第49話 やつは魔王の中で最弱

 さて、基礎体力トレーニングと並行して戦闘技術も磨かなければいけない。

 まずは生きるための技術。

 回避と防御だ。


 とはいえルッルは身体が小さい。

 攻撃は受けるのではなく、回避する方向で考えた方がいいだろう。


「いいかルッル、難しいことじゃない。今のお前にもすでに出来ている事だからな」


「どんとこいだしっ……!」


「これが見えるな?」


 僕は木刀を1本、腰から抜く。


「木刀だし」


「そうだ。ほら、どんどん近づくぞー……。いま何が見える?」


「真っ暗だし」


「だろうな。目を閉じてるからな」


 回避の基本は見ることだ。

 達人になれば気配や音だけでも避けることができるが、それでも目でみて避けるのが基本だ。


 なのにバカ弟子は、攻撃されそうになるとギュッと目をつぶってしまう。

 当然なにもみえない。

 みえなきゃ避けられない。


「弟子よ、お前の生まれ持った力を活かす時だ」


「あたしの、生まれ持った力……!」


「そうだルッル。目を――あけるんだ」


「っ! 攻撃を受ける時に逆に目をあける……!? そんな生き物としての本能に逆らう事を思いつくなんて、師匠は天才だし……!」


 お前の生き物としての本能どうなってんだよ。

 生き物バカにするなよ。

 みんな生きるために刮目してるわ。


「ほら、ゆっくりやるから目をあけてろ」


「うう……。耐えるしあたし……!」


 ゆっくりと木刀の剣先をルッルの顔に近づける。

 閉じそうになる目を必死に閉じまいと、すごい形相でそれを睨んでいるルッル。

 そんなに精神力ふり絞るほどのことじゃないだろ……。


 そして、ついに目をあけたまま、剣先がルッルの額をこづいた。


「――っ! やったし……! 生物の本能に打ち勝ったし……!」


「そうだな。お前は人を超えた、超人ルッルだ」


「まさかの事態にさっきまでの自分に別れを告げるヒマもなかったし……! ごめんだし過去のあたし……!」


 やる気はある。

 素直さもある。

 努力家でもある。


 ただ圧倒的にセンスがないんだよなあ……。


「おいおいおいおい! 子どものお遊戯じゃねえか、そんなので勝負に勝つ気あんのかよ!」


 背後から聞こえるバカにした声。

 ちらりと視線を向けると、腕を組んで仁王立ちの、ホビット族の伝統ポーズでこちらをみている少女加虐趣味者タットがいた。

 なんだこいつ。わざわざルッルの家まで見に来たのか?


 僕とルッルは目を合わせ、うなづいた。


「さて、次はもう少し早くやるからな。目はつぶるなよ」


「あたしは超人……! まぶたにはお別れを告げたんだし……!」


 いや、生き物としての構造まで乗り越えろとは言っていない。


 <ゆっくり練習法>と同じぐらいの速度で、僕は木刀でルッルに斬りかかる。

 異常なまでに目に力をいれてそれを凝視しているルッル。

 よしよし、目はとじてないな。

 

「おっ、俺を無視するんじゃねぇよ! 勝負の相手だろ! ライバルだろっ!」


「ライバルってのはもっとお互いを認め合うものだし。少女加虐趣味者あくしゅみやろうとは違うし」


「ねつ造しておいて事実みたいに言うんじゃねぇよ! あいつら戻ってきてくれねぇんだぞ!」


 地団太を踏んでくやしがる少女加虐趣味者タット

 どうやら仲間にはまだ信じてもらえていないらしい。

 絆が足りないんだよ、絆が。


「帰って訓練でもしてろよライバル。お前だって昇格試験なんだろ?」


 急に自信を取り戻したのか、ふんぞり返るタット。


「俺の異名を知らないようだな犯罪者。俺の名前は<沼地ハンター>タット! 沼地ダンジョンのフロア・ボスなんて一人でも余裕だ!」


 ずいぶん限定的な二つ名だな。

 沼地限定で使えるスキルなんてあったか?

 フロアボスまで一人で倒すとなると、冒険者としてもかなりの実力のはずだが。


 見た感じ、タットがそこまで実力者のようには思えない。

 まあスキル次第で強くもなるから、油断するわけにはいかないが。


「タットは沼地ダンジョン専門の冒険者だし。スキルとダンジョンの相性が抜群なんだし」


「ほう。自分のフィールドで勝負を仕掛けてきたわけか。タット、お前はそれでいいのか?」


「卑怯だとでも言いたいのか? <敵対者>にチャンスを上げただけでもありがたいと――」


 なんだか勘違いしているようだが、そうじゃない。

 僕はニヤリと笑う。


「自分のフィールドで負けたら言い訳できないけど、いいのか? って聞いたんだよ」


 そもそも勝負を受けた時点で負けることなんて考えていない。

 相手に有利なフィールドだろうが、ルッルに戦闘センスが皆無だろうが、関係ないね。


 僕が求めているのはいつだって変わらない。

 最高の冒険だ。


「さんざんバカにしてきた、この運動音痴に負けてみじめな思いをする事になるぞ?」


「まって師匠。あたしは超人だし」


「はっ。いくらお前が強くてもそいつがフロア・ボスを倒せるようになる未来なんてありえねえ! そいつは泥団子スライムに負けて帰って来るようなやつだぞ!」


「ボロが出たなタット。子どもが踏みつけるだけで倒せる世界最弱の魔物にやられるやつがいるかよ」


「あれは泥団子スライム界の魔王に違いないし。たまたまだしっ……!」


 負けたのかよ。

 ただの転がる泥団子に、どうやって負けるんだよ。


 タットは勝ち誇ったかのように鼻をならし、「せいぜい頑張るんだな」と捨て台詞を残して去って行った。


「あいつ何しにきたんだ?」


「タットの家は向かい側だし。昔から意味もなくうちにやってきてじいちゃんにボコボコにされてたし」


 そのせいで恨まれてんじゃないの?

 まあ何にせよやる事は変わらないな。特訓再開だ。



----


 数日後、そこには両手を上げて、勝利の余韻に浸っているルッルの姿があった。


「信じられないし……! あたしが凶悪な魔物をこうも一方的にうち倒す日が来るなんて……!」


 よっぽど嬉しかったのだろう。

 まるで天からの祝福をその身に受けるかのように、達成感に満ち溢れた表情で天を仰いでいる。

 周りの子どもたちからも、遠慮がちな拍手がパラパラと起こる。


「ありがとう子どもたち……! あたしは冒険者、冒険者ルッル……!」


「周りをみろ冒険者ルッル。その凶悪な魔物が小さなお子様たちの足でじゃんじゃん踏みつぶされてるぞ」


 ここはホビット族の子どもたちの遊び場。

 街の近くにある沼だ。

 そこには泥団子スライムがぷるぷると震えながら転がっている。

 無邪気な子どもたちは、きゃっきゃとはしゃぎながらそれを踏みつぶして回っていた。


 明日、F級のダンジョンに行く予定だ。

 その前になんでもいいから魔物を倒す経験をさせようと考えていたところ、本人が「雪辱をはらすし……!」とやる気をみせたので泥団子スライムの討伐にやってきたのだ。


「あれは普通の泥団子スライム。あたしのは泥団子スライム界の魔王だし」


「――ほう。得意げな顔をしてていいのか? やつは魔王の中で最弱。魔王界の面汚しよ」


「そんな、まだ世界は救われていないし……!?」


 救われてもすぐ危機になるんだよ。

 そうじゃないと物語が終わってしまうからな。


 さて、泥団子スライムを倒したこと自体にはあまり意味はない。

 だが一応この数日の訓練の成果は見えた。

 ここに来る前に1時間走って来たけど、ルッルにはまだ体力が余っている。

 泥団子スライムはゴロゴロと転がりまわるだけだけど、少なくとも目をあけていないと踏みつぶせない。

 

 明日いくF級ダンジョンにはゴブリンがいる。

 回避の訓練の仕上げにはちょうどいいだろう。


 試験の舞台となる沼地ダンジョンはE級ダンジョンだ。

 そこのフロア・ボスを討伐できる実力を示して、D級冒険者となれる。

 本来ならF級の僕と、G級のルッルでは入る事が許可されないダンジョンだが、金貨50枚の賞金首を捕まえるチャンスという事で、冒険者ギルドが特別に許可した。


 ただそれは当日だけだ。

 僕らには事前にダンジョンに下見にいくことは許可されていない。

 <沼地ハンター>と呼ばれるぐらい、沼地ダンジョンに通いなれているタットとは最初から難易度が違う。


 まあ別に無視して押し入ってもいいのだけど、ルッルがこの街で冒険者としてやっていけるようになる事が目的だからな。あちらの提示してきたルールは守ってやるべきだろう。


 唯一フェアな点としては、沼地ダンジョンのフロア・ボスは徘徊型の為、タットもどこにいるかは当日にならないとわからないということだ。

 とにかく走り回り、先にみつけてボス討伐をする。

 そういったレースなのだ。


「帰るぞ勇者。今日は豆スープだ」


「お肉が食べたいし……!」


 肉が食べたければイエスロにでも頼むんだな。



----


 コンコン。

 

 夕食後、ルッルに反復横跳びを延々とさせていたところに来客があった。

 タットではない。

 あいつはノックせずに入ってくるからな。

 僕を捕まえに来た賞金稼ぎだとしても、ノックなんてしないだろう。


 となると憲兵か。

 憲兵はやっかいだ。

 逃げるだけなら簡単だが、戦闘になるとキリがないからな。


 僕は汗だくで倒れているルッルと目配せをして、奥の部屋に潜んだ。

 息を整えたルッルが、扉をあける。


「――誰だし?」


「あら可愛い子。あなたがルッルちゃんなのよ?」


 訪ねてきたのは、胸元が強調されたドレスのような鎧を着た、やけに色気たっぷりの女だった。


 ドレスアーマーと呼ばれるそれは、攻撃を避けることを主体にした軽戦士に好まれる防具だ。

 腰にはレイピアを携えていることからも、女が回避を主体にした戦士であることがわかる。

 だがそこから感じるのは違和感しかなかった。


 なんだ、こいつは――?


 何気ない仕草、立ち振る舞いから相手の実力はある程度はかれる。

 そしてこの女のそれは――素人だ。

 重心の移動はなっちゃいないし、腰に差してあるレイピアもただぶら下げているだけに見える。


 だが、圧倒的なその気配。

 強者しか持ちえぬ、自然な立ち振る舞いの中からもにじみ出るカリスマ。

 

 素人では持ちえぬその気配と、強者ではありえない素人の動き。

 矛盾したその二つが、この存在の異質さを際立たせていた。


 正確な強さがはかれないが、騎士サマと同じか、それ以上に手ごわい相手かもしれない。

 憲兵ではなさそうだが、もし僕を捕まえに来たのだとしたら、果たしてルッルを守りながら闘えるだろうか――。


「ルッルはあたしだし。何のようだし?」


「こんな可愛い子が2人も増えるのは、私としては歓迎しないのよ? でもまあ子どもだし、あの方の好みではなさそうだから、妥協するの」


「なんの話だし? あたしは忙しいから帰ってほしいし」


 女はルッルと会話しているようにみえて、その実は勝手にしゃべっているだけだ。

 はっきりと帰れといったルッルの言葉を気にした様子はない。


「うふふ。大丈夫。興味なんてないのよ? そこにいる賞金首なんてね?」


 瞬間、ぞわりとした感覚。


 なにをされた?

 なにもされていない。

 目を向けられただけだ。


 まるで騎士サマのデッドゾーンに踏み込んだ時のような感覚。

 今のは殺気を飛ばされたのか……?


「なにが目的だし……!」


「目的。目的は何かしら? 人それぞれよね。でも、始まりは同じだわ?」


 こちらの問いに応えず、自分勝手にしゃべっているのでイマイチなにを言っているのか意図がつかめない。


 女は顔をルッルに近づけて、まるで秘密の話をするように耳元に手をそえる。


 僕は<エア・コントロール>でその声を拾った。


「――スキルなんてなくなってしまえばいいって。そう思ったのよ?」


 そう言って顔をはなした女は、妖艶な笑みを浮かべていた。


 そしてそれとは対象的に、ルッルは青ざめた顔で、唇を噛み締めていた。

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