三者会談 ‐3
「だから吾輩は反対だったのです、法師殿。このような俗人を計画に引き入れるなど。この男は最初から我々の同志などではなかったのです」
破壊された天井より日差しが注ぎ込むと、粉塵の舞う二人の周囲が光に溢れた。
「大変残念に思います。しかしルシファー様、貴方はあの子供をどうするおつもりでしょうか。鬼神の子は人の世の罪そのもの。滅びるのもまた宿命かと存じます。いえ、滅びることこそが、少女に課せられし神命なのでございましょう」
「……そうですな。うむ。結局吾輩は、ロイ・マクスウェルの醜行などどうでもよかったのであろうな」
ルドセイは再び後ろで手を組むと、どこか遠くに視線をやるよう頭を上げた。
「冷たく荒んだ時代を生きた吾輩にとって、あの少女との関わりは何物にも代え難き繋がりであった。幾千の造り直しを経て少女が完全体右那として成った今、吾輩との記憶など微塵も残ってないであろうが、しかし吾輩の思いは変わらぬ。そしてそれこそが、平穏な世界に求める吾輩が切望せしものだ」
「……」
「それを、今更誰彼の幸福の為に差し出すなど……、到底できぬよ」
「……さようでございますか」
ルドセイの言葉を静かに聞き届けた法師是雲。是雲はさきほどの戦闘の風で乱れていた袈裟を丁寧に整えた。
「わたくしたちは天上に在りし超常的存在にございます。それが、然も人の如き極微な視点で世界を見られるのは、いかがなものでしょうか」
「果たして、そんな大層なものでしょうかな。言い換えれば、ただ少女ひとりすらも救えぬという無力だ。……法師是雲よ、我々のやっていることは、虚しくも神を気取る為に、救える大きさにまで世界をただ削っているに過ぎないのだ。無論それも一つの形であるが……」
「…………」
向かい合う両者の沈黙に、周囲の空気がひりついた。
「吾輩は、そんな世界など要らぬ」
ルドセイは、未だ微動だにしない是雲に対して声高らかに迫ると、自身の体の何倍にも及ぶ六枚の黒翼を大きく広げた。
「さぁ、法師是雲よ、汝の答え次第では戦いは避けられまい。右那から手を引くか、否か」
「愚問にございます。今、わたくしの前におりますのは、ロイ・マクスウェル同様に私利私欲の為に世界に不幸をばらまく悪魔だとわかりました。わたくしは全ての人の幸福をかけて鬼神の子を葬り去り、そして貴方の中に潜む魔物をも焼き滅ぼしましょう」
「ならば仕方ない。ここが汝の墓場である!」
そして次の瞬間、ルドセイは燕尾の裾を翻し瞬く間に是雲に飛びかかった。
「新世界に貴方は不要でございます」
しかし、ルドセイの手が是雲に届くその寸前であった……。
是雲の額に光る一点の印、その輝くビンディに周辺の光が一点に集約されると、ルドセイが攻撃に入る直前、額のビンディから激しい稲光が水平方向に放たれた。
是雲の額から発射された強烈な電撃は、襲い来るルドセイを弾き飛ばして撃墜。ルドセイの体は焼けるような音を立て、全身から煙りが揺らいめいた。
「貴方の主張は極めて平等性に欠ける偏った思想にございます。愛は、公平でなければ悍ましい差別行為となりましょう。そんな貴方は、新世界における導き手として到底受け入れることはできません……、おや」
「バ、バッハハハ、バッハッハッハァ!」
「わたくしの一撃を浴びて立ち上がれますとは、驚きました」
ルドセイは壁に寄りかかりながらゆっくりと立ち上がった。自慢のペストマスクに大きくヒビが入っているが、しかしその高笑いは健在である。
「バッハッハッ、成る程。少しは汝の本質を理解できたというものかな」
「?」
「汝の思想を反映した長い名の団体があったであろう。世界を削るというその意味、汝は今に思い知ることであろう。たとえ吾輩が滅びようとも、汝の前には、闇より出でし罪業の鬼が立ちはだかろう。もはや憎しみの業火はとめられまい」
「はて、それは一体どのような意味にございましょうか」
「バハハッ。なに、世界は決して汝の思い通りにいかんということである」
「おや、わたくしは新世界を導きし者。〈旧世使徒〉なる存在にございますが?」
「バッハッハッハッ。忘れたか、吾輩も〈旧世使徒〉であるよ」
吐き捨てるように言葉を交え、張り詰めた間合いで二者は対峙する。
依然として和やかな顔を崩さない是雲と、ペストマスクによって表情も覆われるルドセイ。しかし、そのマスクの下では笑っているに違いない。
そして睨み合いの末、ルドセイが先攻した。
先ほどよりも速度を増して飛翔するルドセイは優に音速を超える。衝撃波で外壁を吹き飛ばしながら是雲に襲いかかった。一方の是雲は同時に空中で座禅を組み、軽快に宙を飛びまわる。突撃するルドセイを身軽にかわした。
反転するルドセイ。再び突撃するも、その手前で急停止。拳を前方に素早く突き出し、正面の大気一帯を殴りつけた。その衝撃波は儀式場を完全に吹き飛ばし、宙に浮かぶ是雲も数百メートルに渡って飛ばされた。
その波動に紛れ、ルドセイは高速で接近を試みる。
「無駄にございます」
またしても是雲は額から稲妻を放つ。電撃は光が見えると同時に命中し、その一発がルドセイの体を直撃した。続いて是雲は両手を穏やかに広げると、天はたちまち黒雲に支配される。そして、一閃の太陽光も途絶えた刹那、落下するルドセイに畳みかけるように無数の落雷が降り注いだ。
そして地表に墜落したルドセイ。もはや原型のない儀式場は、それを囲っていた木々さえも根こそぎ四方に吹き飛ばし、巨大なクレーターを形成するのだった。
「満身創痍にございますね」
「ガハッ、ガハ、バハハ、バハハハ」
「おや」
ルドセイは立ち上がった。彼にはまだ秘策が残されていたのだ。
その右手には見知らぬ兵器が光を反射し、それに合わせて是雲の眉が僅かに持ち上がったように見えた。
「それは?」
「〈GET弾〉である。原理は知らぬが、使徒を含み波長をもつ全生物を抹殺せんと作られた兵器だ。バハハハッ、これはロイ・マクスウェルが秘密裏に開発していた最終兵器であるよ。汝、此奴が最初から我々を信頼していたとでも思ったか?」
「……」
「そして吾輩が、汝に無策で挑むはずもあるまい。バハハハッ。さぁ、吾輩の速度であれば爆発の瞬間に逃げ切れるが、汝はどうであるかな。バハ、バハハ」
それは銀色に輝くボトル状の爆弾だ。一度安全装置が外れれば、軽微な衝撃で起爆し周辺一帯を瞬間的に蒸発させてしまうだろう。
「いざ、滅びろよ!」
安全装置に手を添え、ルドセイは最後の突撃を試みた。
「無駄にございます」
しかし、その場から一歩たりとも動かない是雲は、静かにルドセイを仕留めたのだった。
一筋の集束光線がなにもかもを貫通する。莫大な熱量を秘める直線ビームは是雲の眉間から真っ直ぐにルドセイの胴体を射貫き、その体に直径二十センチほどの穴を開けた。
「バ……、……」
ばたりと、ルドセイは後方に倒れた。もはや動くことはない。
「危ないところでございました、このような武器が存在するとは……。さて、こうなりましては鬼神の子の始末はわたくし自身で行う必要がございますね……
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