『まじない指揮者』


 音楽評論家、宇渡雲(う どうん)氏の、演奏会報告記事。


『謎の指揮者、処 典氏の、演奏会と称するものを聞いた。


 曲目は、なんと、ベートーベンの8番と、ブラームスの1番である。


 どういう意味で、この二曲にしたのかは判らないが、そのこと自体は、悪い訳ではない。


 ベートーベンが書いた、一連の大交響曲の、正当な後継者と見なされうる、ブラームスが、長い年月を費やして、ようやく完成させた第1番の交響曲は、当然高い意味があり、演奏会には、なかなか乗せにくい第9のひとつ前の第8番に繋げることは、十分に頷けるところであるからだ。


 問題は、中身である。


 このオーケストラは、プロと言うよりは、限りなく、アマチュアに近い。


 しかし、町営管弦楽団という、他に類を見ない存在であり、多少なりとも給与が払われているならば、たしかに、プロである。


 聞くところでは、最近までは、とても、まともに聞けるような演奏ではなかったらしいが、この、謎の指揮者の登場以降は、驚くほど、まともな演奏をするようになったらしい。


 確かに、下手くそと言うにしては、上手いと言ってあげよう。


 五流の管弦楽団にしては、まず、上手いと言ってあげて、よい。


 それにしても、あの、異様な乗り具合は、まさに、異様である。


 ある種のカルト的な団体の集会みたいだ。


 演奏者も、乗りに乗ってはいるが、なにか、操られている人形みたいだ。


 聴衆自体は、開演までは、極めて普通のようだったが、開演後は、催眠術か、魔法にかかったような、怪しい雰囲気になった。


 私は、自分が場違いなところに来たように思ったのである。


 ベートーベンも、ブラームスも、特徴のない、平凡以下の演奏だったと思うが、なぜか、同業者も、あとから、絶賛しているのである。


 間違い指揮者とは、言わないが、まじない指揮者と、いうべきか。…………………』




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 一週間後の記事


 『音楽評論家が、ファフロツキー事故か』

 

 音楽評論家として、世界的に名高い、宇渡雲氏(65)が、散歩中に、空から降ってきた、巨大なまぐろに当たり、首の骨を骨折する重症を負った。


 目撃者によれば、よく晴れた夕方の空から、突然巨大な物体が、落ちてきたという。


 超常現象研究家の、納屋見健氏は、『空から、魚などが降る、ファフロツキー現象は、国内でも実例があるが、まぐろのような巨大な魚が降った例は聞いたことがない。』という。


 当時、上空を飛んでいた飛行機はないということで、謎を呼んでいる。


 同氏は、しばらく、入院が必要とのこと。


 『空飛ぶまぐろは、下手くそなオーケストラより、危ないな。』と、コメントを発表している。



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