低層域 ‐1
団地の低層域は輪を掛けて治安が悪い。
「こんにちわぁ~、にっひひひひ」
日中でも殆ど日が当たること無く、割れたコンクリートの隙間からシダ系植物が鬱蒼と生え、足元は苔で滑りやすそうだ。
「にひひひひ、そっちが右那ちゃんで、それでアンタは何者なんだぁい?」
だが、今現れたこの者はいわゆる不逞の輩ではない。跨がってきたバイクは粗末な族車ではなく、シックな黒で統一されたスポーツ系。それを前方に停車すると、軽快な足取りで歩み寄った。背は低く、少年のような声調で喋る。羽織った黒い合羽で全身を多い、深被りのフードは顔の大半を隠していた。
「俺はデリーターだよ。お前もそうだろ? ほら来いっての。今に笑えなくしてやるから」
敵意の確認などする必要も無い。速やかにダガーを抜き取り、右那を後方に離した。
これは速やかに排除すべき敵。言わずもがなデリーターであり、ロイ・マクスウェルの依頼を執行し、右那を狙う者だ。どんなヤバい神能を持つかもわからない天敵である。
「にひひっ、余裕だねぇ~お兄さん。言っとくけど僕、強いよ。にひひひ、ひっ」
少年は口を半月状に吊り上げ、それを合図にするよう早速飛びかかってきた。合羽の隙間から現れた暗殺器は鎌だった、当然草刈り用のものではなく、少年の身長くらいに柄の長い大鎌である。
「そぉ~れっと!」
勢いよく振られる大鎌。回避しながら口と右手に二本のダガーを装備した。
「まだまだ序の口だよ、さあ、これでどうかなぁ、っひひひひひ!」
その時、少年が身を翻したと思った瞬間だ。彼の足元から、もう一人、いや二人、少年の姿を模した人間が音も無く出現した。
「分身?」
「そう僕の神能〈真身分化〉。三対一だけど、逃げなきゃ死ぬよ? ほら、そぉ~れい!」
と、そう言う次の瞬間に三方向から少年の実体が一斉に迫った。振り上げられた大鎌は上から、右から、左から。
こちらも神能〈五体修羅〉発動。この程度見切るのは造作もない。左足で接近する一人の足を払い、上空から迫る一人は右手のダガーで跳ね返した。そして三人目が振るう鎌をかわしつつ、咥えたダガーをその腹に突き立てた。
二つの分身は霧のように消滅し、三体の内ひとつだけが血を流して地面に墜落した。
「ど、どど、どうして。ほ、本体を……」
流血する腹部を押さえながら少年は白い顔で見上げた。
「音とか空気の流れとかでわかんねえ? 神能だか言ってるけど、お前等って第六感じみたもんを神聖視しすぎだろ。五感を蔑ろにすんなっての」
咥えていたダガーを収めて少年に言った。
「でかい血管は外したけど早く病院行っとけな」
などど格好をつけてみたが……。実際のところ、分身するとかの力が羨ましい限りである。こんな気持ち悪い説教の魂胆は、結局自分が第六感に疎いというだけの話。現状では力まかせの強引なやり方でしか戦えない。
「それと少年、そこのバイク貰うからな。命取られるよりいいだろ?」
しかし勝てればいいというのもまた事実。そして結果的に都合良く足を手に入れることができたので問題はないだろう。
差しっぱなしのバイクのキーを捻り、エンジンを掛けスイッチ類の配置を確認した。
「ちょっと待ちなよ君、ボクはまだ行き先を聞いてないよ?」
「ああ。尾張中京だ」
「はい? なんたってまた戻るんだい?」
「暗殺だ暗殺。俺もデリーターの端くれだから、たまにはな。そこのデリーターを差し向けた依頼者を殺す。知ってるだろ? そいつが誰だか」
「ロイ博士、でしょ」
「そのおっさんがしつこくデリーターを送ってくるからな。というか、屋敷の時からそうだったろ、実際俺もその依頼受けてお前と会ったわけだし」
「でも、そんなの別に良いじゃ無いか。そもそも、大体ボクはさ、その……」
「わかってる。お前の意思というか、その気持ちは。けど、俺の目がまだ黒いじゃん。言わせねえよ、それ」
そう言いながら彼女の頭にヘルメットを雑に乗っけて上から軽く小突く。
そうとも。他殺であれ自殺であれ、望んでいようがいまいが。二度と御免なのだ。
「ボクの気持ちね……。君は強引だよ。まぁいいけどさ。で、君はそれ乗れるのかい?」
迷惑そうにヘルメットを被り直す右那。顔を上げて、顎紐の長さを調節しながら言った。
「大学はバイクで通ってた。400ccのやつ」
「いやいや、腕の話だよ。君は自分が片腕なの忘れてないかい?」
「ああっそう言えば! って言うと思ったか。問題ないっての。今時クラッチ切るバイクの方が少数だし。左手のレバー操作はほとんど無いから。うん、多分いける。多分な」
「ほんとかなぁ、実際忘れてたよね? まぁいいや、それで場所はわかってるのかい?」
「その情報を集めるんだっての……
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