第3話 命の巫女

「うっ――く」


 目が覚めると先ほどの教会だった。

 隣にはアンリが寝ている。

 アイヴィス様が手違いを起こす夢を見るなんて、僕の信心が足りなかったのだろうか。


 スキルは1人に1つしか授けられない。

 後天的に変化するものでもないので、14歳の時に得たスキルが全てなのだ。

 それなのに下級スキルを授かるなんて、そんな事あるわけないし。


「目が覚めたのね、ディ」


「シスター」


 教会に残っているのはシスター・ロッリと神父様の2人だけのようだ。


「シスター、嫌な夢を見ました。英雄たる俺が下級の<エア・コントロール>を授かる夢です」


「あら、<エア・コントロール>を授かったのね。良かったじゃない、珍しいスキルよ。下級だけど」


「あ、いえ。夢の話です」


「夢じゃないわよ」


「ははは。夢の話です」


「復唱なさい。スキル・チェック」


「スキル・チェック」


≪<エア・コントロール> 空気を操れる。楽しいよ!≫


「なん――だと」


 バカな。

 さっきのは本当に夢じゃなかったというのか!

 では僕の<竜魔法>は? <神光魔法>は!?


 おのれアイヴィス様、手違いがすぎる……!

 大体<楽しいよ>ってなんだ、誰のセリフなんだ。

 風の精霊シルフィか? 適当すぎんだろ……。


「まあ今日まで夢見て生きてきたからね。辛いとは思うけど、これを機に真人間として生きなさい」


「そう……だね。仕方がない」


「えっ!? 遂にわかってくれたの!?」


 なんだかシスターがキラキラした目でこちらを見ている。僕も期待に応えられるようにしっかりと目を見つめ返した。


 夢ではなかったのだから仕方がない。

 現実は現実として受け止めないといけない。

 僕が授かったスキルは<エア・コントロール>なのだ。


 少し強めの風を起こすだけの下級スキル。

 風魔法の完全下位互換。

 でも冒険の神アイヴィスはこの力が僕に必要だと、そう判断したのだ。


 なら、これはそう――。


「――覚醒イベントがくるまで待つ事にするよ」


「は?」


 僕らは4歳からの10年間、街の古本屋が泣いて土下座するほど、あらゆる冒険譚を立ち読みしている。

 最初は大した力を持っていなかった英雄が、覚醒イベントを経て真の力に目覚めるの話はいくつも知っているんだ!


「確かにスキルは普通は後天的には進化しない。そう


 だが僕は英雄になる男である。


 ならばの枠に当てはまらない。

 後天的にはスキルは進化しない? 今まで誰もいなかった?

 それがどうしたというのか。

 今まで誰もいなかったのは僕がいなかったからだ。


「俺は必ず辿り着く。<エア・コントロール>の向こう側へ――!」


「――ちっ」


 シスター・ロッリが舌打ちをしたような気がするが、気のせいだな。


「それにしても、なんで気を失っていたんだ?」


 スキルを授かるために気を失うという事はないだろう。


 あの時他にいた者達は僕たちより先にスキルを授かっていた様子だったけど、誰一人として気を失ってなんていなかった。


 でも僕とアンリだけこうして気を失った――。

 僕らだけ。やはり僕たちは特別な――。


 ところでアンリ、なかなか目を覚まさないな。


「私から説明しよう」


 神父様が一歩前に進み出た。


 僕はちらりとアンリを見る。

 んー。これ起きてるな。

 タイミング待ちか。


「スキル授与の儀式のとき、時々スキルと同時に神託を授かる者がいる」


「神託! 選ばれし者!」


「落ち着きなさい。毎年1人2人は必ずいるから。都市全体で10人はいるから」


「――神の力を感じる」


「いや、神託ってそういうのじゃないから」


 やはり僕たちは選ばれし者。

 使命を持ち、いずれ神の元へ辿り着く――!


「はあ。まあいい。神託は神の知識の一部を授かると言われている」


「それって――<アーカイブ>?」


 この世界は、神の知識を切り取って出来たといわれている。


 それは鉄道であったり、飛行船であったりと、今までの常識になかった発明品の数々が、全て神の知識由来だからだ。


 王都では神の知識を再現するため、日々様々な研究が行われているという。

 そして、その神の知識に触れる能力は<アーカイブ>と呼ばれている。


 スキル大全にも載っていなかったから秘匿されたスキルかと思っていたが、どうやらスキルとは別枠の能力だったようだ。


「その通り。<アーカイブ>の能力は神託を受けた者の一部が得る」


「世界の理が俺の手に――?」


「<アーカイブ>で得られる知識は人それぞれ。ほとんどが何の意味もない知識だ」


 神は、俺に何を成せというのか――。


「君は本当に人の話を聞かないな。神託は他にも夢を見るといった形で授かる事が――」


「――う。ここ、は」


「! アンリ君、起きたのかね」


「神父様……。そう、あれは夢だったのね」


 先ほどまで寝たふりをしていたアンリがゆっくりと目を開けた。

 自分が教会にいると気付いて胸を撫で下ろしているように振る舞っている。

 結構前から起きてたの知ってるぞ。


 しかし、夢。つまり神託か。

 さすがアンリ。完璧なタイミングで起きてきたな。


「アンリ君。夢を見たのかね? どんな夢だった?」


「はい。とても――恐ろしい夢でした」


「恐ろしい、とは?」


 神父様は緊張した面持ちでアンリの言葉を待った。


 アンリは起きあがり、じっと遠くを見つめる。

 まるで彼女にだけに見えている何かがあるように。遠くを。


 そして神へ祈りを捧げるかのように胸の前で両手を組んだ。


 その姿はまるで神託を受けた聖女のようだ。


 ノってるなアンリ。

 神父様が食いついてくれたのが嬉しいんだな。


「多くの冒険者たちの姿。溢れ出す魔物。そして見たことない巨大な魔物。きっとあれこそが――魔王」


「魔王が復活する様を見たと?」


「はい。そして私は命の巫女として、魔王復活の儀式でこの命を――」


 アンリが器用に片目から涙を流した。

 その涙は頬を伝い、滴となって悲しみと共に落ちていく。

 神のお告げにより世界の行く末、そして己の運命を知り、怯え、恐れ、しかしその目は未来を見据えて――。


 おいおい、完璧じゃないか。


「何という事だ。この事を早く王都へ知らせなくては」


「エド、やめておきなさい」


 焦る神父様に声をかけたのはシスターだ。

 っていうか神父様の名前エドっていうのか。

 ちょっとかっこいいな。


「む、そうだな。そのまま報告すれば混乱を招くか」


「違うわよ。この子達が言うこの手の話を真に受けるなって言ってるの」


「シスターひどい! 私は本当に――」


「本当だとしてもよ。神託で見る夢は未来予知じゃないのよ。あくまで神の知識の一部よ」


 ふむ。いかに神とて未来は見通せないと。

 そろそろ僕も参加したい。


「未来は自分たちの手で変えられる、そういう事だねシスター?」


「どういう事よ。そんな事言ってないわよ」


「そう、ね。そうよね。きっとそう! 私、未来を変えてみせる!」


「だからそういう話じゃないって言ってるんだけど!」

 

 アンリは命の巫女として、魔王復活の鍵になる。

 この先きっと魔王軍や、悪の秘密結社に狙われる事になるだろう。

 その時、今のままの弱いスキルで彼女を守れるだろうか?

 

 一刻も早く、スキル覚醒をしなくては――。


 あ。スキルと言えば、アンリはどんなスキルを授かったんだろう?


「アンリはどんなスキルを授かったんだ?」


 命の巫女なんて設定持ってきたからには、回復スキル系かな?


「私が授かったスキルは――<ライフ・シード>」


「な――、それは」


 バカな。


 スキル全典を読み込んだ僕が、知らないスキルだって?

 という事は、これは正真正銘のレアスキル――。しかもスキル大全に載らないほどってことはよっぽど珍しいスキルじゃないか!


 ずるいぞアンリ!

 ちょっとニヤついてるの僕にはわかるからな!


「<ライフ・シード>ですって? アンリ、あなたそれ本当なの?」


「はい。シスターはこのスキルの事を?」


「知ってるわよ。これは――面倒なことになるわ」


 面倒なこと、それはつまり冒険のはじまり!


 僕らの顔が抑えきれないほどニヤついているのをシスターは気付いたようだ。

 ものすごく嫌そうな顔をしている。


 大丈夫だよシスター。冒険が僕たちを待っている!


「あんた達が期待している面倒とは違うからね。アンリ、復唱なさい。スキル・チェック」


「スキル・チェック」


≪<ライフ・シード> 物に命を吹き込む種を作成できる。ペットにどうぞ!≫


「命を……?」


「そう。剣でもパンでも命を吹き込むことができるわ。但し、自我を持つようになるには何十年もかかるらしいけど」


 なんと。これじゃ本当に命の巫女じゃないか。

 聖女ムーブが捗るな、羨ましい!


「ただし、このスキルの本質はそこじゃないわ」


「本質?」


「<ライフ・シード>で命を吹き込んだ食べ物を食べるとね――若返るらしいわ」


「はぁぁぁ!? なにそのスーパースキル!?」


 ずっるいじゃん! ずっるいじゃん!

 マジもんのレアスキルじゃん!

 アンリがドヤ顔している。なんだその表情は――、まるで慈母のような眼差しにゲスの口もと!

 妬ましいぃぃ!


「若返るって言っても寿命が延びるわけじゃないわよ。私のスキルと似たようなものね」


「あ、そうなんだ」


「とはいえ死ぬ直前まで若い体でいられるのは凄い事よ。多くの人が望むわね。特に――貴族とか」


 なるほど。話が見えてきたな。


「<ライフ・シード>のスキルが知られていないのはね、貴族が死ぬまで囲い込むからよ」


「死ぬまで……」


「そう。館から逃げ出さないように、部屋に閉じ込めておくの。ずっとね」


 それは僕たちが最も忌諱することだ。

 僕たちは最高の冒険がしたい。

 それはつまり、誰もよりも自由でありたいという事だ。

 小さな部屋に囲まれて、貴族の為にスキルを使い続ける毎日なんて、許されない。


「君が授かったスキルの事は、胸の内に秘めておこう」


「神父様……」


「聖職者として、若い娘がその一生を台無しにするかもしれない事を見過ごすわけにはいかない。本来なら信託の内容も王都の教会に報告が必要だが……、安全を期して君達の報告はしないでおこう」


「まあ教会が把握していた<ライフ・シード>の使い手はもう何百年も前に亡くなったとされているわ。貴族でも知らない人の方が多いと思うけど、用心はしておいた方がいいでしょうね。アンリ、今後は迂闊な言動は慎みなさい」

 

 アンリは両膝をつき、神父様とシスター・ロッリに感謝を捧げた。

 その頬には涙が伝っており、もうどこからどうみても聖女である。

 僕にもこれが演技なのか、本心なのかちょっと分からないレベルだ。


「お二人に、命の巫女として心からの感謝を――」


「だからそれをやめなさいって言ってるのよ!」


 あ、演技だったわ。


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