間話Aサイド1-1 森の賢者と3人娘

「あんたら娘3人だけで、ホントに森ん中入るんかいな?」


 農夫のおじさんが、心配そうに声をかけてくれた。


 ここはアイロンタウンからほんの少し東に位置する、森の入り口にある小さな村だ。

 アルメキア王国の東側に広がる広大な森。

 深部には古代遺跡が眠るとされていて、冒険者からは<古代森林>とも呼ばれている。


 ただ実際に行ってみてきたものはいないし、魔王大戦より以前の記録で、ここに国があったという記述はみつかっていない。

 広大な森であることは確かな為、誰かが面白おかしく言いふらしているだけの可能性もある。


 深部には強力な魔物がいるが、ほとんど森の浅い位置へは出てこない。

 その理由は、縄張りがあるからだというのが一番信憑性の高い推測だ。

 他には森の奥がダンジョン化しているという話もある。

 しかし何年かに一度ぐらいは、深部の魔物が街道に現れたりもするので、ダンジョンではないだろう。

 ダンジョンの魔物は外に出られれないもの。


「大丈夫よ。あたし達はこう見えても冒険者だもの」

「そんな小さい娘まで連れて冒険者かい。大変だなあ」

「ミカゲは小さくないぞっ、ぷんぷんっ」


 この可愛い生き物は、猫かぶりのミカゲちゃんだ。

 知らない人の前では幼い子供を演じる事で、物事を有利に運ぶ技術なのだとか。

 幼術ようじゅつという、ミカゲちゃんの家に伝わる技だそうだ。


 シスター・ロッリが常日頃からやってる技術ね。

 確かに強力だわ。


「あたしのスキルがあるっすからね。大抵の事はなんとでもなるっすよ」


 農夫のおじさんは中尉の言葉を受けて、納得したようだ。

 元軍属だし、そうでなくてもエルフは森の民として知られている。

 森のプロがいれば、めったな事にはならないと思ったのだろう。


 私たちは親切なおじさんに見送られて、<古代森林>へと足を踏み入れていった。



----


「それにしても不便っす。街道をまっすぐ歩きたいっす~!」

「森の民にあるまじきセリフでござるな」

「あたしは王国生まれの王国育ち。森の民ではなく街の民っすよ」


 王都を出発してから、私たちはずっと徒歩で森や林の中を移動してきた。

 あれだけの騒ぎを起こしたのだから、当然指名手配をされているはずだ。

 それに王国内には追手もかかっているだろうし、飛行船での探索もされるかもしれない。

 一度見つかってしまえば、逃走するのはかなり困難になる。

 だから最大限の警戒をしつつ、空から見つからないように森の中を移動しているのだ。


「まあ夜の見張りはメイちゃんがやってくれるし、随分楽だと思うけど?」

「過剰労働。睡眠希望」

「精霊も寝るでござるか?」

「否。深夜孤独」

「寂しいんっすね~」


 まあ夜中にひとりでずっと起きているのは寂しいかもしれないわね。

 でも私たちはほとんど町や村には寄れないから、夜はちゃんと睡眠をとらないと体力が持たない。

 メイちゃんには申し訳ないけど、マイラ島に着くまでは我慢してもらわないといけない。


 草をかき分けながらのんびりと歩いていると、先行していたミカゲちゃんが手で私たちを制止した。


「――そこでござるっ!」


 ミカゲちゃんは懐から出した、手裏剣と呼ばれるジパングの投石武器を草むらに投げ込んだ。

 ガサッと音がして手裏剣が草むらに吸い込まれていく。


 近づいて草をかき分けてみると、そこには絶命した角兎が横たわっていた。


「おお~。さすがアルメキア王国の暗部っす」

「ふふん。これぐらい朝飯前でござるよッ」

「それじゃこれはお昼ご飯ね。血抜きしておきましょう」


 王都暮らしですっかり舌が肥えてしまったけど、肉は貴重よ。

 マイラ島は土地面積の割りに人が多いから、肉は孤児院には出まわってこない。

 大体は豆。たまに魚。

 私の覚えている限り、ちゃんとした肉が出たのは一回ね。

 シスター・ロッリの幼術にかかった、肉の人が来たときだけ。



----


 森を歩きながら、私は<ライフ・バード>の練習をしている。

 <ライフ・バード>は、王都脱出の際に、メイちゃんの力で発動させた光る鳥を顕現する技だ。

 身体に接触している部分からしか発現できない<ライフ・ボム>と違って、<ライフ・バード>なら遠距離からの攻撃が可能だ。


 メイちゃん曰く、スキルの応用に必要なのは正しい知識に基づいた、精霊への指示なのだとか。


「<ライフ・バード>」


 私の手のひらの上に、鳥の形をした<ライフ・シード>が顕現する。

 しかし、あの時のように動き出す事はない。

 私に<命>に対する知識が足りないせいだろう。


「<命>を理解するとは、また哲学的な話でござるなぁ」

「人間には無理なんじゃないっすか?」

「生命根幹。複雑怪奇」

「せめてディの手紙がちゃんと読めればねぇ……」


 あの時、ディがメイちゃんに持たせてくれた手紙の内容は、どうやら<命>に関する情報の写しのようだった。

 私を救出した後に手渡すつもりだったのか、写すのも大変だっただろうに。


 しかし、残念な事に雨でびちゃびちゃになったせいで、そのほとんどが解読不能だ。

 まあもともと神の文字はそのほとんどが読めないのだけど……。


 と、思っていたが、ミカゲちゃんには読める文字がいくつかあったようだった。


「<一は全、全は一なり>でござるな。これはジパングの教えの一説にあるでござるよ。この世はひとつで繋がっているという考え方でござる」


 <アーカイブ>の読解が世界で一番進んでいるのはアルメキア王国。

 それともう一つ、特に医療分野で突出している国がある。それがジパングだ。


 ジパングが誇る医師使節団は、世界中の国から敬意をもって迎え入れられる。

 神の知識をもとに各国に伝えられた衛生、防疫という観念は、世界中の死亡率を著しく下げたという。

 ジパングはあまり他国と関わりを持たない、鎖国という体制をとっている国ではあるが、医療分野に関してだけは出し惜しみをしない。

 その為、魅力的な文化や資源があるにも関わらず、ジパングは過去一度も周辺国からの侵略を受けたことのない、平和な国なのだ。


 そんなジパングは、解読された神の言葉から、いくつかを神の教えとして国民に掲示しているのだそうだ。

 ミカゲちゃんが<命>の情報から読み取れる内容があったのは、そういった背景がある。


「とはいえ漠然としすぎてて、全然分からないのだけれど」

「心構えみたいなものだと思っていたでござるが、<命>のなんたるかに関わる言葉であったとは。驚きでござるな」

「メイちゃんはヒントとかくれないっすか?」

「禁止行為。努力推奨」

「禁止っすか。誰から禁止されてるっすかね?」

「創造主」


 それはメイちゃんの創造主かしら。

 それともこの世界の、という意味なのかしらね?



----


「なにか近づいてくるでござる」


 そう言って警戒態勢をとったミカゲちゃんの前に現れたのは、1頭のゴウリラだった。

 深部にいるはずの比較的強力な魔物だ。

 ミカゲちゃんはすぐに後ろに下がり、距離を取る。


「結界の中に逃げるっすか?」

「まって。様子が変だわ」


 そのゴウリラはマントを羽織って、肩掛けのバッグを持っていた。

 なんだかその姿はやたらと人間くさい。

 しかし、これだけなら人間から奪った可能性もある。


 襲ってくる様子もなく、なぜか驚いたような顔をして、こちらを――いえ、ミカゲちゃんを見ている?

 黒髪が珍しいのかしら?


 しばらくそのままだったゴウリラだったが、我にかえったのか、両手を広げてこちらに駆け出してきた。


「――っ! 迎え撃つわ!」

「危なくなったら結界の中に入るっすからね!」


 私は杖を構えて、ゴウリラに向かって駆け出した。

 一瞬で埋まる距離。


「<影突き>!」


 ただの突きである。

 しかしお互いが駆け出してきた威力がそのまま乗っているため、ゴウリラにとっては相当の速度の突きに感じるはずだ。

 だが――。


「なっ――!」


 ゴウリラは走りながら私の杖にそっと手を添えて、軽く横に押すだけでその軌道をズラして避けた。

 さらに身体が正面からぶつかりそうになると、果たしてどうやったのか、ぐるりと身体を捻らせて、いつの間にか私とゴウリラは背中合わせに立っている。


「なんなんすかあのゴウリラ! ん、そういえばどこかで……?」

「いまの技はもしや……」


 まずい、中尉とミカゲちゃんまでの壁がない。


 私は振り返りざまに回し蹴りを放つ。

 このまま走り出されたら中尉たちが危険だ。

 少しでも気を引かなくては。


 ゴウリラは片手で私の攻撃を受けとめた。

 体格が違いすぎて、重心を揺らすことすらできなかった。

 まるで大地に根が張っているかのごとく、その場に立っている。


 しかし足止めできたならそれでいい。


「<ライフ・ボム>!」


 手に持った杖で、ゴウリラの足元を狙う。

 片足があがった状態で、腕の力だけで振られたそれは大した脅威に見えなかったはずだ。

 それでも、ゴウリラは距離を取る事を選択した。


 バックステップと思われる動きで避けたゴウリラ。

 足の裏が地面すれすれで動く様は、まるで滑っているかのように滑らかだった。

 明らかに野生の動きではない。


 <ライフ・ボム>は地面をえぐり、小さなクレーターを作る。

 その様子を脅威に思ったのか、ゴウリラが構えを取った。


 右の拳を腰だめに構え、左手を手刀のようにして前に突出し、腰を落とす。

 武術の構えだ。


「あの構えはやはり……! アンリ、ちょっと待つでござる!」

「<ライフ・バード>……スローッ!」


 杖の先に顕現した鳥の形をした<ライフ・シード>を、振りかぶって射出する。

 まだ自由意思で飛ぶことはできないが、形は鳥である。

 投げつければ多少は飛ばす事ができる――が。


 翼の形が悪かったのか、大きく右に曲がった<ライフ・バード>は、森の木に当たって爆発した。

 その威力は先ほどの<ライフ・ボム>よりもずっと強力だ。

 両手で抱えきれない程の太い幹が半ばまでえぐられて、大木がメキメキと音を立てて倒れた。

 

 衝撃で地面が大きく揺れる中、飛び込んでくる小さな影があった。


「ミカゲちゃん!」

「月乃流手裏剣術、<四方八方>!」


 両手の指に計8枚の手裏剣を挟みこみ、器用にそれを同時に放つミカゲちゃん。

 上下左右からゴウリラに手裏剣が迫る――!


「ウッホホゥ!」


 ゴウリラは軽く飛び上がって回転し、両手両足の指で全ての手裏剣を掴みとった。

 そしてそのまま空中で、いくつかの手裏剣をミカゲちゃんに投げ返す。


「ふっ、とっ……!」


 ステップを踏んで手裏剣をかわすミカゲちゃん。

 その隙に、ゴウリラが両手を広げてミカゲちゃんに迫って来る――!


 いけない、回避が間に合わない!


「中尉! ミケゲちゃんを結界の中に――」


 慌てて中尉に目を向けると、そこには両手をあげた格好で、顔から地面に突っ伏す中尉の姿があった。

 その後頭部には、固い殻をもつココノッツの実がバランスよく乗っかっている。

 ピクリとも動かないところを見ると、あの格好で気絶しているようだ。


 さっきの倒木の衝撃で実が落ちてきたのね……。


 戦闘に目を戻すと、今まさにゴウリラの攻撃がミカゲちゃんに届こうとしているところだった。

 何を考えているのか、ミカゲちゃんも両手を広げてゴウリラを迎え討とうとしている。

 あの体格差では近接戦闘は絶対的に不利だ。


「避けてッ、ミカゲちゃん――!」


 しかし私の叫びもむなしく、ミカゲちゃんはゴウリラの腕に抱えられてしまった。

 その脇から、小さなミカゲちゃんの手が見える。

 このままではその剛力によってミカゲちゃんが――。


 私がとにかく全力で駆け寄ろうとしたその時。


 事態は私が予想もしていなかった方向に転がった。


「うわぁーん、父上ぇーーー!! 生きてたでござるぅーーーーー!!」

「ウホホォーーー!!」


 抱き合いながら、お互いに涙を流すゴウリラとミカゲちゃん。



 え、なに。ミカゲちゃんって野生児そっち系?

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