三者会談 ‐2

 

 こうして集いし旧時代の生き残りの三者。中でも法師是雲とロイ・マクスウェル博士はそれぞれの斯界において知らぬ者はいない絶大なる権威だ。その彼らが手を取り合う時、世界には未だかつてない未来志向ムーブメントが訪れるのだろう。

「ロイ様、ルシファー様、それでは三者会談を始めることに致しましょう。本日、世界中の友人の幸せを願い、その為に絆を深めるのです。わたくしたち〈ヒトと地球の未来を考える会〉とロイ様が代表を努めてらっしゃる〈科学経典社〉、そして〈フリーアサシン〉の運営をわたくしがお願いしておりますルシファー様。わたくしたちが一つになることで、究極の平和秩序機構が形成されるのでございます」

「ふむ。それはワシも望むところだな。科学とは平和の為に使われねばいかん、最近では公安省も武力を増強し、政府は連中の横暴を黙過しとる、これはまずい事態だ。どうだねルシファー。お前に任せた〈フリーアサシン〉もこの機会にバージョンアップを図り、連中とも渡り合えるデリーターをと思って……、おや、ルシファー?」

 一人、用意された椅子にかけず後ろに手を組む燕尾のルドセイ。ルドセイは二人に背を向けると、ペストマスクに籠もった声でゆっくりと話しはじめた。

「お二方。話し合いの前に吾輩から一つよろしいでしょうか」

「どうかしたか、ルシファー」

「重大な平和会議に入る前に。一つ、吾輩が懸念とするところを伝えねばと思います」

「さようですか。是非お聞かせ下さいルシファー様」

 二人の承認を得ると、ルドセイは軽く咳払いをして、後ろで手を組んだまま一歩踏み出した。

「ではお二方、早速お聞かせ願います。どうしてこの世界は、美しくあるために数多の犠牲を必要とするのでしょうか」

「ルシファー様、それは犠牲ではなく、取り除かれるべき悪魔の資性かと存じます」

「今更聞くまでもないだろうが、ルシファー。人の悪意を野放しにすればどうなる? お前はあの地獄の時代を繰り返したいのか?」

「無論、吾輩も大破壊時代を生きた身として、美しい世界を切望します。故に今日まで吾輩はこのアプリ運営の一翼を請け負って参りました。だがしかし……。いま、罪なき一人の少女が小さな体に人類の罪を背負わされ、まさに息絶えようとしております。ロイ・マクスウェル博士、貴方はこれを犠牲ではなく、悪の消滅とお思いか?」

 その疑問を投げかけると同時に、ペストマスクのレンズは、ロイ・マクスウェル博士の表情をぴたりと捉え。その視線に彼は幾らか後ずさる。

「ひ、必要な犠牲というものも、少なからずあるだろうがっ。なにもかもが理想どおりにならんのは当然だっ。そもそもあれは人間ではない! いずれは廃棄しなければならん化け物であってだな、右那という存在そのものが核兵器に並ぶ危険物なんだ」

「悲しいですな。吾輩は悲しい。あの子が太平の世の犠牲になろうとは」

「……、仕方なのないことにございましょう。心中をお察し申し上げます」

「その通り、仕方ないことです。ですか一方、悪意というのは仕方のないものではない。犠牲を容認し、悪意を放置する事態など、到底ありえない。……であるな? ロイ」

 その一言を皮切りに、ルドセイはロイ・マクスウェルと正対し、後ろに組んでいた両手を解いて胸の前に構える。

「今の今まで、あの子に対する抹殺依頼は黙認していたのであるが……」

「馬鹿者が! 感情的になるとは愚かだぞルドセイ! あれに対するお前の親心は世界を滅ぼすと、何故それがわからん!」

「問答無用である」

 そして、次の瞬間であった。

 ルドセイは固く拳を握り締め、自身の体側まで引き絞る。

「たわけめが!」

 しかしその打撃が放たれるより先に、ロイ・マクスウェルは長い白衣を翻し、後方に十数メートルの跳躍をした。

 白衣を脱ぎ捨てたロイの体は、金属製の体に、両肩から更に一対の上肢を生やす異形の姿、加えて金属の尾を備えた彼は完全に戦闘の態勢を整えた。

「本性を現したな、ロイ。やはり公安省に情報を流していたのは汝であったか。そして自らの身体を人造使徒と改造していたとは、もはや言い逃れもできまい。まさに許されざる裏切りである。なにか申し開くことはあろうかな、ロイよ」

「申し開くだと? バカが。ゥガッハッハッハ、簡単なことだぞ、ワシはこの世界をお前達のような化け物でなく、きちんと人間に託そうというだけの話だ! この世界の浄化装置が化け物に管理されるなど有り得んだろうが! ゥガッハッハッハッ」

「なるほど。ではロイ・マクスウェルよ。世界の為にまず滅びるべきは、右那ではなく汝である」

 ルドセイがそう言い終わった時、周囲の空気に異変が生じた。ルドセイに向かって風が流れている。

 刹那、ルドセイの体は、その背部より六枚の黒い翼が暴風をまとって弾け出た。ルドセイは空中に浮かび、そのままロイ・マクスウェルに接近した。

「バカがぁああ! 撃ち落としてくれるわ!」

 これに対するロイは、腹部に六つに区画されたミサイルハッチを一斉に解放する。彼の腹部から飛び出した小型のミサイルは、白煙の尾を引いてルドセイを叩き落とさんと高速で飛翔した。

「ウガッハッハッハ」

 そして一瞬にて全弾が命中。周囲の壁は爆発で吹き飛び、濛々と煙が立ちこめた。

「この忌まわしき大破壊時代の亡霊めが、新しい時代にお前等のようなバケモンは要らんのだ! ゥガッハッハッ……」

 掠れた高笑いが響き渡る。

「既に汝も化け物であるがな」

 その背後にて、突如ルドセイの声が静かに伝った。

「なんだと! 馬鹿な!」

「一体どうしたら今の攻撃が当たったと見えるのか。さては脳実質までは手を加えていないようであるな。ふむ。しかしそれにしても腹直筋ロケットランチャーとは斬新な戦法だ。それで吾輩を笑わせようという企みなのだろう?」

「クソがぁあああ!」

「終わりである。汝にルシファーパンチは防げぬ」

 と、そう宣言するや否や、六枚の黒翼を広げて瞬時にロイへと詰め寄るルドセイは、握り締めた拳を下から上に向けて大きく振り抜く。

 そして下顎を打たれたロイの頭部は胴体から切り離されて、天井を貫いた。

 ロイの頭部は天高く打ち上げられ、衝撃波を纏って何重にも厚い雲を吹き飛ばす。もはや目で追うことも叶わない果てへと消え去った。 

「やはり弱点は生首と機械の体の接合部であるようだ。汝の失態はひとつ。頭の中を改造しなかったことである。然れば、金や権力など俗的なもので公安省に釣られることなかったであろう。無論、調べはついているのだ、汝と公安省の繋がりなどな。しかし構わんとも。お陰で吾輩は、汝を葬り去るための口実を手に入れることができたのであるからな」

 残されたロイの体に語るルドセイはふいと背を向け、燕尾のジャケットと両手で整えた。

 ロイの体はしばらく直立を保ったが、ルドセイが話し終えると同時に後方へ倒れ、そしてそれが二度と動き出すことはなかった。



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