第51話 必殺技と裏切り者
「ほら走れ走れ。避けながら走れ」
ここは街の近くにあるF級ダンジョン。
洞窟型で、出てくる魔物は大半がゴブリン。
この世界に多くある、もっとも標準的な低級ダンジョンだ。
<ゴブリン道場>と呼ばれ、初心者冒険者が最初に通う。
人型で弱く、しかしある程度警戒をしないと返り討ちにあってしまうゴブリンはちょうどいい訓練の相手だ。
ダンジョンの仕組みというのは解明されていない。
そこに出てくる魔物も、なぜ存在しているのかよく分からない。
倒すと魔石になるのも、たまに素材になるのも、原理は不明だ。
500年前の魔王大戦時において、魔王が各国に攻め入るための拠点にした。
なんて話があるが、それならもうちょっと強い魔物を配置しそうなものである。
ゴブリンなんて、人が成長するためのちょうどいい踏み台にしかされていない。
「師匠……! 難易度、難易度の調整をお願いしたいし……!」
「走る。目をあける。避ける。ほら、お前ができることしかさせてない」
「言葉の不思議だし……!」
僕らは<ゴブリン道場>の中をひたすら駆けまわっていた。
本番である<沼地ダンジョン>のフロア・ボスは徘徊型のため、こうしてダンジョン内を走り回るのが基本となる。
今回は先にボスを倒すというレース型のため、通常タイプの魔物はできる限りやり過ごしていく必要がある。
僕はゴブリンが集まり過ぎないように、ある程度間引きながら先行している。
後ろではルッルが、わざと残しておいたゴブリンの攻撃を必死に避けながら追走してきている。
1週間前と比べれば格段の進歩だ。
ルッルのじいさんが言った、ホビット族は成長が早いというのは本当だな。
まあ普通の運動神経してれば、これぐらい最初からい出来るんだけどな。
回避だけに専念すれば、戦闘というのはそこまで難しいことじゃない。
ここに防御を加えると、ある程度の身体能力と、技術の習得が必要になる。
さらに攻撃をしようとすると、難易度はいきなり跳ね上がる。
同時に考えないといけないことが一気に増えるからな。
「お。あれはボス部屋の扉じゃないか?」
「じゃあここで折り返しだし。帰るし……!」
「そうだな。はいドーン!」
「ちょ……! なんで突っ込むし……!」
逃げようとするルッルの首根っこを摑まえて、僕はボス部屋の扉を蹴り倒して中になだれ込む。
大丈夫、大丈夫。
<ゴブリン道場>のフロア・ボスといえばゴブリンの進化系と決まっている。
ハイゴブリン、ゴブリンエリート、ゴブリンナイト。
強さはバラバラだがまあゴブリンだ。
僕としてはゴブリンキング辺りが出てきてほしいところだが――。
「残念。ハイゴブリンだ」
ハイゴブリンは背丈の大きいゴブリン。以上。
ほんとにそれだけだ。
手足がのびた分、攻撃の範囲は広いし、一撃の重さはあがっている。
でも速度は通常ゴブリンと変わらないから、見て避ければまず当らない。
しかもボス部屋にいるのはハイゴブリン一体だけだ。
これなら通常ゴブリン2体を相手にする方がまだ手ごわいだろう。
「よし、いってこい弟子!」
「無茶だし……! 倒せないし……!」
「倒せとは言っていない。ここには回避の訓練に来ているんだぞ?」
「さ、避けるし? いつまでだし……?」
「信じるんだ――内なる自分の力を!」
「ちょ……! いつまでだし!? 期限、期限を……! きゃあぁぁぁ!」
ハイゴブリンの真ん前にルッルを放り出す。
ごろごろと転がっていったルッルは、しかしすぐに顔をあげてハイゴブリンの攻撃をぎりぎり躱す。
ゆっくりとした木刀にすら目を瞑っていた姿からは、考えられない動きだ。
涙目ながら目を閉じずに必死に攻撃を避け続ける弟子をみて、感慨深く僕はうなずいた。
たまに攻撃を受けそうになる時には、<エア・スライム>でハイゴブリンの動きを阻害して助けてやる。
ルッルが倒れこんで動けなくなったところで、僕がハイゴブリンを討伐して訓練終了だ。
半分な。
帰りもあるぞ!
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「うう。いつか死んでしまうし……!」
「成長とは限界の向こう側にしか落ちていないんだぞ」
「限界はひとつずつ超えるものだし……! 2つ3つ先の限界を超えてたら死んでしまうし……!」
ははは。運動音痴はこれだからいかん。
自分が人と同じ努力で結果を出せると思っているんだから。
「人生は不平等だ。けど努力は誰にでも平等だ。人の10分の1しか才能がなくても、10倍努力すれば追いつける。やる気が出るだろ?」
「人の10分の1の才能だったことにショックを隠せないし……!」
むしろ人並みにできていると思っていた方が驚きだよ。
さて、回避はぎりぎり死なない程度にはなった。
次は攻撃手段を考えなくてはいけない。
なんせ、今回ボスを倒すのはルッル自身がしなくてはいけないのだ。
とはいえ今の状態からいきなりフロア・ボスを倒せと言う気はない。
とどめの一撃。
それだけでいい。
そこまでは僕が弱らせるなり、スキを作るなりすればいい。
ズルい?
いやいや、僕が手伝っていけないなんてルールはなかったからな。
どうせ他の連中もパーティーで参加だ。
これぐらい許容範囲だろう。
「これがお前の獲物だ」
「これは……、木の棒だし?」
僕が用意したのは、ルッルの背丈よりやや長めの棒だ。
ただの棒だが、素人が獲物にするには非常に扱いやすい武器だ。
まず最も簡単な攻撃動作、突きができる。
剣とは違い長さもある程度あるし、両手で広く持てるから威力も乗せやすい。
さらに持ち手を短くすれば、長剣のようにも扱える。
刃がないから自傷の心配もなし。
刃こぼれを気にする必要もないから、とにかく好きなところに思い切り振り下ろせばよし。
まあ剣のように扱うには訓練の時間が足りないだろう。
あと一週間でルッルが覚えるのは突き。
これだけだ。
沼地ダンジョンのフロア・ボスである<ガーネット・フロッグ>。
高い跳躍力と、素早い舌による攻撃、あとは口から吐く火の玉の攻撃が厄介な魔物らしい。
しかし近づけさえすれば、額の宝石を砕いて一撃で倒せる。
その場合宝石がドロップしないようだが、まあ今回は倒せればそれでいい。
その為に必要なのは、まっすぐ突く事と、ある程度の威力をのせる事だ。
「まずはお手本だな、見てろよ」
待ち手を広めに取り、腰を落とす。
棒先を目標である、地面に突き刺さった丸太に向ける。
狙いが定まり、勢い良く地面を蹴ると、前に進む力が生まれた。
その力を蹴り足のつま先からふくらはぎ、ふともも、腰から腕に滑らかに流していく。
一直線ではない。
小さな円を描くように、身体の中の最適な道を通していく。
そしてちょうど棒先に力が流れる瞬間に合わせて、目標に向かって一気に棒を突き出し――。
カァァン!
力を乗せきった突きが丸太の真ん中を叩き、乾いた木がぶつかる音がした。
逃げ場のなかった衝撃が、ビリビリと僕の手に返ってくる。
「こんな感じだな」
「真っ直ぐ突くだけだし。簡単だし……!」
だといいんだがな。
ルッルは棒を受け取り、棒先を丸太に向けた。
そして「ほゃぁぁ」という気合が入ってるんだが、気が抜けているんだかわからない声を上げて、丸太に突き放つ。
「――へぶしっ」
ルッルの放った突きは丸太の端ぎりぎりをかすり、そのままズレ込んで前のめりに倒れ込んだ。
両手に棒を掴んだままだったから、顔から地面に突っこんでいた。
「どこが悪かったか、わかったか?」
「運だし……!」
もっと自分を疑えよ。
「まず構え。腰が落ちていない。腰が落ちていないと、せっかくの足先からの力を腕に伝えきれない」
その場で腰を落として見せてやる。
「次に握り。今はかすっただけだから大丈夫だったが、まともに当たったらあの握りじゃ突きの威力に耐えられない。握りは小指でしっかり抱え込め。小指ができてりゃ他の指は勝手に掴める」
剣でも拳でも同じだ。
一番力のないと思える小指が、一番大事なのだ。
「あと目線。お前の場合はまず棒先をみろ。そして動きに合わせて目線を目標に流していけ。武器が自分の身体の一部になったと感じられるようになるぐらいまでは、自分で思ってるように武器は振れない。だから目で見て確認しながらやるんだ」
「師匠……!」
倒れ込んだままのルッルが、キラキラした目でこちらを見上げでいる。
「いっぺんに言われても分からないし……!」
知ってた。
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あれから2日。
ルッルはひたすらに丸太を突いている。
おおよそ真ん中に当てられるようになったが、ガーネット・フロッグの額の宝石がどの程度の大きさなのか分からない。
点をブレずに突けるぐらいにはなっておいた方がいいだろう。
「師匠……弟子が必死に手を痛めている横で、座り込んで休むなんて心が痛まないし?」
出来の悪い弟子が恨みがましい目でこちらを見つめていた。
「休んでんじゃない。新しい必殺技の練習中だ」
「それはそれでズルいし! あたしも必殺技がほしいし!」
まともに突きが放てないやつが何いってんだとも思えるが、しかしまあ必殺技は大事だな。
僕も武器の練習をはじめた翌日には<龍滅剣>や<覇王斬>を会得していたしな。
「よかろう。では必殺技を授けようじゃないか」
「遂に免許皆伝だし……!」
僕は庭に転がっている岩の前に立った。
世界樹の木刀を腰から抜き、構える。
「必殺技で大事なのは心だ。自分を疑ってはいけない。自分が英雄であると強く信じ、そしてこの一撃が世界を救うと確信して放つ」
「なんか凄そうだし……!」
「必殺技を放つなら、その瞬間は過去も未来も忘れろ。未完成の技? 関係ないね。外したらピンチになる? どうでもいい。ここで決める。出来ないはずがない。いま、ここ、この瞬間が俺の物語だ!」
一気に木刀を引きつけて、放て!
「<破界>!」
<エア・スラスト>で岩に刺突を放つ。
大きなヒビが入るが、一発ではここまでだ。
しかしそれが分かっているなら次の一手がうてる。
岩と木刀をちょうど挟み込むようにしてもう一つの<エア・ボム>を発現。
岩に弾かれた衝撃で木刀が跳ね返る力を利用し、柄の裏で<エア・ボム>を撃ち抜く。
ゼロ距離から放たれた二発目の<エア・スラスト>が、岩を真っ二つに割った。
新技だな。
ぶっちゃけ二連スラストでもいい。
でも騎士サマとの戦いの時のように、1本しか手元にないこともあるからな。
「おお……! 鉄の盾を真っ二つにした技だし……!」
「要は気合いだ。やってみろ」
ルッルはうなづき、木の棒を丸太に向かって構えた。
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目を閉じて集中しろ、という師匠の言葉であたしは目を閉じた。
必殺技で大事なのは心だという。
技に想いをのせて放つ。
想いが強ければ強いほどに威力が増すのだそうだ。
どうせなら一番強い威力がいい。
あたしの一番強い想いはなんだろう?
最初に浮かんだのはじいちゃんだ。
筋肉もりもりで、いつも豪快に笑ってた。
あたしが<敵対者>と呼ばれた日には、そう呼んだやつらを片っ端から殴ってまわった。
そしてスキルなんか筋肉の下位互換だと、あたしに笑っていった。
目の裏に、白い光が浮かんで消えた。
次に浮かんだのは<敵対者>と蔑まれる日々だ。
普通にしているだけなのに、近寄るなと罵られた。
ついこの間まで仲良くしていた人たちが、急によそよそしくなった。
あたしは何もしてないのに、あたしはみんなと変わらないのに。
どうしてひどい事を言うの?
なんでそんな目でみるの?
なにも違わないじゃない。
精霊からちょっと便利なだけの力を授かっただけじゃない。
あたしの世界をめちゃくちゃにしたのは精霊のせいだ。スキルなんて力のせいだ。
スキルなんて、なくなればいいのに――。
目の裏に、黒い光が浮かんで消えた。
最後に浮かんだのは、昆布ぐるぐる巻きの師匠だ。
海岸に打ち上げられた死体だと思った。
近寄ってみると息があったので、引きづって連れて帰って看病をした。
寂しかったから。
誰か、あたしを<敵対者>と呼ばない人と話をしたかったから。
<敵対者>と知られたら、嫌われるんじゃないかと怖かった。
でも、師匠は嫌ったりなんかしなかった。
それどころか、ギルドのど真ん中で顔をさらして、あたしのために賞金首として悪役を演じてくれた。
そんな師匠が紡いでくれたチャンスだから、あたしはどれだけ辛くても、師匠の訓練をやりとげると誓った。
スキルは不平等だ。
でも努力は平等だった。
あたしにはやる事がある。
やれる事がある。
師匠を師匠と呼ぶようになってから、スキルなんてなくなればいいと思うヒマなんてなくなった。
まるで黄金のように輝く毎日。
いつまでも、こんな日が続けばいいのに――。
目の裏に、金色の光が浮かんだ。
ああ、これだ。
これがあたしの一番の想い。
黄金の光はどんどんと大きくなり、あたしを包み込んでいく。
そして、光の先になにかが見えた。
あれは――丸太?
そうか、丸太だ。
あたしは必殺技を放つんだった。
師匠は言った、必殺技の名前は自分の心が教えてくれると。
ならば今、この心に浮かぶ言葉こそがそうなのだろう。
あたしは目を閉じたまま、目に浮かぶ丸太を目がけて必殺技を放つ。
いくし――!
「世界を砕くしッ……! <
黄金がうねり、あたしの身体に吸い込まれていく。
そして一瞬のうちに体中を駆け巡り、渦のようになって突きを放つ棒の先へと集まっていった。
身体が軽い。
見えているはずがないのに、自分の身体の隅々まで見える気がする。
今ならわかる。
師匠が言っていた力の流れ。
身体の端から、棒の先まで無駄なく伝えきるのだ。
ここは力まなくてもいい。
ここは強く。
なんだ、そんなに力は必要ないんだ。
そして、棒先が丸太に触れる。
今まで一番の突きが繰り出せたという確信があった。
だが――。
「あ……れ? 手応えないし……?」
突きは放った。
しかし来るはずの衝撃がない。
まさか空振った?
おそるおそる目を開けると、そこにはあるはずの丸太がなかった。
キョロキョロとあたりを見渡しても、どこにも丸太はなかった。
いったいどういう事だろうと、師匠に聞こうとして、師匠が目を大きく見開いているのに気がつく。
「師匠? どうしたし……?」
「お……」
「お?」
「お前もかぁぁぁーー!!」
あたしを指差し、師匠が叫んだ。
どういう事だし……?
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