第26話 世界樹バンカー
「――そして喰らえ。<ファイア・ライン>!」
アイロンゴーレムの姿を確認した直後、キルトはすぐに詠唱を始めて<ファイア・ライン>を撃った。
岩ゴーレムの時と同じく、首筋に伸びた赤い線の先で、先程よりも大きな爆発が起こる。
しかし煙が晴れた時、そこには爆発前と何ら変わらない姿で立つアイロンゴーレムの姿があった。
アイロンゴーレムは爆発が煩わしかったのか、両手を思い切り地面に叩きつけた。
振動で僅かに地面が揺れ、天井から埃が舞い落ちてくる。
「そんな、あの威力で傷もつかないなんて……!」
「やはり倒すのは無理です! 隙をみて撤退しましょう!」
フォートとキルトは撤退したいようだな。
折角の冒険のチャンスに嘆かわしい事だ。
「ラウダタン、お前はどう思う?」
「どう思うも何も、無理だろう」
「ふうん? お前の作った鉄と、あの誰も倒した事のないとかいう動く鉄、どっちが硬いか興味ないのか?」
そう挑発すると、ラウダタンはハッとした顔の後、ニヤリと笑った。
「おいおいおいてめぇこのバッカ野郎! わしゃぁいつか究極の鉄を作る漢よ! あんな錆びきったスクラップなんぞに負けるわけあるかよ!」
よしその意気だ。
ラウダタンはやる気になったようだ。
次はフォートだな。
「フォート、あいつの未来はブレてるか?」
「そうだね、あの巨体だから動きは遅いみたいだけど、それでも何重かにはブレて見えるよ」
「あんだけでかい的を外す未来が見えてんのかよ。それじゃ一角ウサギを狩れるようになる日なんて、遠すぎて見えやしないだろ」
そう言うとフォートは狩人のプライドが刺激されたのか、真剣な表情になった。
「言ってくれるね。いいさ、あんなデカブツ外すわけがないよ」
よしよし。
最後はキルトなわけだが……。
キルトはこちらをじとっとした目で見ていた。
「仲間を勝ち目のない戦いに引きずり込むなんて、貴方のいう冒険の神は、ホントに邪神なんじゃないですか?」
「馬鹿言うな。力を合わせて全力出して、それでもちょっと無理かもっていう塩梅が最高の冒険じゃないか」
キルトはぶつぶつ文句を言いながらも、僕が説得を試みる前に戦闘体制に入った。
こいつの説得が一番大変かと思ったが、随分聞き分けがいいな。
「勝とうとしてるんじゃないですから。隙を作って向こうの通路から撤退するんです!」
おーけーおーけー。
撤退ね。了解。
絶対わかってませんね……! というキルトの視線は無視だ。大丈夫、分かってる。
危険を排除して帰還。即ち撤退。
何も間違えてないさ。
「まずは転がすぞ! キルト、あいつが歩き出したら浮いた足に魔法! フォートはタイミングを合わせて逆側から頭を打ち抜け! ラウダタンと俺は突っ込むぞ!」
了解、といってフォートとキルトは散開する。
僕とラウダタンは正面からアイロンゴーレムを見る。横に広がった二人にそれぞれ顔を向けた後、僕達に向かって歩き出した。
獲物が少しでも多い方に来たのか? あまり頭は良くなさそうだな。
それとも自分が傷つけられるはずがないという自信の表れか。
アイロンゴーレムの動きは随分ゆっくりだが、体が大きいために数歩で最初の距離は半分まで詰まっていた。
おそらく通路から離れるのを待っているのであろうキルトは、なかなか詠唱を始めない。
「凄い迫力だぜおい! 製鉄所の高炉よりは小せえが、それでも3メートル以上はありやがる!」
まあ通路の天井ギリギリだったみたいだし、大体そんなもんだろう。
スカーフェイスよりやや大きいかな。
あと一歩でやつの間合いに入るといったタイミングで、赤い線がアイロンゴーレムの右足に伸びた。
地面に足をつけようとした絶妙のタイミングで起こった爆発で、足を掬われる形になったゴーレムは体制を大きく崩す。
さらにほぼ同時に左側頭部を三本の重鉄矢が撃ち抜いた。
当たった場所はそれぞれ距離があり、真ん中というわけではないが、的が大きいため一本も外していない。
結果、体制を崩していたアイロンゴーレムは、重鉄矢に押される形で横倒しになった。
「よっし、行くぞラウダタン!」
「おうよ、わしの鬼金棒と硬さ比べだぜ!」
僕らは倒れているアイロンゴーレムの首筋目指して走り出した。
「ようし、かち上げろバッカ木刀!」
「おっ、協力技か?」
ラウダタンより前にいた僕は、後ろからかけられた声に反応して振り向いた。
そして僅かばかりに跳躍したラウダタンの足裏に、<エア・ボム>を仕込んだ木刀を叩きつけた。
爆風に乗って数メートル飛んだラウダタンは、手に持っていた鉄の金棒を大きく振りかぶる。
「ガハハ! 受けてみろ鋼の想い! <重り星>!」
試し斬りの時に<独り星>を見たラウダタンが、自分もやってみたいと言い出したのであの後<落ち星>を練習したのだ。
最初、ラウダタンの跳躍力がなさ過ぎて、アンリの時のように手で足場を作るだけでは駄目だった。
ならばと<エア・ライド>よろしく、<エア・ボム>を仕込んだ木刀でかち上げてみたところ、案外上手くいったので、協力技として完成させたのがこの<重り星>だ。
ガギン! と鈍い音をたてて鬼金棒はアイロンゴーレムの喉元にささった。
みると僅かにヘコみが出来たようだ。
「おお、なかなか硬ってえじゃねえ――ぐわっ!」
アイロンゴーレムが寝たままの姿勢でラウダタンを振り払った。
ラウダタンは弾かれ、地面を何回かバウンドした後に止まった。
咄嗟に金棒で防御をした事と、姿勢が悪く力が乗っていなかったおかげでラウダタンは派手に吹き飛ばされはしたものの、重傷ではなさそうだ。
呻いて立ち上がろうとしている。
一応地面に当たる前に<エア・スライム>で衝撃を和らげたのも良かったか。
ラウダタンを振り払い、立ち上がろうとするアイロンゴーレムに向かって、僕は攻撃を仕掛けた。
「起き上がる前に食らっていきな! 二連<エア・スラスト>!」
ギャギンッ!
先程よりも甲高い音が響いた。
鋼よりも硬い世界樹の木刀を、爆風に乗せて叩きつけた会心の突きは、しかしアイロンゴーレムに僅かなヘコみを残しただけでダメージを与えた様子はなかった。
また火力不足か……!
アイヴィス様はホントによく分かっていらっしゃる!
直ぐにバックステップで下がろうとしたが、思いの外アイロンゴーレムの間合いが大きく、振り上げられた手を避けきれない――!
まずいと思ったその瞬間、振り上げていたアイロンゴーレムの手元に重鉄矢がガガガンと音を立てて当たった。直後、爆発がおこりアイロンゴーレムは体制を崩し再び倒れ込む。
フォートとキルトのナイスアシストだ。
僕はその間に距離を取った。
「今のうちに逃げますよヒモ野郎!」
「まて、まだいける!」
キルトとフォートはいつの間にかアイロンゴーレムの後ろ側に周っていた。
吹き飛ばされたラウダタンも立ち上がり、僕らはちょうどアイロンゴーレムを四方から取り囲む形になっている。
アイロンゴーレムが姿勢を崩している今が最後のチャンスだ!
「ラウダタン、目の前に階段があると思って走れ!」
ラウダタンに指示を出し、僕も再びアイロンゴーレムに接近を試みる。
おお、飛べるぞ! と喜びながらラウダタンはアイロンゴーレムの真上まで駆け上がってきた。
「キルト、フォート! 腕が上がったらさっきみたいに頼む!」
僕の<エア・スラスト>は、ラウダタンがつけたヘコみよりも狭い範囲だったが、深くヘコんでいた。
力を一点に集中できる分、単純な威力では世界樹の木刀の方が上と言う事だろう。
足りないのは重さだ。
どれだけ硬くても、世界樹の木刀の重さはその辺の木と変わらないのだ。
速度で威力を乗せるのはこれ以上は難しい。
ならば外から重さを加えるしかない!
僕はアイロンゴーレムの上に飛び乗り、先程<エア・スラスト>で付けたヘコミに追撃で<エア・スラスト>を叩き込む。
さらに深く潜りこんだ木刀を引き抜かずにそのまま突き立てた。
「ラウダタンここだ!」
「合点承知!」
空から落ちてくるラウダタンが、突き立ててある木刀の柄を目掛けて鬼金棒をおおきく振りかぶった。
アイロンゴーレムがそれを叩き落とす為、腕を動かそうとしたが、ほとんど持ち上がる前に重鉄矢で叩き落とされる。
そして同じように逆側の手も爆発により抑え込まれた。
「うおおおりゃぁぁぁ!! <世界樹バンカーァァァ>!」
ラウダタンが金棒を振り下ろす直前、僕は木刀から手を放して退避する。
そして全力で振り下ろされた鬼金棒が、木刀の柄の真ん中を打ち抜いた。
金属を打ち砕く鈍い音と共に、木刀がさらに深く突き刺さっていく。
ラウダタンが金棒をどけると、木刀は柄の部分を僅かに残し、アイロンゴーレムの首を貫通していた。
「おお、やっ――!」
「うっ――がっ!」
倒したと気を緩めた直後、足下のアイロンゴーレムが滅茶苦茶に暴れだし、僕とラウダタンは弾かれて地面の上を転がった。
ゴーレムは矢も爆発も意に介さず立ち上がり、喉に刺さっていた木刀を苛立たしげに引き抜き、僕に向かって投げてきた。
「――っち!」
ギリギリでそれを躱し、転がっていく木刀を追いかける形で距離を取り直す。
幸いというか、これで全員が入り口側の通路近くに集まる事が出来た。
「ヒモ野郎! 撤退です!」
「ディ、惜しかったけどもう重鉄矢がなくなった。これ以上はフォローできないよ!」
ラウダタンも二度目の吹き飛ばしで怪我を負った様子で、重傷ではないが万全とは言いづらそうだ。
状況的には撤退だ。
偶々全員が入口側に来たのもアイヴィス様の思し召しか。
後退を始める3人を背に、しかし僕の足は動かなかった。
「何してるんですか! 早く!」
喉に風穴を開けられたアイロンゴーレムは怒り心頭といった様子でこちらに向かってくる。
悩んでいる時間はないが、僕は撤退の結論を出せないでいた。
ホントにここまでか?
もう出来ることはないのか?
木刀で貫いても駄目なら、おそらく頭を落とすぐらいはしないといけない。
しかし威力を一点に乗せる突き以外の攻撃で、あいつにダメージを与える手段がない。
火力だ。
火力が足りない。
僕らの持つ最大火力はなんだ?
考え続ける僕の脳裏に、凄まじい火力を誇った光の玉が浮かんだ。
「キルト! 全力の火魔法をあいつにぶつけよう!」
「はあ!? あれは未完成の自爆技です! 暴れる敵に当てられるようなものではありません!」
「大丈夫だ! 俺に考えがある!」
まさに起死回生の協力技だ!
僕は通路前に立つキルトに向かって駆けていった。
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