア王国、東にトカゲ族の国、そして海を挟んで北西には天族の暮らす天大陸、南には海族の暮らす島国がある、世界で最も多くの国と隣接する人の出入りの多い国である。


 国内に何百といわれるダンジョンを有し、魔石の採掘量は世界一だ。


 魔動装置と呼ばれる機械仕掛けの動力となる魔石は、どこの国でも需要が高い。

 しかしダンジョンから冒険者や軍が持ち帰る意外で供給がない為、常に不足しがちだ。

 その為、通常は自国内で全て消費されてしまうのだが、唯一この獣人族の国だけは、魔石を輸出できるほどに採掘が出来ている。


 その大きな要因のひとつは、国内のダンジョンを最大限に活用できるように、国が冒険者による魔石の採掘を最優先の国策にしていることだ。

 

 有名なのは<大迷宮>の名を冠する、巨大な迷宮型ダンジョンを取り囲むようにして造られた都市<アトランティカ>だ。

 ここは通称<冒険都市>と呼ばれ、世界中の冒険者たちが集う、冒険者の聖地と呼ばれている。


 そこでは新人も、ベテランも、年齢も、種族さえも関係ない。

 冒険者に与えられる唯一の評価基準。


 強さだ。


 長く、深くダンジョンに潜り、そして大量のお宝を持って帰還する。

 死なずにそれを何度も繰り返せるなら、そいつは強い。

 強いやつは尊敬される。

 だから偉い。


 獣人族の王<武王>は世襲制ではない。

 その時代の、一番強い者が王になるのだ。


 ホビット族の国を出てからはや10日。

 ディとルッルの二人は、その冒険都市に向かう街道の上を猛スピードで移動中だった。




----


「あはははっ! お客さん、感じてますか!? 風になった自分を感じていますかっ!?」

「こいつ頭おかしいしっ……! いい加減スピード落とすしっ!」


 ルッルに怒鳴られても、まったく聞こえていない様子で笑い声をあげている兎族の女。

 街から街へ物や人を運搬する<運び屋>と呼ばれる者たちの一人だ。

 名はライカ。

 ひとつ前に立ち寄った町で、移動手段を探していた僕らに声をかけてきたのが彼女だった。


 猛スピードで街道を突き進む彼女がまたがる乗り物は、魔道二輪車バイクと呼ばれる最新の魔道具だそうだ。

 アルメキア王国の王都でも馬の引かない馬車を見かけたが、それの簡易版のようなものだった。

 僕らはそれに引かれる荷台の上に座っている。


 獣人族の国は見渡す限りの平原がずっと続いていた。

 これは最初の港町を出てから何日間も、ずっとだ。

 ライカ曰く、僕らがやって来た北側の海から、南側の海まで続いているらしい。

 徒歩で移動すれば端から端までは1カ月以上かかるのだとか。

 

「おいおい。こんなそよ風で満足してるのか? <風神>ライカの名が泣くぞ?」

「――ッ! ライカの速度にケチをつけたお客さんは初めてです。わかりました、<風神>のプライド見せてやりますっ!」

「師匠! あおるのやめてほしいしっ!」


 ライカはハンドルの手前にある、魔道二輪車バイクのタンク部分に腰袋から取り出した小さな魔石を流し入れた。

 E級、F級の木っ端魔石は、ここ獣人の国では捨て値で取引されているそうだ。


 再びハンドルを握りなおしたライカが、肩越しにこちらを振り返った。


「全速力でいきますよ、荷台から振り落とされても知りませんからッ!」

「もうお尻が限界なんだし……! やめてほしいし……!」


 冒険都市へと続く街道は、ただ土を踏み固めただけの簡易なものだ。

 そこまで平らじゃないし、小石も転がっているので荷台の揺れはひどいものだった。

 荷台の淵に両手で捕まって涙目になっているルッルを横目に、僕は余裕の表情だ。


「あれ……、師匠ちょっと浮いてないし?」

「これも修行だぞ、ルッル」

「ずるいし! それあたしにもやってほしいし! ちょっと、師匠! こっちみ――きゃぁぁぁ!!」

「あはははははははっ! 一番です! ライカが一番です! あはははははははっ!!」


 ライカが思いっきり手元のアクセルをまわすと、魔道二輪車バイクはまるで魔物の鳴き声のように唸りを上げた。

 そして爆発的に高まる速度。

 当然、荷台の揺れも今までの比ではなく、しっかり捕まっていても振り落とされそうな程に揺れていた。


「止まるしっ! こっち向けし、このバカ兎――ッ!」

「あははははははははは!!」


 声をかけてきたときは物静かな感じだったんだが。

 完全にイッちゃてんな、この兎。



----


「あ……特急料金で銀貨5枚追加です……」

「勝手に速度を上げといて、とんでもない兎だし……!」


 ライカは魔道二輪車から降りると、人が変わったかのようにオドオドした様子になった。

 それでもしっかり追加料金を請求してくるあたり、怯えているように見えるのは見た目だけなんだろう。


 通常の馬車なら3日はかかると言われた旅程を、僕らは半日もせずに冒険都市へと到着していた。

 今いる場所は外壁の外側、検問の手前だ。

 ライカと同じ<運び屋>たちが大勢待機しているが、魔道二輪車を荷台につないでいるものはいないようだった。


 がるる、と歯をむき出しにしてライカを威嚇するルッル。

 よっぽど荷台が堪えた様子だ。


「あの距離を、あの速度で移動したなら随分安いだろ。ほれ」

「……毎度です。ライカの趣味みたいなものなので格安です……」

「そんなんで暮らしていけるのか?」


 率直な疑問をぶつけてみたが、ライカ曰く、運び屋は実験のついでなのだとか。

 ライカの本業はメカニックと言われる、魔道具の修理屋だった。


「……魔石の安いこの国は、魔道具が普及しています……。仕事は多いのです……」


 時々、自分で改造した魔道二輪車に乗って、その性能を確認しながら近くの町まで繰り出すのが趣味なのだそうだ。

 ついでに燃料費確保の為に、行きと帰りに人を乗せることもある。


 しかし途中で振り落とされる人が半分。

 ついてから気分が悪いと吐きまくる人が半分。


 非常に評判が悪く、いまでは捕まえられるのは僕たちみたいなよそ者だけらしい。


「最後までちゃんと乗っていられたお客さんは初めてです……」

「そんな地獄の片道切符みたいなのに誘うんじゃないし!」


 ま、早く着いた分にはいいさ。


「次はもっと速くなってるんだろ?」

「……当然です」


 うなづくライカと拳を突き合わせ、そして別れた。

 ルッルはしかめっ面をして、「二度と乗らないし」とそっぽを向いていた。



----


 冒険都市は、<大迷宮>を中心にして、ぐるりと外壁に囲われた大都市だ。

 雨季と乾季がはっきりと分かれている獣人の国では、大きな木が育たない。

 だから木材は貴重で、家のほとんどは土づくりとなっていた。


 アイロンタウンも土づくりの家が多かったが、アイロンタウンでは黒っぽい土だったのに対し、冒険都市は赤色の土で作られている。

 ここに来るまでの街道の土も同じ色をしていたので、この国の土はああいう色なのだ。


 おそらく今歩いている通りはメインストリートだが、石畳などはなく、土がむき出しになっている。

 ずっと草原だったしな。石とかも足りないのかもしれない。

 そう考えるとホビット族の国と同様、資源が少ない国なんだろう。


「武器に防具にポーション。露天で売っているのが冒険者向けの商品ばっかりだし」

「おい一般人。あそこのボロい剣なんかお主にぴったりじゃ。あれを買って我を<守護者>に渡せ」

「黙っていろ虫。草むらに放り投げるぞ」


 このしゃべる虫は何の役にも立たない、うるさいだけの自称世界樹の精霊だ。

 しかし自称であっても、言葉を話せる程の高位の精霊というのは珍しい。

 教会では精霊は神の使いとされているので、教会関係者に見つかると色々と面倒になる可能性がある。


 英雄のパートナーが虫というのも微妙な話だし、こんな虫は正直いらない。

 教会にくれてやっても痛くもかゆくもないが、木刀が持って行かれるのは避けたいのだ。


「師匠、いつまでも虫呼ばわりは良くないし。ちゃんと名付けたし。ねえムーシ?」

「その名前は却下だと言ったはずじゃぞ、<守護者>よ」

「虫のくせにわがままだし」


 な。虫でいいんだよ。


「とにかくギルドに行くぞ。情報収集だ」

「了解だし。ムーシはちゃんと黙ってるし」

「その名を押し通そうとするでないッ!」


 門番に教えてもらった冒険者ギルドはこの道をまっすぐだ。

 まあこの街の中心施設だからな、すぐに見つかるだろう。



----


 ホビット族の国でも思ったが、国が違えば施設も変わる。

 さすが冒険都市というだけあって、その冒険者ギルドは今までみたどのギルドよりも大きかった。

 アルメキア王国のギルド本部も相当の大きさだったが、ここは施設の大きさも人の出入りもそれ以上だ。


 赤土で作られた建物が立ち並ぶ中、レンガ造りとなっているのは建物の耐久性を高めるためだろうか。

 その見た目だけでも、ここがこの街にとって重量な施設であると見て取れた。

 

「よし、じゃあ入る――おっと」


 扉をくぐろうとしたその時、建物の中から冒険者が3人、吹き飛ばされてきた。

 犬族、猫族、最後は……ネズミ族かな?

 続いてギルドの中から出てきたトカゲ族の大男が、地面に倒れてうめき声を上げるそいつらを見下ろして言った。


「グハハハハ! この<竜鱗拳>の首を取るには実力が足りなかったようだな!」

「……<竜鱗拳>。まさかスナイダーだし?」

「ん、知っているのかルッル?」

「金貨30枚の賞金首だし……! なんでこんな真昼間から堂々と冒険者ギルドにいるし!」


 さすが手配書コレクターだな。賞金首に詳しい。


 それにしても金貨30枚か。

 ふっ、勝ったな。


 スナイダーは驚くルッルに気を良くしたのか、筋肉を見せつけるようなポーズをとってこちらを向いた。

 鱗だから筋肉わからないけど。


「冒険都市は初めてかお嬢ちゃん? ここじゃ賞金首であっても関係ねえ。強え奴が偉い。もちろん、そこの奴らみたいに捕まえに来たって自由だ。実力がなきゃ返り討ちだがな」

「それは好都合だな。顔を隠す必要がなくなった」

「なんだ? おめえも賞金首か?」

「ああそうさ。金貨――50枚のな」


 ニヤリと笑ってスナイダーを見る。

 スナイダーは意外そうな顔をした後に、同じようにして笑った。


「ハッタリか。ハッタリも自由だぜ? ただ実力がなけりゃ、すぐに後悔することになる。――こんな風にな」


 頭をわしづかみにでもしようとしたのだろう、スナイダーが伸ばした手を僕は掻い潜って懐に入り込んだ。

 ホントにでかいな。

 種族差もあるんだろうが、2メートルは越えてるぞ?


「<エア・ボム・キック>!」


 ホビット族のギルドで編み出した、木刀をつっかえにして丸テーブルを飛ばす技。

 スナイダーは重たそうだったので両足にして、<エア・ボム>も2個にしてみた。


 ちょうど鳩尾部分に僕の両足が突き刺さり、空気の爆発がおこる。

 身体をくの字に曲げたまま吹き飛ばされていったスナイダーは、入り口から真正面の位置にあった受付カウンターに激突した。

 衝突音がギルド内に響き、冒険都市の冒険者たちの視線が集まる。


 僕はわざとゆっくりとした歩みでカウンターに向かった。


 進路上にうつ伏せに転がっているスナイダー。

 さすがというか、意識を残してうめいていたので、頭を蹴り飛ばして気絶させておいた。

 そしてそのままスナイダーの上を歩いていく。


 受付カウンターの向こうに座る羊族の女は、怯えた様子もなく、ニコニコと笑ってこちらを見ていた。


「ちょっと人を探しているんだが、その前にこれ。邪魔だから買い取ってくれるか?」

「ええ。いいですよ。金貨60枚の賞金首――<黒の歴史書ダークネスヒストリア>ディ・ロッリさん?」


 おっと、地味に賞金額が上がったな。

 ホビット族のギルドで暴れたせいか?


 それよりも遂に僕にも二つ名が……!


 <黒の歴史書ダークネスヒストリア>ディ・ロッリって――――めちゃめちゃカッコいいじゃないか!



 あとで手配書をシスターに手紙で送ろう!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る