第31話 信心深き者たち

 ホロホロ君に言われた店を探して、東区に戻ってからあちこち聞きまわっている。

 店が多いせいか、誰に聞いても<ノタッチ>なんて店は知らないと言うのだが……。


 僕は裏路地に入り込み、適当にぶらつく。

 別にこうして店なみつかると思っている訳じゃない。

 ただ、しばらく前から僕をつけている奴がいるので、声をかけやすくしてやったのだ。


「おい、お前」


 釣れた釣れた。

 僕は何も言わずに振り返る。

 そこにいたのは小太りの商人風の男だった。


「<ノタッチ>をどこで知った?」


「冒険者ギルドで聞いたら受付が教えてくれたよ」


「そんなわけあるか! 正直に言え!」


 いや正直に言ってるんだが。


「<ノタッチ>のマスターがいい女を紹介してくれるって言われたんだよ」


「なにぃ。適当な事を言って……るわけじゃねえみたいだな。しかし冒険者ギルドの受付に<ノタッチ>のマスターを知ってるやつがいたかな……」


 男は最初僕を疑ってかかろうとしたようだが、僕の目を見て嘘ではないと分かったらしく、ぶつぶつと何か考え事を始めた。

 どうやら店の場所は知ってそうだな。


「あんた場所を知ってそうだな。連れて行ってくれよ」


「ん、ああ。まあ同胞だってんなら構わねえが」


 同胞?

 なんの事だ?


「こっちだ。ついてきな」


 何だかよく分からなかったが、僕は歩き出した男の後ろについて行った。



----


 男に連れられてきた店は、以外と表通りに近い場所にあった。

 ただ、建物と建物の間に地下へ潜る階段があり、そこが入り口となっている為に非常に分かりづらい。

 男がドアを開けると、カラン、と鐘の音のようなものがなった。

 見ると、ドアに小さな鐘が取り付けられていて、誰かがドアを開けると音がなるようになっているようだった。

 王都はホント色々あるな。


「イエスロ、新規だぜ」


 イエスロと呼ばれた、カウンターの向こうにいる男は、グラスを磨きながらこちらをちらりと見た。

 そして何も言わずにまた手元に視線を戻す。


「新入り、適当に座って注文しな」


 そう言って男はカウンター席に腰を落とした。


「ああ、とりあえずオススメで貰おうか」


 僕は男の横に座って言った。

 初めての店ではとりあえずオススメを頼む。

 各地を旅する冒険者の定番だ。


 店内は随分狭い。

 カウンター席の他にはテーブル席が二つあるだけで、他に客はいなかった。


「それで新人、イエスロに聞きたい事があるのだろう」


「ああ。ここで噂になるような美人の情報を貰えるって聞いてな。ここ1カ月ぐらいの間で、何か話はないか?」


 イエスロは僕と問いに顔を上げる事もなく、手に持った何かを音を立てて振り出した。

 しばらくしてその中に入っていた飲み物をグラスに注ぎ、僕の前に差し出す。

 ピンク色をした、不思議な飲み物だった。


「……<リータ>だ」


「そいつはイエスロのオリジナルカクテルだ。美味いぞ」


 僕は何も言わずに出された飲み物に口をつける。


 変わった形のグラスには、ほんの少しだけしか飲み物が入っていない。

 僕はそれを一気に飲み干した。


 ――これは。


「――口に含んだ瞬間は甘みが広がるが、飲み込めば強烈な酒精が喉を焼く。まるで悪戯好きの子供だな」


 僕は空になったグラスを差し出し、美味かった、と告げた。

 イエスロはそのグラスを受け取り、ようやく僕を見て口を開いた。


「王都は初めてのようだな、坊主。カクテルはそんなに急いで味わう物じゃない。たが――悪戯好きの子供か、悪くない例えだ」

 

 ふっ。スパイムーブは言い回しが重要だからな。


「噂の美女だったか? もちろん情報ある。明るく笑顔で周りを幸せにする天使、控えめにはにかんで笑う心優しい天使、どんな娘を探している?」


 どんな、か。

 アンリはその場その場で演じるキャラが変わるからなあ。

 最近はスキルに合わせて聖女系か冒険者風だったけど、王都なら貴族令嬢とかもありそうだよな。


 僕は少し考えてからありのままで答えた。


「時に聖女のように振る舞い、時に冒険者のように振る舞う。貴族令嬢のような所作を見せたかと思えば、意味有りげな笑顔を見せる謎の女。大体そんな感じの娘に心当たりはないか?」


 イエスロも、隣の男も何故か苦笑しているようだ。


「天真爛漫で時に子供らしく、時に大人びた様子を見せる。そうだな、誰もが一度は夢見る淑女だ。たが今のところ情報はないな」


 外れ、か。

 軍が攫ったんだ、表に情報が出ている方がおかしいか。

 まあいい、振り出しに戻っただけさ。


「わかった。また来る。もし情報が入ったら教えてくれ、俺が探しているのはアンリ・ロッリ。マイラ島の――」


「待て、ロッリだと?」


「マイラ島のロッリ!?」


 アンリの名前を出した途端、これまで静かにスパイムーブの雰囲気に合わせてくれていた二人が、慌てた声を出した。

 心当たりがあるのか?


「その娘はマイラ島のシスター・ロッリの関係者か?」


「ああ。シスターの孤児院で育ったんだ。俺もな」


 すると二人は神に祈るかのように胸の前で手を組んだ。

 ああ、永遠なる無垢よ――。とか、合法ロリ、しかし尊きその御身は清らかに――。とか、なんだか意味がわからない事を呟いている。


 ああ、そう言えばシスターは王都では有名人だったな。

 小さな子供と一部の大きなお友達に大人気だからな。

 この人達は大きなお友達の方か……。


 ホロホロ君は知っててここを紹介したんだろうなあ……。


 何の為か分からない祈りが終わったのだろう、イエスロが先程とは変わった態度で話しかけてきた。


「神の子よ、なぜここ王都で人探しを?」


 まあシスターの信者ならマイラ島でも何人も見てきた、彼らは世の常識よりも己の信念を突き通す夢追い人だ。

 ある意味最も信用できると言ってもいいだろう。


 ホロホロ君の紹介でもあるしな、彼らに協力して貰うとするか――。



----


 翌日。

 僕は再び冒険者ギルド本部を訪れていた。

 昨日イエスロ達へ事の経緯を説明したところ、全面的に協力してくれる事となった。

 神の子を攫うなどとなんと罪深い真似を。これは聖戦だ! などとヒートアップしていた様子だ。


 彼らの同胞ロリコンは数多く、情報網は王都の市井全体に広がっているらしい。

 一月も前に王都に来ているはずが、情報網に引っかからないなると、恐らく城壁の向こうの貴族街にいる可能性が高いとの事。

 なので貴族街の中の情報を集める必要があるのだが、その手段の為に今日はここに来た。


「おやディさん、捜し物は見つかりましたか?」


「いや、けどホロホロ君に紹介して貰ったお店のおかげで方向性は見えたな。どういった繋がりだ? ホロホロ君も同胞とやらか?」


 ホロホロ君が実はシスターを神と崇めていたらちょっと嫌だな。


「まさか。前にイエスロさんがマイラ島に来た時、西区孤児院の場所を教えてあげた事があったんですよ。帰りに何故か身ぐるみ剥がされていたので、必ず返すという約束でギルドからお金を貸し出した事がありましてね」


 身ぐるみを剥された……?

 ああ、もしかしてイエスロって肉の人か!


 以前に一度だけ、僕らの孤児院で夕食に肉が出た日があった。

 一体何があったのか子どもたちは皆不思議に思ってシスターに訪ねてみると、有り金と持ち物全てを寄付してくれた優しい人がいたのだと答えていた。

 かなり珍しい出来事だったので、子供たちの間では肉の人として讃えられていたのだ。


 ちなみに後日知った事だが、シスターが「ロッリお腹空いたよ、ふゅぅ……」とか「その腰の剣、凄く……大きいよう」とか、そんな感じで巻き上げていたらしい。


「王都のギルド経由でちゃんと返金されましたが、一文無しになっても幸せそうな顔をしていたのは業が深いとしか言いようがないですね」


 肉の件といい、今回の件といい、実に有り難いことである。


「それでだなホロホロ君。捜し物は恐らく貴族街の中にあるんじゃないかという話になった。とりあえず一度様子を見たいと言ったところ、清掃の依頼が定期的に出ているから、それを受ければいいという事になってな」


「なるほど。では調べてきますのでそのまま待っていてください」


 ホロホロ君は奥の方に座っていた職員に話を聞きにいき、一枚の依頼書を手に戻ってきた。


「確かに在りました。しかし、この依頼はもうずっと同じ冒険者が受けているようで、枠が余っていないようですよ」


「ああ、それは大丈夫なんだ」


「どういう意味です?」


「その冒険者も、同胞ロリコンとやらだそうだ」


 果たしてどこまでその影響が広がっているのか。

 もしかしたらシスターの一声で王都に革命を起こせるのかもしれないな――。


 その後、依頼の代役を取りたいと伝える為にその冒険者の元へ赴いたところ、「神の子の為に涙を呑むが、中途半端な仕事で俺の天使ようじょに迷惑をかけるのは許さん!」という熱い言葉と共に、1日がかりの猛特訓を受ける事となった。


 どうやら貴族街の清掃を請け負っている業者が別にいて、一緒に働く職員の中に好みの天使ようじょがいるのだとか。

 本来は大きな仕事が入った時だけの臨時依頼だったところ、天使の助けとなれるならと本気で掃除道を極めた為に、ほぼ個人指名のような定期依頼になっているのだそうだ。


 彼らの情熱がどこまでこの王都を蝕んでいるのか。――実に頼もしい限りである。


 そして僕は貴族街の中に潜入する事になったのだ。

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