間話Aサイド1ー3 はじまりの地

「ホントに着いたっすか……?」

「ウホウホ!」


 ミカゲちゃんのお父さんの案内で、深部の森を突き進むこと3日。

 私たちはようやく森の奥にある遺跡に到着した。

 道中、C級に属する魔物も何体も遭遇したが、中尉の<結界術>でそのほとんどを無視。

 僅かにあった戦闘においても、私たちが何するまでもなく、ミカゲちゃんのお父さんがさっさと倒してしまった。


 直接戦った時も思ったが、ゴウリラの筋力に達人の武術が合わさると凄まじい強さだ。

 当の本人は娘に良いところをみせられてご機嫌の様子だった。


「森の中を最短で歩いて3日。ゴウさんは最初にここをみつけた時、何日かかったの?」


 ゴウさんはミカゲちゃんのお父さんの名前だ。

 ゴウリラだからゴウさん。

 ではなく、名前がゴウゾウと言うらしい。


 私の問いに、ゴウさんは指を3本立てて答えた。


「3日?」


 ゴウさんは首を横に振る。

 そして手で丸を1つ作った。


「まさか……30日?」


 この凶悪な魔物がはびこる森に、結界もなく30日も一人で?

 信じられない思いで聞いたが、ゴウさんは頷いて肯定した。


「中尉。3日で着いた事に感謝しましょう」

「さすが今まで誰にも見つかっていない遺跡なだけはあるっすね……」

「広大な森でござるからな。あてもなく彷徨って、30日で探し当てたなら幸運でござろう」


 それは石造りの遺跡だった。

 なぜこんな森の中にあるのか、それを知る術はもうないのだろう。

 周りに街の遺跡があるわけでもなく、ポツンと建てられたその遺跡には蔦が巻き付き、ところどころが植物の根に侵食されている。

 建物の原型は保っているが、随分と昔の建物である事は一目瞭然だ。


 木々が日の光を遮るほどに生い茂っていた深部。

 しかしこの遺跡の周りからは空が大きく見える。

 遺跡の裏手が広場のようになっているからだ。その広さはドラゴンだって降りれる程である。


「ウホウホ」


 ゴウさんが遺跡の前に手を延ばす。

 すると何もないはずの空間に、青い光が発生してゴウさんの手の侵入を阻んでいた。

 どうやらこれがあってゴウさんは中に入れなくなってしまったようね。


 私も同じ様に手を延ばしてみる。


「……何もないわね」


 私の手は、何に阻まれる事もなく真っ直ぐと延びていた。

 そのまま前に進んでみるが、特に何もなく普通に歩いていける。


「どうやら入れないのは父上だけのようでござるな」

「あたしも入れたっす〜」


 ミカゲちゃんも中尉も、特に問題なく遺跡の前まで歩いて来れた。


「きっと邪な心を持つ大人は入れないのね」

「ウホウホ!」


 ゴウさんが心外だとばかりに抗議の声をあげる。

 冗談よ。


「ここは魔物は入れないようになっているの。黄金のポーションで人間に戻れば問題ないはずよ」

「アンリ、この遺跡のことを知っているでござるか?」

「ええ、少しね」

「ここは軍でも把握していない遺跡のはずっすよ……?」


 訝しげにする中尉には何も答えず、私は遺跡の中に歩みを進める。

 特に警戒は不要だ。

 この中には罠もないし、魔物も入り込めない。


 中尉とミカゲちゃんは、不思議そうに顔を見合わせてから私の後を追いかけてきた。



----


 私は最奥の部屋に辿り着いた。

 そこは随分とホコリっぽく、床には色々な物が散乱していた。

 おそらくゴウさんが解毒剤を探して、手当り次第にあちこち触れた時に落ちたのだろう。


 幸いな事に、目的である黄金のポーションはちゃんと台座に残ったままだった。


「良かったわねミカゲちゃん。これでお父さんは元に戻れるわよ」

「アンリ……一体どういう事でござるか?」


 少し警戒して問いかけてくるミカゲちゃん。

 私はわざとはぐらかすように、ニコリとミカゲちゃんに笑いかける。


「まずはお父さんを元に戻しましょう?」

「……分かったでござる」


 黄金のポーションを持って通路を戻る。

 中尉もミカゲちゃんも、謎めいた私の雰囲気に警戒を強めている。


 ――ふふ。

 いい、いいわ!


 一度やってみたかったのよ、この<明らかに重大な秘密を知っているのに、中々核心に触れない謎の女>ムーブを!


 普段はどこか抜けているのに、ちゃんと軍人らしく警戒を強める中尉の目つき。

 忍者らしく振舞おうと、警戒しようとしているのに、どこか情が抜けないミカゲちゃんの悩ましい瞳。


 楽しくなってきちゃうわね!


「非論理的。理解不能」


 ちょっとメイちゃん、バレちゃうからやめて。


 私は顔がニヤつかないように注意を払いながら、歩き続けた。



----


「いい? ちゃんと元の自分の姿を思い浮かべながら飲むのよ?」

「ウホウ……」


 コップに僅かに注がれた黄金のポーションを受けとったゴウさんは、不安そうにそれを見つめていた。

 

「アンリ、それは本当に大丈夫なんでござるか?」

「これを飲んで姿が変わったんだから、また飲めば元に戻る。道理じゃない?」

「まあそうでござるが……」


 しばらく逡巡していたゴウさんだったが、私の言葉に一理あると思ったのだろう。一息でポーションを飲み干した。


「ウ――ガァァァァ!」


 空になったコップを取り落とし、喉を抑えてもがき苦しむゴウさん。

 その姿は毒物をのんだ様にしか見えなかった。


「これ、ホントに大丈夫っすか……?」

「うーん。……ちょっと多かったかしら」

「アンリッ!? 父上死んじゃうでござるかっ!?」


 目の端に涙を浮かべたミカゲちゃんがすがってきた。

 ちょっと意地悪しすぎちゃったわね。


「冗談よ。大丈夫、すぐにおさまるわよ。ほら」


 のたうち回っていたゴウさんが、ピタリと止まる。

 メイちゃんが「霊長類、昇天……」と不吉なことを口にした時、ゴウさんの全身を眩い光が包み込んだ。

 人間に戻るならだんだんと縮んでいくはずだが、ゴウさんの大きさが変わっていく様子はない。

 

 そして光が収まった時、そこにはマントを羽織ってうずくまっている黒髪の大男がいた。

 頭と腕ぐらいしか見えないが、全身が茶色の毛に覆われていたハズが、頭には黒髪、腕は僅かに毛が減っているように見える。

 失敗したのかしら?


「う……某は。――っ! 言葉が!」

「父上……!」

「ミカゲ……!」


 どうやら元に戻っていたらしい。

 なるほど、ミカゲちゃんのいう通り、大体ゴウリラのままだったわね。

 人の言葉を取り戻したぐらいしか変化がないわ。


 涙を目に貯めて駆け寄っていくミカゲちゃん。

 ゴウさんはそれを迎えようと両手を広げて立ち上がって――。


「ぎゃああぁぁぁぁぁーーーーーっす!!」


 ――私たちの目の前から姿を消した。


 正確には私たちが中尉の<結界術>に姿を消したのだ。

 そこにはゴウさんの姿はなかった。


 ゴウさんはさっきまでゴウリラで、マントしか羽織っていなかった。

 そんな彼が人間に戻り、立ち上がればどういった事になるか?


 そう。良く考えれば気付けた事だ。


「ゴウさんのゴウさんがちょっと見えちゃったっす……」

「私はミカゲちゃんがいたから助かったわ……」

「シャーロット中尉、申し訳ないでござる。拙者もうかつでござった……」

「変化微細。問題不在」


 乙女には大問題なのよ、メイちゃん。

 先にミカゲちゃんだけを結界から出して、しばらく時間を置いてから私と中尉も外に出た。

 そこには腰みのを巻き、マントを羽織った、ギリギリどころか2,3歩ぐらいは変態に足を踏み込んだ大男がいた。


 森の中では仕方ないけど、町に入ったらゴウリラのままの時よりも人が逃げ出しそうな格好ね。



----


「別に、大した話じゃないのよ」


 ゴウさんも無事に遺跡の中に入れるようになったので、私たちは最奥の部屋に戻って来た。

 床に散乱している物をなんとなく机に戻していく。


「私は小さい頃、ここに一度来た事があるのよ」

「いや、それは大した話だと思うっすけど……」

「マイラ島からここまで? いや、それよりもこんな危険地帯に<結界術>もなしに子どもが来れるでござるか?」


 ミカゲちゃんも十分子どもだと思うけど。

 私は棚に置いてあった水晶玉に向かって息を吹きかける。

 埃が煙のように舞った。


「マイラ島に行く前の話よ。4歳になるちょっと前ぐらいじゃないかしら?」

「うむ。月乃家でも5歳から魔物狩りにでるが、この森を3歳でとはあっぱれな童だ」

「森は通ってないわ。空を飛んできたのよ」

「なんと。豪気な」


 嘘みたいな話よね。

 でもホント。


 あの頃の私たちは、物語の中にいたのよ。

 そしてここが、物語の終わりで、始まりでもあった。


 私は水晶玉を取り出し、それを壁のくぼみにはめ込んだ。

 すると青い光の線が壁の上を伝い、精巧なドアを描きはじめる。

 それが完成すると同時にバチバチと放電し、眩い光が放たれた。


 光が収まった時、そこには青いドアが現れていた。


 あっけに取られるみんなを背に、私はそのドアの取っ手に手を掛ける。


「この先に<エリクサー>があるわよ。盗まれていなければね」


 扉を開けた向こう側に見えるのは、光り輝く白い部屋。

 私はゆっくりと中へ入っていく。

 みんなも後ろから続いた。


「なんすかこの部屋……真っ白っす」

「私もよく知らないけど、<世界の狭間>って言ってたわね」

「言ってた? 誰がでござるか?」

「私をここに連れてきた人よ」


 ふと気づくと、メイちゃんが部屋の入り口で止まっていた。


「侵入不可。魔素皆無」


 どうやら入って来れないようだ。

 まあこの部屋の先はない。

 しばらくそこで待っていてもらおう。


「そこの棚にある、青い薬。それが<エリクサー>よ」


 きれいな形をしたガラス瓶に入った、透き通った青の輝く薬。

 ほんの一口で瀕死の状態からも回復する、神の薬だ。

 半分ほどしか残っていないが、これでもあと数回分はあるだろう。


「嘘っすよね……。エルフですら再現できない、伝説級の秘薬っすよ……?」

「しかしこの圧倒的な気配。明らかに尋常ではないでござるよ……!」

「あの黄金のポーションを神薬と勘違いするなど、物知らずもよいとこであったな」

 

 お母さんの病気に効くといいわね。

 まあそれまでに<ライフ・シード>の力で治せるようになっていればもっといいのだけれど。


 みんなが<エリクサー>を眺めている間に、私は部屋の奥にある棺にむかった。


 この中には、私とディの大切な人が眠っている。

 あの頃はただついてまわるだけだった。

 でも、今は仲間の力を借りてここまで帰ってこれた。

 その事を報告したくて、ひと目顔を見たくてここに来たのだ。


「きっと褒めてくれるよね。アイ――――!」


 あの人の名前を口にしかけて、私は息をのんだ。


 棺は顔の部分がガラス張りになっていて、開けなくても中が確認できる。

 しかし、覗き込んだそこには、誰も眠ってなどいなかったのだ。


「そんな、確かにここに眠ると……!」

「アンリ? どうしたでござるか?」


 動揺する私に、ミカゲちゃんが声をかけてくれる。


 私たちに嘘をついた?

 ううん、そんな事をする人じゃないし、する意味もない。

 じゃあ確かにあの後、ここに眠ったハズだ。

 

 だとしたら、考えられることは一つだけ。


 あの人は言った。

 次に目覚める時がくるとしたら――。


「――――世界が、滅亡の危機に瀕した時」


 私が見た神託も、きっと無関係じゃない。


 、忘れる事のなかったあの約束。

 それを果たす、最高の舞台なのよね?


 なら、最高の冒険を捧げてみせるわ。




 待っていてください――――――――アイヴィス様。

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