『指揮者 処 典』

 『最近、音楽業界を騒がしているのが、謎の指揮者、処 典(どころ のり)氏である。


 超人的な聴覚、記憶力、運動能力、思考力、知識、不可思議なくらいの指導力、胆力。


 ピアノ、打楽器、ヴァイオリン。


 楽員の誰も歯が立たないらしい。


 コンサートマスターも、各セクションのトップも、みな、圧倒されたという。


 どの楽器も、超プロ級の腕前だという。


 特に、ピアノは、壮絶な技量で、世界を相手に出来るだろうと、みな感服した。


 いや、させられた。



 数え上げるときりがない、と、楽員たちは言う。


 経歴は、いっさい不明。


 誰の弟子なのか、どこの学校を出たのか。


 まったくわからないのだと言う。


 コンクールに出た記録もない。


 出身地もわからない。


 しかし、信じられないくらい、古典から現代までの、大量の作品のスコアが、頭のなかに整然と入っているらしい。


 分厚いオペラの楽譜も、訳がわからない、複雑怪奇な新作作品も、ばらばら、とスコアを見たら、すべて記憶してしまうらしい。


 記憶してしまうだけでなく、解釈も、してしまう。


 ただ、こういう謎の人が、業界に入って来るはずがないと思う、と、彼らは言う。


 あり得ない。と。


 業界は、なかなか、格式を重んずる。


 由緒正しい経歴が必要なのだ。


 しかし、その楽団は、破産状態だった。


 世界でも珍しい、町営のオケである。


 指揮者など、誰も引き受けない。


 大体、報酬が払えない。


 ある日、突然あらわれて、道場破りのようなことをした。


 コンサートマスターは、プライドがずたずたになり、暫くは現れなかったらしい。


 それが、奇跡の始まりだった。』



    (やましん町クラシカル・レヴュー)



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 

 『この、指揮者の『処 典』(しょてん)というのと、ここんとこ我々を苦しめている、妖怪処刑人とかをきどっている『処 典』(ところ てん)というやつは、同じ人間かい?』


 『女帝』と呼ばれる、『お狐さま』の化け物が尋ねた。


 宰相『たぬき新三郎』は、おとぼけキャラではあるが、抜け目のない、それこそ、たぬきじいさんである。


 家康公の時代から生きているのだと言うから、なかなかバカには出来ない。


 晩年の家康公直々に、教えを受けたことがあるとかのうわさもある。


 『それですがね。妖怪処刑人は、たしかに、『ところ てん』という名前ですが、こっちの管弦楽団の指揮者は『どころ のり』と読むらしいですぽん。』


 『そんな、取ってつけた様な読み方があるかいな。』


 『まあね、あっしも、そうは思いますがね。しかし、読み方は、本人の主張ですぽん。いわゆる、芸名と言うやつです。』


 『おやまあ、じゃあ、本名は?』


 『わかりませんぽん。正体不明。ぽん。』


 『むむむ、怪しい。妖怪のようではないかえ?』


 『へい。まさに。神通力を使っているとも、言われますぽん。観客はみな、騙されているのだとか。』


 『録音して、聞いて見ればよい。CDとかは、出てないのかえ?』


 『ライブ専門だそうでし、ぽん。』


 『隠し撮りをしてるやからがおろうがなえ?』


 『は、さがしておりやす。ぽん。』


 『ふむ。同一人にせよ、違うにせよ、当面、やっかいなのは、処刑人のほうでありましょう。はやく、消しなさい。それとも・・・・女王が邪魔しているとか?』


 『今のところ、女王様の姿はない、ぽん。』


 『ふうん・・・我が見るところ、次は、幸子さんが狙われるような気がするえ。警戒せよ。』


 『はは。女帝さま。あ、ときに、女王様から、宴会の予告が来ておりますが。いかがなさいますか。』


 『ふふん。行ってやりましょうぞ。あれでも、一応は、姉上でありますきに。しかも、幸子さんの保護者ぞなえ。』


 『はああ。なんか、関係性が、不可思議ですなあ、ぽん。』



  ************  ふろく  ************


 



「こりゃあ。やましんさん、大幅に、路線を外れてますよ。大丈夫ですか?」


「まあ、頭が、混乱してますからね。幸子さん、きつねが踊ってるのだ。」


「こんちゃんが、らんらん、ですか。この世から、捨てられますよ。」


「すでに、廃棄済みです。こわいものなし。」


「うそばっかり、毎晩、ひとりで、泣いてるくせに!」


「あれは、夢ですから。」


「ふ~~~~~~~~ん。今夜もいじめようっと。」



            ******************* 👻

 




 

 


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