高層スラム ‐3
先ほど殺害した男の部屋を探し出し、しばらく邪魔することにした。まさか追撃者たちも、殺した相手の部屋に居座ってるとは思うまい。
「ああ、やっぱりお部屋はいいなぁ。こういう猥雑とした無秩序生活感が落ち着くよね」
と。台所に居間に玄関、所構わず天井まで積まれた段ボールやビール缶、インスタント食品等の圧縮陳列を見上げて右那が言った。
「さて、そろそろ本当の姿を見せる時がきたようだね。……ボクが真の姿を現すとき、世界は、変容を遂げる」
冷然と目を細める右那、そう言って背を向けると小さな口元に微笑を漏らした。
一体彼女は、世界に何を齎そうと言うのか。
「……うへへへ。この開放感、いい。ようやく本来の自分に戻った気分だよ。うぇっへっへっへ」
などと、やることは想像に容易く、やはりワンピースを脱ぎだした。さすがはエリートニートこと、露出狂である。
「おい、真の姿とやらを公然と晒すな」
「おや、もしかして興奮したかい? 全くやだなぁ、これだから変態のお兄さんは」
「着ろ小僧」
と、彼女が脱ぎ捨てた服を顔面に投げつけた。
「むごぁ。ふがふが。こら、この。ボクは超自然体がいいんだよ! 服を着てる方が間違ってる! って言うか小僧ってなんなんだよ! ボクは乙女だぞ」
「どの口が言ってんだそれ」
「ああ、今わかったよ、さては照れ隠しだね? まったく君も少しは可愛げがあるじゃないか」
そんな余裕の大人発言しかるに、不格好に服を被って、せかせかと頭の出る穴を探すさまは、全く見ていて忍びない。
「いまちょっと顔赤いでしょ、君」
「いいから早く服着ろっての」
もごもご喋りながら、袖から頭を出すのに苦闘する右那であった。
口にはしないけれども、実際彼女の姿を見て何とも思わないわけがない。果たして、これほど美しい生き物に今まで出会ったことがあるだろうか……。
彼女の白い肌は、まるで造り物のように傷一つ無く、真珠のような輝きさえも感じさせた。色気だなんて次元を飛び越え、もはや芸術とも言い得るだろう。
けれど同時に、そんな右那を見て思い出すのは、あの邸宅地下で見た少女の遺体だった。液で満たされた巨大なガラス筐体の中、腐敗したまま漂っていた。それが何体も、何体も。今思い返してもやはり右那の体格はそれらに酷似する。
「ちょっと、君いつまで見てるのさ。もう服は着てるけど、そんなに惜しいかい? まったく天邪鬼なんだねえ。ほら見たいんなら、チラリ~」
「違うっての。ほら、服着たんなら飯だ。さっき棚からカップ麺下ろしといた」
「うおおおおお! カップラァアアアアッメン! お手柄だぞ、君ぃい!」
――…………。
という。そんなやりとりを少し離れて見守るドローンが後ろにいた。
――コ、コホン。は、ハレンチであるな、汝等。あまり好ましくないのであるぞ。そ、その不純とも取れるまぐわいは……。コホン。
「どう捉えたらそう見えるんだよ、変態か?」
――た、たわけ! 誰か変態のロリコンであるか!
「いやロリコンとは言ってないって……。え? ロリコンなの?」
――だ、断じて違うのである! 吾輩は純粋に美しいものを……。
「ちょっと君! 何をぐだぐだしてるのさ さぁ! お湯を沸かそうじゃないか」
「はいはい」
疲れていたのだろうか。できあがりを待つ3分間は子供のようにはしゃいで、出来た途端に麺を啜りスープを飲み干した右那は、たちまち眠くなったようで、コクコクと舟を漕ぎ始めた。
そんな暖かな午後の二時。
睡魔の限界に達した右那は、こちらの胡座の上に堕ちるように頭を乗せてきた。既に呼んでも返事は「んにゃ?」と曖昧である。そんな姿がくろすけに似ていたのだろうか、いつの間にか彼女の頭をさすっていた。
そしてその体勢のまま、やってきたドローンと向かい合った。まさか、本当にただ様子を見に来ただけのはずがない。
ドローンことルドセイは徐に話を始めた。
――これが、ここまで人に懐くとは初めて見るのである。
「どうしたロリコン」
――汝、吾輩に喧嘩を売ってるのであるか?
「冗談だっての。で、何の用? まさか今更殺せとか言わないよな?」
――バッハッハ。わざわざドローンで現れ、そんな下らん事を言うと思ったか?
「じゃあ、さっさと本題入るけど。単刀直入に、彼女は何者なの?」
――汝は見たのであったな、あれを。もはや隠す意味もあるまい。うむ、およそ汝が想像している通りであるよ。
「右那は、クローンとか遺伝子操作とか、そういう類いの人為的な命って認識でいいか?」
――如何にも。
「で、肝心な右那が狙われる理由ってのは」
――うむ。汝には話しておく必要がありそうだな。よろしい。心して聞くがよい……
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