ファミレス ‐1

 

 ここで、まさか全く予想だにしない事態に巡り合わせる。

 輪音の後方から知らない男が一人続いた。一見たまたま後ろを歩いていただけの他人かと考えたが、男は付き人のように輪音の斜め後方をついて歩き、輪音自身が「こいつ誰?」という顔をしていない。それにしても何食わぬ顔で「久しぶりで~す、せんぱ~い」と言うものだから、「いや待て、こいつ誰だよ」と突っ込むタイミングを完全に見失った。男の容姿はモヒカンにサングラス、身長は二メートル以上の巨体だ。この女は、まさかこの個性溢れる大男が共通の知り合いとでも思っているのだろうか。そんなわけがないだろう。

 おそらくだが、彼女も彼女で言うタイミングを逃している。

 それから、四人はファミレスに入店した。

 これは傍から見て一体何の集まりに見えるだろう。女が二人、男が二人。金髪の少女に大学生くらいの女、浮浪者のような怪しい男と、そして……、モヒカン・サングラスの大男だ。一般的な感覚で推理すれば、きっとコスプレサークルだろうという答えが最も多いのではないだろうか。


「久しぶりですね、先輩。何かあったんですか? 急に電話なんて」

「…………」

「まぁ色々あってな。つか俺が誰だかすぐわかった?」

「セ・フ・レ! セ・フ・レ!」

「そりゃわかりますよ、というか、そんなことより、あの先輩……」

「…………」

「え? ああ、この子は、え~と親戚の~、その、それだよ」

「やあ。初めまして人間の女。ボクとこの男との関係は友達でも知人でもなんでもない他人以下さ。まぁよろしくよ」

「ぁ、はいどうも。じゃなくて先輩! 腕! 左の腕! なんで無くなっちゃってるんですか!」

「…………」

「ちぎれた。まぁ気にすんな、よくあるだろ。それより俺も一つ聞きたいんだが」

「うっへっへ、残念だったねぇ君ぃ。君はこの女に執着してたみたいだけどさ、現実は残酷だねぇ、うっへっへっへ……」

「いやいや腕千切れるとか、そんな日常やばいですから! はい。それで、なんですか先輩? あ、もしかして、ウチが大人っぽくなりすぎちゃって、君ホントに俺の知ってる輪音なの? みたいな?」

「…………」

「いや……、いやそうじゃないだろ。さっきから誰だよ、それ、隣の、ずっと無言の人!」

「うへへ、男に決まってるじゃないか君、これだよ、コ・レ!」

 親指を立てる右那は無視するとして……。

 近くのファミレスに入ったまでは良いものの、四人がけのテーブル席に知らない男が一人、極自然な流れで輪音の隣に掛けた。いや、輪音が大人っぽくなったとか、どうでもいい話で、先ほどから視線はそっちにばかり釘付けだった。

「え? ああ、この人は、え~と親戚の~、その、それです!」

「…………」

「斎場って言います、これ」

 一言も発しない男の代わりに輪音がそれの名字だけ紹介をした。

 斎場は大きな男だった。そして何より厳つさがゲージを振り切れている。身長は優に二メートル超え、モヒカンにサングラス、脱げば恐らくボディビルダーみたいな体なのだろう。その体を黒のロングコートで覆うという、おっかない図式だ。

「ああ、まぁ斎場の事は気にしないで、置物とでも思ってくれればいいんで!」

 そう言われても、無理だろう。一応こっちはお尋ね者みたいな立場であって、そんなよくわからない人間と同席ではとても本題に移れやしない。

「ごめん、折角来てくれて悪いんだけど、また日を改めようか、ちょっと流石にな」

 という言葉は、斎場とやらをガン見しながら輪音に言った。

「その必要はないさ。僕らの目的はロイ・マクスウェル。そうだろ? 君」

「おいって、おまえ」

 投げやりな態度を見せて示す右那は吐き捨てるようにそう言った。やはりまだ機嫌は元通りではないらしい。

「マクスウェル博士? ああ、ロイ教授ですか、当時は随分お世話になりましたね」

「そうそれ、輪音の学部なら関わりも結構あっただろ、今その教授どうしてる?」

「最近会ってないですけど、そう言えば一昨年くらいに私設系の研究機関に移ったって聞きましたよ」

「そうなのか。それで、その研究機関ってのはどこ?」

「ちょっとわかりませんねぇ流石に、ウチも気になってはいるんですけど」

「そうか……。じゃあ輪音、いま学生証って持ってる?」

「先輩。ウチ、今年の春に卒業しました」

「は? 何言ってんだ。……え? もうそんなになるの?」

「なりますね。先輩、時間止まってるんじゃないですか、あははは」

 それについては意地になっても否定のしようもない。引きこもりニートの時間感覚が適切なはずがない。

 とんだ無駄足だったのか。メニューの注文さえしない間に目的が終わってしまった。収穫はゼロ、強いて挙げればもう大学にはいないという情報だけは得た。

 そして店員が訪れて注文を告げると輪音は一度席を離れ、斎場という男も申し合わせたようにテーブルを立ち上がった。トイレかと聞いたところ、輪音は「せんぱーい、女の子にそういう事聞きますぅ~? デリカしーしーがニョーですよ!」と愉快に答え、斎場の方は「タバコだ」と、ここに来て初めて声を発した。

 二人の姿が完全に無くなったのを確認してから、横でストローの袋をいじくる少女に目をやった。

「さっきの発言はどういうつもりだっての。知らねえ奴がいるんだぞ」

「ボクはどっちも知らないよ。君のお友達なんてね」

「そうだけど、あの男はどう見てもやばい奴だろ。何で自ら危険を……」

 と、言いかけたが。それは途中でやめた。

「ずっとボクは言ってるじゃないか。こんな無意味な命は早く捨てたいって。君は珀斗を退けてボクを屋敷から連れ出したけど、ボクの考えは何一つ変わってないよ」

「じゃあどうして素直について来たんだ。お前は、あの時に拒絶しなかった」

「君さ、どうして僕が、まだもうちょっだけ生きる選択をしたんだと思ってる?」

「俺が煩いからじゃねえの?」

「違うさ。いや、まぁ半分正解」

「なんだよそれ」

「ボクは君に会う少し前、唯一の友達を失ったんだ、いや友達じゃないかな。でも唯一心を開いて何でも話せる人だったから、少なくともボクにとってはそうだ。でももういない。それで、……君がそうならいいなって、少し幻想を抱いた。まぁ、実際そうじゃないし、そうなることもないんだけどね」

 右那が言う、その唯一のなんとやらが誰であるかを知っている。知った上で言わないし、今更言ったところで全てが嘘くさい。そして、この上なくおこがましいのだ。

「……悪いな」

「だからなんで君が謝るのさ。よくわからない人だね」

 今は、ただそれだけしか伝えることができないのが、全くもどかしい。

「戻りました~。おやおや、注文はまだ来てないですかね~」

「…………」




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