第27話 別れ、そして――?
な、な、な――!
私は良い考えがあるというヒモ野郎に言われるまま、アイロンゴーレムに向かって杖を構えていました。
するとあろう事か、ヒモ野郎が後ろから私の腰に、だ、抱きついて来たのです!
「魔法が完成した同時に<エア・ライド>で退避する! 魔法が発現した後、周りの空気を集めるのは俺がやるから、詠唱からはその部分を除いてくれ!」
お前の魔力が切れたら魔法が消えてしまうからな! と耳元で言うヒモ野郎の声。私は今それどころではありません!
ちらりと横目に見えてしまいました。
矢を打ち尽くしてやる事のないフォートと、怪我を負って後ろに下がったラウダタンのニヤついた笑顔が!
「フォート! 退避の合図はお前に任せるぞ!」
「おっけー任せてー。ゆっくり行こう!」
何がゆっくり行こうですか!
前方からアイロンゴーレムが近づいてきます。先程まで圧倒的な威圧感を放っていましたが、最早どうでもいいです!
この状況をどうにかしないと!
「ひ、ヒモ野郎! 退避の瞬間にだけ私を抱えればいいのではないですか!?」
「バカ言うな! 一歩間違えば死ぬんだぞ!」
「ガッハッハッ! 現場は安全第一よ!」
ヒモ野郎の正論と、ラウダタンの白々しい言葉が非常に腹立たしいです!
ああもう! こうなったら少しでも早くあの鉄錆ゴーレムを倒してやります!
私は杖を構え、魔力を練り込みます。
「もういきますよ! 火よ、火よ、我らがともしび――はひっ!」
「どうしたっ!?」
「な、な、なんでもありません……!」
ヒモ野郎が抱きしめる力を急に強くするものだから、詠唱の途中で変な声が出てしまいました。
耳まで真っ赤になっているのが自分でも分かります。
そして見なくても伝わるニヤついた視線が二つ。
なんで私がこんな辱めを受けなくてはいけないんですか……!
「もう一度だ! もう時間がないぞ!」
「ああもう、分かっています! いきますよ!」
何もかもが腹立たしく思えてきました。
そもそも炎をちゃんと飛ばせればこんな思いをしなくて済んだのです!
そう思うと火の精霊にすら苛立ちを感じます!
「火よ、火よ、火の精霊サラマンダーよ! 貴方が術者に触れてないと魔法が発現しないような変な制限をつけたせいでこんな事になっているんです! いいですか、あの鉄錆ゴーレムを焼き尽くさなかったら必ず見つけ出して泣くまで説教してやりますからね! 聞いてますね!!」
「お、おいキルトそんな事より早く詠唱を……」
「詠唱なら今してます! 黙っててください!」
なんだか自分でもよく分からなくなって来ましたが、勢いは止まりません。
「私の魔力を全て使う事を禁じます! 発動後に勝手に風を集める事も禁じます! だからといってあの鉄錆如きを焼き尽くさなかったら後でヒドイですからね! いきますよ! 灼熱の星よ、喰らい、燃やせ! <フレア・――」
「ディ!」
「<エア・ライド>!」
「――ボール>!」
私は魔法の発動と共に、物凄い勢いで後ろに引かれていきます。
そして私がいた場所には、眩い光を放つ、炎の星が顕現していました。
結果如何では火の精霊もヒモ野郎も許しません!
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なんだか滅茶苦茶な詠唱だったが、魔法はちゃんと発動したらしい。
圧縮された炎の玉が、凄まじい熱量を放ちながら浮いていた。
しかし以前のように風を巻き込んでいく動きは見えない。ここからは僕の仕事だな。
「<エア・コントロール>!」
風で炎の玉を押し出そうとしてみるが、火力が上がるばかりで動き出す様子はなかった。
あれ、まずい。
思ってたのとちょっと違うかも。
アイロンゴーレムは進行方向に現れた炎の玉を、当然のように避けてこちらに向かって来ようとする。
おいおい、自信あるなら突っ込んでみろよ!
僕は何とか炎の玉をアイロンゴーレムにぶつけようと風を起こすが、まったくその場から動かせないまま、ゴーレムがその横を通過しようとした。
「何をやってるんですか! 下から巻き上げるように風を送ってください!」
下から?
とにかくキルトに言われた通りに下から風を送り込んだ。
すると玉の形をしていた炎が、火柱となって燃え上がった。
「そうか、ならこうだ!」
さらにアイロンゴーレムを巻き込むように、風に回転を加える。
火柱は炎の竜巻となり、風を取り込み続けてどんどん火力を増していった。
炎の中で動きを止めたアイロンゴーレムは熱さを感じるのか、両手を振り回しているが、その程度で炎の竜巻が消える事はない。
「なんっちゅう火力よ! もう赤熱しとる!」
急激に熱せられたアイロンゴーレムは、その身を赤から橙色へと変化させていた。
さらに色が白に近づくにつれ、体自体が発光しだし、目を向けていられない程になる。
「わっ、溶けた!」
フォートの上げた声の通り、アイロンゴーレムは関節部分から溶け始めていた。
体を支えられなくなったのか、膝をつくようにして倒れ込む。
光が強すぎてよく見えないが、消滅の光の粒が体をまとっているようだ。
「<エア・コントロール>……! ぬぐぐ」
僕は炎の竜巻が取り込もうとしている風を、スキルの力で無理やり押さえ込んだ。
以前と同じように、風を欲しがる炎の精霊との綱引きだ。
物凄い力で風が引っ張られるが、僕は全力で押さえ込み続けた。
しばらくの後、炎の竜巻は空気の中の火に関わる何かを燃やし尽くしたのか、急激にその姿を縮めていき、完全に消滅した。
アイロンゴーレムの姿はなく、代わりに岩ゴーレムのふた回り以上は確実に大きい魔石が転がっている。
「ふう……、やったか?」
「おいバッカ野郎! そこの風を絶対に解き放つんじゃねえぞ!」
気を抜いてスキルを解こうとした僕に、ラウダタンが大声で制止をかけてきた。
一瞬訝しげにした僕だったが、なるほど、あれだけの熱さだ。この中の空気も相当の温度を保っているだろう。
「どうするかな。冷めるまで待つか?」
果たしてどれくらいで冷めるのだろうか、なんて考えていると、僕が押しとどめる空気の中に転がっていた大きな魔石が、なんと溶け出したではないか。
「おい、あの魔石溶けてるぞ」
「えっ、あ、ホントだ。魔石って溶けるんだね」
フォートが呑気な感想を言っているが、あれ大分高く買取されるぞきっと。
何せ誰も倒したことのない、廃坑ダンジョンのフロア・ボスの魔石で、あの大きさだからな。
「勿体無いな、どうにかならんか」
「っ! 勿体無いとかいう話ではないですよ! このままじゃ大爆発です!」
「は!?」
キルト曰く、魔石の周りは魔力で出来た石のような物らしいが、その内側には純粋な魔力が詰まっているらしい。
魔導列車や飛行船のような魔導具にも魔石が使われていて、外側の石に穴を開けて、僅かに漏れる魔力を上手く制御する事で動力としているそうだ。
では、魔石の外側が溶け出し、中の魔力が一気に放出されればどうなるか。
通常であれば魔力は空気中に霧散するだけだ。しかし、もしそこに何か起爆のきっかけとなるような刺激を与えると――。
「魔石が溶けるような高熱の中、絶対に爆発します! あれだけの魔石、私の全力の魔法とは比較にならない威力ですよ!」
「まずいじゃないか! 早くスキルを解かないと……!」
「おいバッカ野郎! 今解いたら死ぬっつってんだろうが!」
「ひひ、避難しよう! 通路に出てから解けばいいよ!」
いや、実は空気の動きを完全に押し止めると言うのは相当気合いを入れていないと難しい。
要するに僕は今ここを動けない。
動けない僕、通路に急ぎたい仲間――。
っ! そうかこの状況は!
「――くっ、ここは俺に任せて先に行けっ!」
やった、決まったぜ!
「バカ言わないで下さい!」
「あれを抑えながらは動けん! 大丈夫だ、少しずつ風を逃がすようにして空気を冷ますか――」
待てよ。
そうか、冷ませばいいのだ。
火を消すには水。熱を冷ますのも水。
ここには水が大量にあるじゃないか!
「<エア・コントロール>!」
僕は中の空気が漏れないように最大限の注意を払いながら、魔石ごと空気を動かしていく。
そして丸ごと全て地底湖の中へ――!
「あっ! ディそれはだ――!」
フォートが何か言いかけたが、それよりも早く僕は熱せられた空気の塊を地底湖に叩き込んだ。
瞬間、地底湖が爆発した。
「ちょっ! 何してるんですかバカヒモ野郎!」
「まずい! 撤退だよ! 逃げて!」
爆発した地底湖は大量の蒸気を吐き出し、その水はグツグツと熱湯のように煮立っていた。まるで地獄のような風景だ。
そして蒸気は凄い勢いでこちらに迫ってくる。
「あの蒸気に触れるんじゃねえ! 一瞬で蒸し焼きにされるぞ!」
「<エア・コントロール>! <エア・コントロール>!」
僕らは全力で駆け出し、通路に飛び込んだ。
しかし蒸気は広場を抜けても関係なく迫ってくる。
<エア・コントロール>で蒸気を押し返そうとするが、向こうの圧力が強すぎて、返しても返してもどんどんこちらに迫ってくる。
「何かする前に相談するとか、そういう頭はないんですか貴方は!」
「ふっ、まあ信じろよ――仲間を」
「今は仲間とか言わないで貰えませんか! すっごい不快です!」
僕らはそのまま蒸気から逃げ続け、炭鉱ダンジョンの中を全力で走り抜けた。
ははっ、最高の冒険だったな!
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「またどこかで会おう」
翌日の早朝。
僕とキルトは魔導列車の乗り合い場で、フォートとラウダタンに別れを告げていた。
この街での当初の目的、情報収集と火力アップについては既にやり終えた。
アイロンゴーレムを倒した証拠の魔石は地底湖に沈んでしまったし、冒険者ギルドへの報告はするだけ無駄だろう。
唯一の朗報は、あの蒸気によって他の冒険者への被害は出ていない事が確認できたぐらいか。
「なんだか寂しい気がするけど、冒険者同士だし、また会えるよね」
「ガッハッハッ! お前らとはまた会う気しかせんな!」
フォートとラウダタンは、この街でパーティーを組んで冒険者としてやっていくらしい。
まあラウダタンは鍛冶の仕事がメインなわけだが、それでもE級冒険者で、僕らよりもランクが上だったりする。
「それでは、色々とお手伝い頂きありがとうごさいました」
キルトが頭を下げてお礼を言い、魔導列車に乗り込んでいった。
随分素っ気無い気がするが、まあこういうやつだしな。
フォートとラウダタンもニヤニヤ笑って気にしていない様子だし。
「じゃあ、行くか。帰りには寄るから、その時はアンリを紹介するよ」
そして僕も魔導列車に乗り込んだ。
車掌がドアを閉めて、首から下げた笛を大きく鳴らす。
しばらくして、魔導列車がゆっくりと動き出した。
二人が見えなくなるまで手を振り続け、僕は割り振られた番号の車両に向かう。
乗車券に書かれた番号のドアを開けると、キルトが椅子に座って窓の外を眺めていた。
「別れはすみましたか?」
「ああ。ま、別に今生の別れってわけでもない。帰りも寄るしな。お前の方はあんな挨拶だけでよかったのかよ」
「あんなニヤついた人達と話すことなんてありません」
仲が良くなったんだか、悪くなったんだかよく分からん奴だな。猫被りしなくなったって事は、仲良くなったのか、たぶん。
キルトと向かい合わせの席に座り、窓の外を見ると、景色が随分早く流れていた。乗り合い馬車の倍は早いのではないだろうか。
「魔導列車ってのは随分早いな。これならすぐに王都に着くんじゃないか?」
「途中の街で二度夜を越して、3日目の朝には王都に着くそうです。馬車だと10日はかかると言いますから、早く着くのは間違いないですね」
揺れも少ないし、馬車の旅に比べたら随分快適だ。
アイロンタウンでは鉄道の線路ばかりを作っているとラウダタンがボヤいていたが、なるほどこんなに便利ならその理由も分かろうというものだな。
ガタン、ゴトン
一定のリズムで鳴る独特の音に耳を澄ましているいると、正面から寝息が聞こえてきた。
見るとキルトが座りながら目を閉じて、寝ている様子だった。
まあ昨日あんな事があったばかりで、いきなり早朝の移動だからな。眠くもなるだろう。
僕は野営用のマントを取り出し、キルトにかけてやる。
外は快晴。暖かな風が頬をくすぐった。
線路は遠く、王都アルティーナまで続いている――。
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「行っちゃったか」
僕達はディとキルトさんを乗せた魔導列車が見えなくなるまで、その場で立って見送っていた。
「ガッハッハッ! 寂しいなら付いて行けばよかったじゃねえか!」
ラウダタンの言う通りだ。
昨日、ディ達が王都に向かうと聞いて、どうしようか迷ったのだ。
でも――。
「いやあ、魔導列車の運賃払えなかったんだよね」
そう。僕の手持ちは金貨2枚と少し。
魔導列車の運賃は金貨3枚。
単純にお金が足りなくて付いて行けなかったのだ。
「ガーッハッハッ! そりゃ仕方ねえな! まあ重鉄矢の作り直しもあるからよ、しばらく待ちな」
「ああ、そうか。さらにお金がなくなるな……」
稼げるようになったはずだが、その分支払うお金も増えた。感覚的には貧乏なままだ。
落ち込む僕の背中をラウダタンがバシバシと叩いた。
「金がねえなら稼がねえとな! どれ、わしがお前にピッタリな依頼を見繕ってやる。ギルドに行くぞ!」
「ああ、そうだね。その通りだ。それで、僕にピッタリな依頼って何?」
ラウダタンはニカッと笑って答えた。
「馬車の護衛依頼だ。腕利きの弓士ならどこでも引く手数多だろ。例えば、王都行きの馬車とかよ!」
「――そうか! 馬車の護衛依頼なら運賃も掛からないしお金も稼げるし良い事づくしだ!」
ま、普通の冒険者はそっちを先に思いつくんだがなあ! と豪快に笑うラウダタンと共に、僕は冒険者ギルドに急いだ。
そして僕はまだF級の為に護衛依頼は受けられない事をギルドに着いてから思い出したが、E級のラウダタンと一緒なら受注できるので、そうする事にした。
どうやらラウダタンも一緒に王都に付いて来る気だったらしい。
王都で会ったらディは驚くだろうな!
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