ファミレス ‐3
ガラスの押し戸を開いて外へ。店の戸を閉めると和気とした人の気配が途端に消えた。そして……。目に飛び込んできた光景は想像を絶する。
閑散とした駅前は、集まった公安車両の警告灯で赤く染め上げられ、黒い制服を纏った公安職員らが店の入り口を取り囲んだ。
状況を理解した。その刹那、早速モヒカンの大男が動き出し、サングラスに手をかける。
咄嗟に輪音が間に入った。
「待て! ウチの交渉はまだ終わってない!」
そして輪音は斎場の胸ぐらに掴みかかるが、斎場の大きな手は容易に彼女を引き剥がす。
「同伴者Nは技術補佐官の要求を拒否した。交渉は決裂したと断定。事前協議に基づき同伴者Nは実力をもって強制排除。続いて警戒治安法第一条第一項に基づき緊急治安維持行動種別Gを発動する。目標は……、特定危険存在コード02」
斎場はサングラスを外すと、その両眼に赤色警告灯と同じ光を宿した。
「右那、逃げろ!」
多勢に無勢、いやそれどころではない。一対たくさんという状況だ。そして本能が言っている、この男、斎場は、集まった何十人よりもよっぽど危ない存在だと。
車両から現れた公安職員は防弾着を身に纏い、開いた車のドア越しに拳銃を構えている。この間合いで拳銃ならば、命中率はさほど高くは無いはずだ。
〈五体修羅〉
先手を打つ。斎場が何か仕掛けるよりも早く、その側腹部に中段の蹴りを叩き込んで巨体を遠くに突き飛ばした。しかし、その時自分の後ろにいたもう一人の敵には完全に無警戒であった。
「先輩すみません」
静かに突きつけられる冷たい感触が背中に。
「大人しく言うことを聞いてください。先輩と一緒にいるその女の子は危険なんです」
「俺には、お前等の方がよほど危険に見えるけどな」
「動かないで」
「その道具貸せよ、お前にこんなん似合わねえっての」
振り向きざま、一瞬にして輪音の構えていた拳銃を奪い取り、同時に彼女の両足を薙ぎ払った。バランスを崩す輪音の体に跨がり、奪った拳銃を彼女の胸に添えた。
「動くなよ、ちょっと演劇に付き合え」
小声でそう伝えると、車両越しに銃を構える公安職員たちを見た。
「さがれ! そうしないと、神里公安官が死ぬぞ」
輪音を人質に周囲を囲う公安職員を威嚇するが、しかし彼らに一切の動揺は見られない。
「無駄ですよ先輩。公安は警察と違って、人命よりも作戦を優先します。一緒に死にますか? それとも、一緒に生きますか?」
「そんなやべえ組織で働けるかよ。どっちもお断りだっての!」
その瞬間に輪音の体から飛び退き、囲む公安職員に向けて発砲した。こちらの放つ弾丸は正確に狙いを撃ち抜き、車両のドアからほんの少し覗かせた頭を貫いた。同時に公安側から一斉射撃を浴びるが、神能を持ってすれば、ある程度の見切りは可能。即座に右那を抱えて横に飛び退き、近くの一般車両を遮蔽物にして身を伏せた。
「大丈夫か! 右那」
「なぁ君。もう、やめにしないか」
「は? こんな時に何言ってんだ! とにかく、タイミングを見計らってバイクのとこまで全力で走るぞ」
「その必要はないよ。君はこの状況をどうにもできない。あの斎場って人、微かだけど波長を感じる、恐らく屋敷の近辺で珀斗を手こずらせてた奴と同類だ」
「それがどうした! 俺が殺す!」
「無理だよ。それにボクはね、自分の消滅に君を巻き添えになんてできないさ」
「おまえ、な、なにを言って……」
その時。ふと銃声が止み、途端にあたりが静かになった。
「やめろって、右那、馬鹿なことは……」
次の瞬間だった。身を隠していた一般車両が突如として空高く舞い上がった。
そして、その向こう側に立っていたのは黒いロングコートに尖ったモヒカンの男。腰の下あたりから金属の太い尻尾をゆらゆらと靡かせていた。これが斎場の真の姿だと言うのか。
「降参だ、ボクを連れて行け」
右那は両手をあげて斎場に向かった。
「やめろ!」
右那を引き留めようとした瞬間、鞭のように振り抜かれた斎場の尻尾が腹を強打し、後方に数十メートル吹き飛ばされた。
公安職員が右那に迫り、銃を持って取り囲む。
「銃をおろして! この子は抵抗してない!」
輪音は彼らに駆け寄ると、公安職員の包囲の中をかき分けて右那の前で止まった。
「まさか、こんな小さな女の子が特定危険存在だとは思ってもみなかったけれど。悪く思わないで」
「思わんさ。まぁせめて、君の先輩とやらは助けてやってくれよ。それが唯一、ボクが抵抗しない条件だよ」
「約束する」
そして輪音は右那を連れ、複数の職員に四方を守られながら車両の方へと向かった……。
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