第16話 折れない矢

 フォートと僕は夕暮れの裏通りをトボトボと歩いていた。


「ごめんディ、僕のせいで……」


「俺が勝手にやった事だ。むしろギルドの利用禁止処分に巻き込んですまん」


 3日間のギルド利用禁止処分は軽めの処罰だ。

 冒険者は血の気の多いやつが多いから、乱闘騒ぎぐらいではそんなに重い処罰にはならない。


 だが今の僕には致命的だった。


 3日後までに金貨1枚を貯めなくてはいけないのに、3日間ギルドで依頼も受けられないし、買い取り所の利用もできない。


 きっとキルトは僕が目の前で餓死しかけても、食べ物をめぐんでくれたりはしないだろう。

 このままでは死んでしまう……。


「僕、あと銀貨3枚しかない……」


 僕はあと銀貨7枚だ。

 勝ったな。


「なあフォート、ギルド以外で何か稼ぐ手段を知らないか? できれば2日以内に金貨1枚は稼ぎたい」


 フォートはうつ向いて、少し悩んだ後に切り出した。


「あるよ。少し――危険なんだけど」


 危険か。

 つまり冒険だな!

 くく、顔がニヤけるぜ。


「危険と聞いて嬉しそうにするなんて。やっぱりディは凄いね……」


 冒険者だからな。

 あ、フォートも冒険者か。

 

「で、どんな方法なんだ?」


「狩猟だよ。魔物の素材を商人ギルドに直接卸すんだ」


「商人ギルドに伝手があるのか?」


 商人ギルドは冒険者ギルドと違って、誰でも登録できるというものではない。

 最低条件として店舗を構えているか、もしくは一定以上の売上を、定期的に上げていると申告する必要がある。

 一度ギルド員になっても、もし規定を満たす売上の報告が一定期間なければ、ギルド員としての資格が剥奪されるのだ。


 その分、ギルド員が得られる利益は多い。


 まず税を商業ギルド経由で納める事によって、いくらか減税される。

 これは領主が税を取りっぱぐれない為の施策である。確実に納めて貰う為に、税率を優遇している。


 次に素材の買取り価格が高い。

 常設依頼で冒険者ギルドに納入した素材は、商人ギルドに売却される。

 冒険者ギルドは仲介する事で利益を得ている為、冒険者から買取る時は、商人ギルドのレートよりも安く成らざるを得ない。


 その他にも素材の定期的な入手が出来たり、交易品としての売買の仲介、空き店舗の紹介や従業員の手配など、様々なサービスを行っている。


 それだけの利益があるのでギルド員になった方がいいのだが、本業で商売をしてても達成できない者もいるのだ。

 冒険者をやってる片手間でギルド員になれるものではない。


「伝手というか、僕はギルド員だから」


「銀貨3枚しかないのに?」


「正確には、今月まではギルド員なんだよね……」


 フォートはあはは、と乾いた笑みを浮かべながらバツが悪そうに頬をかいている。


 何やら事情かありそうである。

 まあ何にせよ稼ぐ手段があるというならありがたい。


「俺が狩って来た獲物を、フォートが売ってくれるわけか」


「まあ、そうなんだけど。ひとつお願いがあるんだ……」


 フォートが僕の顔を真っ直ぐとみた。

 目はまだ弱々しい感じだが、はっきりと向き合うのは初めてじゃないか?


 目を合わせたまま、緊張した面持ちでフォートが言った。


「僕も、連れていってほしい」



---


 意外な事に、ウミネコ亭の食堂はそこそこ混んでいた。

 とはいえ狭いから10人ぐらいしかいないが、こんなボロ宿の食堂にしては驚きである。


 僕たちはカウンターにいた海賊に金を払い、空いているテーブルの席についた。


「ここの飯、美味いのか?」


「変わった味だけど美味しいよ。泊まる人は少ない割に、食堂は人気なんだよね」


 どんな海賊料理が出てくるのか楽しみだな。


「それで、僕を狩りに連れて行ってほしいという話なんだけど……」


「構わないが、別に来なくても取り分は半々でいいぞ?」

 

 戦えないというなら、わざわざ危ない目に合う事もないだろう。


 しかしフォートは「ちゃんと理由があるんだ」と、それでも行く意思を示した。


「僕は元々、ここから馬車で1日程のところにある小さな村の狩人だった。毎日獲物を狩って、それをロマリオに卸す事で生計を立ててたんだ」


 フォートが語った内容はこうだ。


 フォートは狩人としてはかなりの腕前で、3カ月連続で金貨20枚を売り上げるという、商人ギルドの登録規定も満たした事がある程だったという。

 親は早くに亡くなってしまったが、それでも狩りの腕があったから生活するには困らなかった。


 その生活が一変したのは去年、スキルを授かってからだ。


 彼が授かったスキルは<未来視>。

 ほんの少し先の未来を見通すレアスキルで、過去に数人しか確認されていない、レアスキルの中でも珍しいスキルだ。


 強いスキルを授かり最初は喜んだのだが、いつものように狩りに出て、矢をつがえたところで異変が起きた。


 獲物の姿が何重にもブレて、まったく狙いが定まらなかったのである。


 普段はそんな事はないのだが、弓で狙いをつけようとすると勝手に<未来視>が発動し、しかも起こり得る可能性がある未来を同時に見せてくる。


 フォートの目には、どれが正しい未来で、どれが今の姿なのか見分ける事が出来なかった。

 これでは全く狙いがつけられない。


 例によって王国軍から入隊依頼が届いたらしいが、当時はそれどころではなかった。

 なんとかスキルに馴れようと必死に練習したが、結果は散々で、獲物は全く獲れなくなってしまった。


「結局、商人ギルドの規定を満たしたのはスキルを授かった頃の、その時だけだったよ。12カ月更新できなければギルド員資格は剥奪される。それが今月迄なんだ」


「でも、稼いでたんだろ。なんでそんなに金がないんだよ」


 フォートは過去を思い出しているのか、苦笑いをした。


「半年が経った頃、冒険者登録のためにロマリオに来たんだ。その時の手持ちは金貨50枚はあったよ」


 うおおい。

 めちゃめちゃ金持ちじゃないか。

 僕なら数年は何もしないで暮らせるぞ。


「冒険者になろうと思ったのは――未練だね。お金を稼ぐ手段を見つける必要があったという事もあるけど、それなら他にも方法はあった。でも、僕は以前のように弓で狩りが出来るようになりたかった……」


 冒険者として旅をしていれば、いつか自分のスキルをコントロールできるような魔導具がみつかるかもしない。

 もしくは魔物と戦っているうちに、自分がスキルをコントロール出来るようになるかもしれない。


 そんな思いで冒険者になる事に望みをかけたそうだ。


 それから1カ月程をかけてF級になった。

 フォートはE級までランク上げてから、王国超えて西側、獣人の国にある冒険都市で魔導具探しをするつもりだった。


 冒険都市はダンジョンに囲まれた都市で、冒険者憧れの都市であるが、今は説明を割愛する。


 E級へ上がるにはF級の依頼を30件達成する必要がある。

 これはG級とは違い、連続達成をする必要はなく、時間をかけて実績を積み上げて行けばいい。


 しかし、ここロマリオでは依頼のほとんどがE級以上の護衛依頼であることから、F級が昇級する為には、常設依頼であるポショの花を納入し続けるか、もしくはE級以上の冒険者とパーティーを組み、護衛依頼に着いていくかである。


 フォートは後者を選んだ。


 護衛として色々な町に行けば、目的の魔導具が見つかる可能性があったからである。


「そして何度目かの護衛依頼の時、盗賊に……襲われたんだ」


 戦闘が始まると、盗賊の姿はブレたそうだ。

 どうやら意識を一定以上集中させると未来が見えてしまうらしい。

 

 その時、フォートは弓から剣へ持ち換えて戦った。弓だと誤射の可能性が高かったからだ。

 しかし未来がブレて何人にも見える盗賊に攻撃を当てることすらできず、やられてしまう。


 碌に抵抗すら出来なかった事が幸いし、殺される事はなく、商品としてアジトに連れ去られた。


 そして絶望の3日間を過ごし、運良く冒険者ギルドが派遣した討伐隊により救出された。

 討伐依頼を達成したら、その時盗賊が持っていた盗品などは冒険者で山分けだ。

 フォートが持っていた金貨も全て、冒険者たちの懐に入った。


 そしてフォートは無一文になったが、命が助かっただけでも儲けものと言えるだろう。


「でもそれ以来、僕は強面の人を見ると怖くなってしまって。ただでさえ上手く戦えないのに、盗賊をみて怖がる冒険者に護衛依頼なんてできる訳がないからね……」


「で、Gランクの依頼で日銭を稼ぎながら食いつないでいるわけか」


「そう……。いつか護衛依頼に復帰させてくれるとゴースさん達が言ってくれてはいるんだけどね……」


 ま、あいつらはそんな気は無さそうだったな。


「それで、なんで狩りについて来る話になるんだ?」


「まず1つは狩った獲物の解体の為さ。商人ギルドがギルド員からしか買取りをしないのは、ある程度の品質が担保されるからなんだ。だから状態が悪いと買い取り拒否されるよ」


 なるほど。

 僕も自信がないわけではないが、さすがに本職の狩人には及ばないだろうから、納得である。


「次に狩場の選択。ロマリオは近くに狩場がないんだ。だから日に運べる回数は多くて1回。場合によっては2日がかりになる。効率的な狩場の選定は、現場で肌で感じないと難しいからね」


 <エア・コントロール>でどうにかしようと考えていたが、運頼みと言えばその通りである。

 まあ僕は運命に愛されてるからたぶん大丈夫だが、本職に任せて悪いという事ないだろう。


「最後は……諦め切れないからだよ。僕はまだ、弓士としての自分を諦めきれない。僕は自分を――取り戻したい。ギルドで暴れる君をみて、そうだって思い出したんだ」


 強い目だった。

 ビクビクと怯える青年の姿はそこにはない。

 僕の目の前にいるのは、プライドを持った一流の狩人だった。


 そうか、本当はそういう目をする奴なんだな。

 どれだけ駄目だと突きつけられても、諦めないならホンモノだ。

 僕とアンリと同じように。


「最後の理由だけで十分だ。よろしく頼む」


 僕はフォートに手を差し出した。

 フォートはその手をみて、少し驚いた後に嬉しそうに笑い、僕の手を握った。


「ただ、1つ条件がある」


 手を握ったまま僕は言った。

 唐突に後から突きつけられる条件に、フォートが緊張したのを感じる。


 僕はニヤリと笑い、言った。


「大物以外は狙わない。商人ギルドの連中の度肝を抜くようなやつを狩ってくるぞ」


 フォートが目を丸くした後、僕と同じように笑い、軽口で返してきた。


「もちろんさ。持ち帰るのが嫌になるから、覚悟しておいてくれ」


 握り返したその手は、力強い。

 これだけ言えるなら上等である。



---


「はいお待ちどおさま」


 そう言って僕らの前に料理を置いたのは、シスター・ロッリの見た目と同じぐらいの年の女の子だった。

 2つのお下げ髪が可愛らしい。


 おいおい。海賊だろうとは思っていたが、これはさすがに見過ごせないぞ――。


「あの海賊、子供の誘拐にまで手を出してやがるのか……」


 そう呟いた時、カウンターからバギャッ、と何かが壊れる音がした。



 この後、信じられずに何度も聞き返したが、女の子は海賊の実の娘らしい――。


 それ言わされてないよね?




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