第30話 トリック・フェアリー
魔導列車を降りると、そこは大都会だった。
いや、ホントなんだこれ。
都市マイラやロマリオ、アイロンタウンと違いすぎるだろう。
今までの都市だって小規模だったわけでは決してないのだ。しかしここ王都アルティーナと比べれば田舎と言われても仕方がない。
それぐらい衝撃的だ。
「魔導トラムに、あれは小型の飛行船でしょうか? あ、落ちましたね」
遠くで爆発音と悲鳴が聞こえた。
やはり目につくのは魔導トラムだ。
街中を小さな魔導列車がゆっくりと走っている姿は他の街では決して見られないだろう。
それに行き交っている馬車も、よくよく見ると馬が引いていない物がある。
恐らく魔導具だろうが、これも今までの街では見たことがなかった。
そして行き交う人々の種族が様々なところも、今までとは違う。
珍しいと思っていたエルフやドワーフもそこかしこで歩いているし、背の小さい子供みたいなのはホビット族だろう。さらに獣人やトカゲ族までいる。
世界中の人々がこの都市に集まっているんじゃないかという賑わいだ。
ロマリオでは僕を田舎者扱いしていたキルトも、さすがにこの光景を前にしては僕と同じようにあっけに取られているようだった。
「話には聞いていましたが、実際に目にするとここまでとは。さすが、アーカイブ研究所のある王都アルティーナですね」
「アーカイブ研究所?」
「はい。神の知識を分析して再現する為の研究所です。飛行船や鉄道などはそこで作られたんです」
そういえば王都では色んな研究がされているって聞いた事あるような気がするな。
「研究成果はまずここ、アルティーナで試されてから各地に導入されます。もちろん成功も失敗もあるでしょうけど、とにかく世界最先端の技術に触れられるとあって、世界中から人が押し寄せるんです」
「なるほどな。さっき爆発があったわりに誰も騒がないのは、そういったのも慣れてるって事か」
「そうですね。さあ、何時までも眺めている訳にも行きません。まずは貴方の泊まる宿を決めましょう。集合場所がないと何かと不便ですからね」
そう言ってキルトは歩き出した。
そう、僕達はここから別行動になる。
僕達がここに来るまでに使った乗り物用のチケットは、キルトが軍に入る為に渡された物だ。
チケットの費用は、当然軍に請求されるので、キルトが王都に着いた事は、遠からず軍に知られる事になる。
つまり、王都に着いたからにはキルトは軍に入隊をしなければならないのだ。
本人は「その方がお姉様の情報収集もしやすいし、一石二鳥です」なんて言っていたが、今更ながら僕らの為に人生を決めてしまったようで申し訳なさがある。
そんな風に思っていたのだが、当の本人は気にした様子もなくどんどん歩いて行ってしまった。
うーむ。まあ本人がいいならいいか。
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「一泊銀貨8枚か。もうちょい安いとこないのか?」
「王都は物価が高いんです。貴方も少しは稼げるようになって来たんですから、マシな宿に泊まって下さい」
キルトが選んだ宿は、東区の少し裏に入った辺りにあった宿だ。
僕らは東門を通ってきたので、最初にいた区画という事になる。
王都はやたらと広いので、区画を移動するには魔導トラムに乗るのが普通らしい。
宿は可もなく不可もなくといった感じなのだが、他の街に比べると随分宿代が高い。
とはいえアイロンタウンでそこそこ稼いだからな、これぐらい払えなくもない。
ただいつまで滞在するか分からないからな。早めに冒険者ギルドに行っとくか。
ふとキルトを見ると、何故か僕の事をじっと見ていた。
なんだろうと考えて、結局分からなかったので軽口で返す事にする。
「これでもうヒモ野郎とは呼ばれないで済むな」
僕がそう言うと、キルトは少し驚いたように目を見開いて、それからいつものジト目に戻った。
「そういう事は王都までの旅費を私に返してから言って下さい。金貨7枚です」
「は!? お前だってあれタダのチケットじゃないか!」
横暴だろ!
抗議する僕に対し、キルトは小さくため息をつき、やれやれと首を横に振った。
「ここまでの旅程は金貨7枚の価値があったのです。それを無料? そんな都合のいい話があるわけないですよね。普通は言われなくても分かりませんか? そうやって人から無料で貰う事を当たり前のように考える、そういう人間をなんて言うかわかりますか?」
ぐう。
なんか久し振りに切れ味鋭いなこいつ……。
最近ちょっと大人しくなったと思っていたのに。
「ヒモ野郎――って言うんです。誰かの名前と同じですね?」
「俺の名前はヒモ野郎じゃない」
「おや、誰とは言ってませんが。自覚があるようで何よりです」
キルトは心底楽しそうにニコニコしている。
この毒舌娘め!
「さて、では3日後の朝にここに来ます。忘れずにいてください」
「分かった。3日後だな」
「ええ、3日後です。……ちゃんと情報収集して下さいよ。 ――ヒモ野郎」
キルトはわざわざドアから顔を覗かせて、僕をヒモ野郎呼ばわりしてから去っていった。
全く、なんでいつまでもヒモ野郎呼ばわりされなきゃいけないんだ……。
みてろ、金貨7枚ぐらいすぐに返してやる!
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王都にある冒険者ギルドは三箇所、東西南それぞれの区画にあるらしい。
そのうち本部と呼ばれるのは西区のギルドだ。
どうせなら本部を見てみたかったので、僕は魔導トラムに乗って西区の冒険者ギルド本部にやってきた。
「おお……、さすがにデカイな」
冒険者ギルド本部は大きな石橋を渡ってすぐの場所にあった。
木造でなかなか趣がある作りだ。
何人もの冒険者が出入りしているが、皆それなりの装備をしていて強そうだ。
ふふふ、新しい冒険の予感がするな!
僕は開け放たれている入り口の扉を抜け、ギルドの中に入った。
するとまず目に入ったのは、200人ぐらいは余裕で入れそうな広大な酒場スペースだ。
やはり冒険者といえば酒場だな!
昼間から飲んだくれでいる冒険者もいるようだが、ロマリオの時のようにこちらに視線を向けてくる者はいない。
さすがにここまで人の出入りが多いと、いちいち視線を向けていられないか。
「ふーん、色んな依頼があるんだな」
王都は軍が魔物を討伐しているから、依頼も少ないと思っていたが、意外と素材納品の魔物討伐系の依頼もある。
大体がダンジョンの魔物のようだ。
「おっポショの花が1束銀貨15枚。マイラ島の三倍もするのか」
そう考えると他の案件もやたらと報酬がいいように見える。
やはりキルトが言っていたように物価が高いから、依頼の報酬も高くなるんだな。
「おい見ろよ、こいつ木刀なんかぶら下げてんぜ」
「マジかよ、冒険者ナメてんじゃねえの?」
依頼を眺めていると、腰に剣を指した冒険者が二人、僕に絡んできた。
「お前、どこの田舎から来たか知らないけどよ、そんな棒きれでやってける程、冒険者はあまくないぜ」
「そうか? 今まで問題なかったが」
僕がそう答えると、冒険者二人は苦笑いをした。
「ここ以外なら上手く行ったのかもな。でも王都のダンジョンは強い魔物が多い。木剣じゃダメージは通らねえよ」
言ってる事はもっともだ。
マイラ島にいた頃はポイズンリザードも倒せなかったからな。
だが今は違う。
「ふっ、武器に頼ってるうちは二流だ」
達人ムーブで、冒険者二人の腰の剣に目をやりながら言う。
鉄の剣か……、実に羨ましい。
まあ僕のは鋼より硬い世界樹の木刀なわけだが。
「言ってくれるじゃねぇか。それじゃ、一流の技ってやつを見せて貰おうじゃ――ねえか!」
会話もそこそこに、冒険者のうち一人がいきなり殴り掛かってきた。
さすが、対話よりも殴り合い。
これぞ冒険者って感じだな! 最高だ!
「おっ――と」
思った以上に相手の動きが鋭かった為、首を捻って避けたつもりが頬をかすった。
強いなこいつ――。
しかも殴り掛かってきた手は囮だ。
本命は逆側の手、僕の腰の木刀をかすめ取ろうとしていた。
僕はその手を掌底で弾き、体を沈み込ませるようにして体当たりをする。
そのまま当たれば吹き飛ばせただろうが、相手は後ろに跳んで勢いを殺した。
「おお、なかなかやるじゃねえか一流」
どうやら単に力量を計りに来ただけのようだ。
王都ではこうやって新人にちょっかいかけるものなのかもな。
「ま、先輩からのアドバイスだ。早めにまともな武器を買うんだな」
「そいつはどうも先輩。じゃあアドバイス料だ。ほら」
「おお、いいのかよ――ってこれ、俺の財布じゃねえか!」
ふっ。静寂の魔手を舐めてもらっちゃ困る。
先輩冒険者らはちくしょう憶えてろ、と捨て台詞を残して歩いていった。
まあ捨て台詞は様式美だ。
今のやり取りにも周りは興味を示さず、相変わらずガヤガヤとしている。
いくつか鋭い視線を感じたが、やっぱりこうやって力量計ってるんだろうな。
どんな依頼があるかは凡そ分かった。
次はアンリについての情報収集なわけだが……。
「受付で聞いてみるか……と、ん?」
受付にいる眼鏡をかけた男。
どこかで見た事があるような。
僕は既視感のあるその人物の列に並んだ。
そして自分の番になった時、やはり知り合いであったようで、向こうから声をかけてきた。
「お久しぶりですね、ディさん。相変わらず王都でも目立ちますね」
「やっぱりホロホロ君か。なんで王都の冒険者ギルドに?」
「王都のギルドに異動になりましてね。昨日到着したばかりですよ。僕はディさん達の1週間後にマイラ島を出発したんですが、どこかで追い抜いていたみたいですね」
ああ、そういえばマイラ島のギルドマスターが調査員を派遣するとか言ってたな。
それがホロホロ君なわけか。
「見事なスリの手口でした。さすが都市マイラを騒がせた<トリック・フェアリー>の妙技ですね」
「そんな可愛らしい名前じゃない。<静寂の魔手>だ」
トリック・フェアリーとは、僕とアンリが怪盗ムーブの修行に精を出していた頃、都市マイラで流行った噂話だ。
道行く人全てから財布を抜き取り、その人が帰るまでにもう一度返す。
その繰返しをしていたのだが、買い物をしようとして財布をスられた事に気づき、慌てて戻るといつの間にか腰に戻っているという事件が相次いだ為に、いたずら好きの妖精の仕業だと噂になったのだ。
「あの頃は財布を鉄の鎖に繋ぐのが流行りましたねえ。腰が重くて疲れると大変不評でした」
「おかけでマイラ島のスリは廃業して平和になったらしいけどな」
社会貢献だな。うん。
「まあ昔の話は置いといて、何か分かりそうか?」
「はは、何の事やら。さて、何かお尋ねですか?」
潜入捜査中だからな、ここで話すのはまずいか。
手短にいこう。
「王都で噂になるような美人の話はないか?」
「まだ昨日着いたばかりで、調査不足なんですよねえ」
「ふうん。じゃあ知ってそうなやつは?」
「昔の知り合いなんですけど、東区にある<ノタッチ>というバーのマスターに聞いてみるといいですよ」
「そうか。じゃあ行ってみるかな」
ふふ、スパイ風会話に乗ってくれるホロホロ君はやっぱいいな!
隣の受付嬢がホロホロ君をゴミを見るようなような目で見てるが、まあ何とかするだろ。
じゃ、東区に戻って<ノタッチ>なるバーを探すかな。
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