第12話 冒険者ナメんじゃねえぞ

「――う」


「目が覚めたか」


 聞きたくない声が聞こえて、頭を上げる。

 先程の騎士が少し離れた位置で、椅子に腰掛けていた。

 目だけで辺りを確認する。

 どうやら小さな部屋の中のようだ。

 そして自分はベッドの上にいる。


 安宿のベッドよりもよほど質がいいわね。


「女を気絶させて無理やりベッドに押し込むなんて、見た目通りの変態ね」


「起きて早々大した度胸だな、アンリ・ロッリ」


 名前を知られている。

 当然ね、スキルチェッカーで登録されるという話だったし。


「ここはどこ?」


「答えてやる必要はないな」


 そう言いながらも、騎士は私の後ろに目線をやった。


 少し考えてから振り向く。

 窓の向こうに、飛行船が見えた。


 なるほど、ここは北区の発着場ね。


 人がバタバタと動き回っているのが見える。

 おそらく出港の準備をしているのだろう。

 ここで時間を稼いでも出港の時間には影響がなさそうだ。


 行き先は王都だろう。

 軍が動いているという事は、私を攫うように命令した誰かがいるはず。

 王族か、軍を動かせる程の力を持った貴族か。


 どちらにせよ目の前のこの騎士はお使いに出てきたわけだ。

 主人に渡す大事な商品が私。

 多少踏み込んでも殺されはしないわね。


「ねえそこの立派な鎧を着たワンちゃん。あなたのご主人様は誰かしら?」


 そう言った瞬間、顔を殴られた衝撃があった。

 いつの間にか騎士が目の前に立っている。

 やはり見えなかった。


 一体どんなスキルなの――。


「口の聞き方には注意するんだな。殺されはしないと思っているんだろうが、お前が思っている程、お前に価値はない」


「あらそう。でもご主人様に怒られちゃうのは嫌なんで――がはっ!」


 最後まで憎まれ口を言い切る前に、今度は腹を蹴飛ばされた。

 悶絶する私に吐き捨てるように騎士が言う。


「もうすぐ出港する。そうやって黙っていろ」


 今の蹴りは見えたわね。


 やはりこいつが素で高速で移動しているというわけではない。

 今スキルを使わなかったのは連続使用が出来ないからか、それともただ使わなかっただけか。


 何にせよ、もう少し様子をみましょう。

 すっごいお腹痛い。



---


「ここが旧職員用通路です」


 事情を聞いたキルトが提案したのは、昇降機が出来る前、工事に従事する職員が崖の上に行く為に使っていた通路から発着場に行くという事だった。


 通路といっても、崖を上がるための階段がずっと上の方まで続いているというものだ。


 これを登るのかと思うと少し気が重くなるが、昔の職人たちはこれを登ったあとに仕事をしていたわけだ。

 そう考えると文句も言えないな。


「よくこんな道を知ってたな」


「建設が始まった当時、北区の子どもはここから仕事に行く大人たちを英雄のように眺めていたんですよ」


「お前もか?」


「そんなわけないでしょう。なんで土木工事の職人に憧れるのか意味不明でしたね」


「未知に挑む背中はカッコいいに決まってるだろ」


 まったく冷めた奴である。

 と言っても建設が始まったのは3年前だから、今とそんなに性格が変わるわけもないか。


「発着場は未知でもないですし、職人がするのは土木工事だから慣れた作業ですけどね」


 ほんっと冷めた奴だな。

 まあいい。

 今大切なのはここに見張りがいなくて、発着場まで繋がっているという事だ。


「あれだけ大きな飛行船ですから、少なく見積って敵は100人はいると考えた方がよさそうです。可能なら戦闘は避けて、お姉様を救出します」


「たぶんあの騎士がアンリの近くにいるぞ」


 あの騎士、と聞いてキルトが何か考えるように顎に指を当てた。


「んー、見えない騎士ですか。そうですね、こうしましょう」


 キルトが俺を指差す。


「その時はあなたがその騎士を抑えてください。その隙に私とお姉様は離脱します」


「つまり、囮になれと?」


「あれ、まさか嫌だと言うんですか?」


 やれやれ、何を言ってるんだこの毒舌娘は。


「いいや構わないさ。だが――別に倒してしまっても構わないんだろう?」


 うむ。正しい運用法だな。

 決まったぜ。


 キルトは冷めた目で僕を見ている。


「お好きにどうぞ。ついでに死んでくれますか?」


「いや――勝つさ」


 付き合ってられませんね、と言ってキルトは先に走り出した。

 僕もすぐその後を追った。



---


 僕らは階段から、少しだけ顔を出して発着場の入り口を見ている。

 ここは西門から回り込んで発着場に行くときに入り口となる場所だ。

 昇降機がある今は裏門みたいなもんなんだろうが、それでも見張りが2人立っている。


 階段は敷地内に通じていた為、見張りが見ているのとは逆の方向にある。

 しかし流石に後ろを走り抜けたらバレる距離だ。


「2人というのが厄介ですね。1人なら魔法で昏倒させればよかったのですが」


「ま、だから2人いるんだろうけどな」


「そんな事は言われなくても分かっています。クリアすべき課題を口に出して整理しているところなので、黙るかそこの崖から飛び降りるかしてくれませんか?」


 はいはい。

 どんだけ僕に死んでほしいんだこいつは。

 

 しかしこれは打つ手がないだろう。

 ホロホロ君が持っていたしびれ薬があれば、風に乗せて2人同時に昏倒させる事ができたかもしれないが、手持ちにそういう類の道具はない。


 これはもう突撃なんじゃないか?


「バカが短絡的に物事を考えている顔してますけど、お姉様がどこにいるかも分からないで突撃したって途中で捕まるだけですよ」


 キルトが半目で僕を睨みつけていた。


 まあそうだな。

 一応<エア・コントロール>で探れないか試してみたが、崖の上じゃ風が強すぎて全く何も分からなかった。


「やはり2人同時に昏倒させるしかないですね。ヒモ野郎、遠距離で攻撃する手段は持ってますか?」


「ふむ。ここを触ってみろ」


 僕は手のひらの上に<エア・スライム>を展開した。

 キルトは訝しげにしながらも僕が指差した場所に手を伸ばした。


「これは……。何かありますね」


「風の塊だ」


「なるほど。それで?」


「今はこれが精一杯」


「ゴミくずですね。ホント死んでくれればいいのに」

 

 その評価は甘んじて受け入れよう。


 僕もこの状況ではちょっとどうかなって思ってる。

 アイヴィス様だってきっと反省しているさ。


「仕方ないですね。少し賭けになりますが、ヒモ野郎を囮にして、混乱に乗じてお姉様を見つけ出すしかないですね」


「ま、最初から暴れるつもりで来たからな。俺は構わないが……、ん? なんだあれは」


 見張りの兵士たちも気付いたようだ。


 崖の向こう側、まだ豆粒のように小さいが何かがこっちに向かってきている。

 それも1つ2つではない。

 砂埃を巻き上げて、かなりのスピードが出ているようだが――ってあれはまさか!


 まだ目視では遠いが、<エア・コントロール>の風によって音が運ばれてきた。

 たくさんの雑音の中で、唯一拾えた声は確かにこう言っていた。「冒険者ナメんじゃねえぞ」と。



---


「ポーションはありったけ用意しました。好きなだけ怪我をしてくれていいですよ!」


 あの後僕はギルドに戻り、その場にいる冒険者全員に聞こえるように何が起こっているかを話した。

 依頼終わりでエールをあおる冒険者が多い時間帯だった事もあり、すぐに何十人もの怒り狂う冒険者たちが集まった。

 ちょっと酔っぱらって気が大きくなっているというのも関係しているだろう。


 ギルドマスターも軍への攻撃を認めた。

 事務方のような風体をしているが、あれでうちのマスターは冒険者の挟持というものを大事にしている。

 そうでもなきゃ荒くれ者たちのマスターなんか出来るわけもないのだが。


 馬を用意し、最速で発着場に駆けつけた。


「門の様子がおかしいですね」


 当然向こうもこちらに気付いているはず。

 今頃は警笛を鳴らし、緊急事態を知らせているはずなのだが、門の見張りは2人とも地面に倒れていた。


 僕らの前に誰かが侵入していたとしたら、それは1人しかいないと思ったのだが、姿を見せたのは意外な人物だった。


「キルトさん! なぜここに!?」


 隣にはディさんもいる。

 どうやら北区で合流したようだが、一体どこから侵入したのか。


 キルトさんは手を大きく振って、このまま奥へ進めと指示しているようだ。

 

 なるほど、警笛を鳴らされる前に見張りを倒したのだとしたら、これは完全な奇襲になる。

 上等です。


「さあ皆さん、緊急クエストです! 依頼達成条件は冒険者をナメくさった行動を取った軍の奴らに一泡吹かせてやること! 報酬は冒険者の誇りです! それでは行きますよ、せーの!」


「「「冒険者、ナメんじゃねえぞ!!!」」」


 ホロホロ君の号令のもと、馬に乗った怒り狂う数十の冒険者たちが、出港準備をしていた軍隊の中に真正面から突っ込んで行った。


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