第2話 アイヴィス様手違いです
都市マイラ。
四方を崖に囲まれるマイラ島において、船が接岸できる唯一の港を有する。
街の起こりは魔王大戦時、東大陸で暴れていた魔王を抑える帝国に助力する為に世界中の国が派兵した時に遡る。
アルメキア王国から派兵した軍隊が、たまたま崖崩れを起こして接岸可能になったマイラ島に発見し、軍の駐留地にした事が始まりとされている。
魔王大戦後に報奨問題で揉め、様々な政治的思惑があった末、軍を率いていた王族がこの地を治める事となった。
都市中央にエリストン公爵家の居城を構え、その周りを騎士である貴族達の居住区が囲む。
貴族区の周りをさらに平民区が囲んでいるが、その境界は城壁となっており、平民が通行するには検問を受ける必要がある。
貴族区にある城壁はその昔、都市マイラがそこまでの大きさしかなかった頃の名残である。
現在では港のある北区を除き、東西南の三方を新しい城壁が囲んでいる。
孤島において城壁が必要とされている理由は、平原ウルフ等の魔物の侵入を防ぐ為で、小さな村であっても必ず木の柵程度は設置されている。
街の入り口であり、商業区となるのが北区。
居住地区は西区と東区だが、西区はスラムを有し、どちらかと言えば低所得者層となっている。
南区は農業区でもっとも広大な土地を持つ。
貿易で栄える都市マイラは、辺境という位置にありながらも、十分に都市と言える規模を有していた。
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今日は伝説の始まる日だ。
僕とアンリは西区にある3番教会にいる。
僕らの他にも10人ほど、今年14歳になる若者が横一列に立って、先ほどから延々と続く神父様の祈りと祝賀を聞いている。
立っている若者はそわそわと落ち着かない様子だ。
それはそうだろう。
今日、ここで授かるスキルが人生を左右するといって過言ではないからだ。
人生において授かるスキルは1つだけ。
傾向として両親の持つスキルに類似するものを授かる事が多いが、中には突然強力なスキルを授かる者もいる。
平民が持つスキルなんて所詮、生活に便利な程度の下級スキルがほとんだ。
それでも夢見る若者は自分が強力なスキルを授かることを期待して落ち着かない様子。
昨年は北区の子が中級スキルの火魔法を授かったと噂になっていた。
毎年1人ぐらいは平民からも中級スキル持ちが出てくるから、もしかしたら自分も、と期待するのが人情というものだろう。
ちなみに上級スキル持ちは平民貴族関係なく、国全体で見て数年に1人程度らしい。
「ディ、落ち着いているわね」
「まあね。僕が授かるのは<神光魔法>や<竜魔法>か。上級かレアであるのは確定だから」
スキルには下級、中級、上級の他に、その括りに入らない、レアスキルと呼ばれるスキルもある。
レアスキルは単純にスキルの力を計れないような能力が多く、細かく分類分けがされていない。
僕らは夢見る若者とは違って、強力なスキルを得ることは確定しているから落ち着いたものだ。
アンリもまったく不安そうな様子はない。
「そう? 案外<筋力小上昇>とか、下級スキルかもよ?」
「はは。そんなことになったら大変だね。――世界を救う者がいなくなる」
ちなみに世界は平和である。
今のところはね。
全員がヒソヒソと、どんなスキルを得るのか、得たいのかという会話をしている。
そしてようやく神父様の言葉が止まり、ゆっくりとこちらを振り向いた。
「それでは皆、神に祈りを捧げ、生涯の助けとなるスキルを授かりなさい」
いよいよだ。
僕とアンリは両膝をついて、胸の前で手を組んだ。
他の者達は立ったままだ。
神への敬意が足りないのではないか。
嘆かわしい。
まあ僕らも雰囲気でやっているだけだが。
アンリが、彼女の信じる神への祈りを捧げる。
「全知全能の神、最高神ゼウス様。どうか敬愛なる信徒たる私に上級かレアスキルを授げ――」
「あー、君。ちょっと君。少しいいかな」
「はい?」
「ゼウス様とはどちらの神様で?」
どうやら神父様はゼウス様をご存じないようだ。
僕らが4歳の時から、10年間祈りを捧げている神である。
「全ての神を総べる、最高神様です」
「そんな神は聞いたことがないな……。何にせよここは風の女神アモネイア様の教会です。他の神への祈りは不敬にあたりますよ」
アンリは微笑みながら答えた。
「――大丈夫です。ゼウス様は上位神ですので、不敬にはあたりません」
「いやいやいや。そういうわけには――って、ちょ!やめなさい! 一旦祈りをやめなさい!」
アンリは神父様の言葉が耳に入らない程、真摯な祈りを神へ捧げだした。
僕らほど今日という日を心待ちにしていた者はないだろう。
この程度の妨害では止まれないのだ。
さて、僕もそろそろ始めよう。
「冒険の神アイヴィスよ。運命に導かれ俺はこの日を迎えた。立ちはだかる苦難を乗り越える為、レアスキルを俺に――」
「君! 何してんの君!」
「はい?」
「知らない神への祈りをやめなさい!」
神父様は冒険神アイヴィス様のこともご存じないようだ。
聖職者として大丈夫なのだろか?
僕らはアイヴィス様への祈りも4歳の時から10年間欠かしたことがないというのに。
まあ神父様も人の子。
知らない事があっても致し方なし。
ここはアイヴィス様の1番の信徒として導きを与えようではないか。
「大丈夫です。祈りは――届きますから」
「いやいや、そういう事じゃないですから! 良い事言った風にしてもダメですよ! あ、君! 祈り始めてはいけません! 聞こえてます!? ちょっと!」
アイヴィス神よ、どうか、どうか強力なスキルを――!
神父様がぐおんぐおん揺さぶってくる。
しかし僕の信心はこの程度じゃまったくブレたりしない。
いざ! 伝説よここに!
「シスター・ロッリ! シスター・ロッリはいますか!」
僕の祈りを妨害するのを諦めたのか、神父様が大きな声で後ろの父母席に声をかける。
その中から1人、シスター服を着た銀髪の10歳ぐらいの女の子が立ち上がった。
彼女は僕たちの住む孤児院の院長である。
ホビットという種族の為に背が低い。
さらに<永遠の若作り>というレアスキルを持っており、実年齢に関係なく外見が14歳で固定されてしまっている。
ホビットの14歳は、人間でいうところの10歳ぐらいにしか見えない。
つまり彼女は永遠の10歳児である。
島の子どもたちと、一部の大きなお友達から大人気だ。
マイラ島のシスター・ロッリといえば、遠く離れた王都にまでその名を轟かす有名人である。
「はい、ここに」
「この子たちは貴方の孤児院の子たちですね?」
シスターはちらりと僕たちを見た。
そして苦虫を潰したような顔を一瞬浮かべ、すぐに真顔に戻った。
「いいえ。知らない子たちです」
「嘘はいけませんよ。ここは教会の中ですよシスター」
「……そういえば遠い昔に似たような子がいたような」
「この子たちの巣立ちは今日でしょう!」
「でも巣立った子まで責任持てないっていうかー。ロッリわかんなーい」
「貴方そういうところ昔からズルいですよ!」
どうやら神父様とシスターは知己のようだ。
まあ同じ都市内の聖職者同士、知り合いである方が自然ではある。
聖職者達が何やら言い合いをしている中、他の者たちは皆、スキルを授かったようだ。
期待むなしく、普通のスキルを授かったようで、がっかりしている様子だ。
あとは僕とアンリだけか。
やはり強力なスキルを授かるのは時間がかかるのかもしれない。
思いよ届け! アイヴィス様ー!
「あっ」
そう声を出したのはアンリだ。
あっ、なのか!?
あっ、なスキルを授かったのか!?
うおおー! アイヴィス様お早めにー!
そして真摯な祈りがついに届き、僕の頭の中にスキルを授ける声が響いた。
≪<エア・コントロール>を取得しました≫
きたー!
ってあれ、<エア・コントロール>って確か風魔法下位の下級スキルじゃ!?
ちょっ、アイヴィス様手違いですよ!
と、ここで僕の意識は途絶えた。
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