第一章

第1話 俺たちの冒険はこれからだ

 アルメキア王国の王都から東に鉄道を使って3日、終点の<鉄の町>から馬車で7日の場所にある港街<ロマリオ>。


 そのロマリオから月に2本の定期船に乗って、2週間の船旅の後にようやく到着するのがマイラ島である。


 マイラ島は端から端まで歩いて5日程度の大きさの島で、海、川、平地、森、山とコンパクトに何でも揃う豊かな島だ。

 王国と帝国のちょうど中間に位置し、交易の拠点としても栄えている。


 嘘か真か、500年前に魔王を倒したとされている勇者の出身地であるという説もあり、観光に来る冒険者もいる。


 そんな平和なマイラ島にあるいくつかのダンジョンのうち、もっとも難易度の低い<古代神殿>という名のダンジョンがある。

 出現する魔物がスケルトン・ゾンビドッグしかいなく、宝箱が出現しない事が判明している為にまったく人気のないダンジョンだ。

 あまりに人気がないために、どこのダンジョンにも必ず配置されている冒険者ギルドの見張りすらいない。


 そんなダンジョンに挑む、1組の男女がいた。


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「アンリ! 前方スケルトン2、奥からゾンビドッグもきてるぞ!」


 行きは全然魔物がいなかったのに、戻る時になって現れているとは盛り上げ方が分かっている魔物だ。


 隣を走るアンリも同じことを思っているようで、口の端が上がっている。

 真面目な顔を作ろうとしているようだけど、漏れてるぞ。


 おっと僕も気を付けなければ。


「私は左、ディは右ね!」


 全力で走りながら、アンリは木の杖を構えた。


 魔法使い用の装備だ。パン屋の売り子としてコツコツ稼いだお金で少し前に買った。

 持ち手の部分に魔木が使われているらしく、銀貨50枚もした一品だ。

 それをアンリはスケルトンの撲殺用に使用する。


 魔法が使えないからね、仕方ない。


「一撃で決めるぞ!」

 

 アンリは軽く杖を上げて僕の言葉に答えた。


 腰まで伸びた金髪が、走る姿に合わせて左右に大きく揺れている。


 アンリは髪を使って様々なキャラクターを楽しんでいる。

 ツインテールにしてお嬢様、お団子にして旅の武道家。

 今やっているのは、長い髪を低い位置で縛ったローポニーテールで、冒険に出た聖女様のイメージである。


 黒髪を上げてさすらいの旅人か、伝説の勇者かしかできない僕からすると羨ましい限りだ。


 僕は腰に差してあった2本の木刀を両手に構え、姿勢を低くしてスケルトンに突っ込んだ。


 遠い島国のジパングで作られる、刀という変わった武器を模して作られたこの武器は、バザールで怪しいフードを被った商人から捨て値で買った。


 朝から晩まで粘って、半額の半額の半額の……、ちょっと覚えてないけどさらに何回か半額を繰り返したから捨て値になったともいえるが、木だぞ木。

 ぼったくりを適正価格で買ったといえる。

 売ってた商人は目がヤバい事になっていた。最後の方では「ハンガクが世界を救うぅぅ」とか叫んでたからな。


 スケルトンが攻撃態勢に入る前に足元に滑り込み、左の木刀で足を叩き折る。

 体勢が崩れて頭が下がってきたところに右の木刀を叩きつけた。

 崩れ落ちるスケルトンを無視してそのまま走り続ける。


 ふっ、一撃必殺。

 2回叩いたけど。


「<ホーリークラッシュ>!」


 アンリは光魔法を唱えながらスケルトンの頭蓋骨を叩き割った。


 完全物理攻撃である。


「やるなアンリ!」


「あなたもね、ディ!」


「あのゾンビドッグは協力技でいこう」


「<絆の光>ね。了解」


 僕は飛び掛かってきたゾンビドッグの真下にすべり込み、剥き出しになったお腹をかち上げる。

 それだけでは大したダメージは与えられないが、これは協力技だからそれでいいのだ。


 僕はサポート。いぶし銀の脇役。


「光の精霊ライティアよ、我らが絆の力を受け取り正義を照らす光となれ――<絆の光>!」


 絆の力を、精霊への祈りで魔を滅する光へと変える精霊魔法<絆の光>。

 アンリは大きく杖を振りかぶり、空中で身動きのとれないゾンビドッグの横っ面に思いきり叩きつけた。


 ゾンビドッグは一撃で絶命し、光の粒となって消えていく。


 もちろん完全物理攻撃である。

 ダンジョンの魔物を倒すと光の粒となるのは仕様だ。

 

「もう苦しまなくてもいいの。いい子ね……」


 アンリが余韻で聖女ムーブを楽しんでいるが、魔物は生まれた時から魔物である。

 人を襲う苦悩とかまったくない。

 楽しそうなので僕も乗っかりたいところだが、今は別の物語が進行中だ。


「アンリ、悲しいのは分かるけど今は走るんだ!」


「そうね……、私は立ち止まるわけにはいかないもの――!」


 そう、俺らは立ち止まるわけにはいかない。

 後ろから十数匹のゾンビドッグが迫ってきているからね!

 

 始まりはアンリが言った、「古代神殿ってダンジョンなのに宝箱が出ないって、妙よね」という言葉だった。


 その時僕はビビッと来たね。古代神殿で宝箱が出ないのは、選ばれし者を待っているからだって。


 選ばれし者、そう僕たちだ。

 僕らは明日、街の教会で神託を受けてスキルを授かる予定だ。

 これは14歳で大人になるとき、全員が授かるものだ。


 でも僕たちは選ばれし者。

 この何もないと言われている古代神殿で、きっと特別なスキルを授かり、伝説の聖剣とかそういった感じのものを神様から託されるはず。


 そう思ってアンナと2人で乗り込んできたものの、途中の小部屋でゾンビドッグの群れに遭遇し、逃走中というわけだ。


「いいね、冒険って感じが出てきてる!」


「これは最初の試練。私たちの物語がここから始まるのね!」


「ああ、きっと語り継がれ――おっと!」


 足の速い1匹が僕の尻に噛みつこうとした。


 ちょうど角を曲がって避けられてよかった。冒険譚の始まりがお尻まるだしはちょっと困る。

 僕たちは全力で走り続けるけど、出口まではまだ遠い。


 これは逃げ切れないな。――あれをやるか。


「アンリ、飛ぼう!」


「――そう、やるのね?」


「冒険譚の始まりに相応しいだろう?」


 僕は不敵に笑う。

 アンリも同様に笑った。

 そして俺達はうなずき合い、神殿の窓から思い切り飛び出した。


 古代神殿は断崖絶壁にある。

 入り口が5Fで、最下層は海面ギリギリの1Fだ。

 僕らがいたのは最初のフロアである5F。

 下が海とはいえ、そこの窓から飛び降りるというのはそこそこ勇気がいる。


 勇気。それはこの胸に溢れんばかりに詰まっている――!


「ディ!」


「アンリ!」


 僕たちは落下しながらお互いの手を掴んだ。


 意味はない。

 なんかそれっぽいからやってみただけだ。

 いや、もしかしたら光に包まれて浮遊したりするかもしれない。


 心の中は期待感で満ちているが、とりあえずお腹から落ちたら死んじゃうかもしれないので体勢を整える。


 僕たちは海面に足先を向け、できるだけ垂直になるようにし、空いている手を胸元に持ってきて顎を引いた。


 こういった場面に備えて何度も練習してきた落ち方だ。

 こうすると水の衝撃をほとんど受けない。

 僕らは来たる将来の冒険に向けて、出来る限りの訓練を積んできた。


「――っ!」


 足先から海へ落ちる。

 練習の時は5mぐらいの崖からやってたけど、それより高いところから落ちたせいでずいぶん深くまで潜った。


 僕たちは急いで海面まで上昇していった。

 息は余裕で続くけど、を言うチャンスが巡って来たのだ、待ってなんていられない!


「ぷはっ!」


「ディ! 無事!?」


 もちろん無事である。

 さっき海中でお互い目があったし。

 でもここはそんな突っ込みをする場面じゃない。


「ああ。くそっ、もう少しだったのに!」


 何が、といってはいけない。


「ええ。でも、今回の事ではっきりしたわ」


「そうだな。やはり僕らが選ばれし者だったんだ」


 ゾンビドッグから逃げてきただけであるが、大事なのは雰囲気だ。

 さあ、いよいよだ。

 僕とアンリはお互い興奮した顔でうなずきあった。


「私たちはきっとここに帰ってくる!」


「ああ、修行をして、もっと強くなって帰ってくる!」


 古代神殿に向けて右手を掲げた。

 アンリも同じようにしている。

 だよね、やっぱかっこいいし。

 僕たちは大きく息を吸い、声を合わせて叫んだ。


「「俺たちの冒険はこれからだっ!!」」


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