第57話 いつか帰る花畑

「だーかーら、我を<守護者>に預けろと言っておるじゃろうが!」


「安心しろよ。世界は俺が救う」


「一般人が……!」


「その一般人ってのやめろ! 樹液の出ない木に放置するぞ?」


「我は虫ではないわッ!」


 僕らはあれから街に戻って来ていた。

 道すがら勝手にべらべらと事情を話しだした虫の話を信じるならば、こいつは世界樹の精霊らしい。


 本体はエルフの国にある、大森林の奥地にある世界樹にいる。

 世界樹から落ちた枝葉でも繋がっているらしく、主精霊たるこの虫ならば、こうして顕現する事も可能なのだとか。

 そして今になって姿を現したのは、どうやらルッルの力が目覚めたのと関係があるらしく――。


「世界樹はそれ自体が命魔素を放ち続けているのじゃ。<守護者>の力は強力じゃが、根源たる命魔素がなければその力を十全には発揮できん。世界樹で作られたこの木刀は、まさに<守護者>に相応しい武器なのじゃ!」


「じゃあ英雄たる俺にも相応しいだろ」


「身の程をわきまえんか、一般人め――っておいやめんか! 植物ならなんでもいいと思っとるじゃろ!」


 適当な雑草に虫を放置して歩いていく。


 <守護者>とは何か。


 虫曰く、人間にはそもそも種族を守るための力が備わっているらしい。

 ただ個々で力を持つ魔物とは違い、人間は種族全体の力を僅かな個体に凝縮させることで、強大な敵と戦う力を得る。

 それが<守護者>と呼ばれる力だ。


 <守護者>の力は非常に強力だ。

 B級のギガ・アナコンダを、ど素人のルッルの一撃で粉砕する程度には飛びぬけている。

 そして強力であるが故、後付けの精霊の力を受け付ける余地がないのだという。


 ということはこの世界の<敵対者>と呼ばれる人々は、全て<守護者>となる可能性を秘めた人という事になる。


「全員が全員<守護者>になるというわけではないのじゃ。十分な命魔素を溜めこんで、かつ誰かを守りたいという純粋な想いがあってはじめて力は目覚めるのじゃ」


 飛んで帰ってきた虫が、世界樹の木刀の柄にとまる。


「<敵対者>として扱われている人たちが、誰かを守りたいだなんて心から願うのはきっと無理だし……」


 そうだろうな。

 でもそもそもそういう状況になってしまっている事がおかしい。


「人類を守る<守護者>なら普通もっと丁寧に扱われるだろ。大体、魔王大戦の時は何してたんだよ?」


「活躍してたぞ? 知らんか? ジュリアンヌという女だった」


 英雄ジュリアンヌ。

 素手でギガント・ロックジャイアントを粉砕したとか、手刀で海を両断したとか、豪快な逸話が多い英雄だ。

 僕もアンリも、いくつも彼女の冒険譚を読んだことがある。

 数々の名言を残し、僕の<エア・スラスト>を生み出すきっかけにもなった。


 物語では<神力>というレアスキルを授かっている事になっているが、虫の言葉を信じるならスキルではなかったようだ。


 まあルッルのあれをみて、スキルじゃないといくら本人が言っても信用されないだろう。

 だから勝手にレアスキル持ちとして物語にされてしまった、というところか。


「見たいものだけをみて、信じたいものだけを信じる。人とはいつの世も愚かしいものよの」


「その愚かしい人に頼らないといけない精霊サマは、一体なんなんだろうな」


「仕方ないのじゃ。最大戦力たる<勇者>はもはや生み出せんし、竜族はいう事を聞かん。魔王に対抗できそうなのは<守護者>だけなのじゃ」


 魔王復活。

 それこそがこの虫がいう世界の危機だ。

 まあアイヴィス様の信徒たる僕がマイラ島を旅立った時から、いつかこうなる事は予想していた。

 アンリの夢の事もあったしな。


 それにしても<勇者>と竜族に並べられる戦力ねえ。


 僕は隣を歩いているルッルを見る。

 運動センスがまったくないこのダメ弟子は、修羅場をひとつ乗り越えて少しは成長したのだろうか。

 ボロボロになりながらも最後まで立ち向かったのは立派といえる。

 しかし、まだ突きしかできないからな。

 未熟もいいところだ。


「ルッル、世界を救う気あるのか?」


「あるわけないし。そもそも滅ぶのは世界じゃなくて、世界樹だし? 自然の摂理だし」


「自然の摂理ではない! 復活した魔王によって世界樹が倒されたら、この世界のバランスが崩れて何が起きるかわからんのじゃぞ!」


「ルッルにはやる気がないし、何より実力が足りん。2週間前まで素人だったんだぞ?」


「むう……」


 どうやらこの虫は、顕現する前のこともある程度把握しているらしい。

 木刀を通して、ルッルのダメダメさ加減はみていたのだ。

 ルッルは明らかに戦闘に不向きだからな。


「だから俺が世界は救ってやるって言ってるだろ」


「一般人ごときが――って、だからどの木でも樹液が出るわけじゃないんじゃぞっ!」


 見る目のない虫め。



----


 夜。

 街が寝静まった頃に、ルッルがベッドを抜け出すのを感じとった。

 というか床で寝ている僕にけつまずいて転んだ為に起きた。


 トイレかと思ったが、しばらくしても帰ってこなかった為、僕はルッルを探しにいくことにした。

 色々あってうやむやになったが、結局試験は不合格、というか中止だったからな。

 落ち込んでいるのかもしれん。


 ルッルは裏庭で、僕が真っ二つにした岩に腰かけて空を眺めていた。

 ゆっくりと近づいて、声をかける。


「――角の生えた虫でも見つけたか? だとしたら捨てておけ」


「師匠……」


 僕はルッルの隣の岩に腰かける。

 夜の空には月の光に照らされた、大きな入道雲が浮かんでいた。

 じんわりと暑い夜だが、岩の表面はひやりとしている。

 湿気を含んだ風も、いまは心地がいい。


「試験はまあ、アイヴィス様がやりすぎたな」


「いいし。あたしにとっては最高の出来だったし」


「そうか。まあ今のお前なら<ゴブリン道場>で魔石稼ぎでもして生活できるだろ」


「…………師匠はやっぱり、行ってしまうし?」


 ルッルが不安そうな目をこちらに向けている。

 光石の明かりがなくても、月明かりだけでその表情がよく見えた。


 そうか、悩んでいたのはその事か。


 ルッルには本当に世話になった。

 そもそもこいつに拾われなければ死んでいたかもしれないからな。

 訓練も途中だし、もう少し一緒にいてやりたい気持ちもないわけではない。


 だが、区切りにはちょうどいいだろう。


「ああ。冒険都市にいくというキルトを追わなきゃいけないし、フォートとラウダタンも探さなきゃな」


 ホビット族の国から船で1日の距離に、獣人族の国がある。


 アルメキア王国から西にいくと、この二つの国の間が海峡となっている。

 北側にホビット族の国、南側に獣人族の国、という配置だが、漂流して流れ着くなら可能性は五分五分だ。

 運悪く海峡の間を通って流れて行ってしまうと、その先にある天族の国か、大海原へ出ていく事になる。

 まあ海峡の間は船も多いし、漂流してたら誰かに拾われる可能性の方が高いだろうが。


 どのみち船に乗るためにホビット族の港町まで行くし、そこで2人を探して、見つからなければそのまま獣人族の国に渡る。

 そこから冒険都市にまた移動だな。


「師匠、あたし……」


「別に無理について来る必要はない。旅は危険だぞ。特にアイヴィス様の信徒にはな」


「あのお祈りはやめたし」


 いや、続けろよ。


 僕はルッルの頭に手をおいて、がしがしと乱暴になでた。

 うつむくルッルは、されるがままになっている。


「ここはお前の家だろ。じいさんの墓もある。今はまだ<敵対者>とバカにされるかもしれないけど、お前ならいつか見返せる」


「師匠……」


 僕は立ち上がり、背中越しにひらひらと手を振った。

 冒険にはつきものさ。

 出会いと別れはな。



----


 次の日の朝、あたしは少し寝坊した。


 一日中走り回って、さらにはじめての命のやり取り。

 体力も気力も限界まで振り絞って、色々悩みもあって、昨日は寝るのがすっかり遅くなってしまったが原因だ。


 それでも半日も経てばすっかり全快になるのがホビット族のいいところだ。

 全身にあった痛みも、いまではすっかり引いている。


「……おはようだし」


「起きたか。ほれ、食え」


 部屋に入ると、師匠が作った豆料理の数々が並んでいた。


 師匠はやたらと料理が上手い。

 どうやら特に豆料理が得意なようだが、聞くと育ての親がホビット族だったのだとか。

 手伝わないとご飯を食べさせてもらえないという事情があり、家事全般それなりに出来るようになったらしい。


「もう、出発するんだし……?」


 旅支度、という程のものはない。

 ただ、いつもの格好に布袋が一つ追加されているだけだ。

 だけどなんとなく、師匠が出ていくような気がした。


「港町までの馬車が昼過ぎに出るらしいからな。それに乗っていく」


 それからは、あまり会話がなかった。

 師匠がつくってくれた料理はおいしかったけど、少し味気がない感じがした。



----


「バカな事をいうなっ! せめて我をおいていかんかッ!」


「断る。なんで俺が自分の獲物を置いていかなきゃいかん」


「世界が滅ぶと言っておろうが!」


「だが断る。そんなに心配ならお前だけ残れよ虫。いらないし」


「我は世界樹の精霊、その木刀を媒介にしないと顕現できんのじゃ!」


「じゃあ諦めろ」


 出発の時。

 虫精霊と師匠が家の前で言い争いをしている。


 <守護者>としての力を発揮するためには、命魔素というものをある程度取り込まないといけない。

 世界樹が発するというそれは、世界樹から造られている師匠の木刀からも僅かに出ているのだとか。


 あたしは師匠と過ごした3週間で、その命魔素をいくらか取り込んでいた。

 それが、<守護者>としての覚醒のきっかけになったらしい。


 けど昨日の戦いで、貯め込んでいた命魔素を全て使い切ってしまっている。

 来たる魔王の復活に備えて、少しでも命魔素を取り込んでおく必要があり、虫精霊は師匠の木刀をあたしに譲れといっているのだ。


 けどあたしはそんなものを貰っても、まともに戦えはしない。

 師匠の教えがなければ、あたしは。


「それじゃ行く。次にいつ会えるかは分からないが、まあいつか会えるさ。じゃあな」


 昨日の夜と同じように、肩越しにひらひらと手を振って歩いていく師匠。

 あたしは、その姿を見ていられずに、うつむく事しかできなかった。


 両手でぎゅっとズボンを握りしめる。

 ホントは着いていきたい。

 でもダメなんだ。

 あたしがいたら、師匠がまた危険な目にあう。

 <敵対者>と一緒にいると、周りの人に後ろ指差されることになる。


 あたし、師匠に迷惑はかけたくない。


「うっ……ぐすっ。ししょ――へぶしっ」


 唐突に後ろから何かが覆いかぶさってきて、あたしは地面に突っ伏した。

 口の中に砂がはいって、じゃりじゃりして気持ちわるい。


 背中に乗っかっている重たい何かをどけると、タットがこちらを見下ろしていた。


「おい<敵対者>。お前、約束忘れてないか?」


「なんのことだし……?」


 思い当らずに聞き返すと、タットがちっ、と舌打ちをした。


「試験に合格できなければ、この街を出ていく。そうだろ?」


「……試験は中止だし。タットに負けたわけじゃないし」


「うるせえッ! 合格しなきゃお前は街を出ていくんだよ! それ持ってさっさと行けよ!」


 そう言ってタットが指差したのは、先ほどあたしに乗っかっていたモノだ。

 それはパンパンに膨れ上がった背負い袋だった。


「……わざわざ旅のしたくをしたんだし?」


「はっ。近くで野たれ死なれちゃこっちが迷惑なんだよ。あの賞金首は見逃してやる。はやく追いかけてこの街を出ていけっ!」


「でも、あたしがいると師匠は――」


 再び落ち込みうつむく。

 タットが苛立たしげに近づいてきて、あたしの襟元を掴んだ。

 無理やり顔を上げさせられて、タットと目があう。


「お前、分かってねえよ。いいか? お前がガーネット・フロッグに標的にされて、いま生きてる。そんなのあり得ねえんだよ! グズで、ノロマで、ドジで、スキルもねえお前がよ!」


 あたしは目を丸くして、怒鳴りつけてくるタットを見ていた。

 タットは怒ったような、悲しいような、よく分からない表情をしている。


「あいつがお前に教えたんだろ? 生き方ってやつをよ。迷惑をかける? だから何だよっ! お前は人のこと気にしている場合なのかよ! すがりつけよ! こんなチャンスはもうねえんだよ! <敵対者>と呼ばれるのが嫌だったらこの街をさっさと出ていきゃよかったんだ! それで誰にもスキルの事を話さずに暮らせばいいじゃねぇか! そんな事もできないくらい、お前がダメなやつだっただけじゃねぇか!」


 タットが怒っていた。


 そうか。

 タットは、ずっと怒っていたんだ。


 あたしに、一歩も前に踏み出さないあたしにずっと怒っていたんだ。



 ――――あたしの為に、怒ってくれていたんだ。



 そう気づいた瞬間、涙がボロボロと零れて落ちた。


「なんだよ……! 師匠、師匠ってよ! 2年、俺には何も言ってこねぇじゃねぇか! じいさんの金で細々暮らしてよ! 誰にも会わないように背中丸めて歩いてよ! ……行けよ。 さっさと行けよ! 精々あいつに迷惑かけまくってよ、こんなやつ弟子にするんじゃなかったって後悔させてやればいいんだよっ!」


 タットに怒鳴りつけられながら、あしたはしゃくり上げて泣いた。


 じいちゃんが死んでから、ずっと一人でいるつもりでいた。

 バカだ。あたしは本当にバカだ。


 会うたびに<敵対者>だ<敵対者>だと言ってくるタットも悪いと思う。

 でも、そんな風にしてもずっと声をかけ続けてくれていたのが、タットだけだった事に、あたしはもっと早く気付けたはずだ。


 タットも泣いているのかもしれない。

 

 あたしの滲んだ景色では、ホントにそうなのかは分からないけど。


「……タット」


「なんだよ」


「裏庭に、あたしが育てている花があるし」


 じいちゃんの好きだった花だ。

 アルメキア王国に生えている白い花で、この辺では自生していない。

 毎年ちゃんと種を収穫しないと、次の年はもう生えてこない。


「あたしが帰ってくるまで。世話をしててほしいし」


「なんで俺が」


「一輪だけでも残っていれば、それでいいし。……お願い」


 タットはふん、と鼻をならした。

 そして腕を組み、後ろを向いて仁王立ちになる。


 これはじいちゃんがよくやっていたポーズだ。

 相手が誰であろうとも怯えず、立ち向かっていくという意思の表れ。

 もしくは、ここからは俺に任せろと、仲間に語りかける漢の背中。


「お断りだぜ」


「……! わかった、し」


 都合が良すぎたお願いだった。

 そもそも、あたしは本当にこの街に帰ってこれるのか分からない。

 じいちゃんの墓参りだって本当はしたいけど、今から追いかけないと師匠には追いつけない。

 仕方ないし。


 あたしは、タットが用意してくれた背負い袋を拾った。

 そして、タットの背中に頭を下げて、馬車の乗り合い所に向かって歩き出す。


 そのあたしの背中に、後ろを向いたままのタットの声が届いた。


「次にお前が時は――」


「……っ!」


「――お前の家は花だらけになってる。俺に頼んだことを後悔するといいさ、<敵対者ルッル>」


 そしてタットは歩いていった。


 あたしはその場に立ちつくし、再び流れた涙が止まるのを待っていた。


 タットはずるいし。

 やっぱり、女の子を泣かせるのが好きな、悪趣味野郎だったんだし。


 あたしはごしごしと涙をふきとり、前を向く。

 一歩踏み出して、背負い袋から荷物が転がり落ちた。


 それは、いつの間にかなくなっていたあたしの仮面だった。

 てっきり沼地ダンジョンにでも落としたのかと思っていたのだけど……。


「……よく見ると、変な仮面だし」


 あたしはしばらく仮面を見つめて、拾わずにそのまま歩き出した。


 


 風になびいた髪が耳元をくすぐって、あたしはほんの少し目を細めた。


 見上げれば、悠々と浮かぶ大きな大きな入道雲が、空の向こうへと流れていった――。

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