第50話 最高に出来の悪い弟子

 いつからだっただろうか。

 自分にもスキルがほしいと思うよりも、みんながスキルを失ってしまえばいいと思えたのは。


 14歳の時まで、誰もスキルなんて持っていなかった。

 みんなが平等だった。

 なのに、後から精霊に授けられるスキルのせいで、人は不平等になる。


 上級スキルを得られれば国の英雄に。

 中級スキルを得られれば裕福な暮らしができる。

 下級スキルの中にも使えるスキルと、全然使えないスキルがある。


 そして、あたしのようにスキルを得られなかったら最悪だ。

 <敵対者>として、まともな生活を送ることは不可能になる。


 どうして?

 どうして誰かから与えられたけの力で、こんなに違くなってしまうの?


 精霊が不平等を生んだんだ。

 だったら、スキルなんて最初からなくなってしまえばいい。


 誰からも認められない日々の中で、あたしはいつの間にかそう思うようになっていた。


「ずるいわよね? ひどいわよね? どうして世界はこんなにも不平等なの?」


 目の前のドレスアーマーは、あたしの気持ちを代弁するかのように語りかける。

 耳障りのいい、形だけの言葉じゃない。

 ちゃんと気持ちのこもった、ドレスアーマー自身の言葉だった。

 それはつまり――。


「私たちは、スキルを授からなかっただけなのに」


 ――この人も、<敵対者>として扱われてきたという事だろう。


「うつうつとしていたのよ? 諦めていたのよ? でもね、違ったの」


 うっとりとしたような口調。

 ここにはいない誰かをみつめるような、熱のこもった瞳。


「あの方が、深淵から私を救い出してくれたから――」


 まるで恋する乙女のように――いや、神に愛を捧げる巫女のように。

 ドレスロールは胸の前で手を組んでいた。

 しばらくそのままでいて、そしてふと思い出したかのようにあたしを見た。


「あの方はスキルなんて力に穢されていない、私たちのような存在を求めているのよ? あなたは幸運にも精霊の目から逃れ、スキルを授からなかったのよ?」


「……幸運?」


「あなたは特に幸運よ? いま、あの方は近くまで来ているの。直接<力>を授けてもらえるなんて、素晴らしいことなのよ?」


 <力>を授ける?

 後からスキルのような力を授けることができる人物ってこと?

 ダメだ、ドレスロールの言葉はわからない事が多すぎる。

 

 スキルとは違う<力>とはなに?

 <あの方>は誰?

 目的はなに?


「さあ、この手を取って。この間違いだらけの世界から、抜け出すのよ?」


 混乱する私に、ドレスロールが手を差し出した。

 この手を取れば、<敵対者>として扱われない?

 昔のようにみんなと笑って暮らせるの?


 あたしは、震える手をドレスアーマーに伸ばした。そして――。


「あ、すいません。そういうの間に合ってるんで」


 師匠にその手を捕まれた。



----


 弟子が怪しい宗教勧誘に引っかかる寸前でその手を掴んだ。


 割り込んできた僕を、ドレスアーマーの女が睨みつけてくる。

 信者獲得を邪魔されてご立腹なんだろう。

 だが宗教勧誘を前にして、弱気の姿勢を見せてはいけない。


「し、師匠……?」


「黙って任せろ。こういう手合いは慣れてる」


 宗教を勧誘してくるやつらは周到だ。

 事前に調べをつけて、ルッルのように心に傷をもつ人間や、金がなくて困っているやつを狙ってくる。


 その状況を自分たちなら解決できる。

 あなたの心の辛さが私にはわかる。


 心のスキにつけいる常套句だ。

 それで分かるようでわからない意味深な言葉で、なんだか凄そうだと印象づけるのだ。


「その子を食い物にするつもり? <敵対者>だからなんでもしてもいいと思っているなら間違いなのよ?」


「相手が悪かったな。こいつはもう冒険神アイヴィス様の敬愛なる信徒だ。帰れ」


「ちょっと待つし師匠。その話は初めて聞いたし」


 黙ってろというのに。


「毎朝祈りを捧げているだろ?」


「まさかあの、天に棒を掲げて、『この世界に捧ぐ、最高の冒険を――!』とやるやつだし? やる気を出すためだっていってたし!」


 やる気は出るだろ。

 神に冒険を捧げることを誓うんだから。


「なるほど。宗教勧誘のカモにしようとしているのよ?」


「いやお前にだけには言われたくねえよ」


「私は宗教勧誘じゃないのよ? ただこの子を今の不平等で汚らしい世界から救い出し、新たな世界へと導くだけなのよ?」


「人、それを<宗教勧誘>という」


 こいつらは信じられない事に、シスターローブを着ていても勧誘に来るからな。

 子どもたちにそんな寂しい想いをさせる神が、本当の神のはずがないとかいって。

 大体がシスター・ロッリの手によって新たな宗教の信徒とされてしまうのだが……。


「私たちを救ってくれたあの方は、いるかどうかもわからない神なんかよりよっぽど私たちを想ってくれているのよ?」


「冒険神アイヴィス様はご利益のちゃんとある神だ。いつも俺に最高の冒険を――ん?」


 ドレスアーマーの宗教勧誘を追い返そうとしていると、その奥にもう一人だれかいる事に気付いた。

 フードマントを羽織り、顔には仮面をつけている。

 おそらくこの怪しい宗教の信者なのだろうが、フードから僅かに見える、その髪の色に見覚えがある。


 まるで夕焼けのようなその茜色の髪。


「――キルト、か?」


 仮面の向こうの瞳が僕をとらえた。

 感情の感じられないその瞳。

 だがその色もまた、僕が良く知っている人物と同じ色をしていて――。


「そうやって知ってるフリしてナンパする男は、うちの純真な新人に近づいてほしくないのよ――?」


 ドレスアーマーが間に割って入った。


「探している知り合いに似ているんだ。ちょっとその仮面を外し――おっと」


 キルトなら僕のことを無視する事はないと思うが、一応仮面の向こうの顔を確認しておきたい。

 そう思って一歩踏み出した僕に向かって、ドレスアーマーが拳を振り上げた。


 僕がギルドでルッルに放ったような、みえみえの素人のパンチだ。

 速度はあるが、それだけだ。

 余裕を持って、木刀を引き抜いてそれを盾にして受け止める。

 

 だが――。


「なん――ッ!」


 軽く受け止められるハズだったその拳は、見た目からでは想像もできないほどの、重さを持っていた。


 僕は奥にあるルッルの部屋まで吹き飛ばされ、壁に叩きつけられ止まる。


 予想外の出来事に、受け身が間に合わなかった。

 その場にうずくまり、むせ返る僕の上に、インテリアとなっていた手配書たちが、落ち葉のようにハラハラと舞い落ちてきた。


「師匠……!」


「しつこいナンパはお断り。マナーがなってないのよ?」


 なんだ今のは。

 明らかにおかしいだろう。

 あんな体勢から打たれた拳で、これだけの威力が出るわけがない。

 レベルアップか?

 それにしても、あんな素人くさい動きのままでここまでレベルアップなんて出来るとは思えない。


 くそっ、一体なんなんだこいつ……!


「……あのひと」


「あらジュリア。ダメなのよあんな男に興味を持ったら。ああいう『君を知ってる』なんていうのはナンパ男の常套手段なのよ?」


 こちらに歩み寄ろうとするフードマントの女を、ドレスアーマーが制止する。


「それが<力>とやらだし……?」


「うふふ。スキルだなんてなくても、あの方ならこれだけの<力>を与えてくださるのよ?」


 うっとりとした目で、自らの手を眺めるドレスアーマーの女。

 ルッルはそれを、眠たそうな目で精一杯睨みつけた。


「あたしはそんな<力>がなくても、毎日ちゃんと強くなってるし……! 帰れし!」


 よく言ったぞ弟子。

 得体のしれない力を受け取ったやつの末路は、不幸になると相場が決まっている。

 努力なくして物語の主役にはなれん。


 アイヴィス様はそこら辺よく分かってらっしゃるから、僕に下級スキルを授けたのだ。

 そうに違いない。

 そうですよね?


「彼氏を傷つけられちゃって気がたっているのよね? ナンパ男のせいで台無しだわ。日をあらためてまた来るから、よく考えておくのよ?」


 そう言ってドレスアーマーは踵を返した。

 フードマントの女は僕をちらりと見て、それからドレスアーマーの後ろをついて去っていった。


 ドアを乱暴に閉めたあと、ルッルが僕のもとへ駆け寄ってくる。


「師匠、大丈夫だし……?」


「ああ。受け身も取れないなんて、俺も修行が足りないな」


 身体はほぼ完調近かったはずだが、それでもこのザマだ。

 ルッルの訓練の傍ら、僕も修行を再開しよう。


「あいつ、自分も<敵対者>だと言ってたし……」


「だな。けど俺を吹き飛ばしたこの力。明らかに生身の人間の膂力じゃない。あれがスキルの力じゃないなら、一体なんなんだ……?」


「<敵対者>にスキルのような力を授ける存在がいるし……?」


 ルッルは思いつめたような顔でうつむいている。

 僕は、その頭に手を置いた。

 出来の悪い弟子が、こちらを見る。


「やめておけ。あれはどうみても元の存在と持っている力が見合っていない。まともな力じゃない。そんなものに頼らなくても、お前は自分の力で、お前の望む姿になれる。信じろ。お前の目の前にいるのは誰だ?」


 精霊から与えられるスキルの力。

 あの方とやらから与えられるという謎の<力>。


 どちらも他人から与えられると力いう意味では、本質的な違いなどないのかもしれない。


 ただ、そこに悪意があったら?


 精霊は良くも悪くも人に対する感情などない。

 しかし、あの方とやらはきっと人だろう。

 ならそこには悪意がある可能性がある。


 少なくとも、あんな怪しい宗教勧誘をしてくるような相手だ。

 純粋な善意だなんてあり得ないだろうな。


 頭におかれた僕の手に、自分の手を重ねて、ルッルは屈託のない表情で笑った。

 今まで見た中で、一番の笑顔だ。


「これは、あたしが海で拾った、昆布ぐるぐる巻きの人だし……!」


 そうだな。

 こんな良いもの拾うなんて、ホント幸運なやつだよ。


 僕は最高に出来の悪い弟子の頭を、がしがしと乱暴に撫でてやった。

 

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