三者会談 ‐1

 

 *  *  *


 蓋をカタカタ鳴らして蒸気を噴き始めたやかん。速やかにコンロから持ち上げて、そして半分だけ開いたカップ麺に慎重にお湯を注いだ。

 そこから三分という長い時間は少し持て余す。この間、首からさげるロケットペンダントを引き上げて、中の写真を眺めることで退屈を凌いだ。

 金髪に碧い目の少女と、隣には顔に大きな傷を負った無骨な顔の男。

「……右那よ。汝が死を望むのは……、やはり吾輩のせいであろうな。汝に与えた人の心は、その身を滅ぼす猛毒でしかなったか。吾輩には、汝の選択を阻む権利はないのである……」

 ひとたび昔の写真を眺めると、記憶の数々は途端に脳裏を駆け巡り、少女と過ごした時間を無限に思い起こさせた。

 三分など、あっという間の時間である。

 プラスチック製のフォークを突き刺して掻き込むように麺とスープを流し込み終えると、男は机の縁に置いてあった奇抜なマスクを再び顔に装着した。

「旨い。文明食は素晴らしいのである。うむ、そろそろ時間であるか」

 男は、鳥の頭部を連想させる黒いペストマスクを覆面としていたが、今ではこれこそが男の顔のそのものと言えるよう常時着用していた。

「ノロクロよ、汝は吾輩とは違う。故に、吾輩は……、吾輩の使命を果たす時なのである」

 そして立ち上がった男は、薄暗い給湯室を後にした。


 都市部の片隅にて。

 窓を締め切った儀式場は暗幕によって外界の光が入り込む隙間はなく、広い部屋には床に描かれた六芒星の陣が、淡く周囲を照らしていた。 

 給湯室から儀式場に戻ってきたペストマスクの男は、ロングブーツに燕尾の黒いジャケットを纏った正装たる出で立ち。男の名はルドセイ・ルイ・ルシファーという。


「ごきげんよう、ルシファー様。お変わりないようで何よりでございます」

 不意に後ろから声を掛ける老人がいた。細い手足に、頭は頭蓋骨に沿って薄く皮を張ったように白く、青い血管が透ける。その華奢な体は紫色の袈裟を纏った僧侶であった。

「これは、是雲法師殿。お早いご到着でありますなぁ」

「ええ。本日はわたくし達にとって大切な日でございます。自ずと体も軽くなりましょう」

「バハハハハ。さては飛んできたのでありますかな?」

「ふふふ、ご冗談を。さて、ロイ様はまだいらしてないのでしょうか」

 僧侶がそのように言うと、まるで示し合わせたように嗄れた男の声が儀式場に響き渡った。

「ワシならここだ」

 二人が当たりを見渡すと、みるみる内に床の六芒星が輝きを増し、その光が部屋一杯に満ちあふれた時、陣の中から白衣の男が姿を現した。

 暗闇を取り戻す儀式場の真ん中、長いあごひげをぶら下げた男は科学者のようだ。男は二者の前に歩み出る。

「しばらくぶりかな、法師。世間の様子を見るにワシの作ったアプリの調子はまずまずのようだが、いかがかな?」

「おかげさまでございます。これはまさしく今の世界に欠かせない装置となりました。わたくしたちのアプリ〈フリーアサシン〉は人の心に住まう魔をあぶり出し、魔をもって魔を滅する理想の浄化装置と言えましょう。わたくしたちの望む光の時代はもう間もなく訪れることでしょう」

「そうか、ならば良かった。我々は大破壊時代を経験し、もう二度と世界を地獄に落とすまいと誓った仲だ。そのためならばどんな協力も惜しまん。そして、このアプリが一つ最適解と見て違いないのだろうな。ある一定以上の憎しみを抽出し、その矛先となる人間を葬ることで人の世に内在するヘイトを自動的に消却できる。更に、平気で人を殺傷できるサイコパス性質の人間を明確にし、いずれ彼らが力を求め始めれば、その者達同士で殺し合う構図に発展が見込めるというものだ」

 白衣のロイ・マクスウェルは自身の長い髭を撫でながら、感慨深いとばかりに語った。

「人類は過ちを繰り返すわけには参りません」

「だから、法師の資金援助には本当に助かっとるんだ。法師はワシらからしたら、それこそ神のようなもんです」

「いいえ。わたくしなど、しがない僧侶にすぎません。この資金は〈ヒトと地球の未来を考える会〉の方々が納めてくださったものであり。彼らこそが、神の如き光の徒なのでございます……」




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