第32話 ジャック・ザ

「ん、今日はいつもの男じゃないのか」


「ああ、代理を任されてな」


 貴族街の門番と軽いやり取りをして、僕は指定された場所がどこかを聞いた。

 今回掃除するのは貴族街の中にある大きな公園と、その周りの道路のようだ。

 人が集まる場所なら噂話を聞くのには持ってこいだな。


 貴族街といってもその中にはちゃんと商店もあれば飲食店もある。

 但し貴族向けの店になる為、その外装はどこも高級店の雰囲気だ。もちろん、取り扱っている商店も高価な物なのだろう。


 ここにある店舗は全て国から承認を受けた、一流店のみとなっている。


「ここが集合場所か?」


 依頼書に書かれていたのは、公園の中にある噴水の前だ。

 まだ朝も早い時間だからほとんど人がいない。

 少し早くつきすぎたかな。


「その黒髪、もしやジパングの者でござるか?」


「ござる?」


 後ろから声をかけられて振り向くと、視線を少し下げたところに長い黒髪を後ろ手に縛った、少女が立っていた。

 メイド服のような物を着て、手には掃除道具を抱えている。

 この子があの同胞ロリコン天使ようじょ、もとい依頼主の清掃業者の従業員か。


 独特な言い回しをして来た少女は、手をワタワタと振って慌てた様子だった。


「あ、ごめんなさい! 黒髪だったからつい同郷の人かと思って方言が出ちゃいました! うう……、恥ずかしいよぅ」


 ふむ。

 何やら恥ずかしげに両手で顔を抑えているが、シスターを長年見てきた僕には分かる。

 この娘のこれは演技だ。


 どこかの同胞達なら一撃必死なんだろうが……。

 まあ別にいい。

 可愛いは無料ではないのよ、だから正当な対価が必要なの。とはシスター・ロッリの教えである。

 持てる武器は使うものだからね。


「あー、今日一緒に掃除をする業者か?」


「あ、はい! って事はロリオットさんの代理の方ですか?」


「そうだ。代理だが清掃のやり方はちゃんと教わって来たからな、仕事は問題ないはずだ」


「それはとても助かります! ロリオットさんがとても仕事ができる方なので、この広大な公園を私達二人で清掃しなきゃいけなくて……」


 どれだけ広いのか知らないが、周りの道路も含めて二人か?

 銀貨5枚という、王都ではあり得ない程に安い依頼料に全く見合ってないだろう……。

 そこまでして天使との接点を保ちたいのか、業の深い同胞め。


「清掃業者はお前しかいないのか?」


「あ、いえ。他にもいるんですが、先輩達は私にばかり大変な現場を回してくるんです。だからロリオットさんには本当に助けて頂いていて……ふにゅぅ」


 出たなふにゅぅ。

 シスターが大きなお友達からお金を巻き上げる際の常套句だ。何がいいのかさっぱりわからん。


「そうか、お前も大変なんだな。じゃあ早速始めるか。どこからやればいい?」


「はい、では南側から順番にやっていきましょう! 最初はちゃんと出来そうか見させてもらいますね、ええと……」


「ディだ」


「はい。ディさん! 私はミカゲです。よろしくお願いします!」


 そう言って元気な笑顔をみせるミカゲ。

 僕の正面から僅かに見上げるように上目遣いで、両手を胸の前で小さく拳を握っている。


 なんかシスターの仕草にそっくりなんだよなあ……。

 弟子でもいたのかな。


 そして僕らは公園の清掃に着手した。



----


 太陽が真上を通過して大分だった頃、僕は公園の掃除をしながら段々と増えてきた公園にやってくる人達の話に耳を澄ませていた。

 あの後僕らは公園の南側を一緒に掃除して、僕は合格を貰った。その後は別れて西周りと東周りで掃除をしていく事になった。


 やはり英雄たるもの、何でもすぐに出来てしまうな――。


 しかし聞こえてくる話はどこぞの店のタルトが美味しいだとか、大きな宝石を贈って貰っただとか、どうでもいい話ばかりだ。

 中には最近起きている連続殺人事件などといった物騒な話もあったが、人が攫われて来たとか、アンリに繋がりそうな話はまだ聞けていない。


 うーむ。

 やはりどこかに秘密裏に隠されているのかもしれないな、だとしたら軍関係が一番の候補になるか。

 明日キルトと会うことになっているから、キルトの報告に期待するかな。


「ディさーん」


 向こうの方からミカゲが手を振りながら歩いて来た。手には自分の分の掃除道具を持っているようだ。


「東側が終わったのでお手伝いに来ました!」


「もう終わったのか、さすが本職は違うな」


「えへへー。でもディさんもかなり進んでいるじゃないですか! 初めてなのに凄いです!」


 そして僕らは西側の残りを協力して掃除し終えた。

 残り北側のみとなるが、日はまだ大分残っている。

 思っていたよりだいぶ早く終わりそうだな。

 

 僕は掃除をする手を止めず、ミカゲに声をかけた。


「なあミカゲ、最近貴族街で変わった噂とかないか?」


「噂ですか? そうですねえ、最近ではやはり<リーパー>の話題でしょうか」


「リーパー?」


「最近貴族街の中で連続殺人事件が起こっていまして、死因が全て切り傷であることから、犯人は切り裂き<リーパー>と呼ばれています」


 連続殺人事件か。

 確かに同じような話を何回か耳にしたな。


「貴族街の中で事件が起こるなんて、珍しい事なんですよ? そもそも城壁の中に入ってくる事自体、あの高い壁を越えなきゃいけませんし……」


 そうだろうな。

 だとすると犯人はあの壁を超える能力を持ったものか、もしくは壁の中にいるか――。

 どちらにせよ今の僕には関係のない話だ。


「ふーん。他にはないか? 例えば――最近誰かが急に若返った、とか?」


 アンリを攫ったという事は、<ライフ・シード>の力を求めた誰かがいるということだ。

 その誰かが貴族街の中にいるとしたら、噂にぐらいなっていてもおかしくはない。


 ミカゲはこちらを振り返らず、掃除を続けながら答えた。


「――いえ、聞かないですね」


 仕事に集中しているのか、少し声がそっけない気がするが、まあここで手がかりがあるなんて期待はしていない。

 南側の清掃ももうすぐ終わるし、やはり明日のキルトの報告に期待するか。


 そして粗方の仕事を片付けて、特に成果もなく撤収かと思われた時。

 絹を切り裂く女性の悲鳴が公園の中に響き渡った。



----


 なんだあいつは。


 僕らが悲鳴を聞いて駆けつけた時、そこにいたのは地面に倒れこんでいる女性と、両手に巨大な鋏を分解したかのような武器を持つフードマントの人物だった。

 女性はドレスの裾がスパッと切れており、どうやら足を斬りつけられたようだ。


「おいおい、連続殺人事件ってこんな明るい内からかよ」


「い、いえ。今までの事件は人気のない夜中に起こっていて、軍の警備兵も捕まえられずにいたのですが……」


 急に人恋しくでもなったのか。

 今の悲鳴を聞きつけてすぐに軍の警備兵が駆けつけてくるだろうが、その前にあの倒れている女性は殺されてしまうだろう。


「殺人鬼なんて相手にしてもワクワクしないが……、ここは俺が――あ」


 一歩前に進み出て、木刀に手をかけようとしてそこに何もないことを思い出した。

 そうだ、貴族街に入る時に門番に武器を預けたんだった。

 素手であいつを抑えるのか――、ちょっと英雄っぽいな!


「あわわ、こっちに向かってきますよ!」


 手当たり次第ってか。

 まあこの場で取り押さえてやるさ。


 ゆっくりと近づいて来る<リーパー>に向けて僕は駆けだした。

 <リーパー>がその手に持った巨大鋏の片割れを下からすくい上げるが、間合いのぎりぎりで急停止し、それをやり過ごす。

 もう一本の鋏が追撃をかけてくるが、予想通りの横なぎだ。


 僕も二刀流だからな、どんな動きをするかは大体分かる。

 地面スレスレを滑るように移動して、<リーパー>に肉薄した。


「くらえ<崩玉掌>!」


 ただの掌底である。

 <リーパー>の鳩尾に深く突き刺さったそれはしかし、人の肌ではない硬い何かを打ち抜いた。

 ちっ、鎧か何かを着込んでやがるのか。


 しかし距離を取ってはこちらが不利だ。

 バックステップで逃げようとする<リーパー>の動きに合わせて、僕もそのまま駆けていく。


「夜中にこそこそ一般人を襲っていた奴が、目立ちたくなって昼間に出てきた時点で結果は見えてる。大人しくお縄につくんだな!」


「……ダマレ」


 おお喋った。

 フードの奥から漏れた声は掠れていて、ひどく聞き取りづらかった。

 僕は逃げ回る<リーパー>の間合いに入らないよう、常にピッタリとくっついて回った。

 なかなか素早いな……、さすが王都は強いやつが多い。


 ならばこうだ――!


「<エア・スライム>! からの<崩玉掌>!」


「――っグ」


 <エア・スライム>で足を引っかけ、後ろ向きに倒れたところに掌底で追撃を加えた。

 狙ったのは鎧で守られていないであろう顔面だ。

 先ほどよりは手ごたえを感じたが、それでもまだ人の肌ではない固いものを打ち抜いた感触だった。


 どういう事――ちっ!


 <リーパー>は体全体のバネを使い、馬乗りになった僕を前方に押し出した。

 体制を崩した僕は、そのままの勢いで前方に転がり距離をとる。

 直前まで僕がいた場所には、巨大な鋏が薙ぎ払われ、地面に火花が散った。


 振り向いて<リーパー>を見ると、目深に被っていたフードが取れ、その素顔が明らかになっていた。


「ニンゲンのキゾクめ……。カナラズ根絶やしニシテヤル……!」


「トカゲ族……!」


 なるほど合点がいった。

 先ほどまでの固い感触は、鎧ではなく全身の鱗だったわけだ。

 赤い鱗に包まれた、レッドリザード族の男は憎しみがこもった目でこちらを見ていた。

 その目は白く濁り、明らかにまともな状態ではない。


 っていうか僕は貴族じゃないんだが。


「警備兵のみなさん! こちらです!」


 後ろでミカゲが兵を呼び込む声が聞こえた。

 劣勢を悟った<リーパー>は、シュルルル……と独特な呼吸音を残しその場を去っていった。

 追いかけてもよかったが、武器がないんじゃ盛り上がりにかけるからな。


「ディさん、大丈夫ですか!?」


「ああ、余裕さ。逃がしたけどな」


 その後僕らは警備兵に事の経緯を話し、その外見などの情報を伝えた。

 木刀を返してくれれば捕縛に協力してもいいと伝えたが、不要だと断わられた。

 ミカゲ曰く、城壁の中の事で警備兵が冒険者に頼ることはまずありえないとの事だ。

 まあ、プライドとかあるんだろう。


 思いがけず変な事に巻き込まれたが、結局アンリに関する情報は得られなかった。

 これでキルトも情報を得られていなかったら、怪盗ムーブで貴族街を走り回るしかないか……。


 お、なんかそれ楽しそうだな!

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