第13話 天を駆けろ、英雄たれ
怒号と地響きを感じてすぐ、兵士が部屋に飛び込んできた。
「グラナダ様、敵襲です!」
これで名前がわかったわね。
どうでもいいけど。
騎士――グラナダは敵襲と聞いても少しも動揺した様子はなかった。
「数は?」
「馬に乗った者が30から40程度、装備はバラバラで、冒険者だと思われます!」
冒険者。
という事はホロホロ君ね。
ふふふ、軍隊相手でもこの判断。
さすが冒険者よね、胸が踊るわ。
「出港準備は?」
「積み込みが途中ですが、直ぐにでも飛び立てます!」
「この娘を積み込んだら出港する」
「はっ!」
聞かれた事だけに簡潔に回答して、兵士は部屋を飛び出していった。
飛行船に出港の連絡に行ったのだろう。
「外の兵士たちは置き去りにするわけ?」
「答えてやる必要はない。立て」
おそらくだが、ここで行われている事をマイラ島の領主であるエリストン公爵家は知らない。
だからこの騎士は出港を急いでいるのだ。
もし公爵家が加担しているなら、冒険者など蹴散らした後にゆっくりと飛び立てばいい。
なのにそれをしないということは、時間をかけていると領主軍が出ばってくるからだろう。
国軍と領主軍では指揮系統が違う。
マイラ島にいる騎士は、エリストン公爵家に忠誠を誓っているのであって、命令の優先度は常にエリストン公爵家にある。
自分たちの領地内で好き勝手されれば、たとえ相手が王都の正規軍であろうと――いや、王都の軍だからこそ、本気になって鎮圧に来るだろう。
私は足がもつれた振りをして、わざと地面に倒れこんだ。
瞬きの後、寝たままの体勢でグラナダに髪を掴まれて無理やりに顔を上げさせられていた。
「くだらない時間稼ぎをするな」
こんだけポンポン使うとなると、回数制限はないのかもしれないわね。
厄介だわ。
グラナダは僅かに怒りを滲ませて言った。
「逃げようとしても無駄だ。無駄だが私は無駄が嫌いだ。いいかアンリ・ロッリ、よく聞け。もし逃げる素振りをみせたら、冒険者は皆殺しにしてやる。お前の側にいたあの男もだ。見つけ出して必ず殺す」
この様子だとディの情報は知らないみたいね。
それにしても冒険者皆殺しとは。
「そんな事をしたら、戦争になるわよ」
髪を掴まれながら、苦しげに出した私の言葉を聞いて、グラナダが凶悪な笑みを浮かべた。
獰猛な怪物が、獲物を見つけて歓喜に震える。
そんな表情だった。
「戦争か、望むところだな」
内心、舌打ちをした。
目の前の騎士の性質がわかったからだ。
こいつは、人殺しだ。
それも、大量に人を殺す事を望んでいる。
つまり戦争がしたいのだ。
戦争は自由を奪う、最低の行為だ。
100年程前、王国と帝国は戦争をした。
あろう事か王国は、魔族の残党が帝国に戦争をしかけた隙に、東の大陸のとある港町を占拠したのだ。
帝国は兵の練度が高く、武具の質も高かった。
しかし、北から攻めいる魔族に対応するために兵を割かれていたため、西から来る王国に対する対処が後手後手となっていた。
義のある帝国に東大陸各国は味方したが、戦力の分散が必要な東大陸各国と、海路で補給し放題な王国とでは戦力的に互角であった。
結局、戦争は5年も続き、数え切れない程の悲しい物語が世界に溢れかえった。
戦争終期では、王国内部から戦争の正当性を問う声が大きくなり、内戦が起こるギリギリのタイミングで王国は撤退せざるを得なくなった。
その少し後、帝国は魔族の軍を追い払った。
そしてそれで終戦となった。
その時マイラ島は徹底的に不干渉を貫いた。軍の寄港地になることを拒否し、兵士は1人も出さず、戦争中の間、軍事物資になり得る商品の取り扱いを両国と行わなかった。
結果として、エリストン公爵家は王族に連なる貴族でありながら、アルメキア王都の貴族から毛虫のごとく嫌われている。
逆に東大陸からは信を置かれ、戦後の貿易の要となっているのだ。
それから90年以上の時が過ぎ、世界は平和である。
「立て。逃げるな。叫ぶな。ついて来い」
こいつは全て台無しにしてでも、殺したいと思ったら殺すだろう。
今はまだ、私たちには抗うだけの力がない。
短く要求だけを突きつけるイカれた騎士に対し、私は黙って従うしかなかった。
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兵士と冒険者はどちらが強いのか。
兵士は定期的にダンジョンに赴きレベルアップをする。しかしダンジョン外での任務もある為、毎日潜るとはいかない。
冒険者はダンジョンに入る事を生業とする者であれば、兵士よりも身体能力に優れる。しかしスキルは兵士に見劣りする場合が多い。
そもそも良いスキルを授かった者が安定した給与を貰える兵士になり、兵士になれなかった者が食い扶持を稼ぐために冒険者になる、という流れがある為だ。
結果として個人の実力的には同程度であると言える。
しかし集団戦となった場合は兵士に軍配が上がるだろう。
兵士の強みは訓練された技術と連携。
しっかりと準備した上で陣形を組んで挑めば冒険者が何人いても物の数ではない。
逆に冒険者の強みは状況判断とアドリブでの動き。
主に魔物を相手にする冒険者は、常に変動する状況の中で最適な動きをする必要がある。
つまり、乱戦においては冒険者の方に歩があるという事だ。
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「3時の方向に魔法兵2つ、11時方向で合流しようとしてる兵士!」
僕は馬で駆け回りながら、冒険者たちに状況を知らせてまわる。
彼らに指示は必要ない。
状況をみて、1番近くて最適だと思った人が自分で考えて動くからだ。
兵士は各個撃破だ。
陣形を取られたら負ける。
そもそも全滅させる必要がないから、とにかく場をかき乱すように動き回ればいい。
「12時方向、分隊規模!」
王国軍の分隊は6名。
大体冒険者でいうところの1パーティと同じ構成になっている。ダンジョン攻略に最も適していると言われている人数だ。
12時方向は崖の先端に向かっている。
つまり飛行船に真っ直ぐ向かう位置だ。
あそこで防衛線を敷かれると、彼らの体勢が整うまでの時間を稼がれてしまうかもしない。
周りの冒険者はパーティ単位で動いている者がいない。単独で行っても蹴散らされるだけだ。
まずいな、と考えたところで分隊の手前に、大きな火の玉が着弾した。
駆け付けて集合しようとしていた分隊は、慌ててそれぞれ1番近くの物陰に隠れた。
上手い具合に分断できたようだ。
「お姉様! どこですか!」
火魔法の<ファイアボール>を放ったキルトさんが、そのまま真っ直ぐに走り抜けていく。
物陰に隠れていた先程の分隊の兵士が飛び出して来たが、すぐ後ろを走って死角にいたディさんが木刀で打ち倒した。
「アンリなら救援に気がついて居場所を知らせるくらいはしそうなものなんだがな」
「まだ気を失っているか、屋内にいる可能性が高いですね。ヒモ野郎、あなたはそっちを探してください!」
キルトさんとディさんは2手に別れてアンリさんを探すようだ。
そろそろ兵士も混乱から回復してきている。
早めにお願いしますよ――!
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毒舌娘と別れてから2つ建物内を確認して、次の建物に向かっているところで視線を感じた。
「アンリ!」
見つけた。
まだ距離があるが、階段を登り、今まさに飛行船に乗り込もうとしている姿が見えた。
飛行船が飛びたってしまったらもう逃げ場はない。
今が逃げ出す最後のチャンスのはずだ。
なのになぜ、アンリは自ら飛行船に乗り込もうとしているのか――。
「邪魔だ!」
目の前にいた兵士を倒し、飛行船に向かって真っ直ぐに走り出した。
アンリ達が上っていた階段が跳ね橋のように上げられていく。
飛行船を繋いでいたロープが外され、ゆっくりと崖に向かって動き出した。
マズい!
僕は全速力で駆け抜けた。
途中にいる兵士は無視だ。
<エア・スライム>を足元に出して転ばせたり、顔の前に出して体勢を崩したり。
とにかく走り抜ける隙さえ作れればいい。
飛行船は少しずつ崖の終わりに近づいている。
兵士が3人、邪魔するように立ちはだかった。
くそ、止まったら間に合わない!
「止まらないで走ってください!」
後ろから声がしたと同時に、飛んできた火の玉が兵士たちを直撃した。
火に包まれてのたうち回っている兵士を飛び越えて、速度を落とさずに走り抜けた。
「お姉様が甲板にいます! お姉様! お姉様ァァァ!」
毒舌娘が叫びながらすぐ後ろを走っている。
全力で走っているのに遅れずに着いてくるのが驚きだ。
アンリが見えてちょっとおかしくなってんじゃないかコイツ……。
飛行船までの間にはもう誰もいない。
でも、もう船首が崖から出ている。高度も少しずつ上がっているようだ。
間に合わない――。
「おいキルト、火魔法であれ撃ち抜け!」
「馬鹿言わないでください! 今落ちたらお姉様が死んでしまいます!」
くそっ! もうすぐそこなのに!
遂に飛行船全体が崖から離れた。
速度はまだ走っている自分達よりも遅いが、地面がなければ追いつけない。
崖の終わりが見えてきた。
だが僕は止まらない。
毒舌娘が何か叫んでいる。
でも止まれない。
ここまでやって立ち止まれるわけがないだろう!
「う、お、りゃぁぁぁぁぁ!!!」
僕は崖から飛び出し、そのまま空中を駆け上がった。
<エア・スライム>! <エア・スライム>! <エア・スライム>!
足場を<エア・スライム>で作りながら、全力で飛行船を追いかける。
まさか本当に空を走れるとは思わなかった。
完全な思いつきでやってみたけど上手くいった!
「に、が、す、かぁぁぁぁ!!」
走る、走る、走る!
段々と距離の縮まってきた飛行船だったが、すぐに同じぐらいの速度になり、少しずつ距離が空き始めた。
離陸し、速度があがってきているのだ。
甲板でこちらを見ているアンリの姿が見えた。
少し驚きつつ、心配そうな表情をしている。
側にはあの白い鎧の騎士が立っていた。
相変わらずゴミクズ見下すような顔しやがって。
このままでは届かない。
今できる事はなんだ、考えろ、考えろ!
くそっ、少しずつ距離が空いてくる。
何ができる!
<エア・スライム>――そう、<エア・スライム>ができる!
僕は全力で空気を集め、とにかく<エア・スライム>を強く強く固めるようにイメージした。
意味なんかない。
それしかできる事がなかったのだ。
スキルから感じる抵抗を無視して、とにかく空気を無理やり固めた。
段々と足に感じる空気の弾力がなくなっていく。
どんどんどんどん強く固め、そして思い切り踏み込んだとき、強い衝撃を受けて前に押し出された。
爆発だ。
<エア・スライム>が足元で爆発したのだ。
なんで? どうやって?
そんなもんを考えるのは後だ!
とりあえず名前は<エア・ボム>にしよう!
僕は足元に<エア・ボム>を設置して走り抜けた。
とんでもない衝撃を足裏に感じるが、その分速度が凄いことになっている。
一度引き離された飛行船がぐんぐん近づいてきた。
「アンリィィ!!」
「ディ!!」
アンリが僕に向かって手を伸ばした。
その手にはネックレスが握られている。
あれは、あのネックレスは――!
「ディ! あの約束を、必ず――!」
ついに飛行船に追いついた。
アンリが持っていたネックレスを掴み、このままアンリをこちらに引き寄せようとして――。
「なっ! まさか君は――!」
「――お願い」
――アンリがネックレスから手を放した。
僕は体勢を崩し、<エア・スライム>を踏み外して夜の海へ落ちていく。
「アンリィィーー!!」
ネックレスを握りしめ、届かないと知りながらもアンリに向かって手を伸ばして叫んだ。
アンリの横で、騎士が剣を振り切った格好で立っているのが見えた。
涙を流しているアンリの姿が、どんどん小さくなっていった。
――僕は、アンリを救えなかった。
ちなみにこのネックレスは露天で買った安物である。
アンリとの会話に深い意味はない。
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