第17話 狩人は二度矢を放つ

 ロマリオへ到着した翌日、私は商店をまわって市場調査をしていました。


 私達が乗る予定の乗合馬車は、アイロンタウンまでの急行便。

 途中、1度だけ関所のある町で宿泊しますが、それ以外は近くの村には立ち寄らずに野宿になります。

 その為、野営道具や保存食の準備が必要になるのですが、保存食はお店によって、その出来も価格もかなりの差が出てきます。

 食べ物は旅の質を左右する為、こうしてしっかりとした調査が必要なのです。


 どこかのヒモ野郎は金がないから選択肢がないと思いますけどね。


 とはいえこの街にも冒険者ギルドがあります。

 普通に働けば1日で最低銀貨10枚は稼げるわけで、あれだけ危機感をあおれば自分でなんとかするでしょう。


「流通の起点だけあって、質も値段もそれなりなんですよね。でもやはり、美味しいと言えるものはないですね……」


 保存食は腐ったりカビたりしない事が第一なので、塩味がキツい物が殆どです。

 最初の2日ぐらいは普通の食べ物を持ち込んでも悪くなりませんが、後の5日がずっとこの味では辛いところです。

 途中の町で何か買えればいいですが、その保証もないので、出来れば味がよい保存食を手に入れたいのです。


「ん、あれは」


 主要な商店を調査し終わり、屋台や商店が立ち並ぶ通りを歩いていたところ、お下げ髪の女の子が売り子をする露店の姿が目に止まりました。


「露店とはいえ、まだ表通りに近い立地の店なのに売り子が子供1人とは。感心しませんねえ」


 裏路地で出す露店は、取り扱う商品も値打ちが少なく、売上げもしれているので子供を雇って売り子にしているところも多いです。

 とはいえ、立地のよい表通り近くに店が出せる程度になると売上げもそこそこあるはずで、子供1人での店の切り盛りは些か不安があります。


 気になって露店を覗いてみたところ、取り扱っているのは魚の干物のようでした。


「いらっしゃいませ!」


「変わった色の干物ですね」


 魚の干物は港町でよくみる商品です。マイラ島でも露店でたくさん並んでいました。

 大体7日程は腐らずに持つため、短い旅程であれば保存食にもなりますね。


 私が気になったのは、目の前の少女が扱っている干物が、普通の干物に比べで色味が茶色掛かっているところでした。


「これはね、みりん干しだよ!」


「みりん干しですか? 聞いたことがないですね……」


「お母さんの故郷から取り寄せた、醤油とみりんを使っているんだよ!」


 醤油は知っています。

 西大陸とも東大陸とも違う、小さな島国であるジパングで作られている調味料です。

 殆ど外国に流通する事はないそうですが、マイラ島でも偶にジパングの品が市場に出る事がありました。

 みりんと言うのは聞いたことがないですが、ジパングの調味料なら知らなくても納得ですね。


 問題は味です。


「なるほど。味見はできますか?」


「お家でね、炙ってきたのがあるよ。はい!」


 試食分も用意しているとは。

 なかなか商売のやり方が上手いといえます。

 この子が考えた訳ではないでしょうが、店主は何をしているのでしょうか?


 試食用に、木の椀に盛られた干物の1つを摘んで食べてみました。


「――! 甘いです」


「甘くて美味しいよね!」


 砂糖とはまた違う甘み。

 商売の香りがしますが、今はお姉様が先ですね。


「これを2日後の朝に7日分用意できますか?」


 少女は大量発注に目を輝かせました。


「できるよ! ちょうど同じ日に注文があるから、お家に取りに来てください!」


 なるほど、知る人ぞ知るというやつでしょうか。

 ふふ、これはいい買い物ができそうです。



---


「着いたよ、ここが狩場になる森だ」


 ゴロゴロと荷車を押して半日。ようやく森の入り口に辿り着いたようだ。


 この森は以前狩人だった時にフォートが住んでいた村とも繋がっているらしい。

 西大陸の東部の大部分にまたがる広大な森なんだそうだ。奥には古代遺跡が眠っているとか言われているが見つけて帰ってきた者はいないとか。

 いいね古代遺跡。

 アンリを助けた帰りに冒険していこう。


「ここからさらに半日進めば、森の深部の入り口に辿り着く。大物を狙うならそこが一番効率がいいんだよ」


 フォートは身長と同じぐらいの長さの弓を背中に背負っている。

 どこに置いていたのかと聞くと、あの海賊に預けていたのだそうだ。


 まったく不用心な話であるが、運良く売り払われてはいなかった。


「移動に1日か。直ぐに狩れたとしても戻るのは明日の夕方になるな……。間に合うのか?」


「商人ギルドの査定は迅速だよ。直ぐに買い取りしてくれるから大丈夫。保存食も旅の道具も注文してきたし、獲物さえ獲れれば問題ないよ」


 フォートはこの狩りで、アイロンタウンまでの馬車代を稼いで拠点を移すつもりだそうだ。

 どうせならと、同じ日の便に乗る事にした。

 他の街であれば戦闘なしでも達成できるF級の依頼があるかもしれないからな。


「森の中では出来るだけ肌をさらさないようにして。毒虫なんかもいるし、結構気付かないうちに枝に引っ掛けて切り傷になったりするから」


「大丈夫だ。これでも冒険者だぞ」


「あ、そ、そうか。ごめん、狩りの事になるとつい」


 森の危険は魔物は当然として、蚊や虫などの小さな生き物や植物が持つ毒、視界の悪い中で道に迷いやすい事などが上げられる。


 1つ1つは致命的にならないが、重なれば命に関わる。

 森で活動するには、技術が必要なのだ。


「いや、狩人に及ぶとは思っていない。森の中では指示に従うから遠慮せずに言ってくれ」


「ああ!」


 こうして僕たちは森の中へ入っていった。



---


 森の中ではフォートが先行する。

 ナタを使って道を切り拓き、毒を持つ植物などがあれば注意をしてくれる。

 図鑑で見て知っている植物でも、実際にみると大きさのイメージが違っていたりするから、正直助かっている。


「それにしてもディのスキルは凄いね」


「ふっ、まあな」


 僕は森に入ってすぐ、たかって来る蚊に悩まされた。

 蚊に噛まれる事ぐらい、と思うかもしれないが移動中に痒みに気がいくだけでも結構煩わしいものだ。

 それに蚊には時々毒を持っているやつがいて、刺されると高熱がでて数日寝込むか、ヘタをしたら死んでしまう時もある。


 なので僕は<エア・コントロール>を使って、自分たちを中心にして僅かな風を起こし、小さな虫が近づけないようにしていた。


「森の中にいる虫は狩人にとって天敵なんだよ。強い香りの出る葉の液を体に塗れば、寄って来なくなるけど、匂いで獲物にバレてしまうから使えない。<待ち>の最中は身動き出来ないから、痒くてもかけないんだよ……」


「なるほどな。ちなみに俺のスキルならどこに居ても獲物の風下だ」


「狩人なら誰もが羨ましがるね。僕もスキルを交換してほしいと切実に思うよ……」


 俺もだ。

 いや、最近は使えるようになってきたけど。


「この森ではどんな獲物が狙えるんだ?」


「今の浅い森の中でなら、ポークボアや一角ウサギかな。森の深部ではソードディアや雷虎なんてのもいるから気を付けて」


 浅い部分の魔物はともかく、深部の魔物がやたらと凶悪だな。

 討伐依頼が出たらC級判定の魔物だぞ。


「森の魔物は縄張りがあるから、刺激さえしなければ外には出てこないよ。数年に1度でもまだ多いぐらいだね」


「今回は深部に行くんだろ、何を狙う?」


「深部と言っても入り口だからね。時間もないし、あまり奥に行くとさっき言ったみたいな強力な魔物が出てくるから」


 強力な魔物は望むところだがな。

 ふふ、森の主とか来ないかな。


「狙うのはベアベアー。普通サイズの毛皮でも金貨3枚にはなる。その場で皮を剥げば持ち運びも出来るし、今の条件なら最適な獲物かな」


 ベアベアーはD級の魔物だな。

 ランクだけみればF級の僕達では荷が重く感じるが、僕の実力は軽く見積もってもB級はあるはず。

 今宵の<エア・ボム>は血に飢えている……。


「フォートはベアベアーを狩った事はあるか?」


「ある。以前なら問題ないレベルなんだけど……」


 D級の魔物を「問題ないレベル」と言えるとは、本当に腕のいい狩人だったんだな……。


「なあフォート、1度お前が弓を射るところを見てみたいな」


 するとフォートは歩くのをやめてこちらを振り向いた。


「そうだね。この辺りで見てもらった方がいいかもね……」


 そう言ってフォートは背中から弓を下ろして構えを取った。

 矢を番えて、同じ手にもう1本矢を持ち、弦を引き絞る。

 その立ち姿には一切のブレがなく、様々な武芸者を見てきた僕から見ても、かなりの腕前である事が分かった。


「あそこのツルが巻いている木を狙う」


 フォートが言ったのは恐らく100メートルは先にある木である。

 

 フォートはギリギリと音を立てて引き絞った弓を、何の気負いもなくスッと放した。

 放たれた矢は凄まじい速さで木々の間を抜け、フォートが指定した木の真ん中に突き刺さった。


「おお、凄いじゃ――」


 あれだけの距離から的を射たフォートを賞賛しようと口を開いた次の瞬間、刺さっていた矢が真っ二つに割れた。


 フォートが続けて放った第2矢が、刺さっていた矢の上にさらに突き刺さったのだ。


 連続早打ちで、点を狙う追撃。


 神業と言ってもいい、とんでもない技術だった。


「動かない的ならこれぐらいは出来るよ。ただ、的が動くと姿がブレてしまうから、全く狙えないんだけどね……」


 才能を持っていてスキルに苦しめられるのは、冒険の神に愛されている証拠である。

 そう、僕のように。


「喜べフォート」


「うん?」


「お前のスキルはこの狩りの間に大きく成長する――必ずな」


 根拠はない。

 しかしアイヴィス様の信徒たる僕と一緒にする冒険である。

 そこに試練の如しスキルを授かった者が同行するなら――それは物語の始まりだ。


 僕の言ったことが飲み込めずにキョトンとしているフォートに向かって僕は言った。


「――さあ、物語を紡ぎに行こう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る