第5話 過ぎたる力の代償
冒険者登録から7日が過ぎた。
僕らは順調にG級冒険者としての実績を積み重ねている。受ける依頼は街中のお手伝いだったり、近場の採取だったりする。
G級は冒険者としてのお試し期間のようなもので、依頼の受け方や、達成報告の練習のような位置づけだ。
また冒険者側の素行に問題がないかも見られているだろう。
僕らはもちろん問題ない。
10件連続で依頼達成すれば、次のF級に上がれるのだが、僕らはこの7日間で既に9件の依頼を達成している。
非常に順調といえるだろう。
一つ一つは簡単な依頼でも、10回連続となると、意外と難しいものなのだ。普通は途中で依頼失敗して、ひと月ぐらいはG級で過ごしたりする。
しかし僕たちは伝説の冒険者になるために簡単な依頼も完璧こなす訓練をしてきた。
この間なんて荷物運びの依頼で、依頼主に顔を見せただけで、何もせずにその場で依頼完了の記しを貰った。
それはよくないと固辞したのだが、頼むから受け取ってくれと泣いてお願いされてしまった。
仕方がないのでそのまま依頼完了としたが、次の日も同じ依頼が出ていたのでまた尋ねたら泣き崩れるほど喜んでいた。
その次の日は依頼が出ていなかった。
ホロホロ君から「もう街中の依頼は受けないでくれださい」と懇願されてしまったが、まあ僕らの実力は実質G級ではない。
他のG級たちの仕事を奪うのはよくないので快く承諾した。
そんなわけで僕らはG級最後の依頼として都市外での採取クエストを受け、マイラ平原に来ている。
マイラ平原は端から端まで歩いて2日。
都市マイラの東西南を囲む。
西の端は徒歩3時間ほどで着く。
古代神殿がある場所だ。
南の端はマイラ山脈で、マイラ川に沿って歩いて1日と少しで着く。
東の端は精霊の森で、2日かかる。
精霊の森といっても本当に精霊に会った人はいない。
勇者がこの島から生まれた、という諸説ある伝説のひとつにあやかってつけられた通称だ。
本当の名前は森。つまり名はない。
「うーん。なんとなくあの辺から香るような」
「じゃあ行ってみましょう」
僕は<エア・コントロール>を使って、依頼の品であるポショの花の香りを辿っている。
ポーションの材料となる花だが、群生地などはなく、マイラ平原に点在している。
都市では栽培の研究がされているらしい。
成功すればポーションの価格も下がるのだろうが、同時に駆け出し冒険者の稼ぎのタネが減ってしまう。悩ましいところだな。
平原といっても緩やかに起伏があるので、ポショの花を遠目から目視で探すのは難しい。
普通は歩いて探し回るのだが、僕は練習をかねて<エア・コントロール>を使用している。
「思ったよりは効果範囲があるのは助かったな」
「そうね。練習次第では範囲に入った生き物の動きとか読めるんじゃない?」
「出てこい。そこにいるのは分かってる――。が出来るのか。いいね、練習しよう」
<エア・コントロール>の効果範囲は僕を中心として100メートル程だ。
これは最大威力が出せる範囲だ。
最大威力といっても洗濯物が飛んでいってしまう強風の日ぐらいだけど。
本当にそよ風程度なら目で見える範囲でなら行けそうな気がする。
風魔法なら<エア・カッター>で敵を切断したりできるが、<エア・コントロール>は砂で目つぶしするぐらいが精いっぱいだ。
風魔法は中級スキル。
下級よりも優れているから中級スキル。
まあ仕方がない。
「はぁ。ディが羨ましい」
「なんでだよ。レアスキルの方が羨ましいだろ」
むしろ妬ましい。
「だって私のスキルは冒険に向かないもの。この杖とか、ディの木刀には<ライフ・シード>を埋め込んだけど、これが芽生えるまで数十年はかかるっていうし」
確かに。
アンリのスキルは凄まじい効果だが、冒険に活かせる即効性はない。
食べると若返るというのも現状僕らには不要だ。
むしろこれから成長するのだから、体が若返るのは困る。
「今はそうだけどな。<アーカイブ>で調べれば、何かいい方法があるかもしれない」
アンリはそうね、と言って頷いた。
<アーカイブ>という能力で授かる知識は、人による。
見たこともない道具の外見だけの知識を授かり、作り方が分からなかった人もいるそうだ。
僕の<アーカイブ>で得られる知識は――よく分からない。
どうやら知りたいと強く思ったことに対して、関連する知識の説明文が頭に浮かぶようだ。
最初に<アーカイブ>の能力が発動したのは、冒険者登録をした翌日だった。
僕は<エア・コントロール>をどうにか冒険に使えないか、説明文を読み返していた。
しかしそこに書いてあるのは、
≪<エア・コントロール> 空気を操れる。楽しいよ!≫
だけである。
古本屋で見たスキル大全にも、少し強めの風を起こすスキルとぐらいしか書いてなかったはずだ。
中級スキルとかの説明はもっと詳しく書いてあるんだけど、下級スキルじゃ需要がないか……。
情報量があまりにも少ない。
できる事も少ない。
だが僕は気づいたのだ。
<空気>ってなんだ? と。
<エア・コントロール>は風を操る能力じゃないのか?
そこで<空気>について考えてうんうん唸っていると、突然 <空気>の説明文が頭に浮かんできたのだ。
そこには<空気>とは何か、どういう風にできているのか、といった事が書かれていた。
と、思われる。
難しすぎて分からなかった。
神の知識は思いやりが足りない。
学者じゃないんだからもうちょっと分かりやすく書いてくれないものだろうか。
頭に浮かんだ説明文をアンリに読んで聞かせた。
すると彼女はこう言った。
神の御心を推し量るなどと、罪深い。と。
つまり彼女もさっぱりだった。
仕方がないのでシスター・ロッリに相談にいった。
すると彼女はこう言った。
神の御心を推し量るなどと、罪深い。と。
ようは彼女もさっぱりだった。
彼女たちは信心深過ぎて使い物にならない。
しかし神から授かったこの知識を活かさない手はない。
僕は依頼をこなしながらも、宿に帰ってから毎日少しずつ<空気>について読解していった。
大体9割ぐらいは知らない単語で書かれている。
そこは雰囲気でカバーだ。
そして一つの仮説ができたので、昨日その検証を行ったところ、結果は上々。
さすが僕である。
僕が<アーカイブ>から読み取った情報では、<空気>というものは、
何かとても小さなもの――おそらく魔力、がぎゅっと集まったもの。である。
つまり空気を動かす力とは、小さな魔力を動かす力という事。
僕はこの仮説をもとにして、魔力を動かす実験をした。
小さな魔力が風として漂っていることイメージ。
そしてその魔力をどんどん1か所に集めていく。
しばらくして少し抵抗を感じた。
それを無視して押し込む。
ぎゅっと。
すると、なんと1か所にまとめた魔力に触れられるようになったのだ。
目には見えないが、確かに触れられる。
温度のないスライムのような弾力がある。
僕はこれを<エア・スライム>と名付けた。
別に何ができるというものでもないが、もっと練習をすれば盾のように使えるかもしれない。
大事なのは、<エア・コントロール>が風を起こすだけのスキルではなかったという点だ。
しかも<空気>の読解はまだ完全ではない。
まだまだやれることがある可能性がある。
<エア・コントロール>は僕の<アーカイブ>によって、ただの下級スキルから、英雄のユニークスキルに成長して行くスキルだったのだ。
成長するスキル。
なんて素晴らしい響き!
そして<アーカイブ>で検索すれば、アンリの<ライフ・シード>も成長する可能性がある。
スキルそれ自体を検索しても何も起こらないのだが、<光>であったり、<命>であったりを検索すると、ずらっと説明文が出てくる。
難しすぎてパッとは理解できないけど、時間をかけて少しずつ読み解けばいいのだ。
ちなみに現在は<光>について読解中。
アンリのスキルはとにかく光る。
ちょっと目が眩んでしまう程には光る。
だからそれを冒険に活かせる能力にできないかを調べているのだ。
<空気>については後回しだ。
仲間の成長も冒険には大事だからね。
「あったわ。これで依頼分は採取完了ね」
「F級冒険者か。これでダンジョンに行ける」
手早くポショの花を採取し、袋に詰めた。
根っこから丁寧に採取する必要があるので結構コツがいるのだが、採取クエストにむけて近所の雑草で死ぬほど練習した。
その成果で僕らはそこいらの熟練にも劣らないスピード、品質で採取可能だ。
採取クエストだって冒険である。
僕らは冒険には常に全力で向き合うのだ。
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「お疲れ様です。随分遅くまで粘りましたね」
既に僕らの専属受付となっているホロホロ君に依頼完了の報告をした。
最初のうちは彼も受付をする度に緊張した顔をしていたが、最近では慣れたものだ。
まあ僕らは全て依頼達成しているからね。
しかも高い品質で。
新人のホロホロ君も鼻が高いことだろう。
「ポショの花を10束ですか。普通は多くて3束くらいなんですが……。やたらと状態もいいですし」
「根の部分が高い薬効があるのよね。傷つけないようにしてるわ」
「仕事だけなら文句なしの有望新人なんですけどねえ……」
仕事以外になんの不満があるというのか。
まあ今日はそんなことはいい。
ランクアップだ。
「これでF級だな?」
「はい。7日でF級は優秀ですよ」
「これからよ? 私たちの本当の実力を知るのは――ね」
「あ、そうですね。はい」
最近ホロホロ君は乗っかってきてくれない。
寂しいもんだ。
ホロホロ君は僕たちのG級タグを回収し、代わりに奥からF級タグを持ってきた。
どうやら既に用意していたらしい。
なんだかんだ言って僕らが依頼達成できないとは疑っていなかったという事だ。
ふふふ。ホロホロ君からの信頼が厚い。
もちろん完璧に応えるから、安心してくれ。
F級冒険者証はボロい木片に名前を刻んだものだった。
E級冒険者証はボロい金属片に名前が刻まれていた。
ランクが上がる毎に上質な材料に変わっていくらしい。
A級タグはミスリルかね。
「お2人には説明はいらないと思いますが、F級からはダンジョンに入れます。事前にギルドで受付をして、割符を受け取ってからダンジョンに向かってくださいね」
「ああ、わかった」
「それとこれ、今回の報酬の銀貨20枚です」
カウンターの上に銀貨が置かれる。
僕は渋い顔でそれを見た。
「なあホロホロ君」
「何でしょうか?」
「ポショの花は1束銀貨5枚だろ?」
「そうですね」
「じゃあ今回の報酬は銀貨50枚じゃないのか?」
「もちろん銀貨50枚ですよ。そして報酬の50枚から――」
ホロホロ君はにっこりと笑ってこちらを見た。
「――30枚を借金の返済にあてて、20枚が取り分です」
そう。僕には借金がある。
冒険者登録の時に壊したスキルチェッカーの代金である。
しめて金貨10枚。
金貨1枚は銀貨100枚。
銀貨1枚は銅貨10枚。
つまり僕の借金は銅貨10000枚だ。
これでも輸送費等は除いた良心価格らしいのだが……。
報酬の6割を持って行かれるのは非常に厳しい。
ちらりとアンリを見ると、まるでゴミを見るような目で僕を見ていた。
確かにお金がなくて安宿に泊まり、食事も貧相だ。
だが孤児院で育った僕らにとって、そこは大した問題じゃない。
アンリが怒っているのは、冒険の後にギルドでエールを飲めないことだ。
エール1杯で銅貨2枚。
別に飲もうと思えば飲める値段だが、アンリ曰く「借金の味がするエール」を一番最初に飲むのは嫌なんだそうだ。
エールを飲む冒険者ムーブは僕らの憧れの冒険者の姿のひとつ。
口には出さないものの、僕の借金のせいでそれが先延ばしになっている事をアンリは怒っている……。
「大丈夫よディ、私たちならすぐに稼げるもの」
「あ、ああ……。悪いな、アンリ」
「気にしないで、貴方のスキルが強すぎただけだもの」
言葉とは裏腹に、アンリは延々と魚をさばく依頼の時と同じ目をしていた。
めっちゃ怖い。
アンリの言う通り、スキルチェッカーが僕の秘めたるスキルの強大さに耐えきれなかっただけだというのに。
くっ、これが過ぎたる力を持った代償という事か――!
「帰りましょうディ。安宿に」
「あ、はい」
僕らは冒険者ギルドを後にした。
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