ファミレス ‐2


 すでに要件は終了した。これ以上の長居も危険なため、注文したものを待たずして席を立とうとしたが、流石にそれは輪音に引き留められた。無理矢理でも帰ることはできたが、その時彼女が与破音の名前を出したため、思わず席に戻ってしまった。

「先輩は、いま何やってます?」

「引きこもり。無職。いわゆるニートだ。情けないだろ」

「いえ、別にそんなこと……。あのぉ、それでですね、その実はウチ、今年から……」

「うん」

「公安省に入ってるんです」

「え」

 その言葉を聞いて、思わず水の入ったグラスを下に落とした。

「先輩大丈夫ですか!」

「あ、全然、おぅ、大丈夫、別に動揺とかしてないけど、おう」

「びっくりしますよね。やっぱり」

 いいや、それどころの騒ぎではない。今、身の危険を感じてる。

「ど、どど、どうして? んな物騒な、キャラじゃなくないか?」

「ははは、ですよねー、ははは。でも先輩、ウチ与破音のこと、このまま仕方なかったって済ませたくないんです。それで、あの偽善団体を堂々と叩き潰せるのが公安省なんです、今この国の政策にあの団体は非道く邪魔な存在なんですから」

「それに便乗して与破音の仇討ちってこと?」

「はい」

 そう答える輪音の目は真っ直ぐに、そして、その瞳の奥には確かな意思が感じとれた。

「いいんじゃないの。連中が完全に悪だとは言えないけど、報いを受けるべきとは思う」

「ですよね! 先輩。それなのに、大学のまわりのみんなは、まるでウチが頭おかしいみたいに、精神異常者の兄貴が原因だって言って。あの団体を悪く言う方が悪者呼ばわりなんです」

「まぁ、そんな感じだろうな。結局彼らが裁かれることはなかったし、今後もない」

「それで。先輩、いま仕事ないんでしたら、先輩、入りませんか?」

 輪音曰く、彼女が配属されている部署は相当のコネが効くらしい。むしろ一般的な採用試験とは別枠であり、人の能力を見てその都度にスカウトすることで人員を編成しているらしい。確かに、うまい話だとは思った。しかし。

「悪いけど遠慮する。というかニートの俺が役に立つと思ってんの? なんの資格もない、技術もキャリアもない最終学歴高卒のニートだぞ」 

 というのは、なまじ方便でもないのだが、どのみち現状では無理な話だ。

「そんなことないです! 先輩は……、先輩には気概があるじゃないですか!」

「この体たらくのどこに気概があんだよ。まぁ理由はそれだけじゃないんだ。気持ちだけ受け取っとくよ」

「そう、ですか……」

 それを最後に公安の話は終わった。


 最中、珍しく黒スマホがバイブしているのに気が付いていた。設定で音はミュートしてあったが、またルドセイが用事だろうか。取り敢えず輪音の前で出る訳にいかないので、会計を済ませて外で別れるまでは放置した……。

「君、ボクを置いて先に行ってくれ」

 不意に右那が言った。そろそろ解散しようとテーブルを離れる間際、彼女は一人席を立たずに見上げる。

「トイレか? いやお前はボトラーだから関係ないだろ。ほら、もう帰るぞ」

 ペットボトルのくだりは冗談だが、いま彼女を一人にさせるのは気が引けた。勝手にどこかへ消えてしまわないかと不意に不安に煽られた。見上げる彼女の控えめな笑みが、かえって胸のざわつきを加速させる。

 とにかく適当な理由をつけてでも彼女の腕をとって引いた。

「先輩、本当に公安には入らないんですね」

「何度も言わせんなっての。まぁ、ごめんな」

「……わかりました」

 ファミレスを出た。



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