高層スラム ‐5


 ――よろしい。ささやかながら、そんな汝に餞別を送るとしよう。

 そう言ってドローンは、初めて現れた時のように、目の前に艶々の黒い箱を置いた。

 ――汝に新たなる武器を授けよう。名は〈タイラントダガー〉である。切れ味、耐久力共に、今までの包丁やナイフを上回る。そして何より波長の伝導率が今までの四倍は見込めるのである。

 箱を開けると、中には両刃の黒い短剣が二本入っていた。刀身には怪しくも近未来的な装飾が彫り込まれ、柄の部分は質の高い合成素材で仕上がっている。

「強いの?」

 ――まぁそこそこである。珀斗の太刀とくらべればゴミであるがな。バッハッハ。

「おいロリコン! 馬鹿にしてんのかそれ?」

 ――別に構わんだろう。汝の芸の無い神能では、波長の伝導率など関係あるまい。それと断じてロリコンではない。では、吾輩は忙しいのでな、そろそろ暇するしよう。まぁ頑張ることだ、ノロクロ。汝が諦めなければ道は必ず開けよう。

「は? ちょっと待て、聞きたいことはまだ沢山……」

 ――ああ、そうだ。あくまで吾輩はオブザーバー的な立場であることをくれぐれも忘れぬようにな。では。さらばだ!

 最後にそれだけ言い残し、ドローンは勢いよく窓から飛び立っていった。それを追ってベランダに出たが、すでに影も形も音も無い。いつも突然現れて突然去る。随分気ままな運営様だ。


「むにゃむにゃ、もう朝かぁ? ドローンは?」

 眠け眼を擦りながら、目を覚ました右那がベランダに顔を出した。

「ルドセイは行ったよ。んで、もう夕方」

「そうか夕方か。どうりでお腹が減るわけだね」

「何食う?」

「おや、振る舞ってくれるのかい? カップラーメンを所望するところだっけど、君が作るのならその方が好きだな」

「そりゃどうも。ハイニートだからな、俺は。適当に冷蔵庫漁って考えるわ」

 つい先ほどまで、とても料理などやる気分ではなかったが。少し気持ちに余裕が生まれたのかも知れない。きっと進む方向が見えたからだろう。


「チャーハンできた」

 焦げ付いたフライパンを水に浸すと、呑気にお盆を居間に運んだ。

「おおおお! チャーハン!」

 右那は眩しいほどに両目輝かせ、小さな手で握ったスプーンを早速チャーハンの山へと突き立てた。その無邪気な振る舞いはまるで小さな子供だが、食欲と食事量は一人前以上である。

「……それで君、結局あのドローンは何の用だったんだい?」

「新しい武器を置いてった。あと、それとなく情報を。自由にやってよしだとさ」

「ふぅん」

 先に食事を終え、黒スマホを起動した。

 インターネットに繋いで『ロイ・マクスウェル』で検索をかけると、ブラウザの検索上位ワードに食い込んできた。存外著名人のようだ。現在の活動について記載はないが、フリー百科全書によると……。彼は生命科学界の世界的権威であるらしい。

 そして……。

「ちょ、ちょって待てよ。これは……」

 まさか、こんなにも早く重大な情報に辿り着けるとは思いもよらなかったが。いや、考えてみれば、当たり前なのだが……。

 フリー百科全書に記載があった。ロイ・マクスウェルの経歴欄にて〈国際名古屋港湾大学〉に教授として在籍と載っている。全く認知していなかった。その名古屋港湾大学とはまさしく与破音と過ごした自分の母校に他ならない。 

「……まじか」

 次の行く先が決まった。


 チャーハンで焦げ付いたフライパンを磨く間に、スマートフォンは起動できるほどまで充電が回復した。例の黒いスマホではなく、以前から所持していた一般スマホだ。これのアドレス帳を必要とする日が訪れようとは、まさか夢にも思ってもなかったが……。

 ここに、大学時代の旧知人達の連絡先がある。

 ぎこちない手つきで画面をスライドした。当時は自然に会話できたものを、今となっては彼らの名前を見るだけで指の動きが渋くなる。特に、この名前を見ると……。

『神里輪音』

 彼女と話すのは何年ぶりか。というかこの番号で果たして今でも繋がるのだろうか。

 ぴぽぱ。……。


 ――え? のろ先輩? え? ホントに? もしもし? もっしもーし!

 ワンコールも待たずして繋がった。自分で掛けておきながら予想外の事態に思考が固まる。

「間違いです。さようなら」

 ――ええええええええええええ? 

 反射的に通話を切断し「ふう」と一声、額の汗を拭って落ち着きを取り戻した。

 その後、苛烈な鬼コールがあったことは言うまでもないのである。







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