第7話 穿て! 貫け!

「ディ! 後ろ!」


「――っち!」


 アンリの言葉で僕は急いで倒れ込んだ。

 頭の上を巨大な何かが勢い良く通過し、髪の毛の先にかすった感覚があった。


 ポイズン・リザードの尻尾だ。

 もし直撃してたら首の骨が折れていたと思わされる程度には重量感満載だ。


 普通のポイズン・リザードは精々1mほどしかないが、目の前のこいつは頭から尻尾までで3mはある。

 明らかに通常個体ではない。

 おそらくフロア・ボスと呼ばれる個体だろう。


 ダンジョンには階層を降りる手前や、宝箱がある部屋にフロア・ボスがいる場合がある。

 フロア・ボスは大体がその階層にいるモンスターの強力な個体だ。


 僕らは3Fに降りて、しばらく歩いたところでこいつに遭遇した。

 普通はフロア・ボスは部屋の外に出てきたりはしない。


 だがフロア・ボスが部屋の外に出るケースが1つだけある。

 それは――。


「アンリ、毒消しは!?」


「飲ませたわ! すぐに行くから、もう少し粘ってて!」


「はっ、粘ってる間に倒しちまうぜ!」


 アンリは通常サイズのポイズン・リザードを2体相手とっている。

 後ろにいる冒険者3人を庇いながら戦っているため、どうしても防戦一方だ。

 

 フロア・ボスが部屋を出てくるケース。

 それは逃げ出した冒険者を追ってくる時である。


 少し時を遡ろう。



---


 僕らが3Fに降りてそう時間が立っていない時、3人の冒険者が廊下の向こうから青い顔をして走って来た。


 足はもつれ、息はあがり、ふらふらだった。

 毒だ。


 走って来た3人を観察する。


 まずは剣士風の人族の男、皮の鎧にショートソードというよく見る冒険者ルックだ。金属製の武器を持ってるなんて羨ましい。


 次に身軽な格好をした猫族の女。斥候か武闘家あたりか。猫族はちょっと珍しいな。


 そして最後はもっと珍しい。魔法使い風のローブを着た赤髪の人族の女。野暮ったいすっぽり被るタイプのローブじゃなくて、明らかにオーダーメイドの高そうなやつを着ている。

 魔法をメインで戦えるのなら間違いなく中級スキルだ。雇いたい人間はいくらでもいる。わざわざ冒険者なんて不安定な職を選ぶ魔法使いは少ない。

 まだ若そうだし、修行の一環とかかな?


 全員がそろって毒に侵されているようだった。


 彼らは僕らを見ても立ち止まらずに、そのまま走り抜けて行ったが、すれ違い様にかすれた声で「逃げて」と声をかけられた。


 恐らく、立ち止まったらもう走れない状態だったんだろう。


 僕とアンリは何が起きているか大よそ理解した。

 ダンジョン、走る冒険者、「逃げて」という言葉。

 冒険の匂いだ。

 僕とアンリは胸が高鳴り、顔がにやけるのが止められなかった。

 

 彼らは「解毒を」と声をかけるアンリも無視して走り続けた。

 が、僕らとすれ違ってすぐその後に剣士風の男が倒れこみ、あとの2人も同じように倒れた。


 どうやら限界のようだった。

 

 アンリが駆け寄り、毒消しを飲ませようとしたところでそいつらは来た。


 今、僕とアンリが相手をしているポイズン・リザードだ。


 明らかに巨大な1体と、通常サイズの個体2体。

 駆けつけ1杯とばかりに毒の霧を吐き出したが、

 <エア・コントロール>で風を起こし、毒霧をそのまま返してやった。


 必殺の毒霧を返されて、ぎゃおぎゃお怒っているようだが、元気そうだ。

 さすがに自分たちの毒ではやられないか。


「毒消しを飲ませるから、抑えて!」


「無茶を言う!」


 ダンジョンの廊下はそこそこ広い。

 通常個体のポイズン・リザードなら3体は横並びにできる。

 幸い大きい方はさすがに無理なようで、

 2体の通常個体の後ろに陣取っている。


「っらぁ! <エア・スライム>!」


 1体に木剣を振り下ろした隙に、もう1体が脇をすり抜けようとした。


 <エア・スライム>を走り出そうとしている個体の鼻先に展開。


 何もないはずのところで鼻先に弾力のある空気が触れ、驚いたポイズン・リザードは嫌がるようにして足を止める。


「しっ!」


 その隙に横っ腹に木剣を突き入れた。


 ひっくり返って腹が剥き出しになるが、追撃するよりも前にもう1体のポイズン・リザードが噛みついてくる。


 振り向き様に木剣を叩きつけて噛みつきを回避。

 思いっきり叩いているのだが、ポイズン・リザードは堪えた様子がない。

 

 明らかに火力不足だ。

 スライム程ではないが、ポイズン・リザードも打撃耐性が高い。


 目とか喉とか突けば倒せなくもないが、2体を同時に相手してその余裕はなさそうだ。

 アンリの<ライフ・ボム>ならいけると思う。


 遭遇した時の立ち位置が悪かったな。


「グギャァ!」


「おっと」


 奥から大きな方の個体が噛みついてきた。

 通常個体の2体が邪魔で間合いが取れないのだろう、バックステップで余裕で躱せる。


 と、その隙にひっくり返っていた方の1体が後方に走り抜けた。

 それに気を取られているうちに、もう1体も逆側から抜ける。


 やっべ。


「アンリ! 悪い!」


「ディ! 後ろ!」


「――っち!」


 と、ここで冒頭の状況になるわけだ。



----


 ディの横をすり抜けてきた2体のポイズン・リザードは、私よりも後ろの3人にちょっかいを出したいようだ。

 自分たちの獲物が横取りされたとでも思っているのか。


 倒れている3人には毒消しを飲ませたが、戦える程に回復するにはもう少し時間がかかりそうだった。


「ふっ! はっ!」


 杖で襲いかかろうとする2体を威嚇する。


 踏み込んで<ライフ・ボム>を使えば倒せると思うが、その隙に後ろの誰かがかみ殺されてしまうかもしれない。


 私に向かって来てくれれば簡単なのに……!


 後ろの3人もそうだが、ディも心配だ。

 ディとポイズン・リザードは相性が悪い。


 毒の霧を<エア・コントロール>で無効化できるという点では相性抜群だが、武器が木刀だとほとんどダメージを与えられない。


 本当ならディが隙を作り、私が止めを刺すはずだった。


 まさかいきなり分断された上に、足手まといを庇いながらの戦闘になるなんて。

 最初のダンジョン攻略でこんな事態になるとは。


 私たちはなんて――。


 なんて――ツイているんだろうか。


 ふふふ。

 後ろには足手まといが3人。

 前方には明らかにボス個体。

 効果の薄い攻撃、攻めあぐねるこの状況。

 時間をかければかけるほど追いつめられ、絶体絶命になる。


 ああ! これぞ冒険!

 ニヤつく顔が抑えられない!


 テンションが上がった私に脅威を感じたのか、2体ともが標的を私にしたようだ。

 左右に分かれ、同時に噛みついてくる。


 動きは単純。


 後ろを気にしなくていいなら簡単だ。


「ふふ。もう少し我慢強くならなきゃダメよ?」


 左手に<ライフ・シード>を顕現。


 現れた光で目がくらんだ左の個体の攻撃を避けつつ、右手に持った杖でもう1体の鼻先を軽く叩く。


「<ライフ・ボム>!」


 杖の先に顕現した命の種が爆発し、1体が光の粒となる。


 1体だけならもう脅威はない。

 直ぐ様もう1体も<ライフ・ボム>で倒した。


 光の粒となり、後に素材が残る。ポイズン・リザードの皮だ。

 だがそれは後まわしだ。

 ディの加勢にいかなくては。


 顔を上げて走り出そうとしたその時、ボス個体の体当たりを受けて壁に打ち付けられるディの姿が目に入った。



----


 意識が飛びそうになった。


 すっごい痛い。

 当たり前だがダンジョンの壁は固いのだ。

 <エア・スライム>で衝撃を和らげたが、それでも背中を強か打ち付けた。

 スキルがなかったら死んでいたかもしれない。


 骨は折れてないと思うが、息ができない。

 膝をついてなんとか倒れ込むことだけは避けられた。


 近づいて来るボス・ポイズン・リザード。

 長いからボス・ズンにしよう。

 ボス・ズンが止めとばかりに噛みついてくる。


「<エアッ・ズライ厶゛>――!」


 動きたがらない体を無理やり動かす。

 避けるのは無理だ。


 大きく口を開けているボス・ズンの喉の奥に、<エア・スライム>で作った空気の塊を木刀で押し込んでやった。


「――ッ! ――ッ!」


 喉を詰まらせたボス・ズンは目を見開き、声を上げることも出来ずに苦しそうに頭を振った。


「ぐっ!」


 めちゃくちゃに振り回す頭に弾かれ、僕は吹き飛ばされる。


 ゴロゴロと転がって、アンリがいる手前でようやく止まった。

 息を吸い込み、思い切り咳き込む。

 ボス・ズンとお揃いだ。


「あら、トカゲさんと随分仲良しになったのね」


「ごほっごほっ――! ……ああ。何せ時間がたっぷりあったんでね」


「男の子はすぐ仲良くなれるのよね。羨ましい」


「ならアンリも試してみればいいさ。<落ち星>だ」


「了解」


 喉の奥にあった空気の塊が消滅したのだろう、ボス・ズンはこちらを睨んでいる。


 分かり合えた友になんて目をするんだ。


「毒消し、全部使っちゃったから。よろしくね」


「了解。――いくぞ!」


 僕はボス・ズンに向かって走り出し、左手の木刀を投げつけた。

 回転しながら迫るそれを、ボス・ズンは煩わしそうに頭で弾く。


 当然ダメージなどない。


 続いて残った木刀をすくい上げるようにして振り上げる。

 間合いは遠く、意味のない行動に思えたそれはしかし、大量の砂を巻き上げてボス・ズンの視界を奪った。


 <エア・コントロール>で地面の砂を巻き上げたのだ。

 木刀を振ったのは雰囲気が出るからだ。

 まるで木刀を振った風圧で風が巻き起こったように見えてかっこいい。


 ボス・ズンの視界を奪った僕は、その場で急停止して体ごと振り返った。


 後ろからはアンリがこちらに駆けてきている。


「い……けぇ!」


 アンリは跳びあがり、僕の組んだ両手に足をかけて、さらに大きく飛んだ。


 舞い上がっている砂のさらに上方で杖を振りかぶる。


 僕とアンリの協力技の1つ<落ち星>だ。

 敵の視界を奪い、上方から星の力を乗せた強力な一撃を叩きこむ。

 

 さらに今回は念のためにもう一工夫。

 僕は道具袋から小さな丸薬を取り出した。


 毒消しだ。

 これを親指で弾き、<エア・コントロール>で風にのせてアンリの口元へ運ぶ。


 アンリは空中でそれを口に含んだ。


「――!」


 砂の壁を越え、上空からアンリが見たものは、向かってくる敵に毒の霧を浴びせようと口を大きく開けているボス・ズンだった。


 紫色の毒の霧がアンリの体を包み込む――!


「――闇夜を切り裂く瞬く光! 穿て! 貫け! <落ち星>!」


 毒の霧は勢いに乗るアンリを止めることはできず、思い切り振り下ろした杖が、ボス・ズンの左目を強打した。


 そして起こった光の爆発が辺りの砂を吹き飛ばす。


 <ライフ・ボム>です。はい。

 スキルを授かった後に考えた協力技だ。

 大分それっぽくなってきたな。


「――やったか?」


 まだ僕の出番が残されている事を期待して言ってみる。


 だけど砂煙が晴れた時、その向こう側に見えたのは、杖をだらりと下ろした格好で立つアンリの背中と、光の粒となって消えるボス・ズンの姿だった。


 アンリはゆっくり顔だけでこちらを振り返り、

 口に含んだ毒消しを、がりっと噛み砕いた。


「――やっぱりダメね」


 口に残った毒消しの欠片を、ぷっと吐き捨ててアンリが言う。


「男の子みたいにはいかないみたい」


 旅の女戦士ムーブかな?

 ボス・ズンの消える光に照らされて、めちゃめちゃかっこいい。

 今度の止めは僕に譲ってもらおう。

 何か火力のある攻撃を考えなくては。


 ボス・ズンは大きな魔石をドロップした。

 これはなかなか換金が期待できそうだ。


 アンリは格好つけて毒消し吐き捨てた分、効果が足りなかったようで若干青い顔をしていた。

 毒霧の中で思い切り叫んでたからね。

 盛大に毒を取り込んだことだろう。


 結局アンリはもう一つ毒消しを食べた。

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