高層スラム ‐2
こんな輩、もう何度遭遇しただろう。おそらく彼らも外部の人間を狙ってやっている。無秩序に近い立体スラムには独自に育んだ掟があり、それを知らずに踏み込めばたちまち鴨にされてしまうのだ。良くて一文無し、最悪命まで奪われる。これが今の社会の現状だと、都市部の人間はきっと体感的には何もわかってないだろう。
「どうだい?」
後ろからひょっこり、長い金髪を揺らして右那の蒼い瞳が覗きこんだ。
「やっぱり髪の毛結った方が動きやすいかも」
「違うよ。やっぱり人間は愚かだろう? って聞いてるのさ」
「知ってる」
「なのに、なんでそんなに命を続けたいのだろうね、みんなさ」
「……」
「ボクは嫌だな」
そう言って、右那の目は遠くに向けられた。今でも自分の行為が正しかったと、彼女の前でそう言い切れるのだろうか。日を追うごとに自信は失われる。しかし自身がそれを否定したとき、目の前の全てが水泡に帰すのだろう。結局進むしか道は無い。
「どうせ君はボクを殺す気なんてないんだろ? 聞くまでもないか。わかってるかい? もう好きにゲームだってできないんだよ? なのにさ……」
「じゃあなんであの時。俺の手をとったんだよ」
「それは……」
すると彼女はすぐに視線を逸らし隣の棟へと目をやった。心なしか頬が熱っぽく見える。
「いや、その……」
「死にてえんじゃないのかよ」
「そうだよ。でもあの時。何だか君が、昔の知り合いと重なって……、つい手をとっちゃったんだ。ははは。いやぁ、なんでだろ」
「……」
しばらく見つめると彼女の顔は徐々に赤みを帯びるのだが、その真意はよくわからない。
とりあえず、この場はすぐに離れた方が良いだろう。下らない揚げ足取りをやっている内に、銃声に気付いた公安とかデリーターに見つかってしまったらコントである。
正直、今の男がただの輩で安心した。これが同業者だったら、勝てる気がしない。こっちの神能はただの身体能力強化、それに対して知覚に干渉されるような神能を使われたら場合、対応は厳しいものとなる。
もちろん、公安に見つかるのだって相当まずい。いくら身体能力が優れても、見切れる銃弾の数にも限りがあるのだ。
「ねえ君、これから一体どうする気だい? 今後一生逃げ隠れして暮らすつもり?」
「先の事はわかんね。取り敢えず今は。やられるわけにはいかないって。それだけ」
そうして彼女の手をひいた。
右那にとってはこんなビッグスケールの逃走劇も暇つぶしみたいなものだろう。ゲームオーバーになったとこで、望む結末に差異はないのだから。ひいては、こちらの身を案じてくれているのかもしれない。狙われているのは飽くまで右那一人。彼女を守ることをやめれば、少なくともこちらに命の危険はなくなると。
そんな馬鹿な……。
しかし。状況が今より良い方向に傾くことがないのは事実だ。自分が思っているよりもずっと、公安もデリーターも彼女に固執している。
そう。決して銃声の一つも逃さぬほどに。
否応にでも団地に反響するヘリのローター音。一体どこから沸いて出たのか疑問しかないが、今は走る他に選択の余地はなかった。
「やばい、ヘリか。走るぞ! 右那!」
襲い来る敵の方向は不明。またしても高層団地を二人で駆けた。
共用廊下に寝そべる浮浪者、ヘイトを叫ぶ横断幕、ブルーシートのカフェテリア。その全部を吹き飛ばす勢いで通り過ぎる。階段を上がって下がって、勝手に掛けられた橋を何本も乗り継いで、また走る。
だが、ヘリのローター音は近づいて離れない。感覚的にはかなり接近しているように思った。
「君、少し待ってくれ。本当にヘリコプターかい?」
右那が息を切らしながら後ろで喋った。
「違うのかよ。いや、ヘリだろ。ヘリだヘリ」
言われて見れば、確かにヘリのローターにしては音が小さく高い気もするが、しかしステルスヘリならどうなのだろう……。
「だから待ってってば、この音は多分……」
すると次の瞬間だった。目の前に突然現れる黒い飛行物体は八基のモーターで宙に浮かび、そして胴体には目玉のような一眼の球体カメラを搭載した小さいものだ。
――バッハッハッハッ。探したぞ、元気であるか? バッハッハッハッ。
ここに姿を現したのは屋外業務用ドローンこと、フリーアサシンの運営幹部、ルドセイ・ルイ・ルシファーであった。
「なんだ、吾輩さんじゃんか。びっくりさせんで下さいよ」
――吾輩さんとは何であるか。吾輩の名は。ルドセイ! ルイ! ルシ……
「で、何か用すか?」
――汝、随分ふてぶてしくなったものであるな。わざわざ見に来てやったというものを。まぁともかく、元気そうで何よりである。
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