第25話 火よ、征け、そして喰らえ
「あははははは! 本当に!? 本当にそれ全部やったの!?」
「やっぱりおめぇバッカ野郎だな! ガッハッハッ!」
キルトと一緒に宿に戻ると、フォートとラウダタンが併設の酒場で酒を飲んで待っていた。
キルトは「ご心配をおかけしました」と一言だけ告げて、夕飯も取らずに真っ直ぐに部屋に戻っていった。
それで、二人と別れた後に何があったかを全て話した結果、この通り大笑いされているわけだ。
「何かおかしいか?」
「いやいや! どこの冒険小説の話かと思ったよ! 僕にも今度やってよ! あはははははは!」
フォートはどうやら酔っ払っているらしい。
一緒に酒を飲むのはこれが初めてだが、どうにも様子がおかしい。ずっと笑ってるぞこいつ。
「いいだろう。お姫様抱っこでやってやる」
「あはははははは!」
フォートは机をバンバン叩いて、腹を抱えて笑っている。
一方ラウダタンは酒精の強い火酒をグイグイあおってもいつも通りの様子だ。
やっぱりドワーフだから酒には強いのだろうか。
「それにしてもおめぇ、どこでそんな女の扱い覚えてきやがった? 泣いてる女と焼いた鉄には触れるなって親父が言ってたぞ」
女の扱いなんて僕も知らない。
「俺は孤児院の出身なんだがな、俺が10歳ぐらいの時に船乗りに捨てられた子供が新しく来た事があったんだ」
そいつは子供達の遊びの輪に加われず、いつも一人でいた。
遊びに誘っても、やれ自分のいたところではこうじゃないとか、なんでそんな事も知らないんだとか、文句を言うばかりだったから余計に孤立していった。
そこでシスター・ロッリが、修行の日々で同じように他の子と遊んでいなかった、僕とアンリにその子の友達になるようにと指示を出した。やらなければその日の夕食が何故か二人分足りなくなると言って。
夕食を盾に取られた僕達は、そいつと1日一緒に過ごす事にした。
そいつは商船に乗り、様々な国を旅してきたからマイラ島なんて田舎だと言った。
そこで僕とアンリは何故アイヴィス様が英雄譚の始まりにこの地を選んだのか小一時間かけて教え込んでやった。
次にそいつは僕とアンリの武術が未熟だと笑った。
なので地道な努力なく、借り物の力で作られた英雄がいかに弱い存在なのかについて、そいつが感動して涙を流すまで根気強く説明してやった。
アンリの杖がただの拾ってきた木ではなく、伝説の聖杖の仮の姿であることや、一見普通のリンゴに見える果物が世界樹の実であることなど、一つ一つを丁寧にみっちりとキチンと答えてやった。
1日が終わる頃、そいつはすっかり心を入れ替え、「見えてる世界が違う……」とぶつぶつ呟くだけで、あれやこれや否定する事はしなくなっていた。
「お互いに分かり合えて、すっかり俺達は友達になれたわけだが――」
「いやそれ、友達っつうのか……?」
「わけだが、まだ他の子の輪に入って一緒に遊ぶ事は出来なかった。しょうがないから俺が手を引いて輪の中に引っ張っていって、しばらく一緒に遊んでいる内に周りとも友達になれた。まあそういう話なわけだ」
長い思い出話を語り終え、僕はエールをぐいとあおる。
「今の話と女の扱いに何の関係が……って、おめぇまさか!」
「キルトも大体同じ感じかと思って、同じようにしてみただけだ」
まあ実際効果あったみたいだし。
「あはははは! 考え方の違いを教えて、手を引っ張って遊びに誘ったってこと? 空を落ちる遊びに? あはははははは! ディ、最っ高じゃないか!」
「おめぇ、その事はあの赤毛女には言わねぇ方がいいぞ……」
そりゃわざわざ言わないが。
笑うフォートと呆れた様子のラウダタン。
何がいけないのかさっぱりわからん。
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それからまた数日が過ぎ、僕達は再び揃って廃坑ダンジョンにやって来た。
今回は「そのバッカ木刀で実際に戦うところがみてぇ」と言ってついて来たラウダタンも一緒だ。
ラウダタンは手に1メートル程の金属で出来た棍棒を持っている。自作の武器で鬼金棒というらしい。
「さて、本日は前回の課題をそれぞれがどのように解決したかの確認が目的です」
「ふっ、俺達はすでに岩つぶてで荒稼ぎしてるぞ」
「もう金貨2枚も貯まったからね……!」
壊れない木刀と、壊れづらい重鉄矢はここのダンジョンに相性ピッタリだ。
重鉄矢は一度だけ武器破壊によってヒビが入って使えなくなってしまったが、ラウダタンに持っていったら次の日に元通りになった。
メンテナンス代は銀貨10枚だった。
「真人間に戻れたようで何よりですね。あれだけ言っても鉄の武器を用意しないのは、鉄に何か恨みでもあるんですか?」
「ガッハッハッ! こいつの木刀より硬い鉄は、うちじゃまだ用意できねぇな!」
「はあ? 貴方の店大丈夫ですか?」
ウチの店はアイロンタウンで一番だぜ! と言うラウダタンと、下からですか? なんて言うキルトのやり取りはどこかズレていた。
「まあ実際岩ぐらいなら割れる。それに鍛造の剣は金貨10枚はするしな」
「要はお金が足りないということですか。ヒモ野郎らしい理由で大変安心しました」
この木刀が世界樹で出来ている事は以前に自慢げに伝えてやったのだが、キルトは一言、そうですか。と言っただけで全く信用していなかった。
まあいつか鋼の剣を叩き折れば分かるだろう。
「で、お前は課題をクリアできそうなのか?」
「どうでしょう。〈アーカイブ〉の知識は試してみないと分からない事が多いですからね。まあ少なくとも前回のように自爆するといった事はないと思いますよ」
だといいけど。
フォートの未来視があるとはいえ、1秒しか猶予がないから結構ギリギリだからな。
僕らはどんどんとダンジョンの奥に進んでいった。途中に岩つぶて2体と遭遇したが、最初はフォートが、次に僕が二連<エア・スラスト>で倒した。
「フォートさんの命中率がとんでもなく上がっていますね……?」
「いや、動かない的なら外さないんだよ」
「そのバッカ木刀、何度見てもあり得ねえな!」
「ふっ、俺に選ばれた剣だからな」
この日は岩つぶての遭遇率が低く、僕らは奥へ奥へと進んでいった。
廃坑ダンジョンは傾斜の緩やかな下り坂を進んでいく形になっていて、階層というものがない。
アイロンタウンの坑夫が掘った坑道は水平だが、それは最初の方だけだ。後は自然の空洞がダンジョン化していたところを掘り当てた瞬間に、坑道を含んで全てがダンジョン化したそうだ。
なので下り坂になったあたりからが本来のダンジョン部分であり、洞窟のような風景に変わり、道幅も広くなっていく。
「ここから先は岩ゴーレムが出るからよう、岩つぶてが倒せねえ奴は足を踏み入れらんねえんだ」
岩ゴーレムはその名の通り、全身岩で出来た巨大な人型の魔物である。
岩つぶてと同じように武器破壊系の魔物だが、人型をしているので関節部分を狙えば効率よく倒せるらしい。
魔石の値段は岩つぶてよりも高く買取されるため、Eランクより上の者たちはここを狩場としているそうだ。
しかし岩ゴーレムは岩つぶてと違い、ただ転がるだけではない。
その岩で出来た巨大な拳で殴られれば、一撃で致命傷だ。
関節を狙えばいいと分かっていても、動き回る巨大な岩の攻撃を掻い潜りながら、岩を砕けるだけの威力の乗った攻撃を的確に食らわせるにはそれなりの熟練が要求されるだろう。
「威力を見るだけなら岩つぶての方がいいですが、動く相手に当てられないのでは意味がありません。このまま進みましょう」
そして僕達は岩ゴーレムが出現するエリアを進んでいった。
途中何度も別れ道があったが、今回はマッピングに時間をかけられないために常に一番左の道を選んで歩いた。
「む、この先にいるな」
僕の<エア・コントロール>の索敵に大きな動くものが掛かった。
おそらく岩ゴーレムだろう。
僕らは慎重に進み、岩ゴーレムがいるであろう広場の入り口を覗いた。
「かなり大きな部屋ですね。あの大きな水たまりは湧き水でしょうか?」
「ありゃ地底湖よ。かなりの深さがあるから、鉄の防具なんか着たまま落ちたら上がって来れんぞ」
岩ゴーレムは広場の真ん中辺りでウロウロと歩き回っている。ここからなら魔法で先制攻撃できそうだ。
「それでは、私の魔法を試してみましょう」
キルトはローブの裏から短杖を取り出して構える。
フォートは未来視を発動させる為に、集中してキルトを見ているようだった。
「前回は最大火力を得るために、魔力を練りこんで詠唱までしましたが、明らかに過剰な威力となっていました。これは詠唱を短くして、魔力の放出を抑える事でコントロール可能です」
一発で魔力切れになるようだと困るしな。
「問題は魔法の発現が、術者に触れた位置からしか出来ない点にあります」
キルトは魔法にあるいくつか制限について説明をした。ひとつ、体内魔力を使用する事。ひとつ、術者から離れては発動できない事。ひとつ、あまりに環境が違いすぎると魔法が発現しないこと。水の中で火魔法が使えないが、これは最後の理由に該当する。
そしてこれらの制限に該当しないスキルを全てレアスキルと呼び区別する。
あれ、そういえば僕の<エア・コントロール>は身体から離れたところで発動してるけど……。
「上級スキルはこの限りではないと言います。威力が圧倒的に高い上級スキルを術者の側で発動したら味方が全滅しますからね」
やはり僕の<エア・コントロール>には秘められた力が眠っているという事か……!
「<アーカイブ>の力で威力を底上げしても、発現させられないなら意味がありません。そこで私はとある方法を思いつきました」
キルトが杖の先を岩ゴーレムに向けた。
そして詠唱を開始する。
「我は道示す者。火よ、征け、そして喰らえ。<ファイア・ライン>!」
キルトの杖の先から岩ゴーレムの首筋まで、一直線の赤い線が繋がったかと思うと、凄まじい速さでその線の上を炎が伝った。
そして炎が岩ゴーレムに達したその瞬間、轟音を上げて岩ゴーレムの首から上が爆発四散した。
首なしとなった岩ゴーレムは、膝からゆっくりと崩れ落ち、そして倒れ込むと同時に光の粒となって消えていく。
僕らはそれを呆気にとられて見ていた。
「上手く行きましたね。魔力の消費も少ないですし、あとは詠唱なしで出来るように練習あるのみでしょうか」
「え、これって魔力の消費が少ないの?」
「はい。これぐらいならいくらでも撃てそうですね」
ちょっと引き気味に訪ねたフォートの問いに対するキルトの回答は、怖ろしいものだった。
キルトがマイラ島の飛行船発着場で躊躇なく兵士を火だるまにしていたように、本来中級の火魔法は直接攻撃で相手を即死させるような魔法ではない。
もちろん火を消せなければ命に関わるが、どちらかと言えば延焼によって、広範囲で火に包まれてしまう事にその脅威があるのだ。
ところが今のキルトの魔法は、岩ゴーレムの頭を木っ端微塵にする威力を持っていた。
しかもそれがいくらでも撃てそうだという。
もし軍の火魔法部隊が全員これだけの威力の魔法を撃てるとしたら、ドラゴンだって討伐できてしまうのではないだろうか……。
僕達は部屋の中央まで進み、岩ゴーレムが残した魔石を拾った。
岩つぶてよりもひと回り大きな、手のひらに隠れるぐらいの大きさの魔石だった。
「ガッハッハッ! ホントにおめぇらは信じられんバッカ野郎ばっかりだな! これなら<アイロンゴーレム>だって倒せちまうかもしれん!」
「アイロンゴーレムですか?」
「アイロンゴーレムはな、このダンジョンが出来た時から存在が確認されてるにも関わらず、まだ誰にも討伐されてねぇフロア・ボスよ! その名の通り全身が鉄で出来た、徘徊型の悪夢だな!」
なるほどな。
廃坑ダンジョンは階層がないから、フロア・ボスが自由に歩き回っているわけだ。
鉄の武器で鉄のゴーレムは倒せない。
それがどこにいるかわからず、冒険中に唐突に現れて襲ってくるわけだ。
おいおい最高じゃないか――!
「バカが一人目を輝かせていますが、そんなの狙ったって遭遇しないですから」
「ふふふ。分かっていないなキルト。冒険の神アイヴィス様は、いつも俺達に最高の冒険を用意してくれる――!」
キルトは半目で僕を睨みつけながら「どこの邪神ですか?」なんて失礼な事を言っている。
アイヴィス様は冒険を愛する正しき神だ。
「万が一出会ったとしても、全身鉄のゴーレムなんか相手に出来ません。撤退一択ですよ」
キルトがそう言ったその時、ずずん、という地響きと共に天井から砂がパラパラ降ってきた。
そして唐突にそれが現れる。
「やっぱり分かってないな、キルト。アイヴィス様が用意する、最高の冒険ってやつを!」
それは
さあ、撤退するのも簡単にはいかないぞ。
冒険の時間だ!
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