第33話 メガビッグティーになりまーす
翌日、僕は宿に迎えに来たキルトと一緒に、東区にあるカフェにやって来ていた。
この3日間のお互いの情報収集の結果を共有する為だ。
「その服、軍の支給品か?」
キルトはいつも着ているローブではなく、小綺麗な青の軍服の上にマントを羽織っていた。
「そうです。海軍の魔法兵の正装だそうです」
どうやら海軍に配属されたようだ。
アンリを攫ったのは空軍だから、情報があるとしたら空軍なんだろうが、あの時飛行船に襲撃をかけているから、万が一キルトの顔を覚えているやつがいたら面倒になる可能性はあった。
そういう意味では空軍でなくて良かったのかもな。
「王都に海軍なんてあるのか? 海は随分向こうだろう」
「ホントにちゃんと情報収集したんですか? 王都内にある水路は西の大河から引いているものです。川は当然海に繋がっているのですから、船がない方がおかしいですよね」
西には大河が流れているのか。
そういやそういった基本的な情報の収集はしてないな。情報収集源が秘密結社みたいな奴らだがらな……。
「それで、お姉様の手掛かりは掴めそうですか?」
「ああ、大体は絞り込めた。貴族街の中だ。たぶん軍の中に匿われているか、どっかの貴族に囲われているかだな。もしかしたら王宮かもな」
同胞たちの話を信じるなら、平民街にはいない。
昨日の調査の結果、おそらく一般的な貴族にも情報が広がっているようにも思えなかった。
なら、軍がそもそもアンリを隔離しているか、外に情報が漏れないようにどこか一箇所に匿っているかだろう。
「まあ想定の範囲内ではありますが、平民街にはいないと何故分かるんですか?」
僕はキルトに、王都に着いてから起こった事を説明した。
イエスロ達はホロホロ君の紹介の秘密結社という事にした。彼らの信ずるものは受け入れられないだろうからな……。
「その怪しい団体が信じられるかは置いといて、まあ可能性として最も高いのは貴族街の中ですね」
「で、お前は何か分かったのか?」
「少なくとも海軍施設に居ないことは間違いないですね。一通り周りましたが、特に怪しいところはありませんでした」
海軍の施設は川の近くらしいから、街からは少し離れている。
しかし魔導トラムは繋がっているようで、キルトはトラムに乗って街まで戻って来たのだとか。
「貴族街の中にある軍の施設は二つです。一つは王宮内にある近衛隊の兵舎。そしてもう一つは――空軍の第二兵舎です」
空軍の兵舎が貴族街の中にあるのか?
飛行船を停められるようなスペースは何処にも無いはずだが、何でそんなところに兵舎が?
「空軍の第二兵舎にいるのは、主に将校と連絡要員の兵士のようです。お姉様がいる確率が最も高いのはここですね」
「どうにかして探れそうか?」
「軍の横の繋がりはあまり強くないみたいです。他の部隊の情報は、しかも秘匿されているとなると探るのは時間がかかりそうです」
そうか。
となるとやはり怪盗ムーブで。ふふふ。
視線を感じてふとキルトを見ると、じとっとした目で僕を見ていた。
「どうせ忍び込んで確認しようとでも思っているんでしょうが、軍の兵舎ですよ? 見つからずに侵入できるわけがないです」
「ふっ。俺は空を飛べるんだぞ?」
城壁の高さも全く関係ない。
侵入なんかしなくても、上空から見張るだけでも何か分かるかもしれないしな。
「ここは王都ですよ? あの城壁の上にも当然見張りがいます。天族なんて空を飛ぶ種族や、魔物だっているんですから当たり前です」
むう。
城壁の上にも見張りがいるのか。
じゃああの<リーパー>は一体どこから……?
「見張りの交代の時間とか、いない時を見計らえばいけるだろう」
「そんな都合よく見張りの交代の時間なんてわかりません。あそこは陸軍の管轄です」
そう簡単にはいかないか。
まあ、まだ3日だ。
居そうな場所が絞れただけでも十分だろう。
「交代の時間についてはイエスロ達に相談してみよう。案外構成員が入り込んでいるかもしれない」
むしろ居そうな気しかしない。
「分かりました。それでは私は引き続き軍の内部調査を進めるのと、空軍の兵舎にお姉様が居たとして、どうやって救い出すのかについて考えます」
まあ最悪殴り込みかな。
思っていた事が顔に出ていたのだろう。
キルトがじとっとした目をしていた。
その時、店員が最初に注文していた飲み物を運んできた。
話も一段落したし、ちょうどいいタイミングだな。
「お待たせしましたー。当店おすすめのメガビッグティーになりまーす。特性ストローでお楽しみくださーい!」
どん。という音がして置かれたそれは、僕の顔ぐらいの大きさがある巨大な冷たい紅茶のようだった。
そして二人分を頼んだはずが、出てきたのは一つだけ。そしてその一つに、飲み口が二つに分かれたストローが刺さっていた。
分けて飲むのか。珍しいな。
「は? ちょ、ヒモ野郎あなた何を頼んでいるのですか!?」
「いや、オススメを頼むって言っただけなんだが」
まあちょっと量が多い気がするが、喉も乾いているしちょうどいいだろ。
僕は自分の前にあったストローを使い紅茶を飲んだ。
うん、美味い。種族の壁を感じない味だ。
キルトは口をパクパクしながら顔を真っ赤にしていた。
「なんだよ、飲まないのか?」
「の、の、飲むわけないじゃないですか……! なんで普通に飲んでるんですか!?」
なんでって、頼んだんだから飲むだろ普通。
キルトはその後もなんだかぶつぶつと言い続けて、僕がほとんど飲み終わった頃に、ほんの僅かに口をつけただけだった。
なんか耳まで真っ赤になってたんだが、そんなに怒るなら飲むなよ……。
----
「切り裂き<リーパー>ねぇ」
「うむ。まさか昼間に遭遇するとは思わなかったでござる。軍部では必死に探しているのでござるがなぁ」
私はミカゲちゃんにあちこち調査して貰いながら、来たる日の脱出方法について考えを巡らせていた。
最近王都を騒がせているという<リーパー>が暴れてくれれば逃げやすいのだが、話を聞く限り、話が通じるような相手ではなさそうだ。
「それにしてもトカゲ族でござったかぁ。何やら人間の貴族に恨みがある様子であったが、何があったのでござるかなぁ」
「平和に暮らしていたところを飛行船で攫われたとか?」
「平和に暮らしていた割には物騒な獲物でござったな」
まあ個人的な恨みであれば予想なんてするだけ無駄ね。
侵入経路が気になるけど。
そこから脱出とか出来ないのかしら。
「それはそうと、アンリの噂は市井にも広がりつつあるようでござるよ。清掃の仕事に来ていた冒険者に、誰か若返った者はいないかと聞かれたでござる。敵か味方か分からなかった故、その場は誤魔化したでござるが」
魔法と体術を織り交ぜて、徒手空拳で戦う冒険者ね。
なんか格好いい感じの言葉が並んでていいわね。
私も今度やってみようかしら。
「まあ王様の見た目が若返ったのは、だいぶ前から貴族の中では噂になっていたのでしょう? なら使用人とかから、市井に漏れ出してもおかしくない頃よね」
「問題は脱出に協力して貰っても、その先で同じように監禁される可能性が高い事でござるな」
やめて、私の為に争わないで――!
ムーブ的には楽しい感じにはなるのだが、実際に争いが始まってしまうと笑えないわね。
それより段々と時間もなくなって来たわ。
シャーロット中尉はあれから遠目に姿を見かけても避けるようにしてどこかに行ってしまうし、前回の事で警戒したセバスが近づけてくれそうにない。
今現在、最も有力な脱出ルートはミカゲちゃん達、諜報部が使っているという裏口ね。
もちろん常に誰かが詰めているという話なので、そこにいる人達をどうにかしなきゃいけないのだけれど、門を強行突破するよりは現実的かしら。
(――――う)
「ん、ミカゲちゃん何か言った?」
「脱出を手伝ってもらう相手は慎重に選ぶべきという話でござったが……?」
「ううん、そうじゃなくて……」
今、確かに何かの声が聞こえたのだけど。
ミカゲちゃんは首を傾げている。可愛い。
勘違いかもしれないけど、誰かに見られる可能性があるなら慎重に行かなきゃね。
「ミカゲちゃん、今日はここまでにしましょう」
「了解でござる。ではまた使えそうな情報がないか調査してくるでござる。どろんっ!」
ミカゲちゃんは最早私の監視任務を放棄しているみたいね。
他の人にバレたりしないかしら……。
私は誰もいなくなった部屋で<ライフ・シード>を顕現させた。
今、私に使える能力はこれと<ライフ・ボム>だけ。強行脱出となった場合、些か戦力的には不安が残る。
そして何より、私はミカゲちゃんのお母さんの病気を治さないといけないのだ。
ディの<アーカイブ>で<光>が魔力の集まりなんじゃないかという仮説が立っている。
それを解き放つイメージで出来たのが<ライフ・ボム>だ。
どう考えても<ライフ・シード>というスキルの元々の使い方とは違うだろう。それでも出来た。
つまりそのスキルで<出来る事>と、<やりたい事の具体的な指示>が噛み合えばいいのだ。
スキルは精霊が助けてくれて発現する力なのだから、精霊にやって欲しい事をできる範囲でお願いすればいいという事になる。
<ライフ・ボム>は、<光>が魔力の塊であるという認識があり、それを開放したいというイメージがあり、そして物理的に衝撃を加えるといった補助動作が必要だった。
<ライフ・シード>というスキルには、他には何が出来るだろうか?
<ライフ・シード>は光る。これが<光>だ。
他には若返る。物に命が宿る。あと命は時間が立つと自我も持つらしい。
こういった事から考えられるのは<時間>とか、<命>とかになるのかしら。
そもそも食べなくても効果があるのかしら?
私は指先を軽く傷つけて、その上に<ライフ・シード>を当ててみた。
<ライフ・シード>は体に吸い込まれる事なく、指の上で光り輝いている。
しばらくして<ライフ・シード>の効果が切れて、光が消えてなくなったが、指先にあった傷はそのままだった。
「やっぱり適当にやっても駄目ね」
回復系のスキルには、レア魔法の<メディテーション>や、光魔法の<治癒光>などがある。そちらは一瞬で傷を治すという話だ。
軍に拉致されてからほとんどこういった検証の時間を取ることが出来なかったから、今のこの時間は貴重だ。
ディの<アーカイブ>の力で<命>について知れればもっと良かったのだけれど。
「無いものねだりしても仕方ないわね。ディが脱出までに来てくれる事を祈るしかないわね」
私は次の<ライフ・シード>を発動し、検証を続けていった。
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